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勇者転生のトリセツ
3、無敵の能力ではなく仲間をください
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「能力じゃなくて、一番強い誰かが欲しいの?」
「そうです。戦うことが好きで、私の代わりに戦ってくれるすっごく強い人です。私の仲間になってくれる人です」
どんなに強くても戦うことが嫌いな人に無理やり戦わせては申し訳ない。好きで戦うのであれば、だれも文句は言わないだろう。その世界で一番強い人ならきっと魔王も倒せるだろうし。
そして私は争いからは極力遠ざかって、質素でもほそぼそと生きていこう。大人の姿のまま転生であれば、この記憶も消されずに済むはずだ。姿は大人、頭脳は赤ちゃんじゃあ、勇者はやってられないだろうし。
元の世界の知識が多少なり役立てば儲けものだ。義務教育の小学校にはじまり、死ぬ19歳まで毎日受験勉強頑張ったんだから、社会(異世界)にでてからも少しくらい役立ってほしい。
「いいよ!唯は自分自身を強くする『能力』じゃなくて、代わりに戦ってくれる『強い下僕』が欲しいってことなんだね!下僕を欲しがる人間は初めてだよ!」
「そう、そ、うですか?いや、下僕っていうんじゃなくて仲間っていうか……あれ……?」
言いながら、小人の神様が言った『下僕』という言葉を否定できなくて、言葉に詰まってしまう。いくら戦うことが好きでも、他のだれかに戦いを押し付けて、自分は平和なところで生活するのは『仲間』とは言い切れない気がしたからだ。
たぶん、それは『卑怯』な気がする。
「じゃあ、今回の勇者召喚はそれでいこうか!」
「待ってください!やっぱり!」
もう少し考えさせてという前に視界が眩しく光りはじめ、ぎゅっと目を閉じる。
時間にしてみればほんの数秒という体感だった。
あたりに人のざわめきが聞こえはじめ、おそるおそる閉ざしていた瞼を開くと、窓一つない松明だけの薄暗い部屋の中央に私はしゃがんでいた。
「おお!!勇者だ!神が勇者召喚の儀に応えてくださったのだ!」
顔を上げた先で、長いひげを蓄え、豪華な衣装を着こんだ老人が歓喜の声を上げる。
頭にはお約束のようにたくさんの宝石がはめられた王冠。たぶん、あれが王様だろう。そして地面にしゃがんだ自分の足元には、漫画でありそうな大きく緻密な文字が書かれた魔法陣が描かれていた。
「あ、あのっ!そのっ!私は違うんです!勇者だけど神様からチート能力は貰ってなくて!」
代わりに別の強い人がいるのだと伝えようとするよりはやく、魔法陣の周囲を取り囲んでいた兵士たちに押さえつけられてしまった。
「きゃっ!痛いっ!なに!?放してよ!」
わけもわからず叫んでみたところで、鍛えられた大勢の兵士たちに敵うわけがない。押さえつけられた反動でかけていた眼鏡が外れかけた。
その間にも周囲ではバタバタと忙しく人が行きかい、地面の魔法陣が淡く光り出したかと思うと、体が急に重くなって地面から起き上がれなくなってしまう。
文字通り、指一本動かせない状況である。
「急げ!絶対に勇者を逃がすな!勇者に『拘束の呪』をかけるのだ!」
拘束ってどういうこと!?私は一応勇者として召喚されたんじゃないの!?
召喚した勇者は丁重に扱うべきなんじゃないの!?
想像していたのとは全く違う歓迎だ。困惑している私の目の前に、さっきしゃべっていた王様とは違う、魔法使いのようなローブを着込んだ老人が、押さえつけられた自分の目の前に立つ。
老人は老人でも健康的な生活は送ってなさそうな、生気が全く感じられない。言ってしまえば、目が死んでいる。
その手には金色のティアラというかサークレットが、恭しく持たれていた。
なにあれ。ヤダ。こんな対応をされたら、どんな高級なジュエリーでも絶対欲しくない。悪い予感しかしない。
「い、いらない……。やめて……。こっちに近づかないで」
「さあ、勇者よ。これを身に着け、我らの命じるままに魔王を倒すのじゃ」
逃げ出したくても体は地面に縫い付けられて逃げ出せず、ゆっくりとサークレットが自分の頭に降ろされてくる。恐怖のあまり心の中で思い切り叫んだ。
やだ!誰か!助けて!!
