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第七章 暑さを忘れて
暑さを忘れて
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体育祭当日、先週まで雨続きだったが、運よく今日は曇り空一つない快晴だ。少しは曇って欲しかったが、雨で延期になるよりかはマシだ。俺はと守友は体育祭が始まるまで、中庭の木陰でくつろいでいた。
「あれ、何で桜と守友がこんな時間におんねん」
ハチマキを頭に付け、体操服の袖を肩までまくり上げた京が、中庭でくつろぐ俺たちを見つけて驚いている。
京が驚くのも無理はない。今は午前七時半、登校時間は八時半なので俺たちは一時間も早く学校にいた。京のような応援団の連中はコスチュームの確認や髪の毛のセット、おめかし等で早く登校するが、俺たちのような非応援団員は早く来たところで何もやることがない。
「俺ら青団のコスチュームって学ランやろ? 女子は学ランなんて持ってないからな。俺が本田に、守友が川崎に貸すことになったんや」
「あの二人がお前らに借りることは何となく分かってたけど、今の時期に学ランなんて着ることないねんから、もっと前の日に渡しとけよ。そうすれば、こんな早い時間に来ることなかったやろ」
京は俺と守友の横に座る。
「昨日言われたんだよ。明日の応援合戦に学ランが必要だから、朝一で持って来いってな」
「それは……、どんまいや」
京は眠そうな顔で座る俺と守友を見てにやつきながら、同情した。
「川崎はガチで忘れてたんやろうけど、本田は嫌がらせやろ。俺が断らん事分かってて、わざとギリギリに頼んできてるわ、絶対に」
「まあ、本田ちゃんにも色々あるんだよ」
「色々って?」
「色々は色々だよ」
守友は意味ありげに話すが、いつものことなので気にしないことにした。
「話変わるけど、京はホンマに『ザ・応援団!』って感じやな。ハチマキも腕まくりも似合いすぎやろ」
「そうか? まあ、腕は重点的に鍛えてるからな」
京は少し照れながら、腕に力を入れてこっちを向き、筋肉をアピールしている。俺も守友も鍛えてはいるが、京には遠く及ばない。
「そういえば、桜と守友は打ち上げ行くよな?」
京の言っている『打ち上げ』とは、体育祭が終わった後に、俺たちが所属する青団で行われるご飯会のことだ。青団というが、他の学年までいては人数が多すぎるので、同期だけで行われる。
「もちろん、行くよ。というか、クラスの奴らはみんな行くだろ」
「もう、面倒くさいから単刀直入に聞くけど、俺が本田ちゃんに告白するとかいうわけわからん話聞いてる?」
「ああ、聞いてる」
「えっ、京が本田に告白すんの⁉」
守友は平然な態度を取っているが、俺は驚き過ぎて立ち上がってしまった。
「いや、驚いてるけど嘘に決まってるやろ。周りの奴らが勝手に言ってるだけや」
「なーんや、ビックリ損やんけ」
「この前本田ちゃんから『私と松葉が両思いとか勝手に言われててウザイ』って話を聞いたろ?」
「いや、聞いてはいたけど、反射で驚いてもうたわ」
二人から呆れた顔で送られる、冷ややかな視線が痛い。大げさに驚いたことが恥ずかしくなって、静かに腰を下ろした。
「そ、そんでその告白するとかいう話が何やねん。嘘やねんから無視でええやろ」
「ただ噂話が回ってるだけなら、無視で終わったわ」
「応援団の奴らが無理やり告白させようとしてんだろ? お前らの意思は関係なしで」
「そうや、打ち上げの終わり際にみんなの前で告白させるつもりやねんて。本田ちゃんのことなんて好きでも何でもないって言うても、照れてるだけやと思われて、何も聞いてくれへん」
京は腕を組みながら、ため息を付いている。関わるのも面倒なので、噂話を放置していた京だが、ここまで大事になるとは思っていなかったのだろう、こんなに疲れている京はあまり見ない。
「くそ迷惑な話やな。本気で怒って否定しとけよ」
「怒ったら好きなことを隠したくて、キレてるみたいやんけ。しかも、みんな一応善意でやってくれてるから、強く言われへんわ」
「告白で思い出したけど、八幡も打ち上げで川崎ちゃんに告白するって言ってなかった?」
「ああ、八幡くんは本気らしいな。俺らの先にやるつもりか後にやるつもりか知らんけどな。応援団からカップルを二組誕生させて、盛り上がるつもりなんやろ」
京の声が低く、そして小さくなる。
「何か、勝手に恋愛番組でも作られてるみたいやな」
「そんなしょーもない番組に出させるなら、出演料よこせや」
さっきまで落ち着いていた京だが、八幡の話になって明らかに不機嫌になっている。京が他人をわざわざ『くん』付けで呼ぶときは、話したことが無いか、個人的に嫌いかの二択だ。今回は十中八九後者だろう。
「川崎ちゃんは八幡から告白されても、断るらしいけどな」
「え? そうなん? みんなの前で告白されたら川崎の性格上、断らんというか、断れへんと思ってたけど」
京が前のめりで。守友の話を聞く。
「あんまり八幡の印象が良くないらしいぞ」
「お、俺もその話聞いたわ。嘘ちゃうで」
「じゃあ、八幡くんはみんなの前でめちゃくちゃ恥かくってことか」
守友の一言で、京の表情が一気に柔らかくなった。こういう時は本当に頼りになる。
「それで、京はどうするつもりなんだ? お前らの意思関係なしに告白の場をセッティングさせられるんだろ?」
「告白させられるときに、みんなの前で否定したろうかと思ってたけど、みんな納得してくれなさそうやからな。これ以上好き勝手言われへんようにするつもりや」
「どうすんの?」
「それはな……」
「それ、ホンマにやんの?」
京の話を聞いた俺は、驚きを隠し切れない。
「確かに、それならみんな納得するな。京っぽくない解決策だけど」
「守友は上手くいくと思うか?」
京が少し不安気に、守友に尋ねる。
「大丈夫だとは思うけど、保証はできない。それに、失敗したら俺でもフォローできないな」
「守友の勘はあてになるからな、お前の『大丈夫』って言葉を聞いて、上手くいく気がしてきたわ、ありがとう。てか、フォローとかは考えんでいいわ。上手くいってもいかんでも、お前らに関係するから、言うておきたかっただけやから」
守友の『大丈夫』という言葉に安心したようだ、声が少し大きくなり、興奮気味だ。
「俺は見てられへんから、逃げとくわ」
「俺は動画撮っとく」
「いや、普通に見とけよ」
京の話を聞いたときは冗談かと思ったが、どうやら本気みたいだな。本気なら、俺は友達として応援するだけだ。
「じゃあ、俺は応援団の衣装合わせが済んでないからいくわ。じゃあな」
京は話が終わると、立ち上がり、教室の方に走っていった。中庭は俺と守友だけになり、静かな時間が流れる。。
「あんなに眠かったのに、一気に目が覚めたな」
守友は立ち上がり、伸びをしながら話す。
「あんな、話を聞いたらな。まだ始まるまで時間あるけど、どうする?」
「自販機でジュース買おうぜ、蒼ちゃんも暇だから自販機の前にいるらしいし」
「蒼っちもう来てるんか、早いな」
俺も立ち上がり、伸びをしてから守友と自販機に向かって歩き出した。
「おーい! 桜っち、まゆゆ!」
蒼っちが自販機の前で手を振っている。
「あれ、蒼っちはいつもと変わらんな。他の子と一緒におめかししやんかったん?」
大体の女子は応援団に入っていても、いなくても化粧や髪の毛をセットしているが、蒼っちはいつもと変わらない。早い時間に来ているから、てっきり化粧かセットをしているものだと思っていた。
「これから戦うのに、化粧とかしても意味ないじゃん」
「いや、『戦う』って……、ただの体育祭やで」
顔がやる気に満ち溢れている。ここまで体育祭に本気なのはこいつぐらいだ。
「化粧しないなら、もうちょい遅く来ても良かったんじゃないか?」
「友達のセットを手伝ってたの。一人じゃ大変でしょう?」
「そういうことか、ホンマに男でよかったわ。おめかし何てめんどくさい」
ふと思ったが、蒼っちは京の話を聞いているのだろうか? 俺と京だけでなく、【山風】のメンバー全員に関係する話だ。蒼っちが京から話を聞いているか、上手く聞き出しておきたい。
「桜、蒼ちゃんがさっきの話を京から聞いてるか、気になってんだろ。スマホ見てみろ」
守友に言われて、スマホを見てみる。マナーモードにしていたので気づかなかったが、京からメッセージが届いている。
『さっき言い忘れてけど、本田ちゃんと蒼には昨日のバイトの時に話してあるから』
「何や、蒼っちも京から聞いてるんかい」
「打ち上げのときにやるやつでしょ? 昨日京ちんから聞いたよ。驚いたけど、二人の噂話を終わらせるには一番良い方法だと思うよ」
「俺は怖いから逃げるけどな」
「俺は動画撮る」
正反対の俺たちを見て、蒼っちが笑っている。
「動画と言えば、応援合戦も撮影しないといけないね。三人で集まって見ようよ」
「応援合戦って昼休み終わってすぐやんな?」
「そのはずだよ。せっかくだし、今日の昼はみんなで集まって食べようよ。食べる場所も自由だし。昼ご飯を食べて、そのまま応援合戦を見たらいいじゃん」
いつも昼食はクラスの友達と食べているが、今日ぐらいは【山風】のメンツで食べてもいいだろう。
「人が少なそう所で食べるなら、ええよ」
「なんで?」
「女子と食ってるとこを見られて、おちょくられるのが嫌なんだろ」
「その通りです……」
いつも通り守友に心を見透かされて、恥ずかしくなる。
「相変わらずだね……。まあ、双葉姉さんと京ちんがあんなことになってるのを見たら、怖くなるのも無理はないけどね」
蒼っちにフォローされて、余計に恥ずかしくなる。
「何か、みみっちくてすんません。僕の方からみんなにメッセージ送っときます」
「いつのことなんだから、謝んなよ。メッセージ送ったらジュース買って教室に行こうぜ。もうそろそろ集合時間だし」
今から教室に向かえばちょうどいい時間だ。メッセージを送り、ジュースを買って自販機を後にした。
『宣誓、私たちは、スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います』
各団の団長が生徒代表として選手宣誓を行い、体育祭が始まった。選手宣誓を見ると、舌を嚙んだり、言葉が詰まったらどうするんだろうと、自分のことでもないのにドキドキする。
選手宣誓が終わり、自分の団である青団のテントに向かう。体育祭中はクラスではなく団ごとに設置されたテントに集まって応援・休憩する。
「桜、棒引き出るんやろ? もう待機場所向かわなあかんで」
いつもと違い、しっかりおめかしした川崎が俺の肩を叩いた。
「棒引きって次やっけ? 完全に忘れてたわ」
「自分が出る種目の時間ぐらい把握しときいや。私も棒引き出るから一緒に行くで」
川崎に連れられて、入場門の近くにある待機場所に向かう。
「ん? 川崎は騎馬戦とリレーに出るって言ってなかったか?」
体育祭は一人二種目しか出られないはずだ。もし、棒引きに参加するなら、騎馬戦かリレーには出られない。
「女子は男子よりも人数が少ないから、何人かは三種目出なあかんねん。これも先生がちゃんと言ってたで、何も聞いてないやん」
川崎が俺を横目に見ながら、呆れている。
「ええやんけ別に」
待機場所に着き、自分の列に並んでいると、見知らぬ女子が川崎に声を掛けて来た。どうやら同じ団の後輩らしい。
