【R18】女神転生したのに将軍に言い寄られています。

ミチル

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女神と宝石

第十七章 指輪と猫

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ヘマをしてしまった。

ココがアイカと一緒に転生しこの世界に来た時、与えられたのはアイカや精霊たちと心を通わせる力と、アイカが女神として生まれた時、目覚めたばかりのアイカをきちんと導けるように女神についての基礎知識だけだった。

人間だった時の記憶があるせいか、アイカの考え方は酷く人間に偏っている。そこから野良猫だった自分にアイカからココという名前をもらい、心を通わせるだけでなく人間のように喋る力も授けてくれた。

アイカが捕らえられた倉庫から指輪を咥えて逃げる際、見回りの人間に見つかって危うく蹴り殺されそうになってしまった。野良猫が嫌われるのは転生する前と変らないらしい。

腹を蹴られたときに脇腹が折れたのか、呼吸をするたび響いて痛い。痛みというより熱で熱い前足も折れたのかもしれない。走るどころか上手く歩くことができず、片足を引き摺る形でなかなか前に進めない。
一瞬でも気を抜くと気を失ってしまいそうだった。

けれど咥えた指輪を捨てるわけにはいかない。
じぶんはもう野良猫ではない。
ココという名前を与えられた女神の猫だ。


▼▼▼


なぜアイカが見つからない!
屋敷に戻ると言っていたんじゃないのか!?

苛立ちにまかせ机をこぶしで叩いた衝撃で置かれていたカップが倒れ、まだ入っていた紅茶が零れ、机の上に広げられていた地図を濡らす。ギルバートの自室に集まって、賊について各隊の進捗状況を報告していた騎士団長たちと軍の幹部メンバーたちは、自分達の何の進展もない報告にギルバートが苛立っているのだと解釈して、厳しい顔つきのまま誰も口を開こうとはしない。
零れた紅茶は、すっと無言で立ち上がったグレンが部屋の隅に置かれている棚の中から布巾を取り出し拭き取る。

「くそっ!」

自分がこんな怪我などしなければアイカが自分を心配して屋敷を飛び出ることはなかった。
頭に巻かれた包帯を力任せに掴み取り投げ捨てる。

証言のつじつまは全てあっている。自分が見回りで怪我をした話をメイドたちから聞いたアイカは、自分の身を心配して庭の小川から騎士団建物近くの川まで運んでもらったのだろう。そこで第2騎士団で知り合ったフレッドに会い、自分の容態を聞いた。
ドレス姿で騎士団の中に入るのを躊躇ったのかもしれないことは想像に容易い。フレッドも初めて見るドレス姿のアイカに驚き、けれど何事か事情を察して、騎士団の建物の中に一度匿い、グレンにアイカが来ていることを報告したほうがいいかと考えたらしい。
グレンと遠縁として騎士団に入れた経緯を考えれば、フレッドの判断は正しい。

しかし、ギルバートの怪我の容態を聞いて安堵したらしいアイカは、騎士団の建物には入らず屋敷に戻ると言って、フレッドが引き止めるのも構わず行ってしまったのだという。

俺を心配するあまり泣いていたと言っていた。
賊を捕らえるためにアイカを泣かせるなど、俺は何をしているんだ。

しかし、それからアイカの行方は依然と分からなくなってしまった。屋敷にも戻っていない。街で聞き込みもしたが、ドレス姿の美しい少女を見かけたという者もフレッドと遭遇した周辺以外では全くいなかった。
もしかすると久しぶりに屋敷の外に出られて、どこかに寄り道をしたのかとも考えたのだが、すでに一晩経っている。
アイカの行方がわからなくなって半日以上。夜になってグランディ邸でギルバートがずっと待っていても帰ってこなかった。
いくらなんでも屋敷に戻るどころか連絡無しというのはおかしい。

グレンでさえ口に出すことはなかったが、屋敷に戻ろうしたアイカが賊に捕まってしまったのではないかと不安が過ぎる。

「焦られるお気持ちはわかりますが、どうか冷静になられますよう。頭に血が上ればそれこそ敵の思うツボです。以前、総力を挙げて捜索しております」
「分かっている。しかし……俺はこんなに自分自身対して腹をたてたのはじめてだ」

数年前の戦争時ですら、こんなに自分を殴り飛ばしたい気持ちになったことはなかった。

ーカリッ、カリッ

小さな音だった。爪で木の扉を引っ掻くような、こうして部屋が静まり返っていなければ話し声でかき消され、誰も気づくことができないくらいの、ほんの小さな引っ掻き音。

ーカリッ

まただ。何の音だと、集まった者たちが視線を周囲にめぐらせる中、椅子から立ち上がったのはギルバートだった。迷いなく部屋の扉に近づくと、そっと戸を開き、足元を見下ろした。
そこに横たわった血まみれの猫に目を見開き、しかしそっと抱き上げる。

