【R18】女神転生したのに将軍に言い寄られています。

ミチル

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女神と海の至宝

第十一章 刹那の煌めき

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 一晩中雨を降らせた嵐は一晩で去った。港や街には暴風で吹き飛ばされたものを片付ける船人たちの姿が見える。風はまだ僅かに残り雲は足早に去っていき、地平線の向こうから一千年前と変らない朝陽が上り、港に停泊する船を照らす。

 その港を見下ろす丘の上に銀糸の長い髪を風に吹かれながら、街を眺めている少女の姿があった。表情はない。金の瞳も街を見ているようでいて、何も映してはいないのかもしれない。

「街は変ってしまった。あの人もいない。でも船は変らず海に出ている」

 抑揚のない声で少女は言う。
 記憶の中の街は、今見下ろしている街より一回り小さかっただろうか。建物の高さも低かった。けれど街に住む人々は交易による富を領主より分け与えられ、その恩恵に感謝し日々を暮らしていた。

「やぁ、朝早くから散歩かい?嵐が過ぎた次の日の風は気持ちいい。俺も好きだよ」

 背後からかけられた声に少女は緩慢に振り返る。異国の服装から街の者ではないと一見して分かる。しかし男からは海の匂いがした。海に愛されている。愛しい人と同じ匂い。

「俺の名前はディアーノ・ハーバル・イエニ。貴女の名前を聞いても?」
「私の名は、ゼシル……。精霊の女王、ゼシル……」
「崇高なる精霊の女王。私に貴女に跪き、その手に触れるお許しを」

 そう言って、ディアーノはゼシルの手をとりその甲に口付けを落とした。
 嵐が過ぎ去り、別宅へ戻る途中にディアーノが立ち寄った丘だった。
イエニでも嵐が過ぎ去った朝は。あたりの淀んだ空気を吹き飛ばすような風が気持ちよくて、ディアーノは周囲が止めるのを構わず王宮を出て、海辺を散策した。

 そして何故か根拠もないのに、ディアーノはまた会える気がしていた。

(やはり昨日、ギルバート将軍が騎士たちに探させていたのは彼女だったか。嵐の中を出歩いていたはずなのに全く濡れていない。それに、これは人ではない)

 なんと美しいのだろう。人に在らざる存在が、こうして目の前に立っている奇跡に全身が喜びに満ちている。
 近くに停めていた馬車にゼシルを乗せて、別宅へ戻る。ギルバートの本宅を出た時間は同じだったのに、だいぶ遅くなったディアーノを出迎えたザムールの反応に、ディアーノは気分を良くした。

 ザムールだけではない。屋敷で出迎えた者たちが皆ゼシルの美しさに釘付けになっている。無理もない。人知を超えた美しさを前にしたら、人は無力だ。

 ただ、ザムールだけはゼシルの美しさを良く思わず、ゼシルを部屋に通すなりディアーノに苦言を零した。銀の髪に金の瞳。人離れした宝石のような美しさ。

「ディアーノ王子、あの方は……」
「俺の大事な客人だ」
「お言葉ですが、あの方はもしやギルバート将軍の」
「おや?将軍は今回の領地見回りに女性は同伴していないそうじゃないか」
「……国家間の問題になりますよ?」
「私が外遊で見初めた女性をイエニに連れ帰ってもなんら問題ない」

 表向きは、だ。ディアーノもゼシルがギルバートが見初めた女性であると分かって言っているのが更に性質が悪い。たった一人の女性を手に入れるためだけに、国の利が脅かされるのは愚の骨頂だ。ディアーノが天秤をかけれないわけがない。

 しかし、ザムールが部屋に入って、更に困惑することになった。
こちらをチラリとも見ず、ゼシルはソファに座ったまま冷ややかに言う。

「ディアーノは私をどこかに連れ去る気なのね。私を奪おうとした者たちのように」
「精霊の女王たる貴女を連れ去るなど。私が願うのは貴女の愛をほんの僅かでも得られたならばと乞うばかりです」
「人は愚かで愛しい存在。けれど、私をモノとして見ているのは不快だわ」

 言葉通りに不機嫌そうにゼシルの瞳が細められた。そんな些細な仕草1つでさえ、現実離れした幻想的な印象を見ている者に抱かせる。

「人は愚か故に人知を超えた存在たる貴女をもてあましているのです。そして、その美しさから逃れる術を持たない。我が国へ来ていただけませんか?貴女を私の妃としてお迎えしたい」

 さすがにディアーノの妃になってほしいという言葉を聞いて、ザムールは驚きを隠せない。
まだ数回しか会ったことのないだろう相手を妃として迎えたいとプロポーズしたこともだが、

 精霊の女王?ディアーノ様は何を仰っているんだ?

 けれど妙に納得している自分もどこかにいる。人に許された域を超えた美しさ。人に在らざる存在であれば、ゼシルのこの美しさも理解できるような気がする。
 とても危険な美しさだ。一度魅入ってしまったらもう逃れられない、本人も、そして周囲さえも滅びの道を辿ってしまいかねない。

 ディアーノを止めなければとザムールが口を開こうとして、しかし部屋の扉をノックする音に阻まれる。
 そして入って来た従者が早口にザムールにそっと耳打ちして、その眉間に皺が寄った。次から次にと問題が立て続けに起こる。

「王子、ギルバート将軍がいらっしゃったそうです」
「ギルバート将軍は耳がはやい」

 プロポーズをして返事を待っている最中だというのに。
 けれど決して無視できる相手ではないため、ディアーノはチラとゼシルの様子を一度確認してから席を立った。ギルバートが来たというのにゼシルが動く気配はない。