「先輩、一緒に写真撮ってもらっていいですか?」
「うん、ええよ」
写真を撮り終わり、後輩の女の子は満足げな顔で自分の列に戻っていった。
「一緒に写真撮るなんて、アイドルみたいやな」
「そんなんちゃうわ。応援団やってたら、色々な子と仲良くなんねん」
川崎は少し照れながら、自分の髪の毛をいじっている。照れると髪をいじるのは川崎の癖だ。ちなみに嘘をつくと、鼻を触る。
「川崎は元気もよくて、顔もいいから後輩からすれば、憧れの対象なんやろうな」
「何や褒めまくって、気持ち悪い。暑さで頭おかしなったんか?」
調子に乗って、褒めすぎたらしい。ドン引きされるのは、ちょっと傷付く。
「何イチャイチャしてんねん」
後ろから聞きなれた声がする。振り向かなくても誰かは分かった。
「本田も棒引きに参加するんやっけ?」
『イチャイチャ』という言葉に反応すれば、面倒くさいことになりそうなので、俺は無理やり話題を変えた。
「私が出るのは、棒引きの後の綱引きや。暇やし、早めに来た」
相変わらず自分にも他人にも厳しいやつだ。さっきまで自分が出る競技の順番すら把握していなかったことがバレたら、絶対に怒られるだろう。
「桜、昼に全員でご飯食べるって話はどうなったん? 私はいけるって返信したけど、本田は?」
「私もいけるで、返信するの忘れてたわ」
「京からもいけるって来てたから、全員いけるわ。また、俺から全員に集合場所を送っとくわ」
『次の競技は棒引きです。選手入場!』
そうこうしていると、競技を開始するアナウンスが流れた。
「もう出場か、早いな。じゃあな本田、また後で」
「ちょっと宮、待ちや」
急に本田に腕を掴まれ、止められた。勢いよく引っ張られたせいで、列から外れてしまった。
「何か私に言うことあるやろ?」
「え? 何もないけど? あっ、あるわ。学ランは汚れてもクリーニングも洗濯もせんでええし、そのまま返してくれたらええよ。
って痛っ⁉」
本田に腕をつねられ、叫んでしまった。
「もうええわ」
本田は怒って自分の列に戻っていった。
「なあ、川崎、何で俺、怒られたん?」
「『綱引き頑張れ』って言葉が欲しかったんちゃう? 知らんけど」
「そういうことか。あいつも競技に本気やもんな」
つねられた腕をさすりながら、早歩きで列に戻り、入場門をくぐった。
『今から昼休みに入ります。各自、自由にお昼ご飯を食べてください』
アナウンスが流れ、昼休みの時間だ。教室に置いてあるカバンから財布とスマホを取り出して、集合場所の中庭に向かう。
中庭に着くと、俺以外の五人全員が既に集まっていた。
「すまん、自販機でジュース買ってて、遅れたわ」
「そんなに待ってないから、大丈夫だよ。じゃあ、みんな集まったし食べようか」
ベンチには三人しか座れないので、女組がベンチに、男組が地べたに座った。俺と川崎以外は弁当を持参している。
「なあ、何で中庭なん? もっといい場所あるやん」
川崎が菓子パンを食べながら、不満を漏らしている。中庭のベンチは影に入っているので、涼しいが、人気もなく不気味だ。それにベンチがあるだけで机も台もなく、ご飯も食べづらい。ここよりいい場所なんていくらでもある。
「宮が人の少ないところで食べたいって言うたんやろ、他の奴らにからかわれるのが嫌って理由で」
「「正解」」
本田の完璧な解答に、守友と蒼っちが声を合わせる。
「うるさいな、ええやんんけ別にどこで食っても。飯の味は変わらんやん、なあ? 京」
「俺は六人で食べれればどこでもよかったで。それに、応援団のやつらと食うのも疲れるから、人気の無い場所で助かったぐらいや」
自分から京に助けを求めたが、ここまで完璧にフォローされると申し訳なくなる。
「応援団って言えば、お前ら何時に集合なんだ? 応援合戦は昼休み終わってすぐだよな? 着替えとかもあるだろうし、ゆっくりご飯食べてる余裕あんの?」
「昼休みが終わる二十分前に集合やな。まだ三十分ぐらい時間あるし、大丈夫や。それに私はもう半分くらい食べ終わってるし」
本田の弁当を見ると、本当にあと半分しか残っていない。まだ食べ始めて三分程度しか経っていないのに……。
「私たち三人でしっかり動画撮っておくからね!」
「俺はええから、本田ちゃんと川崎を撮ってあげてや」
「三人いるし、各々担当を決めて撮影する予定! 私が忍ちゃんで、まゆゆが京ちん、桜っちが双葉姉さんを撮影するつもりだよ」
「宮は手振れ酷そうやから、嫌やなぁ」
「俺のスマホは最新式で手振れ補正バッチリやから、心配すんな」
俺は自慢げに、先月購入したばかりのスマホを本田に見せつけた。
「この前も川崎ちゃんに聞いたけど、応援合戦に勝つ自信はお有りですか?」
「「「絶対に負けへん」」」
守友の問いに、三人が声を揃えて即答した。どうやら、相当自信があるようだ。
「たかが体育祭、されど体育祭や。せっかく参加するなら負ける訳にはいかへん」
京が目をギラつかせながら話す。長い期間練習しただけあって、絶対に負けたくないのだろう。
「お前らがそこまで言うなら、絶対に負けないだろうな。じゃあ、これは俺からの気持ち。これ飲んで気合入れてくれ」
守友はカバンからエナジードリンクを取り出した。暑さでぬるくならないように、ゴムで保冷剤を巻き付けてある。
「私はこれあげる」
守友に続き、蒼っちはレモンのハチミツ漬けを取り出した。レモンのハチミツ付けは熱中症対策にうってつけで、食べるだけで元気が出る。
「ありがとう、二人とも! 桜からは……ないよな?」
川崎は元気よく二人に礼を言ってから、俺の方を見つめた。もちろん俺は何も用意していない。
「えーっと、頑張れ! っていう俺の言葉、じゃだめ?」
「川崎、宮に変な期待したらあかんやろ。可哀想や」
「そうやな、ごめん桜。その一言で十分やで」
川崎が本当に申し訳なさそうに謝っている。
「も。もう二十分前やから、集合せなあかんのちゃうん?」
何も言えなくて、無理やり話題を変えた。
「ホンマやな、じゃあ行くか本田ちゃん、川崎」
京に言われ、二人とも荷物をカバンにしまい、ベンチから立ち上がって、集合場所に向かっていった。
「私たちも撮影場所を確保しに行こうか。前の方じゃないと上手く撮れないしね」
「そうやな、いこうか」
忘れ物がないか確認し、中庭を後にした。
昼休みが終わり、俺たちはテントの最前列でスマホを持ち、横一列に並んで立っていた。赤団・黄団・青団の順で、十分程度パフォーマンスを行うようだ。今、黄団が終わったので、あと五分ぐらいで俺たち青団のパフォーマンスが始まる。
「赤団も、黄団もすごかったね」
「赤団は中国舞踊、黄団はパーティーダンスがテーマみたいだな。難しそうなダンスだったけど、誰もミスしてなかったし、勝つのは難しそうだ」
「うちの青団は学ラン着て、太鼓叩くんやろ? テーマだけで言うたら一番応援団っぽいし、勝てそうな気がするけどな」
「一番応援団っぽいからこそ、目新しさがないし、ハードルが高いんじゃないか?」
自分のことでもないのに、なぜか緊張してきた。
『ただいまから、青団の応援合戦を開始します』
開始のアナウンスが流れた。
「始まるよ! ほら、録画ボタン押して!」
蒼っちに急かされ、急いでスマホを構えた。俺はとりあえず、本田を追いかけなければならない。見つけられなかったらどうしようかと思っていたが、本田は女子の中では身長が高いので、すぐに見つかった。
「凄い迫力だね」
「ああ、そうやな」
三人とも、今まで見たことがないぐらい真剣な表情で声を出し、体を動かしている。京と川崎はともかく、本田がこんな大きな声を出している姿は見たことがない。
俺たち三人は応援合戦が終わるまで、無言で青団のパフォーマンスに釘付けになっていた。
「長い期間練習してただけあるな、息も合ってるし誰もミスしてない。これなら赤団にも黄団にも勝てそうだ」
演技が終わり、守友が口を開いた。
「チョベリグな演技だったね! これなら絶対に勝てるよ! 結果発表は閉会式の得点発表の時にやるんだっけ?」
「そのはずやったで。配点がでかいし、最後に発表するほうが盛り上がるんやろ」
「何か、見てるだけなのに疲れたな。まだ午後の種目が丸々残ってるのに……」
俺もなぜかどっと疲れが出てきた。ただ、俺が出場する棒引きと玉入れは午前中に終わっているので、午後はテントで応援するだけで終わる。
「桜っち以外の五人全員が騎馬戦に出るんだよね? 騎馬戦は応援合戦の次だから、もう待機場所にいかいとだね」
「そうだったな、もう行っとくか。桜、俺らのスマホ預かっておいてくれ」
「おう」
守友と蒼っちはスマホを俺に預け、待機所に歩いて行った。応援合戦の後片付けがあるので、騎馬戦が始まるまで少し時間がある。喉が渇いたし、ウォータークーラーで水分補給しに行くか。
『次の競技は騎馬戦です。選手入場!』
アナウンスと共に、守友たちが列に並んで入場している。京・本田・川崎は応援合戦が終わったばかりだというのに、疲れを全く感じさせない堂々とした態度で整列している。
「松葉先輩! 頑張ってください!」
京を応援する女の子の声が聞こえる。やはり、京は学年問わず、モテるみたいだな。
「ねえ、知ってる? 応援団の松葉先輩と本田先輩って両想いらしいよ!」
「知ってる! 今日の打ち上げで告白して、キスするんでしょ⁉ ドラマみたいで憧れるよね!」
どうやら、あの二人の噂は一年生の間でも回っているようだ。しかも、『キス』という尾ひれまで付いている。噂話を放置するとここまで面倒くさいことになるとは……。
『では、第一回戦を始めます。騎馬を組んでください』
うちの騎馬戦は三団総当たりで行い、最後まで騎馬が残っていた団の勝ちだ。二回勝った団が最終的な勝者になる。他の高校の騎馬戦と少し違うのは『男女混合』で戦う点だ。男子三人が騎馬を組み、その上に女子が騎手として乗ることになる。今の時代にそんなセクハラまがいのことをしていいのかと思うが、男女混合の方が全員で団結することができ、盛り上がるので、誰も文句は言わない。
『第一回戦、開始!』
一回戦が始まった。京の騎馬に本田が、守友の騎馬に蒼っちが乗っている。川崎が見当たらないので探してみると、八幡の騎馬に乗っているようだ。多分無理やり組まされたのだろう、川崎の顔は少し元気がないように見える。
「じゃあさ、川崎先輩と八幡先輩が両想いってことは、知ってる?」
「え⁉ そうなの?」
「らしいよ、今も一緒に騎馬戦出てるし、本当みたい。あの二人も打ち上げで告白するんだって」
「すごーい! 応援団からカップルが二組も出るなんて、羨ましいなぁ。私も来年は応援団やろっかなぁ」
川崎と八幡の噂まで出回っているのか。川崎が八幡の告白を断ったらどうなるんだろう……。怖くて想像もできない。
『第一試合、青団の勝ち!』
ごちゃごちゃ考えているうちに、一回戦が終わったようだ。残っている騎馬は京と本田の騎馬だ。二人とも、余裕綽々の顔で俺に手を振っている。恥ずかしいからやめて欲しい。
「やっぱりお似合いだね、あの二人」
「両方とも部活のエースなんでしょ? 憧れるなぁ」
こうやって噂が大きくなって、広がるんだな。
『続いて、第二回戦を始めます。騎馬を組んでください』
やはり、川崎は八幡と組むのを嫌がっているようだ。騎馬戦を楽しみにしていたのに、顔が笑っていない。八幡はすこぶる楽しそうにしているが。
