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第八章 いつか笑って
いつか笑って
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七月最初の日曜日、今日は【山風】の大掃除の日だ。いつもは夕方から出勤しているが、今日は昼から出勤し、大掃除に取り掛かる。
「「「「「「おはようございます!」」」」」」
俺たち六人は時間を合わせて、一緒に出勤した。全員で売り上げを見るためだ。しかし、売り上げはまだ張り出されていなかった。
「すいません、店長。六月の売り上げって……」
京が代表で店長に聞いてくれた。
「ああ、売り上げか、張るの忘れてたわ。もう出来てるから張ってきてもらっていいか」
店長はフロントの奥から売り上げを取り出し、京に渡した。俺たちは休憩室に急ぎ、去年の売り上げと見比べた。
「これって、悪くなってる?」
去年と比べ、ほんの少し売り上げは落ちている。
「ああ、落ちてるな」
守友が頷く。
「ということは、潰れるんか?」
「良くなってる月もあったんや、店長に聞いてみな分からんで」
泣きそうになっている川崎を京が励ます。店長から話されるまで、黙っているのが大人の対応だろう。しかし、俺たちは我慢できず、店長に直接聞き出すことを決めた。
「店長! ちょっといいですか?」
先ほどと同じように、京が代表で話す。
「おお、張ってくれたか、ありがとう。ん? 話ってなんや」
真剣な表情で佇む俺たちを見て、店長は驚きというより、心配している。
「【山風】って潰れてしまうんでしょうか?」
「潰れへんよ」
店長のあまりにもあっさりとした返答に、俺たちは全員固まった。
「でも四月に言ってたじゃないですか、七月までに売り上げが上がらなかったら、【FRESH グループ】に経営権を明け渡すって」
京が少し強めの口調で店長に詰め寄る。
「ああ、その話な、うちの経営管理が、あまりにも雑やから危機感持たすために、あえて大げさに言うてきたみたいやわ」
「つまり、【FRESH グループ】は【山風】のために嘘をついたってことですか?」
「売り上げが悪すぎたら経営権を移すっていうのは、ホンマやったみたいやで。でも、その脅しもお陰で無駄な費用を使ってたことに気が付いたし、経営に関するアドバイスもくれたしな。売り上げが変わらんくても費用は削減できたから、去年よりも黒字やったわ」
店長の話に、俺たちは誰一人愛想笑いすらできなかった。
「それって、いつから分かっていたんですか? なんで俺たちに言ってくれなかったんですか?」
京が怒りを抑えながら、少し大きな声で店長を問い詰める。
「え? 大学生組に話したら、あいつらが、『俺らから高校生組に言っておきます』って言ってたから、俺からは話さんかったけど、聞いてなかったんか?」
店長の話に頭が追いつかない。なんで先輩たちは教えてくれなかったんだ。俺たちが死ぬ気で【山風】のために頑張っていたことは知っているはずなのに……。
「ほらほら、ボーっとしてないで、大掃除始めるで。男子は中庭の草抜き、女子はパントリーの水拭きや」
女将さんがフロントの奥から現れて、俺たちに大掃除の指示をした。先輩たちの意図は分からないが、今はバイト中、とりあえず中庭で草抜きをしながら京たちと話し合うしかない。
「なあ、なんで先輩たちは俺らに話してくれんかったんや?」
俺一人でいくら考えても答えが出ない。こういう時は守友に聞くのが一番早い。
「俺の推測というか、勘だけどいいか?」
守友のこのセリフは前も聞いた気がする。
「教えてや、俺と桜じゃ推測もできひん」
「簡単に言うと、俺たちのことを想って黙ってたんだと思う」
「俺たちのことを想って?」
守友の言葉が理解できない俺は、同じ言葉を繰り返した。
「先輩たちがいつも俺たちに言ってること、思い出してみろよ」
守友に言われて、先輩たちとの会話を思い出す。
「『優秀』やってよく言ってもらえるような……」
自分で言うのは恥ずかしいが、それしか思いつかない。
「『優秀』の前後になんか言ってるだろ?」