「これはこれはギルバート将軍。昨夜はお世話になりました。私たちもまだ此方に戻ったばかりなのですよ。如何されましたか?」

 玄関の広間に立つギルバートの背後にはグレンの他に数人の騎士たちが控えていた。そして開いたままの玄関の外には連れてきたのだろう騎士たちが隊列を組んでいるのが見える。
自分の領地内だというのに、さながらこれから賊の拠点を襲撃するかのような雰囲気に、ディアーノが連れている警護兵たちはもちろん、屋敷の使用人たちも只ならない気配にザワついていた。

「王子、こちらに私の探し人がいるようだ」

 ギルバートの声は静かだが、有無を言わせない口調にザムールが毅然と前に出る。いくら外遊に寄らせてもらっているとはいえ、国と国は対等な関係を結んでいる。過ぎた非礼は許されない。

「ギルバート将軍、たしかに此方の屋敷は貴方様が保有する別宅でありましょうが、現在は我らが正式に借り受けております。その間はイエニの所有と変わりない。いくら貴方様でも王子が泊まられているこの屋敷で無礼は許されません」
「分かっている。探し人を返していただければすぐに帰る」
「それはまるで私たちが隠しているような言い方に聞こえますね」

 冷ややかにディアーノは言った。隠し事はお互い様だ。ギルバートはラグナへ内密に女性を伴い、そしてディアーノたちはゼシルがギルバートと関係していると気づいていて黙っている。ギルバートがハッキリ言葉にして言わない以上、取り合う必要はない。
しかしふと視界に入ったソレに気を取られる。

 ギルバートの足元に座っている見慣れぬ柄の猫。
 たまたま玄関口から入ってきただけなら迷い猫と片付けただろうが、猫は一匹ではなかった。

「猫?」

 ラグナ中の猫が集まっているのではと思えるくらいの数の猫が、周りの窓という窓から、こちらを覗いていたのだ。そして一匹が中に入ると他の猫もまた一匹、また一匹と部屋に入ってくる。しかしすぐにまた違う猫が窓から顔を見せる。
 部屋中に猫が溢れかえり、縦に裂けた瞳孔が人間たちを監視する。
 異変に気付いたのはディアーノだけではなく、ザムールや護衛兵たちも只ならない異常に、目を見開き周囲を見渡していた。

 そこへ、凛とした涼やかな声が通った。決して大きくはないのに、ハッキリ聞き取れる。というよりは、耳ではなく頭に直接聞こえたのかもしれない。

「迎えがきたようね」
「ゼシル」

ディアーノが席を立ったときも、ゼシルに部屋からでる気配は無かったのに。見られてしまってはどうしようもない。ディアーノは内心舌打ちした。
 けれど、探し人を見つけたはずのギルバートは僅かに目を見開き、怪訝な眼差しをゼシルに向けた。

「お前は誰だ?アイカではないな?」
「人如きに、精霊の女王たる私がお前呼ばわりされる筋合いはないわ。せっかくこの私が大人しくついていこうとしているのに、私を拒むというの?」

 階段中腹まで降りてきたゼシルをアイカと呼んだギルバートに、ゼシルは極上の笑みを浮かべる。その瞬間、ゼシルの足先から突如、パキパキと独特の凝結音を立てて氷の刃が立ち上がり、一直線にギルバートを襲った。

「………貴方、人の身でありながら女神の加護を受けているのね。とても大切に想われているのね。私が操れるのは水。女神のダイヤには敵わない」

 襲おうとした氷の刃が、ギルバートの周りを一瞬で覆った透明な結晶の前に無残にも砕け散る。同じ無色透明な結晶。しかし結晶の輝きは比にならなかった。
 それ自体が光を放っているかの様なダイヤモンドの巨大な結晶が、意思を持ってギルバートを護る。
 ややあってそれは夢幻の如く淡い光に包まれ消えていき、ゼシルの氷もまたあっという間に溶けて水に変わった。

あまりにも一瞬の出来事過ぎて、この場にいる誰もが息を飲み、悲鳴すら声を発することができなかった。

「アイカは無事なのだろうな?」
「女神を害する精霊はいないわ」
「では返してもらいたい」
「もちろんよ。女神が私の願いを叶えてくれたのなら」

 そう言ってギルバートのそばを通り抜けようとしたゼシルに

「どこへ?」
「私を迎えに来てくれたのでしょう?ギルバート」

 ギルバートの眼差しは瞳を細めたままだったが、後ろに控えていたグレンが何も言わずゼシルを追って、玄関前に留めてある馬車の扉を開く。ギルバートの足元にいた猫もゼシルについて行ってしまう。
 それにギルバートは小さく息をつくとディアーノに振り向き

「ディアーノ王子、彼女を保護して下さり大変助かりました。このお礼は後ほど改めて」

 返事を待たず、さっと着ていたコートを翻し屋敷を後にすると、周り取り囲んでいた猫たちもまた、何事も無かったかのように窓から立ち去っていった。

「……王子、言っても無駄だとは思いますが、おやめになられた方がいい。アレは人が手を出していい存在ではありません」

 残された中で最初に声を発したのはザムールだった。
氷の刃が人を襲い、ダイヤの結晶が刃からギルバートを護る。今見たものが俄かには信じられない。だが、見たのは自分だけではなく、ギルバートたちが帰っても続く沈黙がそれを証明していた。

「だが手に入れる価値は計り知れない。俺は彼女を諦めるつもりはない。幸いなことにギルバート将軍の相手とゼシルは違うみたいだ。ならば問題はない」

楽しそうに笑うディアーノは子供のソレだった。
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