『第二回戦、開始!』
赤団と黄団が青団目掛けて、一斉に襲い掛かる。青団がもう一度勝てば終わってしまうので、青団を集中して狙うのは当たり前の話だ。
「本田先輩たち、ハチマキ取られちゃった……」
一回戦で最後まで残っていたからマークされていたのだろう、京と本田はすぐにハチマキを取られてしまった。
「川崎先輩と八幡先輩も取られてる!」
川崎は明らかに元気がなかったからな。あの状態で続けていれば、ハチマキを取られるのは当然だ。
開始から五分ほど経って、残っている騎馬は各団一騎ずつ。うちの団は守友・蒼っちの騎馬が残っている。
「残ってる先輩ってテニス部の松葉先輩だよね?」
「そうそう、応援団には入ってないけど、茶髪だから目立つよね。顔もいいし」
守友のやつ、応援団にも入っていなくせに、後輩にも知られているようだ。そういえば、さっきも後輩から写真を撮ってくれと頼まれていた。ムカつくから後でからかってやろう。
「松葉先輩たち、囲まれちゃった」
青団には勝たせまいと、赤団と黄団が協力して蒼っちたちを狙っている。しかも相手は蒼っちよりも大きい、女子バスケ部の先輩二人だ。
「あんな露骨に協力されたら、もう無理だよ……」
一応みんな大声を出して応援しているが、応援席は完全に諦めムードだ。
「蒼っち、守友、頑張れ!」
一人で声を出して応援するのは恥ずかしいが、何も言わずに棒立ちするのも駄目な気がした。ここ最近で一番の大声を出して、二人を応援した。周りのみんなも大声で応援しているので、聞こえないだろうと思ったが、どうやらしっかり聞こえたようだ。一瞬だが、二人揃って満面の笑みをこちらに向けた。
赤団と黄団から距離を取って、立ち止まり、何やら話し合っている。
話し合いが終わると、全力で赤団と黄団目掛けて走り出した。勝てないと思ってやけくそになったのだろうか。
「松葉先輩! 頑張ってください!」
応援席も今日一番の盛り上がりで、応援している。
「あのまま止まらないつもりなのかな?」
どうやら、守友は本当に止まるつもりがないらしい。勢いを殺さず、そのまま相手の騎馬に突っ込んだ。
「あっ、赤団の人の腕を掴んだよ!」
突進の勢いをそのままに、蒼っちが赤団の騎手の腕を両手で掴んだ。相手は少しぐらついて、体勢を立て直すのに必死だ。このまま赤団だけを狙えば、ハチマキを奪うことはできるだろうが、黄団がいる。両手がふさがり、赤団の騎手ともみ合いになっている蒼っちを横から黄団が狙った。
「いっ⁉」
自分の声とは思えない変な声が出てしまった。しかし、そうなるのも無理はない。なんと蒼っちは横から襲い掛かった黄団のハチマキを『口』で挟んで奪い取ったのだ。続いて蒼っちはその異様な光景を目にし、動揺した赤団の隙を見逃さなかった。左手でハチマキを素早く奪い取った。
「……え?」
蒼っちの超人的な行動に、会場が静まり返っている。
「やった! 取ったよ!」
蒼っちが満面の笑みでこちらにVサインを向けている。
「……す、すげぇ!!」
蒼っちのVサインを見て、会場は我に返った。青団からはもちろん、他の団からも称賛の声が上がる。
「あんなんできる?」
「いや、絶対に無理!」
会場は大盛り上がりだ。青団はまだ優勝もしていないのに、蒼っちを胴上げしている。あんなスーパープレイを見せられたら、無理もない。
『まだ二位決定戦が残っているので、胴上げはやめてください』
盛り上がりすぎて、収拾が付かない。運営から注意が入った。しかし、誰も言うことを聞かず、胴上げをやめない。最終的に先生が出てきて、直接注意しに行った。
「お疲れ、本田」
騎馬戦から帰ってきた本田に声をかけた。
「ありがとう、何とか勝てたわ」
「他のみんなは?」
「あいつら全員、騎馬戦の後にあるリレーに参加するからな、そのまま待機場所に向かったわ」
「なるほど、てか、蒼っちと守友、凄かったな! まさか口で奪い取るとは」
「何か練習してたみたいやで、まさかホンマにやるとは思わんかったけど」
普通の人間は、口でハチマキを奪い取ろうとなんて考えない、ましてや練習なんて絶対にしない。
「一回戦の内容はは覚えてないんか?」
「ああ、覚えてるよ。京と本田の騎馬が勝ってたな」
「感想は?」
本田が自慢げに尋ねた。
「ごめん、考え事してて、気付いたら終わってた。
って、痛い!」
本田に思いっきりグーで殴られた。
「何で殴んねん、しかもグーで!」
「腹立ったからや、それ以外理由ないやろ」
騎馬戦の活躍を見ていないだけで、ここまで怒るのは全く理解できないが、反論しても無駄なのでやめた。
『次の競技は二年生のリレーです。選手入場!』
「ほら、リレー始まったで。怒ってないで応援しようや」
「はぁ……、まあそうやな。確か松葉がアンカーで走るんやっけ?」
「あいつ、足はくそ速いからな」
リレーは学年別、男女混合十名で行われる。グランドを半周してバトンを渡すが、アンカーだけは一周走る。学年で一番足が速いのは、多分守友なので、アンカーに選ばれている。
「そんな速いんや。松葉って運動神経良いイメージないけどな」
「あいつ、運動神経はよくないけど、身体能力はいいねん。つまり、道具使わん競技なら凄い」
「何でテニスやってんねん、陸上やったらええのに」
「根性ないし、持久力もないから陸上は無理やねんて、走ったらなぜかすぐにケガするし」
「なんやそれ……、って言うてる間にスタートしてるやん」
本田と喋っている内に、バトンは既に第二走に渡っていた。京が先頭で走っている。
「京が二走目で、川崎が五走目、蒼っちが九走目で、守友がアンカーやっけ?」
「確かそんな感じ」
「京が速いの知ってるけど、川崎と蒼っちはどうなん?」
男子の走りは体育で見る機会があるが、女子は見る機会がないので、誰が速いか全く分からない。二人とも運動神経が良いことは知っているが。
「川崎はちょっと速いな、山羽は女子で一番速いぐらい」
「男女ともに一番速いやつが揃ってるなら、勝ったも同然ちゃうん。あっ、川崎に渡った」
「頑張れ! 川崎!」
リレーが白熱しすぎて、会話が途切れ、途切れだ。
「あれ? 私ら何の話してたっけ?」
「男女の一番速いやつが揃ってるから、負けへんやろ? って話」
「ああ、そうやった。山羽はその日の疲れとかテンションで身体能力が大きく変わるから、走ってみないと分からんで。この前走った時はぷよ◯よの大会で負けた次の日やって、クソ遅かったからな。クラスでも下から数えた方が早いぐらいのタイムやったわ」
相変わらず、めちゃくちゃな話だ。言われてみれば、バイトの時もテンションが高い時と低い時でミスの回数が全く違う。
「今日の蒼っちはどうなん?」
「騎馬戦のすぐ後やから疲れてるとは思うけど、あんな大活躍したし、テンションはマックスのはずや」
「つまり?」
「走ってみないと分からへん。って言うてる間に山羽の番やんけ」
本田に言われ青のバトンを探すと、九走目の蒼っちに渡っている。今の順位はぶっちぎりで一位だ。
「こんだけ差あったら、絶対負けへんな。しかも、蒼っちめっちゃ速いし」
「ホンマに速いな、心配して損したわ」
騎馬戦で活躍したお陰か、蒼っちは絶好調のようだ。あっという間に守友の下にたどり着いた。
「あれ? 何か蒼っちの様子、おかしない? 何で守友にバトン渡さの?」
蒼っちはなぜか守友にバトンを渡さず、暴れまわっている。
「あの娘、もしかして……」
本田にはなにか、心当たりがあるようだ。
「もしかしてって?」
「昨日バイトの時に言うててん。バトン落としたら絶対にあかんから、いいこと思いついたって」
「いいことって?」
蒼っちが思い付きで行動して、ロクな結果になったことがない。
「ハチマキでバトンと手を結んだら、絶対に落とさへんって……。多分やけどバトンと手をハチマキできつく結びすぎて、取れへんくなってるんちゃうかな」
本当にそんなことをやる高校生がいるとは思えない。だが、蒼っちならやってもおかしくない。
「本田の言う通りみたいや。二人で手に巻き付いたハチマキを取ろうとしてる」
もたもたしている内に他の団が迫っている。応援席は二人が何をやっているのか分からず、パニック状態だ。
「早く走れー!」
「何やってんだ!」
ヒヤヒヤがイライラに変わり、声援がヤジに変わった。二人の事情を知らない人からしたら、ふざけているようにしか見えないのだから、仕方のないことだろう。
「守友、蒼っち! もうそのまま走れ!」
周りのヤジに負けないように大声で叫んだ。
「そうや! ほどけんなら二人で走ってまえ!」
俺と本田の声を聞いて、二人は覚悟を決めたようだ。肩を組んで走り出した。
「なんや⁉ あいつらふざけてんのか?」
「いや、よく見たら手に何か巻き付いてるよ。もしかして、あれが取れないんじゃ……」
応援席の人たちもようやく二人の状況に気付いたようだ。
「赤団と黄団が迫ってるぞ! 頑張れ!」
ヤジが声援に戻った。二人の真剣な表情を見て、おふざけではないと気付いたのだろう。
「俺、目つぶっててもいい?」
「あかんわ、ちゃんと最後まで応援しとき」
ヒヤヒヤして見ていられないので、両手で目をふさごうとしたが、本田に手を思い切りはたかれた。おとなしく、最後まで見守ろう……。
「絶対負けると思ったけど、あの二人めっちゃ速いで、勝てるんちゃうん」
二人三脚と違い、脚は繋がっていない。しかし、バトンを持っていることをアピールするために、肩を組んで走っている。普通に走るより相当走りにくいはずだ。それでも何とか一位を保っている。
「あと、もうちょいや。頑張れ! 松葉、山羽!」
「最後に油断すんなよ!」
ゴールまであと少し、俺と本田は夢中で二人を応援した。
「いよっしゃあ!!!!」
守友が雄叫びを挙げながら、ゴールテープを切った。
「すげぇ! 本当に二人で走って勝ったぞ、あの二人」
「あの先輩たちって、騎馬戦でも最後に活躍してたよね? 凄すぎない?」
応援席は騎馬戦の時と同等かそれ以上に、大騒ぎだ。
「はぁ、疲れたわ。ホンマに山羽は……」
「蒼っち、負けたら絶対泣いてたで、『私のせいで負けちゃった!』って」
「ホンマにな、団の為にも、あの娘のためにも勝ってくれてよかったわ」
安心したせいか、急に力が抜けてきた。俺と本田はテントの下に敷いてあるシートに座り込んだ。
「宮は天津から今日の打ち上げの話、聞いてるねんな?」
「ああ、聞いてるよ。俺は見てられへんから逃げるけどな」
「巻き込まれてる身にもなってみてや、逃げたくても逃げられへんのに」
本田は本当に可哀想だと思うが、俺にはどうにもできない。
「打ち上げってどこやっけ?」
「一号線の焼き肉屋や。体育祭終わったらみんなで行くし迷わんやろ」
一号線には焼き肉屋がいっぱいあるが、どうせ守友と京に付いていくだけだ。どこの焼き肉屋か聞く必要はないな。
「俺腹減ったわ……。あと何種目ぐらいあるっけ?」
「あと四種目ぐらいちゃう?」
「まだ結構あるな、京の棒倒しも応援しなかんし、今のうちにトイレ行ってくるわ」
「グランドのトイレは混んでるから、中庭か校門のトイレに行きや」
相変わらず口うるさく注意する本田を背に、俺は少し小走りにトイレへ向かった。
「あれ? 川崎やん? こんなとこでどうしたん?」
トイレから帰る途中、中庭の陰で座り込んでいる川崎を見付けた。どうやら一人のようだ。
「ああ、桜か……、よかった」
(よかった?)