「守友が言いたいのは、優秀っていう誉め言葉の前後にある『他の高校生に比べて』、『だけど高校生』ってところやろ?」
京が何かに気付いたようだ。
「そう、俺たちは優秀だって褒められるけど、それは高校生っていう枠組みだから褒められてるだけだ。実際にこの三カ月、死ぬ気で頑張ったけど、店の売り上げをほんの少しも上げることすらできない。学校では大活躍してヒーローみたいに扱われても、一歩『高校』っていう枠組みから出れば、何もできないお子ちゃまなんだよ」
「わざわざ言われなくたって、自分たちがまだまだ子供だって自覚してるで」
守友の言っていることは全て真実だ。だからこそムキになって言い返してしまった。
「確かに、自分たちが未熟であることは理解してるつもりだったし、先輩たちの言葉を真に受けて調子に乗ったことはない。でも、俺たちは全員で本気を出して協力すれば、店の売り上げぐらいなんとかなると、信じて疑わなかった。俺たちは心のどこかで、自分たちが優秀だと思い込んでたんだよ」
守友の言っていることは、正しい、正しいけど……。
「じゃあ、最初から現実を受け止めて、諦めたらよかったんか? 俺たちじゃ無理やって?」
「そうは言ってない。ただ、自分たちだけでは無理だって認めていれば、もっと周りの人を頼ることもできたはずだろ? 親とか兄弟とかさ。でも、俺たちは頼らなかった、『優秀』な俺たちだけでなんとかなると思っていたから」
「……」
何も言い返せない。守友の言う通り、自分たちだけでは無理だと認めていれば、やり方はもっとあったはずだ。
「先輩たちは、自分たちが考えているよりも未熟だってことを、俺たちに分からせるために黙ってたってことか?」
京は俺よりも冷静だ。守友の話に納得しているのだろう。
「痛い目を見させようとしていたわけじゃないと思う。ただ、今回の件が上手くいっても、失敗しても、俺たちの将来に役立つと考えたんだろ」
思い返してみれば、先輩たちは相談には乗ってくれるものの、具体的な案は教えてくれなかった。
「守友、今の推理を本田ちゃんたちに話してこいよ。お前の推理、多分間違ってへんやろ。草抜きは俺と桜でやっとくわ」
「あいつらもモヤモヤしてるはずだしな、ちょっと行ってくる」
守友は小走りでパントリーに向かっていった。俺と京は二人で草抜きを続けた。
「はぁ……、俺たちは先輩の手のひらの上で踊らされてたってことか」
思わずため息をついてしまった。
「【FRESH グループ】にもな。頑固な店長を動かし、少しアドバイスするだけで去年よりも黒字を増やすなんてな……」
「すげぇな……」
それから、俺たちは一言も発することなく、昼休みまで草抜きを続けた。暑いし腰が痛い、だが、この苦しみが頭を真っ白にしてくれる。今は何も考えたくない
「はぁー、疲れた。早くラーメン食いに行こうや」
やっと大掃除が終わった。俺たち男組は主に外の掃除をやらされていたので、汗びっしょりだ。更衣室で着替えてから帰ることにした。
「ごめん、本田に呼び出されてるの思い出した。先に行っといてくれ」
体育祭の帰り道、俺は本田から、大掃除の後に二人で話したいとお願いされていたことを思い出した。
「二人で? 何話すんや?」
「知らん、何やと思う?」
「学ランのお礼ちゃうん? みんなの前で礼を言うのが恥ずかしいんやろ」
「そういうことか、あいつらしいなぁ。お礼ってなんやろ? お菓子かな」
本田のプレゼントを選ぶセンスは抜群だ。少し楽しみになってきた。
「はぁ……」
「なんだよ守友、ため息ついて」
「なんでもない、俺たちは先に行っとくから、終わったら来いよ」
二人が更衣室から出ると、スマホの通知音が鳴った。
『店の裏口で待ってるから、着替え終わったら来て』
この暑い中待たせるのも悪い。俺は急いで着替えを済ませ、更衣室を後にした。
「ごめん、待たせた」
本田は店の裏口でスマホをいじりながら俺を待っていた。裏口は建物の影がかかっており、思っていたよりも涼しい。
「早かったな」
本田は斜め下を向きながら顔を赤らめている。学ランのお礼ぐらいでそんなに恥ずかしがらなくても。
「分かってるで、学ランの礼やろ? それぐらいみんなの前でしたらええのに……。早く済まして◯源行こうや」
