【R18】女神転生したのに将軍に言い寄られています。

ミチル

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女神と海の至宝

第十二章 海の静寂

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 連れて帰ったゼシルをギルバートの自室へ通し、後ろ手に扉を閉じると、ギルバートから大きな溜息が出た。何かあればいつでも呼んでほしいと言っておいたが、相手は人外、それも精霊の女王だ。自分達の都合など知ったことかと、気が変って屋敷からいつ消えてもおかしくない。

 桃色を帯びた銀糸の髪、濃い金の瞳、月の光のように白く透き通るような白い肌。少し幼さが残る奇跡のように美しい容姿。容姿はアイカそのものだが、中身はアイカではない。ディアーノが泊まっている別宅で、どうして一目でそれがアイカではないと分かったのかと問われても根拠はない。


(アイカではないと一目見て思ったんだ。容姿は同じでも別人にしか見えなかった。だが容姿はアイカにそっくりだったから不審に思って誰だと問うたのだが)

グレンやレオナルドが待機している一階の応接室に入るなり、口元を手で抑え、くぐもった声でギルバートの本音が漏れた。顔色はこの上なく、悪い。
 
「グレン……」
「はい」
「びびった……。アイカを迎えに行ったのに、精霊の女王がいきなり出てくるとかナシだろう?」

 ココがラグナ中の猫に頼んでアイカの行方を捜し、ディアーノの泊まっている別宅にいると知らされても、事前連絡なしに別宅へ行くことに躊躇いはなかった。
 別宅自体はグランディ家の所有物だが、今は国としてディアーノに貸し出している。貸し出し期間内であれば、それはラグナ領であってイエニの所有物だ。そこに事前連絡も承諾もなしで踏み込めば領地侵犯と受け取られる危険性がある。

 それでも昨夜戻ってきたココが言っていた「普通じゃなかった。精霊に呼ばれたのかもしれない」という言葉がひっかかり、グレンの制止をふりきってアイカを迎えに行ったのだ。

 しかし二階から階段を下りてきたのはアイカではなく、精霊の女王ゼシル。水を操る力に対し、アイカの力が反応したとなれば本物だろう。

「見事な張ったりでした。王子も見ていましたし、あそこで取り乱さなかったのは流石です。女神が存在し、喋る猫がいる時点で、今後は魔王でも悪魔でも何でもアリでしょうね

「やめてくれ。100歩譲って存在していてもいいが、現れるなら他の国にしてくれ」
「でも自分も驚きました。何時の間に加護を授けてもらったんですか?」
「おぼえていない。だがアイカからこれを預かっていた」

 応接室のソファにギルバートも深く腰掛けると、襟元の中から首にかけているネックレスを引っ張り出す。そのネックレスには一目で女性物だと分かる小さな指輪が通してある。

「それだ。その指輪を持っていたから、あんなに強くアイカの願いが具現したんだ」

 グレンの膝の上にいたココが、ギルバートの出した指輪を見て、真っ先に声を上げた。グレンの隣に座っていたレオナルドが目を見開き後ずさり驚いていたが、それを構う余裕が残念ながら今はなかった。
 それにココについて話すというならディアーノのいる別宅で起こった出来事も、レオナルドはその後ろに控えていたので見ているのだ。それも説明しなければならなくなる。

「俺はまたアイカに守られたのか………」

 花祭りの夜に賊に囲まれたときも、アイカがいたお陰で川の精霊たちの力を借りて逃げることができた。リアナのジャファルと決闘をしたときも、荷の影から狙ってきたボウガンの矢を、アイカが作り出したダイヤモンドが防いでくれた。

「そんなに心配しなくても、ゼシルが害を与えないって言うならアイカはきっと無事だよ」
「ならばゼシルは何故アイカを返さない?彼女は悪しき精霊なのか?」
「精霊に善いも悪いもないよ。精霊たちは常に遊んでいるだけなんだ。それを人の都合で良し悪しを決めているに過ぎない。ただゼシルは普通の精霊と違って、精霊たちの上位にあたる女王だ。少し複雑なのかもしれないね」

 焦った様子もなく、暢気に前足を舐めて毛づくろいするココに、直もギルバートは納得いかず、

「俺には問答無用で攻撃してきたぞ」
「ギルバートはただの人間だろ?精霊の女王を<お前>呼ばわりするなんて信じられないよ。殺されなかっただけマシなんじゃないの?」

 あっさり切捨てられてギルバートは頬をぴくぴくさせながら押し黙った。猫相手にムキになっても仕方ないと自分に言い聞かす。
 そこへ遠慮がちにレオナルドが話し始めた。

「ゼシルについては恐らくラグナ出身のハリーが一番詳しいかと思います」
「ハリーが?」
「偶然かどうかは別として、ラグナには昔から精霊の女王ゼシルの言い伝えがあるのだと、昨日、アインと共に聞かされたばかりでした」

 レオナルドの話を聞くなりギルバートとグレンは顔を見合わせた。

「ハリーを呼べ」

 すぐにレオナルドが立ち上がり、隣の別宅にいるハリーを呼びにいく。突然呼ばれたハリーはというと、ギルバートとグレンの前で、なぜラグナの御伽噺をしなければならないのか分からず、しかし命令されたら話さないわけにはいかない。
 子供の子守唄代わりに聞かせるような昔話だ。それを上司2人に見られながら話さなければならないという居心地の悪さを感じながら、ハリーは自分の知っている限りの話をする。