いつになく元気がない、というか泣きそうだ。
「どうしたんや? なんかあったん?」
流石にこんな状態の川崎を放っておけず、川崎の横にゆっくり座った。
「ああ、ちょっと気分が悪くて、休憩しててん」
「もしかして、八幡?」
俺の言葉に、川崎がゆっくり頷いた。騎馬戦の時から、怪しい気はしていた。体育祭でテンションが上がってセクハラまがいのことでもしたんだろう。川崎はそういうのに免疫がないからな、耐えられなかったのだろう。
「あんま、気にすん……「桜っち! なんで忍ちゃんを泣かしてんの⁉」
川崎を慰めようとした瞬間、蒼っちが俺と川崎の間に飛び込んできた。比喩ではなく本当に勢いよく飛び込んできた。
「いったいな蒼っち! 膝が顔面に当たったやろ。それに俺が泣かしたわけじゃくて……」
「桜っちが忍ちゃんを泣かすからでしょ! 大丈夫? 忍ちゃん」
興奮して聞く耳を持たない。
「落ち着けよ、蒼ちゃん。桜が川崎ちゃん泣かせるわけないだろ、逆ならまだしも」
聞きなれた声がすると思ったら、そこに立っていたのは守友だった。
「違うの? なんーんだ早く言ってよ。怒り損じゃん」
何度も言ったわ! とツッコミたかったが、今はそれどころではないので口をふさいだ。
「どうせ、八幡だろ?」
「えっ、八幡くんが何かしたの? 私しばいてくる!」
俺と守友が全力で蒼っちの腕を掴んで止めた。これ以上騒ぎを大きくされたら困る。
「もう、落ち着いたからええで、蒼。ありがとう」
めちゃくちゃな蒼っちを見て、少し落ち着いたようだ。
「ホンマに嫌なら俺から言っとくぞ、一応友達だし。あいつも悪気があってやってるわけじゃないからな。本気で嫌がっていることを伝えれば、言うことを聞くと思う」
「ちょっとスキンシップが激しくて、驚いただけやから、ホンマに大丈夫。それにあんまり大事にしたくないし」
「川崎ちゃんがそう言うなら、黙っとくけど、本当にしんどくなったら言ってな」
流石フォローの達人。優しいし、頼りになる。
「でも私は許せないよ! 女の子の涙はプルートみたいに貴重なんだから!」
「ぷ、プルート?」
「セ◯が開発した、世界に二台しかない幻のハードだよ、知らないの?」
関西出身ならツッコミしづらいボケはやめろと言いたいが、多分ボケではなく、本気で言っているので、何を言っても無駄だ。
「さっき校舎裏で、『ハチマキが取れないときはどうしようかと思ったよ。ありがとう』って叫びながらわんわん泣いてたくせに」
「そうなん?」
「ちょっとまゆゆ、それは言わない約束でしょ!」
蒼っちが珍しく顔を赤らめている。どうやら守友の話は本当のようだ。
「めっちゃ偉そうに言うから、つい……」
「ついじゃなくて! 忍ちゃん、こんなやつら放っておいて応援席に戻ろう。私が付いててあげるから大丈夫だよ」
照れているのか、蒼っちは川崎の手を少し強引に引っ張った。
「蒼っち! 八幡に絡むなよ、面倒くさいことになるし」
「分かってる! それに私が何もやらなくても、大丈夫だって思い出したから」
俺たちに少し不気味な笑顔を向けて、去っていく。
「蒼っちが言ってった『大丈夫』って、つまり?」
「打ち上げの時のあれがあるからだろ」
「俺、ちょっと楽しみになってきたわ」
「俺も」
俺と守友は顔を向き合わせて笑っていた。
「俺たちも応援席に戻ろうや」
「そうだな、あっそうだ。今回の件、京には絶対に言うなよ」
「分かってるわ、絶対ぶん殴るやろ」
「絶対な」
途中で自販機に寄って、ジュースを買い、守友と二人で応援席に戻った。大分遅くなったので、本田に『お腹が痛いのか?』と心配され、正露丸を渡された。
「では、青団の優勝を祝って! かんぱーい!」
四組の八幡が元気よく、音頭を取っている。あいつの言うように俺たち青団は見事優勝した。応援合戦は惜しくも二位だったが、得点の高い騎馬戦とリレーで勝てたことが大きかったようだ。
俺はクラスでいつも一緒に昼食をとっている、京・岡本・杉山とともに座り、焼き肉を堪能していた。
「いやー、勝った後の飯は美味いよな!」
杉山がジュースをがぶ飲みしながら、笑っている。
「なあ、京! いつ告白すんだよ!」
「ホンマや、青団の中じゃお前と本田さんの話で持ちきりやぞ」
やはりこの話題になった。岡本と杉山に悪気が無いのは分かっているが、少しモヤモヤする。
「八幡くんに、『俺が告白してから、お前も流れでやれよ!』って言われたから、八幡くん次第かな」
京が何事もないような顔ではにかんでいる。これからこいつがやろうとしていることを知っている俺からすれば、なぜそんなに落ち着いていられるのか理解できない。
「おおー、余裕やな」
「噂をすれば、八幡がなんか叫んでないか」
奥の席から八幡の声が聞こえる。どうやら、公開告白を始めるようだ。守友がスマホのカメラを構えている。
「すいません、みなさん。今からほんの少しだけ僕に時間をください!」
店の真ん中に立って、青団全員に箸を止めるように呼び掛けている。どんだけ自分に自信があるんだ。
「おいおい、何すんだよ八幡!」
八幡の友達が漫画のような、盛り上げ役に徹しているが、あまりみんな盛り上がっていないように感じる。八幡を無視して焼き肉を食べ続けるやつもちらほらいる。
「えー、みみなさんの貴重な時間をいたただいてごめんなさい。うっ、うん! 今から僕は告白させていただきたいと思います」
自信満々かと思いきや早口だし、少し嚙んでいるし、日本語が変だ。ここにきて、ちょっと可愛く思えてきた。
「その相手は⁉」
「その相手は、川崎忍さん、君です。僕と付き合ってください」
告白された川崎はキョトンとした顔で椅子に座っている。そんな川崎に、まるで異国の王子様かのように跪いて告白した。
「えーっと、ごめんなさい?」
当たり前のように断るので、思わず笑いそうになってしまった。
「僕と付き合ってください!」
八幡はなぜか、さっきと全く同じ言葉を叫んでいる。こんな大勢の前で振られるなんて、考えていなかったのだろう。完全に思考が停止している。
「ごめんなさい!」
川崎は自分の言葉が聞こえなかったと思ったのか、腹から声を出して、大声で謝った。会場の空気は地獄だ。
「ここでボケるなんて、忍はホンマに面白いな! では、三度目の正直。僕と付き合ってください!」
ダメだ、『はい』と答えるまで一生続ける気だ。川崎が周りの空気を察知して、困り果てている。このまま続けたら『はい』と答えてしまうだろう。
「ちょっと、八幡くん、長引かせすぎやろ」
京が立ち上がり、八幡に近づいて行った。
「ああ、そうや。みんな聞いてくれ、今日は俺だけじゃなくて、京も告白するつもりです! 僕の告白の返事は少し置いときましょう」
京が助け舟を出してくれたと思ったのか、八幡の顔色が少し良くなっている。
「悪いな八幡くん、我慢できんくて」
「いいぞ! 京!」
自然とヤジが飛び、八幡の時と違って、全員が箸を止めて注目している。
「えー、僕が彼女と知り合ったきっかけは、今も続けている『アルバイト』でした。お金が欲しくて何気なく始めた『アルバイト』でしたが、今では私の人生の一部になっています」
京はこんな気持ちの悪い演説をする男ではないが、八幡を煽っているのだろう。話す速さも言葉遣いも完璧だ。
「素敵な仲間、先輩、そして彼女に出会えたことを神に感謝したいと思います」
「その、『彼女』って誰ですか⁉」
守友が合の手を入れた。顔がにやつきまくっている。
「その『彼女』とは、川崎忍さん、あなたです。僕と付き合ってください」
さっきの八幡と同じ言葉で、同じように跪いて川崎に告白した。
「カワサキって? 誰? ワタシ?」
京に告白されるなんて、考えもしなかったのだろう。現実を受け止めきれていない。
「僕と付き合ってください!」
八幡と同じように告白の言葉を繰り返した。
「は、はい。私でよければ」
誰も予想できなかった展開に、会場が静まり返っている。
「おめでとう!」
守友・本田・蒼っちがクラッカーを鳴らしてお祝いした。その爆音につられ、会場が我に返った。
「あ、お、おめでとう!」
「おめでとう!」
青団全員が京と川崎を囲んで、祝福している。
「なんや、京は忍ちゃんが好きやったんか! はよ言えよ! 俺が当て馬みたいやんけー」
八幡が強がりながら、京の肩を叩いている。これ以上ないと言っていいほど無様だが、自業自得とはこのことなので同情はしない。
「いやー、上手くいってよかったね」
蒼っちがアイスを頬張りながら、守友と本田を連れて、歩いて来た。
「なあ、なんで俺にはクラッカーくれんかったん?」
「桜、逃げるって言ってたじゃん。使わなかったらもったいないし」
「言うたけどさ……」
俺だけ仲間外れにされたことが、少し気に食わない。
「まあまあ。ハッピーエンドやねんからすねんときや」
「すねてないわ」
本田がいつになくご機嫌だ。友達の告白が上手くいったのだから、当たり前か。
「この後どうする? 二次会行くやつらもおるみたいやけど。山羽は帰るねんな?」
「うん! 今日は疲れたからね」
騎馬戦でもリレーでも、あんな無茶をしていたのだ、そりゃあ疲れるに決まっている。
「俺も疲れたし、帰るわ」
「なら、俺が蒼ちゃんを送ってくから、桜は本田ちゃんな」
「え? 俺の家、本田の家から大分遠いんやけど……」
「何か文句あるんか?」
「何もありません」
本田ににらまれて、いつものように素直に従った。
「忍ちゃんと京ちんは?」
「二人っきりにさせてあげようや。付き合った初日やし」
「そうだね、流石双葉姉さん。大人だね」
終わった後の話をしているが、焼肉の終了時間までまだまだある。とりあえず今は肉を食おう。
打ち上げが終わり、本田の家に二人で向かう。焼肉屋から本田の家まで自転車で十五分ほどだが、チェーンが外れたとかで自転車を押して帰っている。
「チェーン外れただけなら、多分直せるで。ちょっと見してみろや」
「手汚れるからエエって。おとなしく押して帰ろうや」
京と川崎が上手くいってよっぽど嬉しかったらしい。本田は自転車を押しながら軽くスキップして、鼻歌を歌っている。
「そんな嬉しい? あの二人が付き合って」
「嬉しいに決まってるやん。川崎はずっと天津のことが好きやってんから」
「ずっと? ずっとっていつぐらいから?」
「少なくとも半年前からは、本気で好きやったみたいやで。あの娘は認めてなかったけど」
全く気付かなかった。しかし、ずっと好きだったのならば、京の言うことだけ素直に聞いていたことに納得がいく。
「じゃあ、やっぱり本田も京が好きやったん?」
「は⁉ なんでそうなんねん。好きじゃないって何べんも言うたやろ」
本田の鋭い目が、こちらをにらみつける。
「ほ、本田も川崎と同じで京の言うことだけは素直に聞くから、好きやったんかなって……」
「私はあいつをリーダーというか、まとめ役として認めてるだけや。別に好きでもなんでもない。あんたはホンマに女心が分かってない、やからモテへんねん」
俺の言ったことは的外れだったかもしれないが、そこまで言わなくても……。
「ら、来週には六月の売り上げが分かるな」
怖すぎて、話題を強引に変えた。
「来週の日曜日に張り出すって言ってたけど、その日って大掃除の日やんな? 大掃除の日なら全員出勤するよな? ちょうどええやん、みんなで結果を確認できる」
本田の言っている『大掃除』とは、年に一度、年末の大掃除の代わりに行う夏の大掃除のことだ。【山風】は年末年始が一年で一番忙しいので、年末の大掃除を行うことができない。なので、一年でも比較的に来客数の少ない七月の頭に店を閉め、大掃除を行う。