「そうはさせぬ」
決して大きくはないのに、凛として低く落ち着いた声がすぐ背後から聞こえた。
直後、自分にサークレットをかぶせようとしていた老人が、触れてもいないのに弾かれるようにして壁に衝突し、自分を押さえつけていた兵士たちも同様に吹き飛ばされてしまう。
何かが光ったとか、呪文らしい呪文が唱えられたわけでもない。
いきなり吹き飛ぶのだ。
そして地面の魔法陣の光が消え、体がすっと軽くなった。体が動かせる。
「助けに参りました。さぞ怖かったことでしょう。もう大丈夫です」
優しい声に、恐る恐る振り返る。
そこには眼鏡がずれていてぼやけた視界でもわかるくらい長身に銀髪の美丈夫が立っており、振り返った自分を恭しく腕に抱きかかえてくれた。いわゆるお姫様抱っこというやつである。突然のヒーローの登場に、さっきまでの恐怖も忘れて心臓がどきどき高鳴る。
「貴様!なにやつじゃ!このような狼藉、決して許さぬぞ!」
「それはこちらのセリフ。我が主に対して働いた狼藉、死んでも償いきれぬ物と知れ。後ほどたっぷりと後悔させてやろう」
さっき私に向けた優しい声とは違う、怒りに満ちた声が罵声を上げる王様を射すくめる。一気に心の臓が冷えた心地だった。
直後、窓が一つもない部屋なのに風が舞い上がり、咄嗟 に自分を抱きかかえている男の服に、ずれた眼鏡の位置を正すのも忘れてしがみついた。
何!?次は何が起こるっていうのよ!?
王冠をかぶった王様に負けず劣らずの豪奢なマントを着ている美丈夫は、その体に力いっぱいしがみついてみて初めて体が鍛え上げられたマッチョだと気づく。がっしりとした体躯に力強い腕は私をお姫様抱っこで抱えていてもびくともしない安定感。
しかもすっごくいい香り!香水じゃないわよね?こんないい香りが体臭なわけがないし、でも甘くて香しくて、なんの香りだろう。訳わからないけど、これは絶対離さないわ!
突然死んで、神様に異世界の勇者として転生召喚させられて、でも勇者なのにひどいあつかいを受けて、この上なにが起こるのか。もう何が起こっても不思議じゃない。
「もう目を開けていただいても大丈夫です」
低い美声に促されるようにしてゆっくりと瞳を開く。まっさきに入ってきたのは眩しい日差し、そしてズレたままだった眼鏡をそっと正すと視界が一気にクリアになった。
「わぁ、キレイ………」
そこは小人の神様と会ったときのような真っ白な世界でも、窓一つない薄暗い地下でもなく、あたり一面に色とりどりの花畑が広がる湖畔の麓だった。
「そうです。戦うことが好きで、私の代わりに戦ってくれるすっごく強い人です。私の仲間になってくれる人です」
どんなに強くても戦うことが嫌いな人に無理やり戦わせては申し訳ない。好きで戦うのであれば、だれも文句は言わないだろう。その世界で一番強い人ならきっと魔王も倒せるだろうし。
そして私は争いからは極力遠ざかって、質素でもほそぼそと生きていこう。大人の姿のまま転生であれば、この記憶も消されずに済むはずだ。姿は大人、頭脳は赤ちゃんじゃあ、勇者はやってられないだろうし。
元の世界の知識が多少なり役立てば儲けものだ。義務教育の小学校にはじまり、死ぬ19歳まで毎日受験勉強頑張ったんだから、社会(異世界)にでてからも少しくらい役立ってほしい。
「いいよ!唯は自分自身を強くする『能力』じゃなくて、代わりに戦ってくれる『強い下僕』が欲しいってことなんだね!下僕を欲しがる人間は初めてだよ!」
「そう、そ、うですか?いや、下僕っていうんじゃなくて仲間っていうか……あれ……?」
言いながら、小人の神様が言った『下僕』という言葉を否定できなくて、言葉に詰まってしまう。いくら戦うことが好きでも、他のだれかに戦いを押し付けて、自分は平和なところで生活するのは『仲間』とは言い切れない気がしたからだ。
たぶん、それは『卑怯』な気がする。
「じゃあ、今回の勇者召喚はそれでいこうか!」
「待ってください!やっぱり!」
もう少し考えさせてという前に視界が眩しく光りはじめ、ぎゅっと目を閉じる。
時間にしてみればほんの数秒という体感だった。
あたりに人のざわめきが聞こえはじめ、おそるおそる閉ざしていた瞼を開くと、窓一つない松明だけの薄暗い部屋の中央に私はしゃがんでいた。
「おお!!勇者だ!神が勇者召喚の儀に応えてくださったのだ!」
顔を上げた先で、長いひげを蓄え、豪華な衣装を着こんだ老人が歓喜の声を上げる。
頭にはお約束のようにたくさんの宝石がはめられた王冠。たぶん、あれが王様だろう。そして地面にしゃがんだ自分の足元には、漫画でありそうな大きく緻密な文字が書かれた魔法陣が描かれていた。
「あ、あのっ!そのっ!私は違うんです!勇者だけど神様からチート能力は貰ってなくて!」
代わりに別の強い人がいるのだと伝えようとするよりはやく、魔法陣の周囲を取り囲んでいた兵士たちに押さえつけられてしまった。
「きゃっ!痛いっ!なに!?放してよ!」
わけもわからず叫んでみたところで、鍛えられた大勢の兵士たちに敵うわけがない。押さえつけられた反動でかけていた眼鏡が外れかけた。
その間にも周囲ではバタバタと忙しく人が行きかい、地面の魔法陣が淡く光り出したかと思うと、体が急に重くなって地面から起き上がれなくなってしまう。
文字通り、指一本動かせない状況である。
「急げ!絶対に勇者を逃がすな!勇者に『拘束の呪』をかけるのだ!」
拘束ってどういうこと!?私は一応勇者として召喚されたんじゃないの!?
