婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません

ミチル

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苦手が敵にバレてしまいました

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(ルイスに消毒される前に自分で消毒をするのよ!そうすればルイスがわざわざ私を消毒する必要なんてないもの!急いで拭かなくちゃ!)

 王宮の厩舎に馬を戻して、リリーは急いで近くの井戸へと向かい、ポケットに入れておいた手ぬぐいを濡らしてクリストファーに触られた顎を拭う。
 これでもかというくらいびしょびしょに濡れた手ぬぐいで拭いたせいで、滴る水で襟元も濡れてしまったけれど服は着がえればいい。

 クリストファーと別れ、馬を駆けて汗をかいただろうルイスが乗馬服から普段着ている王宮服に着がえ終わる前に戻れば問題ない。
そう考えていたのにーー

「こんなに服まで濡らして……」

 背後からわずかに苦笑した声はルイスのものだった。顎だけでなく顔や首まわりも念入りに拭いていたせいで、背後から忍び寄ってくるルイスの足音に気づけなかった。振り返れば、乗馬服のままのルイスが立っていて、首周りの服が濡れているみっともない姿を見られてしまったけれど、それよりも先に言っておくことがあった。

「触られた顎でしたらもう十分拭きましたので、ルイス様が消毒する必要はありませんわ!」
「そうみたいだね。これなら俺が消毒する必要はないかな」

 その言葉にリリーはホッと胸を撫で下ろした。前のときは入れたばかりのお茶が零れた手をルイスに消毒されてしまった。けれど今回は手ではなく顎である。顎をどういう風にルイスに消毒されるか想像もつかない。

(それに私に触れたのはルイスの友人でしょう?全く知らない相手でもないのに、ちょっと顎を触られたくらいで消毒だなんて大袈裟じゃないかしら)

 とりあえず、ルイスの許しもでたことだし、風邪を引かないうちに服を着替えようとルイスの隣を通り抜けようとした。

「待ちなさい」
「ですから部屋に着替えを」

ルイスにぐっと腕を掴まれて、そのままルイスの腕の中に抱きしめられてしまう。

「服が濡れたせいで透けている」
「えっ?」

 指摘されて着ていた乗馬服を見ると、ルイスの言うように白シャツが井戸水に濡れて肌に張り付き、少し肌色が透けてしまっている。さらにシャツのボタンも首まわりを拭くためにボタンを数個外していたから胸元が際どい位置まで露になってしまっていた。

「クリスに触られたときといい、リリーは少し警戒心が足らないようだね」

襟元に指を指し入れ、浮いた鎖骨をルイスの指がツゥと辿っていく。

(またっ……鎖骨撫でられてっ……)

どうにかこの腕の中から逃げれないかと腕に力をいれると、ルイスは抱きしめる腕に力を入れてきて逃げ出せない。
次第に鎖骨を触れていた手が、首筋を辿り顎へと上がってきて、大きな頬に手を添えられてしまった。

(またルイスが抱きしめてきたわっ……消毒はしなくて大丈夫って言ったのに……)

 これ以上苛められないうちに、はやくルイスから離れなければと思うのに、この腕の中に捕らえられてしまうと、どうしてか抵抗できなくなってしまう。

「こんなに無防備で、俺が目を光らせていないとすぐに悪い虫が付いてしまう」
「ルイス様、このようにくっついては、ルイス様まで濡れて、しまいます……、あっ!」

首の根元にチクリとした痛みが走って、その痛みに思わず高い声がでてしまった。
痛みが走った部分を手で触れてみたけれど、虫がくっついているような感触はなかった。

(何だったんだろう……さっきの痛み……。それに虫って何のこと?)

「服が透けている。これを着て部屋に戻って着がえておいで。濡れたままでいると風邪を引いてしまう」
「は、はい……」

 ルイスが脱いだジャケットを手渡されて、素直にリリーは受けとる。ジャケットを羽織るだけで解放してもらえるならいくらでも羽織る。

 自室で手早く着がえて、リリーは借りたルイスのジャケットを持ってロイドを探した。特注で作られたルイスの乗馬着だ。普通に洗うわけにはいかない。

「ロイド、このルイスの上着なんだけれど」
「ルイス様の上着?どうかされたのですか?」

なぜ着がえてきたリリーがルイスの上着を持っているのか不思議に思っても当然だろう。ロイドであれば平気だろうと井戸でのやりとりをリリーは恥ずかしそうに説明した。

「わかりました。こちらで専門の職人に渡して洗わせましょう」
「ありがとう。それとちょっとお願いがあって。虫刺されたみたいで、軟膏はどこにあるかしら?腫れないうちに塗っておきたいの」
「軟膏でしたらこちらです」

 窓際のチェストの中から瓶に入った軟膏をロイドが持ってくると、それを受け取り指に少しだけ掬い取った。
髪を斜めに避けて、衿を少し広げてルイスといたときチクリと痛んだ場所に軟膏を塗る。

「リリー様、つかぬことをお聞きするのですが、虫刺されとはそちらですか?」

 軟膏を塗り終え、衿を正したリリーにロイドが怪訝な眼差しで訊ねてきた。
 それにリリーはにこりと笑み、

「そうよ。変なところを虫に刺されちゃったわ。でもこの位置なら高衿のシャツを着ていれば隠せるから、不幸中の幸いね」
「さ、さようでございますね……」

(疎い方だとは思っていたが、ここまでとは……。)

 借りた軟膏をありがとうと言って返したリリーに、ロイドはそれが虫刺されではなくキスマークなのだとと教えるのはやめておくことにした。
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