「ホンマやな、わざわざ集まらんでよくなったわけか」
今回の売り上げで、【山風】が潰れるかどうかが決まる。結果を知るのは怖いが、現実からは逃げられない、結果がどうであれ、素直に受け入れる覚悟はできている。
「送ってくれてありがとう。また学校でな」
気付けば本田の家の前だった。
「昼も言ったけど、学ラン洗わんでいいから今貰うわ」
「洗って返すって言ってるやろ」
学ランを受け取ろうと差し伸ばした俺の手を、本田は勢いよく叩き落とした。
「いったいな、なんで怒んねん」
「デリカシーのデの字もないからや。もういいから、また明日!」
よく分からないが、そこまで言うなら洗濯して返してもらうことにしよう。
「み、宮ちょっと待って!」
帰ろうとする俺を、本田が自信のなさそうな声で呼び止めた。玄関の扉から顔だけ覗かせている。
「大掃除の後、二人で話したいことあるから、予定空けといてな……、そんだけ!」
それだけ言うと勢いよく家の扉を閉め、玄関の電気を消した。
(話って、なんやろ)
本田の様子からすると、相当大事なことだろう。
(今度、守友に聞いてみよ)
昼はあんなに暑かったのに、夜は風が涼しくて気持ちいい。俺は疲れを忘れて、勢いよくペダルを漕ぎ、自宅を目指した。
「あれ、何で桜と守友がこんな時間におんねん」
ハチマキを頭に付け、体操服の袖を肩までまくり上げた京が、中庭でくつろぐ俺たちを見つけて驚いている。
京が驚くのも無理はない。今は午前七時半、登校時間は八時半なので俺たちは一時間も早く学校にいた。京のような応援団の連中はコスチュームの確認や髪の毛のセット、おめかし等で早く登校するが、俺たちのような非応援団員は早く来たところで何もやることがない。
「俺ら青団のコスチュームって学ランやろ? 女子は学ランなんて持ってないからな。俺が本田に、守友が川崎に貸すことになったんや」
「あの二人がお前らに借りることは何となく分かってたけど、今の時期に学ランなんて着ることないねんから、もっと前の日に渡しとけよ。そうすれば、こんな早い時間に来ることなかったやろ」
京は俺と守友の横に座る。
「昨日言われたんだよ。明日の応援合戦に学ランが必要だから、朝一で持って来いってな」
「それは……、どんまいや」
京は眠そうな顔で座る俺と守友を見てにやつきながら、同情した。
「川崎はガチで忘れてたんやろうけど、本田は嫌がらせやろ。俺が断らん事分かってて、わざとギリギリに頼んできてるわ、絶対に」
「まあ、本田ちゃんにも色々あるんだよ」
「色々って?」
「色々は色々だよ」
守友は意味ありげに話すが、いつものことなので気にしないことにした。
「話変わるけど、京はホンマに『ザ・応援団!』って感じやな。ハチマキも腕まくりも似合いすぎやろ」
「そうか? まあ、腕は重点的に鍛えてるからな」
京は少し照れながら、腕に力を入れてこっちを向き、筋肉をアピールしている。俺も守友も鍛えてはいるが、京には遠く及ばない。
「そういえば、桜と守友は打ち上げ行くよな?」
京の言っている『打ち上げ』とは、体育祭が終わった後に、俺たちが所属する青団で行われるご飯会のことだ。青団というが、他の学年までいては人数が多すぎるので、同期だけで行われる。
「もちろん、行くよ。というか、クラスの奴らはみんな行くだろ」
「もう、面倒くさいから単刀直入に聞くけど、俺が本田ちゃんに告白するとかいうわけわからん話聞いてる?」
「ああ、聞いてる」
「えっ、京が本田に告白すんの⁉」
守友は平然な態度を取っているが、俺は驚き過ぎて立ち上がってしまった。
「いや、驚いてるけど嘘に決まってるやろ。周りの奴らが勝手に言ってるだけや」
「なーんや、ビックリ損やんけ」
「この前本田ちゃんから『私と松葉が両思いとか勝手に言われててウザイ』って話を聞いたろ?」
「いや、聞いてはいたけど、反射で驚いてもうたわ」
二人から呆れた顔で送られる、冷ややかな視線が痛い。大げさに驚いたことが恥ずかしくなって、静かに腰を下ろした。
「そ、そんでその告白するとかいう話が何やねん。嘘やねんから無視でええやろ」
「ただ噂話が回ってるだけなら、無視で終わったわ」
「応援団の奴らが無理やり告白させようとしてんだろ? お前らの意思は関係なしで」
「そうや、打ち上げの終わり際にみんなの前で告白させるつもりやねんて。本田ちゃんのことなんて好きでも何でもないって言うても、照れてるだけやと思われて、何も聞いてくれへん」
京は腕を組みながら、ため息を付いている。関わるのも面倒なので、噂話を放置していた京だが、ここまで大事になるとは思っていなかったのだろう、こんなに疲れている京はあまり見ない。
「くそ迷惑な話やな。本気で怒って否定しとけよ」
「怒ったら好きなことを隠したくて、キレてるみたいやんけ。しかも、みんな一応善意でやってくれてるから、強く言われへんわ」
「告白で思い出したけど、八幡も打ち上げで川崎ちゃんに告白するって言ってなかった?」
「ああ、八幡くんは本気らしいな。俺らの先にやるつもりか後にやるつもりか知らんけどな。応援団からカップルを二組誕生させて、盛り上がるつもりなんやろ」
京の声が低く、そして小さくなる。
「何か、勝手に恋愛番組でも作られてるみたいやな」
「そんなしょーもない番組に出させるなら、出演料よこせや」
さっきまで落ち着いていた京だが、八幡の話になって明らかに不機嫌になっている。京が他人をわざわざ『くん』付けで呼ぶときは、話したことが無いか、個人的に嫌いかの二択だ。今回は十中八九後者だろう。
「川崎ちゃんは八幡から告白されても、断るらしいけどな」
「え? そうなん? みんなの前で告白されたら川崎の性格上、断らんというか、断れへんと思ってたけど」
京が前のめりで。守友の話を聞く。
「あんまり八幡の印象が良くないらしいぞ」
「お、俺もその話聞いたわ。嘘ちゃうで」
「じゃあ、八幡くんはみんなの前でめちゃくちゃ恥かくってことか」
守友の一言で、京の表情が一気に柔らかくなった。こういう時は本当に頼りになる。
「それで、京はどうするつもりなんだ? お前らの意思関係なしに告白の場をセッティングさせられるんだろ?」
「告白させられるときに、みんなの前で否定したろうかと思ってたけど、みんな納得してくれなさそうやからな。これ以上好き勝手言われへんようにするつもりや」
「どうすんの?」
「それはな……」
「それ、ホンマにやんの?」
京の話を聞いた俺は、驚きを隠し切れない。
「確かに、それならみんな納得するな。京っぽくない解決策だけど」
「守友は上手くいくと思うか?」
京が少し不安気に、守友に尋ねる。
「大丈夫だとは思うけど、保証はできない。それに、失敗したら俺でもフォローできないな」
「守友の勘はあてになるからな、お前の『大丈夫』って言葉を聞いて、上手くいく気がしてきたわ、ありがとう。てか、フォローとかは考えんでいいわ。上手くいってもいかんでも、お前らに関係するから、言うておきたかっただけやから」
守友の『大丈夫』という言葉に安心したようだ、声が少し大きくなり、興奮気味だ。
「俺は見てられへんから、逃げとくわ」
「俺は動画撮っとく」
「いや、普通に見とけよ」
京の話を聞いたときは冗談かと思ったが、どうやら本気みたいだな。本気なら、俺は友達として応援するだけだ。
「じゃあ、俺は応援団の衣装合わせが済んでないからいくわ。じゃあな」
京は話が終わると、立ち上がり、教室の方に走っていった。中庭は俺と守友だけになり、静かな時間が流れる。。
「あんなに眠かったのに、一気に目が覚めたな」
守友は立ち上がり、伸びをしながら話す。
「あんな、話を聞いたらな。まだ始まるまで時間あるけど、どうする?」
「自販機でジュース買おうぜ、蒼ちゃんも暇だから自販機の前にいるらしいし」
「蒼っちもう来てるんか、早いな」
俺も立ち上がり、伸びをしてから守友と自販機に向かって歩き出した。
「おーい! 桜っち、まゆゆ!」
蒼っちが自販機の前で手を振っている。
「あれ、蒼っちはいつもと変わらんな。他の子と一緒におめかししやんかったん?」
大体の女子は応援団に入っていても、いなくても化粧や髪の毛をセットしているが、蒼っちはいつもと変わらない。早い時間に来ているから、てっきり化粧かセットをしているものだと思っていた。
「これから戦うのに、化粧とかしても意味ないじゃん」
「いや、『戦う』って……、ただの体育祭やで」
顔がやる気に満ち溢れている。ここまで体育祭に本気なのはこいつぐらいだ。
「化粧しないなら、もうちょい遅く来ても良かったんじゃないか?」
「友達のセットを手伝ってたの。一人じゃ大変でしょう?」
「そういうことか、ホンマに男でよかったわ。おめかし何てめんどくさい」
ふと思ったが、蒼っちは京の話を聞いているのだろうか? 俺と京だけでなく、【山風】のメンバー全員に関係する話だ。蒼っちが京から話を聞いているか、上手く聞き出しておきたい。
「桜、蒼ちゃんがさっきの話を京から聞いてるか、気になってんだろ。スマホ見てみろ」
守友に言われて、スマホを見てみる。マナーモードにしていたので気づかなかったが、京からメッセージが届いている。
『さっき言い忘れてけど、本田ちゃんと蒼には昨日のバイトの時に話してあるから』
「何や、蒼っちも京から聞いてるんかい」
「打ち上げのときにやるやつでしょ? 昨日京ちんから聞いたよ。驚いたけど、二人の噂話を終わらせるには一番良い方法だと思うよ」
「俺は怖いから逃げるけどな」
「俺は動画撮る」
正反対の俺たちを見て、蒼っちが笑っている。
「動画と言えば、応援合戦も撮影しないといけないね。三人で集まって見ようよ」
「応援合戦って昼休み終わってすぐやんな?」
「そのはずだよ。せっかくだし、今日の昼はみんなで集まって食べようよ。食べる場所も自由だし。昼ご飯を食べて、そのまま応援合戦を見たらいいじゃん」
いつも昼食はクラスの友達と食べているが、今日ぐらいは【山風】のメンツで食べてもいいだろう。
「人が少なそう所で食べるなら、ええよ」
「なんで?」
「女子と食ってるとこを見られて、おちょくられるのが嫌なんだろ」
「その通りです……」
いつも通り守友に心を見透かされて、恥ずかしくなる。
「相変わらずだね……。まあ、双葉姉さんと京ちんがあんなことになってるのを見たら、怖くなるのも無理はないけどね」
蒼っちにフォローされて、余計に恥ずかしくなる。
「何か、みみっちくてすんません。僕の方からみんなにメッセージ送っときます」
「いつのことなんだから、謝んなよ。メッセージ送ったらジュース買って教室に行こうぜ。もうそろそろ集合時間だし」
今から教室に向かえばちょうどいい時間だ。メッセージを送り、ジュースを買って自販機を後にした。
『宣誓、私たちは、スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います』
各団の団長が生徒代表として選手宣誓を行い、体育祭が始まった。選手宣誓を見ると、舌を嚙んだり、言葉が詰まったらどうするんだろうと、自分のことでもないのにドキドキする。
選手宣誓が終わり、自分の団である青団のテントに向かう。体育祭中はクラスではなく団ごとに設置されたテントに集まって応援・休憩する。
「桜、棒引き出るんやろ? もう待機場所向かわなあかんで」
いつもと違い、しっかりおめかしした川崎が俺の肩を叩いた。
「棒引きって次やっけ? 完全に忘れてたわ」
「自分が出る種目の時間ぐらい把握しときいや。私も棒引き出るから一緒に行くで」
川崎に連れられて、入場門の近くにある待機場所に向かう。