「は、はぁ?」
「だから、みんなの前で学ラン借りたお礼をするのが恥ずかしかったんだろ?」
「あんたはホンマに……」
どうやら違ったようだ、またいつもみたいに、罵倒されるんだろうな。大人しく耐えよう。俺は覚悟を決めて、目を瞑った。
(あれ? 何も言ってこうへんな)
恐る恐る目を開けると、本田が泣いていた。
「え? なんで?」
目の前の光景に頭が追い付かない。
「うるさいねん、ホンマに」
本田の涙は止まらない。俺も泣いてしまおうかな……。
「やっぱり、こうなったか……」
「守友?」
ため息をつきながら、守友が建物の陰から姿を現した。
「見に来てよかったわ」
「俺が本田を泣かせたわけじゃないで」
「いや、お前のせいだよ。桜に説明してもいいか? 本田ちゃん」
守友が現れたことで少し落ち着いたようだ。べそをかきながら、静かに頷いた。
「結論から言うと、本田ちゃんが桜を呼び出した理由は、お前に『告白』するためだ」
「本田が俺に?」
信じられないが、本田が否定してこないので本当みたいだ。それでも納得はできない。
「本田ちゃんが応援団に入った理由、分かるか?」
「友達に誘われたからやろ」
「頑固な本田ちゃんが友達に誘われたぐらいで、入るわけないだろ。祭り好きのお前の気を引くためだ」
「応援団と祭りは関係ないやろ」
「去年の夏にみんなで祭りに行った時に、神輿を担ぐ女性を見ながら漏らしてただろ、『太鼓叩いて大声で盛り上がる女性っていいよな』って」
言ったような、言ってないような……。
「それを本田ちゃんはずっと覚えてたんだよ。そんで、今年の応援団は太鼓叩いて祭りみたいに盛り上がるのがテーマって知って、入団したんだ」
納得できるような、できないような……。
「でも、そんな素振りみせへんかったやん、今まで。いつも意地悪してくるし、学ラン貸した時だって、体育祭前日に言ってきたりとかさ」
「それは、超が付くほどのツンデレだからだ。学ランを借りたいってギリギリに伝えたのは、恥ずかしくてずっと言えなかったから」
流石に今の言葉は許せなかったのだろう。本田は涙を拭きながら、守友の足を軽く蹴っている。
「こんぐらい分かりやすく言わないと、桜は納得しないって」
「本田が俺に告白しようとしてたのは、納得できないけどなんとなく分かった。でも、本田が泣いている理由はサッパリだ」
「言っていいの? 本田ちゃん」
「ここまで来たら、恥もなんもないわ。全部説明してくれ」
やっと泣き止んでくれた。このまま泣き止まなかったらどうしようかと。
「本田ちゃんはずっとお前に告白しようと思ってたけど、勇気が出ず、踏み出せなかった。でも、体育祭の打ち上げで京と川崎ちゃんが付き合ったのを見て、やっと決心がついたんだ。しかし、【山風】の件が気がかりだし、それが解決してからの方が気持ちよく告白できると判断した」
「だから、急に二人で話したいって言ってきたんか」
「本田ちゃんは【山風】のために三カ月死ぬ気で頑張ってたから、売り上げが上がって【山風】が助かると誰よりも信じてた。だけど、結果はこの様。誰よりもショックを受けたはずだ。気落ちして、告白はまた別の日にしようか悩んだだろうが、ここで逃げたら一生告白できないと思い、意を決して、お前を呼んだ」
「だけど、俺が本田の告白に全く気付かず、デリカシーのない発言ばかりするから、ストレスが爆発して、泣いちゃった。ってこと?」
二人が深く頷く。守友の話を自分の頭の中でもう一度整理する。……俺が百パーセント悪い、素直に謝ろう。
「大変申し訳ございませんでした」
本田に全身全霊で頭を下げた。
「あんたがデリカシーないのは、重々分かってる。私が泣いてしまったのは、私の心が弱かったからや」
どこまでも自分に厳しいやつだ。こんな時ぐらい他人のせいにしていいのに。
「私が聞きたいのは、あんたの答えや」
大きく深呼吸する。罪滅ぼしの気持ちで気を遣った返答をするのは相手に失礼だ。自分がどう思っているか、素直に答えよう。
「ホンマに好きかどうか分らんのに、付き合うっていうのは一番あかんことやと思う」
俺の言葉に本田が下を向く。