「お前っ!?ココか!?この怪我はどうした!?アイカは一緒ではないのか!?」

ココとはアイカが名づけたらしく、猫のくせに犬のように忠実に後をついてきたり、自ら川に飛び込んだりと、いつもアイカの傍に寄り添う不思議な猫だ。屋敷で警護していた兵が、小川でアイカと共に猫も消えたという報告があがっている。
であればココはずっとアイカと一緒にいる筈なのに、ココだけが騎士団の建物に血だらけで戻ってきたのはおかしい。

考えたくはなかったが、やはりアイカは賊に捕まってしまったのだろうと奥歯を噛み締める。自分を狙う賊たちは、騎士団の中にいる自分を常に遠くから監視していて、そこに現れたアイカを見つけ攫ったのだ。

そして抱きかかえたココが酷い怪我をしているのにも関わらず、口に咥えているものに気づく。そっと指で口からとったものはギルバートにはとても見覚えのあるものだった。

「何を咥えて……、これは、アイカの指輪……?」

アイカに初めて会って、池の中に逃げられた夜。拾った指輪をベッドの上でずっと眺めたムーンストーンの石がはまった小さな指輪。

「アイカが掴まっているのか?」

指輪を震える手で持ちながら、腕の中の猫に問いかける。
いくら女神の猫であろうと所詮は猫だ。これだけ酷い怪我をしていては掴まっているアイカの元まで自分達を案内することなど、摩訶不可思議な猫であっても無理だろう。
指輪だけが戻っても囚われたアイカの居場所が分からなければ、助けにいくことはできない。

けれども、そこでギルバートは生まれて初めて、猫の声を聞くことになった。

「王都、……北地区、川上にある武器商の、ち、か倉庫……けほっ……」
「ッ!?」

途切れ途切れの、アイカが囚われているだろう場所。いい終り様、僅かに吐血して、ココは苦しそうにぜーぜー息を吐く。北地区の川上は、騎士団の建物がある南地区とは正反対だ。そこから怪我をし血まみれになりながらも、指輪を咥え、囚われた場所を自分のもとまで知らせにきた。
ココが吐いた血が袖を汚しても構わず、その身体を一度大事に抱きしめなおす。

「よくやった。あとは俺に任せろ。アイカは絶対助け出してみせる」
「ギルバート様?それはココですか?」

扉の方にやってきたグレンにギルバートは振り返った。ギルバートの腕に抱かれた血まみれのココの姿にグレンの眉間に皺が寄る。しかしギルバートの目に、先ほどまでの苛立ちは消え失せ、眼差しに迷いはなかった。落ち着いた声で

「ココの手当てを。大切な猫だ。絶対に死なせるな、アイカが悲しむ」

グレンの腕に血まみれのココを大事に渡すと、すぐさまギルバートは自席の前に広げられ、さっき自分が零した紅茶で濡れている地図を見下ろす。

北地区、地下倉庫があるような大きな武器商人。
その倉庫。不審な者が多少出入りしても疑われないような周辺の地理。

「ここだ」

地図の1点を指差す。その位置を集まっている者たちは席を一斉に立ち上がり身を乗り出して指差す場所を覗き込む。零れた紅茶でインクが少しに滲んでしまった一角。

「今すぐ動かせる騎士団は!?今から北地区にある武器商倉庫へ向う!そこがヤツラの根城だ!」

いつ賊の拠点が判明してもいいように、ギルバートは騎士団を3つに分けて日替わりで出陣待機させていた。
今日の担当は

「5番隊!」
「8番隊!」
「1番隊!」

各騎士団長が声を張り上げる。その返答を確認するや、ギルバートは足早に扉の方へ行きながら残りの騎士団と軍に命令を下す。

「よし!3隊とも俺と共に付いて来い!残りの隊は急ぎ隊が整い次第追ってくるように!グレンは軍ですぐ動かせる隊を急ぎ編成し、武器商の店周辺を包囲しろ!ネズミ一匹たりとも逃すな!リアナの猛者たちだ!侮って遅れをとるなよ!」
「「「「ハッ!!」」」
「賊共のには銀髪金眼の少女が掴まっているはずだ。少女を見つけたら必ず保護しろ!」

着ていた平時用の軍服を戦闘用のものに着替え、愛用の剣を腰に下げて馬小屋に行けば、ギルバートの馬には鞍がすでにセットされ、その肩に素早く掛けられた漆黒のマントを翻し、軽やかに愛馬に跨る。
他の馬小屋からも馬たちが小屋から出され次々と鞍を備えつけられると、その馬に剣を下げた騎士たちが騎乗していく。


今助けにいくからなアイカ!

「いくぞ!」

手綱を強く引いて馬を制御すると、ギルバートは騎士団を率いて、アイカが囚われているだろう地下倉庫を目指した。
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