「ん? 川崎は騎馬戦とリレーに出るって言ってなかったか?」
体育祭は一人二種目しか出られないはずだ。もし、棒引きに参加するなら、騎馬戦かリレーには出られない。
「女子は男子よりも人数が少ないから、何人かは三種目出なあかんねん。これも先生がちゃんと言ってたで、何も聞いてないやん」
川崎が俺を横目に見ながら、呆れている。
「ええやんけ別に」
待機場所に着き、自分の列に並んでいると、見知らぬ女子が川崎に声を掛けて来た。どうやら同じ団の後輩らしい。
「先輩、一緒に写真撮ってもらっていいですか?」
「うん、ええよ」
写真を撮り終わり、後輩の女の子は満足げな顔で自分の列に戻っていった。
「一緒に写真撮るなんて、アイドルみたいやな」
「そんなんちゃうわ。応援団やってたら、色々な子と仲良くなんねん」
川崎は少し照れながら、自分の髪の毛をいじっている。照れると髪をいじるのは川崎の癖だ。ちなみに嘘をつくと、鼻を触る。
「川崎は元気もよくて、顔もいいから後輩からすれば、憧れの対象なんやろうな」
「何や褒めまくって、気持ち悪い。暑さで頭おかしなったんか?」
調子に乗って、褒めすぎたらしい。ドン引きされるのは、ちょっと傷付く。
「何イチャイチャしてんねん」
後ろから聞きなれた声がする。振り向かなくても誰かは分かった。
「本田も棒引きに参加するんやっけ?」
『イチャイチャ』という言葉に反応すれば、面倒くさいことになりそうなので、俺は無理やり話題を変えた。
「私が出るのは、棒引きの後の綱引きや。暇やし、早めに来た」
相変わらず自分にも他人にも厳しいやつだ。さっきまで自分が出る競技の順番すら把握していなかったことがバレたら、絶対に怒られるだろう。
「桜、昼に全員でご飯食べるって話はどうなったん? 私はいけるって返信したけど、本田は?」
「私もいけるで、返信するの忘れてたわ」
「京からもいけるって来てたから、全員いけるわ。また、俺から全員に集合場所を送っとくわ」
『次の競技は棒引きです。選手入場!』
そうこうしていると、競技を開始するアナウンスが流れた。
「もう出場か、早いな。じゃあな本田、また後で」
「ちょっと宮、待ちや」
急に本田に腕を掴まれ、止められた。勢いよく引っ張られたせいで、列から外れてしまった。
「何か私に言うことあるやろ?」
「え? 何もないけど? あっ、あるわ。学ランは汚れてもクリーニングも洗濯もせんでええし、そのまま返してくれたらええよ。
って痛っ⁉」
本田に腕をつねられ、叫んでしまった。
「もうええわ」
本田は怒って自分の列に戻っていった。
「なあ、川崎、何で俺、怒られたん?」
「『綱引き頑張れ』って言葉が欲しかったんちゃう? 知らんけど」
「そういうことか。あいつも競技に本気やもんな」
つねられた腕をさすりながら、早歩きで列に戻り、入場門をくぐった。
『今から昼休みに入ります。各自、自由にお昼ご飯を食べてください』
アナウンスが流れ、昼休みの時間だ。教室に置いてあるカバンから財布とスマホを取り出して、集合場所の中庭に向かう。
中庭に着くと、俺以外の五人全員が既に集まっていた。
「すまん、自販機でジュース買ってて、遅れたわ」
「そんなに待ってないから、大丈夫だよ。じゃあ、みんな集まったし食べようか」
ベンチには三人しか座れないので、女組がベンチに、男組が地べたに座った。俺と川崎以外は弁当を持参している。
「なあ、何で中庭なん? もっといい場所あるやん」
川崎が菓子パンを食べながら、不満を漏らしている。中庭のベンチは影に入っているので、涼しいが、人気もなく不気味だ。それにベンチがあるだけで机も台もなく、ご飯も食べづらい。ここよりいい場所なんていくらでもある。
「宮が人の少ないところで食べたいって言うたんやろ、他の奴らにからかわれるのが嫌って理由で」
「「正解」」
本田の完璧な解答に、守友と蒼っちが声を合わせる。
「うるさいな、ええやんんけ別にどこで食っても。飯の味は変わらんやん、なあ? 京」
「俺は六人で食べれればどこでもよかったで。それに、応援団のやつらと食うのも疲れるから、人気の無い場所で助かったぐらいや」
自分から京に助けを求めたが、ここまで完璧にフォローされると申し訳なくなる。
「応援団って言えば、お前ら何時に集合なんだ? 応援合戦は昼休み終わってすぐだよな? 着替えとかもあるだろうし、ゆっくりご飯食べてる余裕あんの?」
「昼休みが終わる二十分前に集合やな。まだ三十分ぐらい時間あるし、大丈夫や。それに私はもう半分くらい食べ終わってるし」
本田の弁当を見ると、本当にあと半分しか残っていない。まだ食べ始めて三分程度しか経っていないのに……。
「私たち三人でしっかり動画撮っておくからね!」
「俺はええから、本田ちゃんと川崎を撮ってあげてや」
「三人いるし、各々担当を決めて撮影する予定! 私が忍ちゃんで、まゆゆが京ちん、桜っちが双葉姉さんを撮影するつもりだよ」
「宮は手振れ酷そうやから、嫌やなぁ」
「俺のスマホは最新式で手振れ補正バッチリやから、心配すんな」
俺は自慢げに、先月購入したばかりのスマホを本田に見せつけた。
「この前も川崎ちゃんに聞いたけど、応援合戦に勝つ自信はお有りですか?」
「「「絶対に負けへん」」」
守友の問いに、三人が声を揃えて即答した。どうやら、相当自信があるようだ。
「たかが体育祭、されど体育祭や。せっかく参加するなら負ける訳にはいかへん」
京が目をギラつかせながら話す。長い期間練習しただけあって、絶対に負けたくないのだろう。
「お前らがそこまで言うなら、絶対に負けないだろうな。じゃあ、これは俺からの気持ち。これ飲んで気合入れてくれ」
守友はカバンからエナジードリンクを取り出した。暑さでぬるくならないように、ゴムで保冷剤を巻き付けてある。
「私はこれあげる」
守友に続き、蒼っちはレモンのハチミツ漬けを取り出した。レモンのハチミツ付けは熱中症対策にうってつけで、食べるだけで元気が出る。
「ありがとう、二人とも! 桜からは……ないよな?」
川崎は元気よく二人に礼を言ってから、俺の方を見つめた。もちろん俺は何も用意していない。
「えーっと、頑張れ! っていう俺の言葉、じゃだめ?」
「川崎、宮に変な期待したらあかんやろ。可哀想や」
「そうやな、ごめん桜。その一言で十分やで」
川崎が本当に申し訳なさそうに謝っている。
「も。もう二十分前やから、集合せなあかんのちゃうん?」
何も言えなくて、無理やり話題を変えた。
「ホンマやな、じゃあ行くか本田ちゃん、川崎」
京に言われ、二人とも荷物をカバンにしまい、ベンチから立ち上がって、集合場所に向かっていった。
「私たちも撮影場所を確保しに行こうか。前の方じゃないと上手く撮れないしね」
「そうやな、いこうか」
忘れ物がないか確認し、中庭を後にした。
昼休みが終わり、俺たちはテントの最前列でスマホを持ち、横一列に並んで立っていた。赤団・黄団・青団の順で、十分程度パフォーマンスを行うようだ。今、黄団が終わったので、あと五分ぐらいで俺たち青団のパフォーマンスが始まる。
「赤団も、黄団もすごかったね」
「赤団は中国舞踊、黄団はパーティーダンスがテーマみたいだな。難しそうなダンスだったけど、誰もミスしてなかったし、勝つのは難しそうだ」
「うちの青団は学ラン着て、太鼓叩くんやろ? テーマだけで言うたら一番応援団っぽいし、勝てそうな気がするけどな」
「一番応援団っぽいからこそ、目新しさがないし、ハードルが高いんじゃないか?」
自分のことでもないのに、なぜか緊張してきた。
『ただいまから、青団の応援合戦を開始します』
開始のアナウンスが流れた。
「始まるよ! ほら、録画ボタン押して!」
蒼っちに急かされ、急いでスマホを構えた。俺はとりあえず、本田を追いかけなければならない。見つけられなかったらどうしようかと思っていたが、本田は女子の中では身長が高いので、すぐに見つかった。
「凄い迫力だね」
「ああ、そうやな」
三人とも、今まで見たことがないぐらい真剣な表情で声を出し、体を動かしている。京と川崎はともかく、本田がこんな大きな声を出している姿は見たことがない。
俺たち三人は応援合戦が終わるまで、無言で青団のパフォーマンスに釘付けになっていた。
「長い期間練習してただけあるな、息も合ってるし誰もミスしてない。これなら赤団にも黄団にも勝てそうだ」
演技が終わり、守友が口を開いた。
「チョベリグな演技だったね! これなら絶対に勝てるよ! 結果発表は閉会式の得点発表の時にやるんだっけ?」
「そのはずやったで。配点がでかいし、最後に発表するほうが盛り上がるんやろ」
「何か、見てるだけなのに疲れたな。まだ午後の種目が丸々残ってるのに……」
俺もなぜかどっと疲れが出てきた。ただ、俺が出場する棒引きと玉入れは午前中に終わっているので、午後はテントで応援するだけで終わる。
「桜っち以外の五人全員が騎馬戦に出るんだよね? 騎馬戦は応援合戦の次だから、もう待機場所にいかいとだね」
「そうだったな、もう行っとくか。桜、俺らのスマホ預かっておいてくれ」
「おう」
守友と蒼っちはスマホを俺に預け、待機所に歩いて行った。応援合戦の後片付けがあるので、騎馬戦が始まるまで少し時間がある。喉が渇いたし、ウォータークーラーで水分補給しに行くか。
『次の競技は騎馬戦です。選手入場!』
アナウンスと共に、守友たちが列に並んで入場している。京・本田・川崎は応援合戦が終わったばかりだというのに、疲れを全く感じさせない堂々とした態度で整列している。
「松葉先輩! 頑張ってください!」
京を応援する女の子の声が聞こえる。やはり、京は学年問わず、モテるみたいだな。
「ねえ、知ってる? 応援団の松葉先輩と本田先輩って両想いらしいよ!」
「知ってる! 今日の打ち上げで告白して、キスするんでしょ⁉ ドラマみたいで憧れるよね!」
どうやら、あの二人の噂は一年生の間でも回っているようだ。しかも、『キス』という尾ひれまで付いている。噂話を放置するとここまで面倒くさいことになるとは……。
『では、第一回戦を始めます。騎馬を組んでください』
うちの騎馬戦は三団総当たりで行い、最後まで騎馬が残っていた団の勝ちだ。二回勝った団が最終的な勝者になる。他の高校の騎馬戦と少し違うのは『男女混合』で戦う点だ。男子三人が騎馬を組み、その上に女子が騎手として乗ることになる。今の時代にそんなセクハラまがいのことをしていいのかと思うが、男女混合の方が全員で団結することができ、盛り上がるので、誰も文句は言わない。
『第一回戦、開始!』
一回戦が始まった。京の騎馬に本田が、守友の騎馬に蒼っちが乗っている。川崎が見当たらないので探してみると、八幡の騎馬に乗っているようだ。多分無理やり組まされたのだろう、川崎の顔は少し元気がないように見える。
「じゃあさ、川崎先輩と八幡先輩が両想いってことは、知ってる?」
「え⁉ そうなの?」
「らしいよ、今も一緒に騎馬戦出てるし、本当みたい。あの二人も打ち上げで告白するんだって」
「すごーい! 応援団からカップルが二組も出るなんて、羨ましいなぁ。私も来年は応援団やろっかなぁ」
川崎と八幡の噂まで出回っているのか。川崎が八幡の告白を断ったらどうなるんだろう……。怖くて想像もできない。
『第一試合、青団の勝ち!』
ごちゃごちゃ考えているうちに、一回戦が終わったようだ。残っている騎馬は京と本田の騎馬だ。二人とも、余裕綽々の顔で俺に手を振っている。恥ずかしいからやめて欲しい。
「やっぱりお似合いだね、あの二人」
「両方とも部活のエースなんでしょ? 憧れるなぁ」
こうやって噂が大きくなって、広がるんだな。