「でも、本田と京が付き合うっていう噂を聞いた時にモヤモヤした。これが好きってことなら付き合いたいねんけど、どう思う?」
本田に答えを聞かれているのに、逆に質問を返してしまった。
「ふふふ……」
「ははは……」
守友と本田が静かに笑い始めた。
「こんなときまであんたらしいな、ホンマに。その気持ちが好きってことやから、付き合おうや」
「う、うぇ?」
本田に全力で抱き着かれた。ドキドキはしていないが、なんか恥ずかしい。
「じゃあ、俺は先に行ってるわ。二人はゆっくり来いよ」
流石の守友も居づらくなったのか、早足で俺たちから離れていく。
「守友、いつもありがとうな」
友達にわざわざ例を言うのは、思っているよりも恥ずかしい。自分の顔が赤くなっているのが分かる。守友も恥ずかしいのか、俺の言葉に振り向かないで行ってしまった。
「本田、いつまで抱きついてんの? 流石に暑いねんけど」
抱きついたまま、何も言わず、動かない本田を引き剝がす。
「どんくらいでやめてくれって言うかなって思ってさ」
暑いからか、恥ずかしいからか、それとも両方から、本田の顔はいちごみたいに真っ赤だ。
「腹も減ったし、暑いし、みんなも待ってるし、早く行こうや」
「そうやな、早く行くで! 桜!」
本田は元気よく走り出し、俺の腕を引っ張る。俺は本田に引きずられながら、守友以外のみんなに何て説明しようか考えていた。
(本田の性格的にみんなに黙っていることはなさそうだしな……、恥ずかしいけどちゃんと話すか)
『ピコん』
スマホの通知音が鳴る。見てみると、守友から動画が送られていた。
(なんやろ? これ)
動画を開くと、告白の一部始終が収められていた。動画の後には『散々迷惑かけられたし、これぐらいはな笑』というメッセージが添えられている。
(今後一生このネタでいじられるんやろうな……)
今からあいつらに会うのが憂鬱だ。
「桜、早く自転車乗って行くで? 鍵失くしたんか?」
駐車場でやっと腕を離してもらえた。掴まれた部分は赤くなっている。
「鍵はカバンの中やから、ちょっと待ってくれや、本田」
まだ下の名前で呼ぶのは、無理。でもこれでいいんだ、自分のペースで色々経験して、挑戦すれば、いつかはきっと上手くいく。無駄に焦らずゆっくりと、いつか今の自分を笑えるように。
「「「「「「おはようございます!」」」」」」
俺たち六人は時間を合わせて、一緒に出勤した。全員で売り上げを見るためだ。しかし、売り上げはまだ張り出されていなかった。
「すいません、店長。六月の売り上げって……」
京が代表で店長に聞いてくれた。
「ああ、売り上げか、張るの忘れてたわ。もう出来てるから張ってきてもらっていいか」
店長はフロントの奥から売り上げを取り出し、京に渡した。俺たちは休憩室に急ぎ、去年の売り上げと見比べた。
「これって、悪くなってる?」
去年と比べ、ほんの少し売り上げは落ちている。
「ああ、落ちてるな」
守友が頷く。
「ということは、潰れるんか?」
「良くなってる月もあったんや、店長に聞いてみな分からんで」
泣きそうになっている川崎を京が励ます。店長から話されるまで、黙っているのが大人の対応だろう。しかし、俺たちは我慢できず、店長に直接聞き出すことを決めた。
「店長! ちょっといいですか?」
先ほどと同じように、京が代表で話す。
「おお、張ってくれたか、ありがとう。ん? 話ってなんや」
真剣な表情で佇む俺たちを見て、店長は驚きというより、心配している。
「【山風】って潰れてしまうんでしょうか?」
「潰れへんよ」
店長のあまりにもあっさりとした返答に、俺たちは全員固まった。
「でも四月に言ってたじゃないですか、七月までに売り上げが上がらなかったら、【FRESH グループ】に経営権を明け渡すって」
京が少し強めの口調で店長に詰め寄る。
「ああ、その話な、うちの経営管理が、あまりにも雑やから危機感持たすために、あえて大げさに言うてきたみたいやわ」
「つまり、【FRESH グループ】は【山風】のために嘘をついたってことですか?」
「売り上げが悪すぎたら経営権を移すっていうのは、ホンマやったみたいやで。でも、その脅しもお陰で無駄な費用を使ってたことに気が付いたし、経営に関するアドバイスもくれたしな。売り上げが変わらんくても費用は削減できたから、去年よりも黒字やったわ」