「っていうのが昔話の内容になります。ラグナの港周辺で育った者なら、貴族から平民まで身分に関係なく一度は耳にする昔話です」

 一通りを聞いたギルバートは腕を組み、俯きがちに考え込んだ。確かにラグナ領はグランディ家が治める領地だ。しかし幼い頃から、貴族の子弟としてだけでなく数少ない王族血縁者として一年のほとんどを王都で暮らして育ったギルバートは、その昔話を聞いたことがなかった。

(真珠が採れていた時代となると、確実にラグナ領がグランディ家が治める前の時代だろう。ハリーの昔話が実際に起こったことなら、精霊の女王が守っていた船を海賊が襲って、ゼシルの怒りに触れたということか?)

 海賊がゼシルの怒りを買い、海に沈められたまではよしとしよう。しかしなぜ今頃になってアイカを呼び、いずこかへ連れ去る必要があったのかが分からない。
 それにゼシルは言っていた。<自分の願いを女神が叶えてくれたなら>と。精霊の女王でも叶えることができない願い。それを女神の力で叶えようとしているのなら、

「ゼシルの願いは何だと思う?」

それさえ分かれば消えたアイカを取り戻す糸口になるはずなのだ。


▼▼▼


 闇よりも深い静寂しじまの中で生まれ、海の底から光が降り注ぐ地上へと見出されてから時間が流れた。

 港の領主へ、海の至宝として捧げられた自分は、今は船の船首像に掲げられた精霊の女王ゼシルの額飾りとしてはめ込まれている。

 深い海の底で大地と水の力を長い月日と共に貯えた真珠は、精霊としてだけでなく、地上へ見出され人々から精霊の女王の一部として敬意を捧げられるうちに、その名を自らのモノとして女王へと至ったのだろう。

『私はこの真珠の夢を見ているのね……遠い、遠い昔の夢……。あなたが見てきた記憶なのね、ゼシル……』

 目の前の朧げな景色を見つめながらアイカが声にならない声で呟くと、どこからともなく女性の声が聞こえてくる。

「そう。わたしは真珠の精霊として目覚め、そしてラグナの人々の信仰を捧げられた」

 青みを帯び波打つ銀髪は腰を超え、エメラルドグリーンの瞳は憂いを浮かべている。
人間の年齢にあてはめるなら20前後の妖艶な美しさ。ゼシルの姿は船の船首像に彫られた精霊の女王そのままの容姿だった。その傍には複数の小さな丸い光がふわふわとゼシルの周りを漂う。

(これは精霊?違う、この小さな光は人の魂だわ)

そばを漂う人の魂にゼシルは慈しみの眼差しを向けてそっと光をなでた。

『ずっと領主の船を嵐から守っていたのね』
「あの人は私にいつも声をかけてくれた。ゼシルと呼んで、船が無事にラグナに帰港すると一番に私にありがとうとお礼を言ったわ」
『ゼシルはその人が好きだったの?』
「今となってはもう分からない。でもあの人に名前を呼ばれると胸が温かくなった」

 と、そこまでゼシルが話すと、周囲の景色が霧散し、海の上の景色に切り替わった。
満月が輝く明るい海は、波も静かで船の上では船乗りたちの笑い声も聞こえてくる。

「あの人はいつも港のことを考えていた。海で得た富を決して独り占めせず、船人たちだけでなく港に住む人々のことを考えていた。なのに欲に目の眩んだあいつらがあの人の船を襲った」

 どこからともなく現れた数隻の海賊船の陰に、下ろしていた船の帆を上げ急いで逃げようとした。しかし船足の速い海賊船に追いつかれた。

「船は逃げたわ。私も逃げようとした。けれど追いついて私の船に乗り込んできた人間たちと戦いになって、あの人は殺された」

ゼシルの目の前で領主が斬られ、血を流し倒れた。その光景にアイカは瞼を伏せ顔をそらした。

「私は悲しみのなか、精霊の女王として目覚めた。海の底に眠りながらずっと貯えていた力。地上に見出されてからは港の人々からの信仰を捧げられ、ゼシルの名を自分のものとして、私はこの姿を具現した」

 精霊の女王に昇華し、その力を悲しみのままにふるったゼシルに、満月が昇っていた空はあっという間に黒い雲が覆い、大雨を降らせ、強風をともなう嵐を起こした。
制御できない嵐は海賊たちの船だけではなく領主の船も襲い、高波があたりの船を全て飲み込み海の底へと沈めた。

『ゼシルは今も船を、暗い海底に沈んだ船に乗っていた人たちの魂を守っているの?』
「船乗りたちの魂は生きていたときの記憶と共に乗っていた船に捕らわれていて、海の底に沈んだ船から離れることができない。けれど人に海の闇は恐怖でしかないわ。だから私の記憶の中で彼らの魂を包んだ」

 海賊に船を襲われ死んでも、ゼシルの優しい記憶の中で船に乗っていた人々の魂は闇に絶望することなく安らいでいるのだろう。
 いつか港へ戻る日を想い。

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