『続いて、第二回戦を始めます。騎馬を組んでください』
やはり、川崎は八幡と組むのを嫌がっているようだ。騎馬戦を楽しみにしていたのに、顔が笑っていない。八幡はすこぶる楽しそうにしているが。
『第二回戦、開始!』
赤団と黄団が青団目掛けて、一斉に襲い掛かる。青団がもう一度勝てば終わってしまうので、青団を集中して狙うのは当たり前の話だ。
「本田先輩たち、ハチマキ取られちゃった……」
一回戦で最後まで残っていたからマークされていたのだろう、京と本田はすぐにハチマキを取られてしまった。
「川崎先輩と八幡先輩も取られてる!」
川崎は明らかに元気がなかったからな。あの状態で続けていれば、ハチマキを取られるのは当然だ。
開始から五分ほど経って、残っている騎馬は各団一騎ずつ。うちの団は守友・蒼っちの騎馬が残っている。
「残ってる先輩ってテニス部の松葉先輩だよね?」
「そうそう、応援団には入ってないけど、茶髪だから目立つよね。顔もいいし」
守友のやつ、応援団にも入っていなくせに、後輩にも知られているようだ。そういえば、さっきも後輩から写真を撮ってくれと頼まれていた。ムカつくから後でからかってやろう。
「松葉先輩たち、囲まれちゃった」
青団には勝たせまいと、赤団と黄団が協力して蒼っちたちを狙っている。しかも相手は蒼っちよりも大きい、女子バスケ部の先輩二人だ。
「あんな露骨に協力されたら、もう無理だよ……」
一応みんな大声を出して応援しているが、応援席は完全に諦めムードだ。
「蒼っち、守友、頑張れ!」
一人で声を出して応援するのは恥ずかしいが、何も言わずに棒立ちするのも駄目な気がした。ここ最近で一番の大声を出して、二人を応援した。周りのみんなも大声で応援しているので、聞こえないだろうと思ったが、どうやらしっかり聞こえたようだ。一瞬だが、二人揃って満面の笑みをこちらに向けた。
赤団と黄団から距離を取って、立ち止まり、何やら話し合っている。
話し合いが終わると、全力で赤団と黄団目掛けて走り出した。勝てないと思ってやけくそになったのだろうか。
「松葉先輩! 頑張ってください!」
応援席も今日一番の盛り上がりで、応援している。
「あのまま止まらないつもりなのかな?」
どうやら、守友は本当に止まるつもりがないらしい。勢いを殺さず、そのまま相手の騎馬に突っ込んだ。
「あっ、赤団の人の腕を掴んだよ!」
突進の勢いをそのままに、蒼っちが赤団の騎手の腕を両手で掴んだ。相手は少しぐらついて、体勢を立て直すのに必死だ。このまま赤団だけを狙えば、ハチマキを奪うことはできるだろうが、黄団がいる。両手がふさがり、赤団の騎手ともみ合いになっている蒼っちを横から黄団が狙った。
「いっ⁉」
自分の声とは思えない変な声が出てしまった。しかし、そうなるのも無理はない。なんと蒼っちは横から襲い掛かった黄団のハチマキを『口』で挟んで奪い取ったのだ。続いて蒼っちはその異様な光景を目にし、動揺した赤団の隙を見逃さなかった。左手でハチマキを素早く奪い取った。
「……え?」
蒼っちの超人的な行動に、会場が静まり返っている。
「やった! 取ったよ!」
蒼っちが満面の笑みでこちらにVサインを向けている。
「……す、すげぇ!!」
蒼っちのVサインを見て、会場は我に返った。青団からはもちろん、他の団からも称賛の声が上がる。
「あんなんできる?」
「いや、絶対に無理!」
会場は大盛り上がりだ。青団はまだ優勝もしていないのに、蒼っちを胴上げしている。あんなスーパープレイを見せられたら、無理もない。
『まだ二位決定戦が残っているので、胴上げはやめてください』
盛り上がりすぎて、収拾が付かない。運営から注意が入った。しかし、誰も言うことを聞かず、胴上げをやめない。最終的に先生が出てきて、直接注意しに行った。
「お疲れ、本田」
騎馬戦から帰ってきた本田に声をかけた。
「ありがとう、何とか勝てたわ」
「他のみんなは?」
「あいつら全員、騎馬戦の後にあるリレーに参加するからな、そのまま待機場所に向かったわ」
「なるほど、てか、蒼っちと守友、凄かったな! まさか口で奪い取るとは」
「何か練習してたみたいやで、まさかホンマにやるとは思わんかったけど」
普通の人間は、口でハチマキを奪い取ろうとなんて考えない、ましてや練習なんて絶対にしない。
「一回戦の内容はは覚えてないんか?」
「ああ、覚えてるよ。京と本田の騎馬が勝ってたな」
「感想は?」
本田が自慢げに尋ねた。
「ごめん、考え事してて、気付いたら終わってた。
って、痛い!」
本田に思いっきりグーで殴られた。
「何で殴んねん、しかもグーで!」
「腹立ったからや、それ以外理由ないやろ」
騎馬戦の活躍を見ていないだけで、ここまで怒るのは全く理解できないが、反論しても無駄なのでやめた。
『次の競技は二年生のリレーです。選手入場!』
「ほら、リレー始まったで。怒ってないで応援しようや」
「はぁ……、まあそうやな。確か松葉がアンカーで走るんやっけ?」
「あいつ、足はくそ速いからな」
リレーは学年別、男女混合十名で行われる。グランドを半周してバトンを渡すが、アンカーだけは一周走る。学年で一番足が速いのは、多分守友なので、アンカーに選ばれている。
「そんな速いんや。松葉って運動神経良いイメージないけどな」
「あいつ、運動神経はよくないけど、身体能力はいいねん。つまり、道具使わん競技なら凄い」
「何でテニスやってんねん、陸上やったらええのに」
「根性ないし、持久力もないから陸上は無理やねんて、走ったらなぜかすぐにケガするし」
「なんやそれ……、って言うてる間にスタートしてるやん」
本田と喋っている内に、バトンは既に第二走に渡っていた。京が先頭で走っている。
「京が二走目で、川崎が五走目、蒼っちが九走目で、守友がアンカーやっけ?」
「確かそんな感じ」
「京が速いの知ってるけど、川崎と蒼っちはどうなん?」
男子の走りは体育で見る機会があるが、女子は見る機会がないので、誰が速いか全く分からない。二人とも運動神経が良いことは知っているが。
「川崎はちょっと速いな、山羽は女子で一番速いぐらい」
「男女ともに一番速いやつが揃ってるなら、勝ったも同然ちゃうん。あっ、川崎に渡った」
「頑張れ! 川崎!」
リレーが白熱しすぎて、会話が途切れ、途切れだ。
「あれ? 私ら何の話してたっけ?」
「男女の一番速いやつが揃ってるから、負けへんやろ? って話」
「ああ、そうやった。山羽はその日の疲れとかテンションで身体能力が大きく変わるから、走ってみないと分からんで。この前走った時はぷよ◯よの大会で負けた次の日やって、クソ遅かったからな。クラスでも下から数えた方が早いぐらいのタイムやったわ」
相変わらず、めちゃくちゃな話だ。言われてみれば、バイトの時もテンションが高い時と低い時でミスの回数が全く違う。
「今日の蒼っちはどうなん?」
「騎馬戦のすぐ後やから疲れてるとは思うけど、あんな大活躍したし、テンションはマックスのはずや」
「つまり?」
「走ってみないと分からへん。って言うてる間に山羽の番やんけ」
本田に言われ青のバトンを探すと、九走目の蒼っちに渡っている。今の順位はぶっちぎりで一位だ。
「こんだけ差あったら、絶対負けへんな。しかも、蒼っちめっちゃ速いし」
「ホンマに速いな、心配して損したわ」
騎馬戦で活躍したお陰か、蒼っちは絶好調のようだ。あっという間に守友の下にたどり着いた。
「あれ? 何か蒼っちの様子、おかしない? 何で守友にバトン渡さの?」
蒼っちはなぜか守友にバトンを渡さず、暴れまわっている。
「あの娘、もしかして……」
本田にはなにか、心当たりがあるようだ。
「もしかしてって?」
「昨日バイトの時に言うててん。バトン落としたら絶対にあかんから、いいこと思いついたって」
「いいことって?」
蒼っちが思い付きで行動して、ロクな結果になったことがない。
「ハチマキでバトンと手を結んだら、絶対に落とさへんって……。多分やけどバトンと手をハチマキできつく結びすぎて、取れへんくなってるんちゃうかな」
本当にそんなことをやる高校生がいるとは思えない。だが、蒼っちならやってもおかしくない。
「本田の言う通りみたいや。二人で手に巻き付いたハチマキを取ろうとしてる」
もたもたしている内に他の団が迫っている。応援席は二人が何をやっているのか分からず、パニック状態だ。
「早く走れー!」
「何やってんだ!」
ヒヤヒヤがイライラに変わり、声援がヤジに変わった。二人の事情を知らない人からしたら、ふざけているようにしか見えないのだから、仕方のないことだろう。
「守友、蒼っち! もうそのまま走れ!」
周りのヤジに負けないように大声で叫んだ。
「そうや! ほどけんなら二人で走ってまえ!」
俺と本田の声を聞いて、二人は覚悟を決めたようだ。肩を組んで走り出した。
「なんや⁉ あいつらふざけてんのか?」
「いや、よく見たら手に何か巻き付いてるよ。もしかして、あれが取れないんじゃ……」
応援席の人たちもようやく二人の状況に気付いたようだ。
「赤団と黄団が迫ってるぞ! 頑張れ!」
ヤジが声援に戻った。二人の真剣な表情を見て、おふざけではないと気付いたのだろう。
「俺、目つぶっててもいい?」
「あかんわ、ちゃんと最後まで応援しとき」
ヒヤヒヤして見ていられないので、両手で目をふさごうとしたが、本田に手を思い切りはたかれた。おとなしく、最後まで見守ろう……。
「絶対負けると思ったけど、あの二人めっちゃ速いで、勝てるんちゃうん」
二人三脚と違い、脚は繋がっていない。しかし、バトンを持っていることをアピールするために、肩を組んで走っている。普通に走るより相当走りにくいはずだ。それでも何とか一位を保っている。
「あと、もうちょいや。頑張れ! 松葉、山羽!」
「最後に油断すんなよ!」
ゴールまであと少し、俺と本田は夢中で二人を応援した。
「いよっしゃあ!!!!」
守友が雄叫びを挙げながら、ゴールテープを切った。
「すげぇ! 本当に二人で走って勝ったぞ、あの二人」
「あの先輩たちって、騎馬戦でも最後に活躍してたよね? 凄すぎない?」
応援席は騎馬戦の時と同等かそれ以上に、大騒ぎだ。
「はぁ、疲れたわ。ホンマに山羽は……」
「蒼っち、負けたら絶対泣いてたで、『私のせいで負けちゃった!』って」
「ホンマにな、団の為にも、あの娘のためにも勝ってくれてよかったわ」
安心したせいか、急に力が抜けてきた。俺と本田はテントの下に敷いてあるシートに座り込んだ。
「宮は天津から今日の打ち上げの話、聞いてるねんな?」
「ああ、聞いてるよ。俺は見てられへんから逃げるけどな」
「巻き込まれてる身にもなってみてや、逃げたくても逃げられへんのに」
本田は本当に可哀想だと思うが、俺にはどうにもできない。
「打ち上げってどこやっけ?」
「一号線の焼き肉屋や。体育祭終わったらみんなで行くし迷わんやろ」
一号線には焼き肉屋がいっぱいあるが、どうせ守友と京に付いていくだけだ。どこの焼き肉屋か聞く必要はないな。
「俺腹減ったわ……。あと何種目ぐらいあるっけ?」
「あと四種目ぐらいちゃう?」
「まだ結構あるな、京の棒倒しも応援しなかんし、今のうちにトイレ行ってくるわ」
「グランドのトイレは混んでるから、中庭か校門のトイレに行きや」
相変わらず口うるさく注意する本田を背に、俺は少し小走りにトイレへ向かった。
「あれ? 川崎やん? こんなとこでどうしたん?」
トイレから帰る途中、中庭の陰で座り込んでいる川崎を見付けた。どうやら一人のようだ。
「ああ、桜か……、よかった」
(よかった?)