店長の話に、俺たちは誰一人愛想笑いすらできなかった。
「それって、いつから分かっていたんですか? なんで俺たちに言ってくれなかったんですか?」
京が怒りを抑えながら、少し大きな声で店長を問い詰める。
「え? 大学生組に話したら、あいつらが、『俺らから高校生組に言っておきます』って言ってたから、俺からは話さんかったけど、聞いてなかったんか?」
店長の話に頭が追いつかない。なんで先輩たちは教えてくれなかったんだ。俺たちが死ぬ気で【山風】のために頑張っていたことは知っているはずなのに……。
「ほらほら、ボーっとしてないで、大掃除始めるで。男子は中庭の草抜き、女子はパントリーの水拭きや」
女将さんがフロントの奥から現れて、俺たちに大掃除の指示をした。先輩たちの意図は分からないが、今はバイト中、とりあえず中庭で草抜きをしながら京たちと話し合うしかない。
「なあ、なんで先輩たちは俺らに話してくれんかったんや?」
俺一人でいくら考えても答えが出ない。こういう時は守友に聞くのが一番早い。
「俺の推測というか、勘だけどいいか?」
守友のこのセリフは前も聞いた気がする。
「教えてや、俺と桜じゃ推測もできひん」
「簡単に言うと、俺たちのことを想って黙ってたんだと思う」
「俺たちのことを想って?」
守友の言葉が理解できない俺は、同じ言葉を繰り返した。
「先輩たちがいつも俺たちに言ってること、思い出してみろよ」
守友に言われて、先輩たちとの会話を思い出す。
「『優秀』やってよく言ってもらえるような……」
自分で言うのは恥ずかしいが、それしか思いつかない。
「『優秀』の前後になんか言ってるだろ?」
「守友が言いたいのは、優秀っていう誉め言葉の前後にある『他の高校生に比べて』、『だけど高校生』ってところやろ?」
京が何かに気付いたようだ。
「そう、俺たちは優秀だって褒められるけど、それは高校生っていう枠組みだから褒められてるだけだ。実際にこの三カ月、死ぬ気で頑張ったけど、店の売り上げをほんの少しも上げることすらできない。学校では大活躍してヒーローみたいに扱われても、一歩『高校』っていう枠組みから出れば、何もできないお子ちゃまなんだよ」
「わざわざ言われなくたって、自分たちがまだまだ子供だって自覚してるで」
守友の言っていることは全て真実だ。だからこそムキになって言い返してしまった。
「確かに、自分たちが未熟であることは理解してるつもりだったし、先輩たちの言葉を真に受けて調子に乗ったことはない。でも、俺たちは全員で本気を出して協力すれば、店の売り上げぐらいなんとかなると、信じて疑わなかった。俺たちは心のどこかで、自分たちが優秀だと思い込んでたんだよ」
守友の言っていることは、正しい、正しいけど……。
「じゃあ、最初から現実を受け止めて、諦めたらよかったんか? 俺たちじゃ無理やって?」
「そうは言ってない。ただ、自分たちだけでは無理だって認めていれば、もっと周りの人を頼ることもできたはずだろ? 親とか兄弟とかさ。でも、俺たちは頼らなかった、『優秀』な俺たちだけでなんとかなると思っていたから」
「……」
何も言い返せない。守友の言う通り、自分たちだけでは無理だと認めていれば、やり方はもっとあったはずだ。
「先輩たちは、自分たちが考えているよりも未熟だってことを、俺たちに分からせるために黙ってたってことか?」
京は俺よりも冷静だ。守友の話に納得しているのだろう。
「痛い目を見させようとしていたわけじゃないと思う。ただ、今回の件が上手くいっても、失敗しても、俺たちの将来に役立つと考えたんだろ」
思い返してみれば、先輩たちは相談には乗ってくれるものの、具体的な案は教えてくれなかった。
「守友、今の推理を本田ちゃんたちに話してこいよ。お前の推理、多分間違ってへんやろ。草抜きは俺と桜でやっとくわ」
「あいつらもモヤモヤしてるはずだしな、ちょっと行ってくる」
守友は小走りでパントリーに向かっていった。俺と京は二人で草抜きを続けた。
「はぁ……、俺たちは先輩の手のひらの上で踊らされてたってことか」
