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勇者転生のトリセツ

2、勇者転生は断れないんですか?

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 しかし、ふっと疑問が沸き起こった。勇者として召喚するなら、できれば熊とも素手で戦えるような屈強な成人男子を選ぶはずだ。
 こんな非力な人間の女を勇者に祭り上げたところで、たかがしれている。魔王を倒すどころか、村を一歩外に出たとたんに、最初の最弱モンスターで返り討ちに合う。

「待って……?私、女ですよ?なんの力もない非力な女なんですね。小さい頃から地味でクラスのヒエラルキーは下から数えた方が早い方です。大学受験は落ちたばっかりだし、スポーツは自信をもって不得意です。当然だけど、魔法とかおかしな力なんてこれっぽっちもないですが?」

 性格は大人しめで地味。そして美人とは程遠い眼鏡に容姿は中の中。勉強も学年でつねに真ん中。あまりに中なので、欲も悪くも目立つことが一度もなかった人生。アニメや漫画、ラノベはそこそこ手を出したけれど、アイドル(3次元)には全くハマらなかった。
 そんな私を召喚したって魔王を倒せるわけがない。
 やっぱり別のだれかと間違えてるんじゃないだろうか。

「そこは安心して!ボクがこれから『唯でも』魔王に勝てるくらい強い能力をプレゼントしてあげるから!」

 聞いた瞬間、テンプレ展開キタ!と思った。
勘違いで異世界転生させちゃうような神様も、お詫びとか言ってチートスキルをプレゼントするのだ。それで転生者が異世界無双をするのはラノベではよくある話で。

 だからって魔王を倒すために能力をプレゼントするといい考えはいかがなものか?しかも、『私でも』ってさらっとディスられたの、気づいているからね?たまたま不運で死んだ普通の人間も、傷つくんだから。

 にしても、この一見美味しそうな状況。
 別の誰かだったらチート能力が貰えるなら喜ぶのだろうか?魔王に勝てちゃうようなすごい能力を授けられるのなら、大抵の人は喜んで受け取るのだろう。でないと魔王に勝つどころか、殺されてしまう可能性だってある。疑いを持つことなく、飛びついたっておかしくない。

 でも、死ぬ前のお父さんはいつも言っていた。甘い話には、美味ければ美味いほど裏がある。どんな美味しそうな話も一日寝てから返事をしなさいと。それが日々、満員電車に揺られながら戦うサラリーマンの極意だと常々言っていた。

 気を急いて損をするのはもったいない。
 ちょっと利益を貰い損ねるより、大損する方が勿体ない。

 小さいころから耳タコで聞かされ、話のたびに飽き飽きしつつも、日本のサラリーマン事情は奥深いと体に染みついてしまった父の座右の銘である。
 お陰で神様からの嬉しい話も疑ってしまうようになってしまった。

 そこまで考えると逆に疑問が湧いてくる。 
 どうしてこの小人の神様は、こんな平凡弱者の人間に、魔王を倒せるくらいの能力を与えたがっているんだろう?まるで能力を与えるのが、当たり前と思い込んでいるような節がある。

「いやいや、そうじゃなくて、聞いください。私、暴力は反対派なんです。どんなに悪い人でも暴力はダメだと思うんです。それに私自身、誰かと危険を冒してまで戦いたくなくて。だから、そんな力は要らないです」

 海外の国に比べて、戦争や争いが少ない日本で生まれ育ったこともあり、暴力で解決は好きじゃない。できれば暴力を使わず平和的な解決を目指したい。

「でも、それだと魔王に勝てないよ?」

「元から魔王と戦わなければいいんじゃないでしょうか?魔王と話し合うとか」

「それはダメ」

「どうしてですか?」

「ボク、もう勇者召喚の儀に応えちゃったから、魔王を倒せる強い『勇者』をあっちの世界に送らないと契約違反になって困るんだよね」

 おっと!ここで急展開です。単に異世界転生させるわけじゃなかったようだ。しかもこちらに選択権はないようで、神様の都合が優先されるらしい。
 どういうことなのかこれは詳しく話を聞く必要がありそうである。

『勇者召喚の儀』について詳細を尋ねてみる。するとすんなり神様は詳細を話し始めた。

「勇者召喚の儀っていうのは~」
 
①魔王に攻められて困っている人間たちが、魔王を倒せる勇者を召喚してくださいと神様に祈る。
②捧げものとかをたくさん受け取った神様が、適当な異世界から死んだばかりの人間を選び、チート能力を授けて、異世界に転生召喚させる
③転生召喚させられた人間はそのチートスキルを使って魔王を倒す

 というのが大まかな流れらしい。
 魔王がいるっていうからには、きっと科学では証明できないような魔法や狂暴なモンスターで溢れている世界なんだろうか。なんだか、転生する前から憂鬱になってくる。
 出来ることなら、もっと平和な世界に転生したかった。でもそんな平和な世界なら元から異世界から勇者を召喚しようとは誰も考えないか。なんとも上手くいかない世界だ。

「それって神様にその世界のだれかに魔王を倒せるくらいの力を授けてもらう方が、異世界の人を召喚するより手っ取り早いんじゃないんですか?」

 素朴な疑問を、そのまま尋ねてみた。
 異世界の召喚者が異世界人を直接召喚せずに、神様を介して召喚するというのも腑に落ちない。そんな面倒な方法を取らなくても、もっと簡単な方法がある気がする。

「無理だね。人は生まれながらに能力の限界が決まってるんだ。あとから力を付与したところでたかが知れてる。だから異世界転生させるときに、初めから強い力を与えておけばいい」

「……なるほど。理解ししました。けど、その理屈で言うなら、その世界の人が同じ人間に転生するときに力をあげるっていうのはどうでしょう?」

「力を与えたところで、生まれた赤子が大きくなる頃には、その国は滅んでるよ。その点、異世界人なら、違う世界の輪廻から無理やり連れてきた魂だからね。輪廻の理を乱すことなく大人の姿で召喚することができる」

 粘ってみたものの、小人の神様にふんと一蹴されてしまった。人間ごときの浅知恵と笑われたのだろう。
 にしても、曖昧ではあるけれど、よく考えたものだと感心してしまう。
 人間からの捧げ物は欲しい。でも自分の世界の輪廻の理を乱すことはしたくない神様が、別の世界の人間の魂にチート細工して召喚するという流れらしい。

 魔王を倒したい人間たちも、よくこんな仕組みを考えたものだ。普通に異世界人を召喚しようとしても、その異世界人が魔王を倒せるくらい強い可能性はほとんどないだろう。現に自分みたいな魔法一つ使えない非力な人間を、間違って召喚してしまうこともある。

 その点、神様を通してお願いすれば、確実に強い勇者を召喚できる。
 理屈は通っている。

「『勇者召喚の儀』について、大まかな話の内容は分かりました」

「よかったよ。じゃあ唯はどんな能力がほしい?」

「だから待ってください。そう話を急かさないでください。ものは相談なんですが、貰うのは能力じゃなきゃ絶対ダメなんでしょうか?能力の代わりに誰か……、これからいく世界の中で一番強い人を私の仲間にできないでしょうか?」

 ダメ元で神様に提案してみた。
 やっぱりこの話、美味すぎる気がするのだ。
 話の裏に深い落とし穴が潜んでいそうな気がしてならない。
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