いつになく元気がない、というか泣きそうだ。
「どうしたんや? なんかあったん?」
流石にこんな状態の川崎を放っておけず、川崎の横にゆっくり座った。
「ああ、ちょっと気分が悪くて、休憩しててん」
「もしかして、八幡?」
俺の言葉に、川崎がゆっくり頷いた。騎馬戦の時から、怪しい気はしていた。体育祭でテンションが上がってセクハラまがいのことでもしたんだろう。川崎はそういうのに免疫がないからな、耐えられなかったのだろう。
「あんま、気にすん……「桜っち! なんで忍ちゃんを泣かしてんの⁉」
川崎を慰めようとした瞬間、蒼っちが俺と川崎の間に飛び込んできた。比喩ではなく本当に勢いよく飛び込んできた。
「いったいな蒼っち! 膝が顔面に当たったやろ。それに俺が泣かしたわけじゃくて……」
「桜っちが忍ちゃんを泣かすからでしょ! 大丈夫? 忍ちゃん」
興奮して聞く耳を持たない。
「落ち着けよ、蒼ちゃん。桜が川崎ちゃん泣かせるわけないだろ、逆ならまだしも」
聞きなれた声がすると思ったら、そこに立っていたのは守友だった。
「違うの? なんーんだ早く言ってよ。怒り損じゃん」
何度も言ったわ! とツッコミたかったが、今はそれどころではないので口をふさいだ。
「どうせ、八幡だろ?」
「えっ、八幡くんが何かしたの? 私しばいてくる!」
俺と守友が全力で蒼っちの腕を掴んで止めた。これ以上騒ぎを大きくされたら困る。
「もう、落ち着いたからええで、蒼。ありがとう」
めちゃくちゃな蒼っちを見て、少し落ち着いたようだ。
「ホンマに嫌なら俺から言っとくぞ、一応友達だし。あいつも悪気があってやってるわけじゃないからな。本気で嫌がっていることを伝えれば、言うことを聞くと思う」
「ちょっとスキンシップが激しくて、驚いただけやから、ホンマに大丈夫。それにあんまり大事にしたくないし」
「川崎ちゃんがそう言うなら、黙っとくけど、本当にしんどくなったら言ってな」
流石フォローの達人。優しいし、頼りになる。
「でも私は許せないよ! 女の子の涙はプルートみたいに貴重なんだから!」
「ぷ、プルート?」
「セ◯が開発した、世界に二台しかない幻のハードだよ、知らないの?」
関西出身ならツッコミしづらいボケはやめろと言いたいが、多分ボケではなく、本気で言っているので、何を言っても無駄だ。
「さっき校舎裏で、『ハチマキが取れないときはどうしようかと思ったよ。ありがとう』って叫びながらわんわん泣いてたくせに」
「そうなん?」
「ちょっとまゆゆ、それは言わない約束でしょ!」
蒼っちが珍しく顔を赤らめている。どうやら守友の話は本当のようだ。
「めっちゃ偉そうに言うから、つい……」
「ついじゃなくて! 忍ちゃん、こんなやつら放っておいて応援席に戻ろう。私が付いててあげるから大丈夫だよ」
照れているのか、蒼っちは川崎の手を少し強引に引っ張った。
「蒼っち! 八幡に絡むなよ、面倒くさいことになるし」
「分かってる! それに私が何もやらなくても、大丈夫だって思い出したから」
俺たちに少し不気味な笑顔を向けて、去っていく。
「蒼っちが言ってった『大丈夫』って、つまり?」
「打ち上げの時のあれがあるからだろ」
「俺、ちょっと楽しみになってきたわ」
「俺も」
俺と守友は顔を向き合わせて笑っていた。
「俺たちも応援席に戻ろうや」
「そうだな、あっそうだ。今回の件、京には絶対に言うなよ」
「分かってるわ、絶対ぶん殴るやろ」
「絶対な」
途中で自販機に寄って、ジュースを買い、守友と二人で応援席に戻った。大分遅くなったので、本田に『お腹が痛いのか?』と心配され、正露丸を渡された。
「では、青団の優勝を祝って! かんぱーい!」
四組の八幡が元気よく、音頭を取っている。あいつの言うように俺たち青団は見事優勝した。応援合戦は惜しくも二位だったが、得点の高い騎馬戦とリレーで勝てたことが大きかったようだ。
俺はクラスでいつも一緒に昼食をとっている、京・岡本・杉山とともに座り、焼き肉を堪能していた。
「いやー、勝った後の飯は美味いよな!」
杉山がジュースをがぶ飲みしながら、笑っている。
「なあ、京! いつ告白すんだよ!」
「ホンマや、青団の中じゃお前と本田さんの話で持ちきりやぞ」
やはりこの話題になった。岡本と杉山に悪気が無いのは分かっているが、少しモヤモヤする。
「八幡くんに、『俺が告白してから、お前も流れでやれよ!』って言われたから、八幡くん次第かな」
京が何事もないような顔ではにかんでいる。これからこいつがやろうとしていることを知っている俺からすれば、なぜそんなに落ち着いていられるのか理解できない。
「おおー、余裕やな」
「噂をすれば、八幡がなんか叫んでないか」
奥の席から八幡の声が聞こえる。どうやら、公開告白を始めるようだ。守友がスマホのカメラを構えている。
「すいません、みなさん。今からほんの少しだけ僕に時間をください!」
店の真ん中に立って、青団全員に箸を止めるように呼び掛けている。どんだけ自分に自信があるんだ。
「おいおい、何すんだよ八幡!」
八幡の友達が漫画のような、盛り上げ役に徹しているが、あまりみんな盛り上がっていないように感じる。八幡を無視して焼き肉を食べ続けるやつもちらほらいる。
「えー、みみなさんの貴重な時間をいたただいてごめんなさい。うっ、うん! 今から僕は告白させていただきたいと思います」
自信満々かと思いきや早口だし、少し嚙んでいるし、日本語が変だ。ここにきて、ちょっと可愛く思えてきた。
「その相手は⁉」
「その相手は、川崎忍さん、君です。僕と付き合ってください」
告白された川崎はキョトンとした顔で椅子に座っている。そんな川崎に、まるで異国の王子様かのように跪いて告白した。
「えーっと、ごめんなさい?」
当たり前のように断るので、思わず笑いそうになってしまった。
「僕と付き合ってください!」
八幡はなぜか、さっきと全く同じ言葉を叫んでいる。こんな大勢の前で振られるなんて、考えていなかったのだろう。完全に思考が停止している。
「ごめんなさい!」
川崎は自分の言葉が聞こえなかったと思ったのか、腹から声を出して、大声で謝った。会場の空気は地獄だ。
「ここでボケるなんて、忍はホンマに面白いな! では、三度目の正直。僕と付き合ってください!」
ダメだ、『はい』と答えるまで一生続ける気だ。川崎が周りの空気を察知して、困り果てている。このまま続けたら『はい』と答えてしまうだろう。
「ちょっと、八幡くん、長引かせすぎやろ」
京が立ち上がり、八幡に近づいて行った。
「ああ、そうや。みんな聞いてくれ、今日は俺だけじゃなくて、京も告白するつもりです! 僕の告白の返事は少し置いときましょう」
京が助け舟を出してくれたと思ったのか、八幡の顔色が少し良くなっている。
「悪いな八幡くん、我慢できんくて」
「いいぞ! 京!」
自然とヤジが飛び、八幡の時と違って、全員が箸を止めて注目している。
「えー、僕が彼女と知り合ったきっかけは、今も続けている『アルバイト』でした。お金が欲しくて何気なく始めた『アルバイト』でしたが、今では私の人生の一部になっています」
京はこんな気持ちの悪い演説をする男ではないが、八幡を煽っているのだろう。話す速さも言葉遣いも完璧だ。
「素敵な仲間、先輩、そして彼女に出会えたことを神に感謝したいと思います」
「その、『彼女』って誰ですか⁉」
守友が合の手を入れた。顔がにやつきまくっている。
「その『彼女』とは、川崎忍さん、あなたです。僕と付き合ってください」
さっきの八幡と同じ言葉で、同じように跪いて川崎に告白した。
「カワサキって? 誰? ワタシ?」
京に告白されるなんて、考えもしなかったのだろう。現実を受け止めきれていない。
「僕と付き合ってください!」
八幡と同じように告白の言葉を繰り返した。
「は、はい。私でよければ」
誰も予想できなかった展開に、会場が静まり返っている。
「おめでとう!」
守友・本田・蒼っちがクラッカーを鳴らしてお祝いした。その爆音につられ、会場が我に返った。
「あ、お、おめでとう!」
「おめでとう!」
青団全員が京と川崎を囲んで、祝福している。
「なんや、京は忍ちゃんが好きやったんか! はよ言えよ! 俺が当て馬みたいやんけー」
八幡が強がりながら、京の肩を叩いている。これ以上ないと言っていいほど無様だが、自業自得とはこのことなので同情はしない。
「いやー、上手くいってよかったね」
蒼っちがアイスを頬張りながら、守友と本田を連れて、歩いて来た。
「なあ、なんで俺にはクラッカーくれんかったん?」
「桜、逃げるって言ってたじゃん。使わなかったらもったいないし」
「言うたけどさ……」
俺だけ仲間外れにされたことが、少し気に食わない。
「まあまあ。ハッピーエンドやねんからすねんときや」
「すねてないわ」
本田がいつになくご機嫌だ。友達の告白が上手くいったのだから、当たり前か。
「この後どうする? 二次会行くやつらもおるみたいやけど。山羽は帰るねんな?」
「うん! 今日は疲れたからね」
騎馬戦でもリレーでも、あんな無茶をしていたのだ、そりゃあ疲れるに決まっている。
「俺も疲れたし、帰るわ」
「なら、俺が蒼ちゃんを送ってくから、桜は本田ちゃんな」
「え? 俺の家、本田の家から大分遠いんやけど……」
「何か文句あるんか?」
「何もありません」
本田ににらまれて、いつものように素直に従った。
「忍ちゃんと京ちんは?」
「二人っきりにさせてあげようや。付き合った初日やし」
「そうだね、流石双葉姉さん。大人だね」
終わった後の話をしているが、焼肉の終了時間までまだまだある。とりあえず今は肉を食おう。
打ち上げが終わり、本田の家に二人で向かう。焼肉屋から本田の家まで自転車で十五分ほどだが、チェーンが外れたとかで自転車を押して帰っている。
「チェーン外れただけなら、多分直せるで。ちょっと見してみろや」
「手汚れるからエエって。おとなしく押して帰ろうや」
京と川崎が上手くいってよっぽど嬉しかったらしい。本田は自転車を押しながら軽くスキップして、鼻歌を歌っている。
「そんな嬉しい? あの二人が付き合って」
「嬉しいに決まってるやん。川崎はずっと天津のことが好きやってんから」
「ずっと? ずっとっていつぐらいから?」
「少なくとも半年前からは、本気で好きやったみたいやで。あの娘は認めてなかったけど」
全く気付かなかった。しかし、ずっと好きだったのならば、京の言うことだけ素直に聞いていたことに納得がいく。
「じゃあ、やっぱり本田も京が好きやったん?」
「は⁉ なんでそうなんねん。好きじゃないって何べんも言うたやろ」
本田の鋭い目が、こちらをにらみつける。
「ほ、本田も川崎と同じで京の言うことだけは素直に聞くから、好きやったんかなって……」
「私はあいつをリーダーというか、まとめ役として認めてるだけや。別に好きでもなんでもない。あんたはホンマに女心が分かってない、やからモテへんねん」
俺の言ったことは的外れだったかもしれないが、そこまで言わなくても……。
「ら、来週には六月の売り上げが分かるな」
怖すぎて、話題を強引に変えた。
「来週の日曜日に張り出すって言ってたけど、その日って大掃除の日やんな? 大掃除の日なら全員出勤するよな? ちょうどええやん、みんなで結果を確認できる」
本田の言っている『大掃除』とは、年に一度、年末の大掃除の代わりに行う夏の大掃除のことだ。【山風】は年末年始が一年で一番忙しいので、年末の大掃除を行うことができない。なので、一年でも比較的に来客数の少ない七月の頭に店を閉め、大掃除を行う。
「ホンマやな、わざわざ集まらんでよくなったわけか」
今回の売り上げで、【山風】が潰れるかどうかが決まる。結果を知るのは怖いが、現実からは逃げられない、結果がどうであれ、素直に受け入れる覚悟はできている。
「送ってくれてありがとう。また学校でな」
気付けば本田の家の前だった。
「昼も言ったけど、学ラン洗わんでいいから今貰うわ」
「洗って返すって言ってるやろ」
学ランを受け取ろうと差し伸ばした俺の手を、本田は勢いよく叩き落とした。
「いったいな、なんで怒んねん」
「デリカシーのデの字もないからや。もういいから、また明日!」
よく分からないが、そこまで言うなら洗濯して返してもらうことにしよう。
「み、宮ちょっと待って!」
帰ろうとする俺を、本田が自信のなさそうな声で呼び止めた。玄関の扉から顔だけ覗かせている。
「大掃除の後、二人で話したいことあるから、予定空けといてな……、そんだけ!」
それだけ言うと勢いよく家の扉を閉め、玄関の電気を消した。
(話って、なんやろ)
本田の様子からすると、相当大事なことだろう。
(今度、守友に聞いてみよ)
昼はあんなに暑かったのに、夜は風が涼しくて気持ちいい。俺は疲れを忘れて、勢いよくペダルを漕ぎ、自宅を目指した。
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