思わずため息をついてしまった。
「【FRESH グループ】にもな。頑固な店長を動かし、少しアドバイスするだけで去年よりも黒字を増やすなんてな……」
「すげぇな……」
それから、俺たちは一言も発することなく、昼休みまで草抜きを続けた。暑いし腰が痛い、だが、この苦しみが頭を真っ白にしてくれる。今は何も考えたくない
「はぁー、疲れた。早くラーメン食いに行こうや」
やっと大掃除が終わった。俺たち男組は主に外の掃除をやらされていたので、汗びっしょりだ。更衣室で着替えてから帰ることにした。
「ごめん、本田に呼び出されてるの思い出した。先に行っといてくれ」
体育祭の帰り道、俺は本田から、大掃除の後に二人で話したいとお願いされていたことを思い出した。
「二人で? 何話すんや?」
「知らん、何やと思う?」
「学ランのお礼ちゃうん? みんなの前で礼を言うのが恥ずかしいんやろ」
「そういうことか、あいつらしいなぁ。お礼ってなんやろ? お菓子かな」
本田のプレゼントを選ぶセンスは抜群だ。少し楽しみになってきた。
「はぁ……」
「なんだよ守友、ため息ついて」
「なんでもない、俺たちは先に行っとくから、終わったら来いよ」
二人が更衣室から出ると、スマホの通知音が鳴った。
『店の裏口で待ってるから、着替え終わったら来て』
この暑い中待たせるのも悪い。俺は急いで着替えを済ませ、更衣室を後にした。
「ごめん、待たせた」
本田は店の裏口でスマホをいじりながら俺を待っていた。裏口は建物の影がかかっており、思っていたよりも涼しい。
「早かったな」
本田は斜め下を向きながら顔を赤らめている。学ランのお礼ぐらいでそんなに恥ずかしがらなくても。
「分かってるで、学ランの礼やろ? それぐらいみんなの前でしたらええのに……。早く済まして◯源行こうや」
「は、はぁ?」
「だから、みんなの前で学ラン借りたお礼をするのが恥ずかしかったんだろ?」
「あんたはホンマに……」
どうやら違ったようだ、またいつもみたいに、罵倒されるんだろうな。大人しく耐えよう。俺は覚悟を決めて、目を瞑った。
(あれ? 何も言ってこうへんな)
恐る恐る目を開けると、本田が泣いていた。
「え? なんで?」
目の前の光景に頭が追い付かない。
「うるさいねん、ホンマに」
本田の涙は止まらない。俺も泣いてしまおうかな……。
「やっぱり、こうなったか……」
「守友?」
ため息をつきながら、守友が建物の陰から姿を現した。
「見に来てよかったわ」
「俺が本田を泣かせたわけじゃないで」
「いや、お前のせいだよ。桜に説明してもいいか? 本田ちゃん」
守友が現れたことで少し落ち着いたようだ。べそをかきながら、静かに頷いた。
「結論から言うと、本田ちゃんが桜を呼び出した理由は、お前に『告白』するためだ」
「本田が俺に?」
信じられないが、本田が否定してこないので本当みたいだ。それでも納得はできない。
「本田ちゃんが応援団に入った理由、分かるか?」
「友達に誘われたからやろ」
「頑固な本田ちゃんが友達に誘われたぐらいで、入るわけないだろ。祭り好きのお前の気を引くためだ」
「応援団と祭りは関係ないやろ」
「去年の夏にみんなで祭りに行った時に、神輿を担ぐ女性を見ながら漏らしてただろ、『太鼓叩いて大声で盛り上がる女性っていいよな』って」
言ったような、言ってないような……。
「それを本田ちゃんはずっと覚えてたんだよ。そんで、今年の応援団は太鼓叩いて祭りみたいに盛り上がるのがテーマって知って、入団したんだ」
納得できるような、できないような……。
「でも、そんな素振りみせへんかったやん、今まで。いつも意地悪してくるし、学ラン貸した時だって、体育祭前日に言ってきたりとかさ」
「それは、超が付くほどのツンデレだからだ。学ランを借りたいってギリギリに伝えたのは、恥ずかしくてずっと言えなかったから」
流石に今の言葉は許せなかったのだろう。本田は涙を拭きながら、守友の足を軽く蹴っている。
「こんぐらい分かりやすく言わないと、桜は納得しないって」
「本田が俺に告白しようとしてたのは、納得できないけどなんとなく分かった。でも、本田が泣いている理由はサッパリだ」