召喚した勇者は丁重に扱うべきなんじゃないの!?
想像していたのとは全く違う歓迎だ。困惑している私の目の前に、さっきしゃべっていた王様とは違う、魔法使いのようなローブを着込んだ老人が、押さえつけられた自分の目の前に立つ。
老人は老人でも健康的な生活は送ってなさそうな、生気が全く感じられない。言ってしまえば、目が死んでいる。
その手には金色のティアラというかサークレットが、恭しく持たれていた。
なにあれ。ヤダ。こんな対応をされたら、どんな高級なジュエリーでも絶対欲しくない。悪い予感しかしない。
「い、いらない……。やめて……。こっちに近づかないで」
「さあ、勇者よ。これを身に着け、我らの命じるままに魔王を倒すのじゃ」
逃げ出したくても体は地面に縫い付けられて逃げ出せず、ゆっくりとサークレットが自分の頭に降ろされてくる。恐怖のあまり心の中で思い切り叫んだ。
やだ!誰か!助けて!!
「そうはさせぬ」
決して大きくはないのに、凛として低く落ち着いた声がすぐ背後から聞こえた。
直後、自分にサークレットをかぶせようとしていた老人が、触れてもいないのに弾かれるようにして壁に衝突し、自分を押さえつけていた兵士たちも同様に吹き飛ばされてしまう。
何かが光ったとか、呪文らしい呪文が唱えられたわけでもない。
いきなり吹き飛ぶのだ。
そして地面の魔法陣の光が消え、体がすっと軽くなった。体が動かせる。
「助けに参りました。さぞ怖かったことでしょう。もう大丈夫です」
優しい声に、恐る恐る振り返る。
そこには眼鏡がずれていてぼやけた視界でもわかるくらい長身に銀髪の美丈夫が立っており、振り返った自分を恭しく腕に抱きかかえてくれた。いわゆるお姫様抱っこというやつである。突然のヒーローの登場に、さっきまでの恐怖も忘れて心臓がどきどき高鳴る。
「貴様!なにやつじゃ!このような狼藉、決して許さぬぞ!」
「それはこちらのセリフ。我が主に対して働いた狼藉、死んでも償いきれぬ物と知れ。後ほどたっぷりと後悔させてやろう」
さっき私に向けた優しい声とは違う、怒りに満ちた声が罵声を上げる王様を射すくめる。一気に心の臓が冷えた心地だった。
直後、窓が一つもない部屋なのに風が舞い上がり、咄嗟 に自分を抱きかかえている男の服に、ずれた眼鏡の位置を正すのも忘れてしがみついた。
何!?次は何が起こるっていうのよ!?
王冠をかぶった王様に負けず劣らずの豪奢なマントを着ている美丈夫は、その体に力いっぱいしがみついてみて初めて体が鍛え上げられたマッチョだと気づく。がっしりとした体躯に力強い腕は私をお姫様抱っこで抱えていてもびくともしない安定感。
しかもすっごくいい香り!香水じゃないわよね?こんないい香りが体臭なわけがないし、でも甘くて香しくて、なんの香りだろう。訳わからないけど、これは絶対離さないわ!
突然死んで、神様に異世界の勇者として転生召喚させられて、でも勇者なのにひどいあつかいを受けて、この上なにが起こるのか。もう何が起こっても不思議じゃない。
「もう目を開けていただいても大丈夫です」
低い美声に促されるようにしてゆっくりと瞳を開く。まっさきに入ってきたのは眩しい日差し、そしてズレたままだった眼鏡をそっと正すと視界が一気にクリアになった。
「わぁ、キレイ………」
そこは小人の神様と会ったときのような真っ白な世界でも、窓一つない薄暗い地下でもなく、あたり一面に色とりどりの花畑が広がる湖畔の麓だった。
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