「言っていいの? 本田ちゃん」
「ここまで来たら、恥もなんもないわ。全部説明してくれ」
やっと泣き止んでくれた。このまま泣き止まなかったらどうしようかと。
「本田ちゃんはずっとお前に告白しようと思ってたけど、勇気が出ず、踏み出せなかった。でも、体育祭の打ち上げで京と川崎ちゃんが付き合ったのを見て、やっと決心がついたんだ。しかし、【山風】の件が気がかりだし、それが解決してからの方が気持ちよく告白できると判断した」
「だから、急に二人で話したいって言ってきたんか」
「本田ちゃんは【山風】のために三カ月死ぬ気で頑張ってたから、売り上げが上がって【山風】が助かると誰よりも信じてた。だけど、結果はこの様。誰よりもショックを受けたはずだ。気落ちして、告白はまた別の日にしようか悩んだだろうが、ここで逃げたら一生告白できないと思い、意を決して、お前を呼んだ」
「だけど、俺が本田の告白に全く気付かず、デリカシーのない発言ばかりするから、ストレスが爆発して、泣いちゃった。ってこと?」
二人が深く頷く。守友の話を自分の頭の中でもう一度整理する。……俺が百パーセント悪い、素直に謝ろう。
「大変申し訳ございませんでした」
本田に全身全霊で頭を下げた。
「あんたがデリカシーないのは、重々分かってる。私が泣いてしまったのは、私の心が弱かったからや」
どこまでも自分に厳しいやつだ。こんな時ぐらい他人のせいにしていいのに。
「私が聞きたいのは、あんたの答えや」
大きく深呼吸する。罪滅ぼしの気持ちで気を遣った返答をするのは相手に失礼だ。自分がどう思っているか、素直に答えよう。
「ホンマに好きかどうか分らんのに、付き合うっていうのは一番あかんことやと思う」
俺の言葉に本田が下を向く。
「でも、本田と京が付き合うっていう噂を聞いた時にモヤモヤした。これが好きってことなら付き合いたいねんけど、どう思う?」
本田に答えを聞かれているのに、逆に質問を返してしまった。
「ふふふ……」
「ははは……」
守友と本田が静かに笑い始めた。
「こんなときまであんたらしいな、ホンマに。その気持ちが好きってことやから、付き合おうや」
「う、うぇ?」
本田に全力で抱き着かれた。ドキドキはしていないが、なんか恥ずかしい。
「じゃあ、俺は先に行ってるわ。二人はゆっくり来いよ」
流石の守友も居づらくなったのか、早足で俺たちから離れていく。
「守友、いつもありがとうな」
友達にわざわざ例を言うのは、思っているよりも恥ずかしい。自分の顔が赤くなっているのが分かる。守友も恥ずかしいのか、俺の言葉に振り向かないで行ってしまった。
「本田、いつまで抱きついてんの? 流石に暑いねんけど」
抱きついたまま、何も言わず、動かない本田を引き剝がす。
「どんくらいでやめてくれって言うかなって思ってさ」
暑いからか、恥ずかしいからか、それとも両方から、本田の顔はいちごみたいに真っ赤だ。
「腹も減ったし、暑いし、みんなも待ってるし、早く行こうや」
「そうやな、早く行くで! 桜!」
本田は元気よく走り出し、俺の腕を引っ張る。俺は本田に引きずられながら、守友以外のみんなに何て説明しようか考えていた。
(本田の性格的にみんなに黙っていることはなさそうだしな……、恥ずかしいけどちゃんと話すか)
『ピコん』
スマホの通知音が鳴る。見てみると、守友から動画が送られていた。
(なんやろ? これ)
動画を開くと、告白の一部始終が収められていた。動画の後には『散々迷惑かけられたし、これぐらいはな笑』というメッセージが添えられている。
(今後一生このネタでいじられるんやろうな……)
今からあいつらに会うのが憂鬱だ。
「桜、早く自転車乗って行くで? 鍵失くしたんか?」
駐車場でやっと腕を離してもらえた。掴まれた部分は赤くなっている。
「鍵はカバンの中やから、ちょっと待ってくれや、本田」
まだ下の名前で呼ぶのは、無理。でもこれでいいんだ、自分のペースで色々経験して、挑戦すれば、いつかはきっと上手くいく。無駄に焦らずゆっくりと、いつか今の自分を笑えるように。
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