群瞬歌

山上風下

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第六章 久々の六人

久々の六人

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 今日は五月最終日の日曜日、それに加えて久しぶりに全員が出勤する日だ。全員が出勤すること自体は楽しみだが、その代わりに社員さんが二人だけでパートさんもいない。しかも、フロント業務に社員さんが一人は必要なので、一緒に働く社員さんは実質一人だ。
「おはようございます!」
「早いな、お前が一番乗りやぞ」
 着替えを済ませ、フロントで店長・女将さん・社員さんに挨拶する。今日の十六時半組は俺・京・蒼っちで、十七時組が守友・川崎・本田だ。社員さんは昼から出勤している。
 パントリーに戻り、自分の配置を確認する。どうやら部屋担当ではなく、桝席担当のようだ。
「何や、今日はえらい早いな」
「何言ってるのさ京ちん。桜っちが早いのはいつもじゃん」
 京と蒼っちが着替えを済ませ、休憩室から降りてきた。
「お前ら二人と本田が部屋担当やぞ」
「俺はいつも通りやな」
「京ちんと忍ちゃんの配置は固定だもんね」
 京が部屋で川崎が桝席、他の四人がランダムで配置されるのがお決まりだ。配置は店長と女将さんが決めているので、何か意味があるのだろう。
「俺は最近、部屋担当の方が多かったから、桝席担当不安やわ」
「やってれば思い出すやろ」
「そうそう、それにもしミスしても『桜は仕方ねーな』って言いながらまゆゆが助けてくれるよ」
「蒼が今やったギザなモノマネは、もしかして、守友のマネか? めっちゃ似てるな」
「京も似てると思うやろ? 俺、蒼っちがやる守友のモノマネを見ると、自動で笑ってまうねん」
「これは笑うわ」
 二人で腹を抱えながら笑う姿を見て、蒼っちは気を良くしたようだ。守友のモノマネをし続けている。
「こら、三人ともそんな大きな声を出さないの! ここはパントリーだからお客さんに声が聞こえづらいけど、そんなに大きな声を出したら、流石に駄目だよ」
「「「あっ、すいません」」」
 社員さんに注意され、三人で頭を下げた。
「じゃあ、俺とあ蒼はフロントで挨拶してくるわ」
「ああ、わかった」
 十七時組が降りてくる前に、予約席の準備を済ませ、ドリンクを冷蔵庫に補充しなければならない。久しぶりの桝席担当なので、仕事を思い出しながら作業を始める。


「「「おはようございます」」」
 予約の準備が終わり、ドリンクの補充をしていると、十七時組の守友・川崎・本田が揃って降りてきた。
「時間ギリギリやんけ、お前ら」
「守友がいつも通り、ギリギリに来たんや」
「自転車の鍵を探すのに思ったより時間がかかってな。でも遅刻じゃないしセーフだろ」
 守友は基本的にはしっかり者なのだが、物をよく失くす。最終的には見つかるので、問題ないと言えばないのだが、遅刻しがちなので少し困る。
「あんたら、このままここで話してたら遅刻扱いやで。早くフロントへ挨拶しに行くで」
「本当だ。早く行かないと」
 守友たちは本田に注意され、早足でフロントに向かっていった。
「まゆゆたち、もう来た?」
「ああ、今ちょうどフロントに挨拶しに行ったで」
「フロントで案内待ちしてるお客さんへの声掛けどうしようか?」
 ツーリングに行ったあの日から『常連さんに口コミ投稿をお願いする』『テイクアウトメニューの販促』『細かいところに気を遣う』の三つを継続して行っている。しかし、同じお客さんに同じ声掛けを行えば、鬱陶しいと思われ、額効果だろう。なので、お客さんに声を掛ける前は必ず話し合い、情報を共有している。
「フロント行くついでに、本田とかがやってそうやけどな。もし、してなかったら俺が行っとくわ」
「分かった! 今日は任せるね」
「蒼っちは部屋のお客さんへ『テイクアウトメニューの販促』を頑張ってくれ。部屋の予約見たけど、家族連れのお客さん多いから、売りやすいと思うし」
「うん! 京ちんと双葉姉さんと話しておくよ」
 二人で話し合っていると、パントリーの外からお客さんの足音が聞こえた。
「あっ、十七時のお客さんが来たみたい。オーダー行ってくるね」
「おう、頑張ってな」
 蒼っちはおしぼりと伝票を持って、部屋の方に歩いて行った。桝席の方もそろそろお客さんが来る頃だろう。俺は急いでドリンクの補充を終わらせる。


 今の時刻は二十時。予約が入っていたお客さん全員の案内が終わった。【山風】の料理は食べ終わるのに、大体二時間ほどかかる。閉店時間は二十二時なので、二十時以降にお客さんが来店しても断っている。つまり、今日のお客さんがこれ以上増えることはない。
「去年もこんな感じやったやん。それに今日はテイクアウトメニューが売れてるし、まだマシやと思うで」
 川崎の言う通り、今日はテイクアウトメニューがよく売れている。
「残りのお客さんにも頑張って話しかけるか」
 守友はまだ声をかけていないお客さん下へ向かった。
「部屋の方はどうなんやろな」
 川崎は部屋の予約表を覗いている。
「予約は桝席より入ってたで。パントリーにだれもおらんし、まだ忙しいんちゃうか」
「桜、ちょっと見て来てや。こっちは大体終わってるし、今おるお客さんも鍋ばっかりやから、私と守友で大丈夫やから」
「分かった。もし忙しそうやったら、そのまま手伝って来るわ」
「おう、頼むわ」
 パントリーを出て、部屋の方に向かう。
(とりあえず、南席から覗いてみるか)
ドアの隙間から部屋を見てみると、京が一人で片づけをしていた。
「お疲れ、京。俺も片づけ手伝うわ」
「おお、桜か。そっちの方はもうええんか?」
「桝席は予約のお客さん全員案内したし、帰ったお客さんの席もあらかた片づけたわ。部屋組が誰もパントリーにおらんから、忙しいんかと思ったけど、そうでもないんか?」
「北は予約なくて、西は今さっき帰ったから、本田ちゃんと蒼が片づけしてるわ。まだ、東にお客さんおるけど、団体とかじゃなくてカップルやから楽勝やわ」
「社員さんは?」
「パントリーで事務作業してはるわ」
「部屋も暇やねんな。テイクアウトメニューはどうや? こっちは結構売れたけど」
「頑張って勧めてんけど、あんまり売れんかった、すまんな」
「お客さんの数自体が少ないから、しゃーないわ」
 京は申し訳なさそうにしているが、一番お客さんと上手く話すことができる京が無理なら誰だって無理だ。
「そうや、こんだけ暇ならどうせ今日も早上がりやろ。終わったら飯でも食いに行こうや」
「おお、ええな。行こうや」
 ちょうど、家食べるものがなかった俺は、京の提案に迷わず賛同した。
「本田ちゃんと蒼には俺から声をかけとくから、桜は川崎と守友に言うといてくれ」
「分かった。とりあえずここの片づけが終わったら、桝席に戻って話しとくわ」
「うん、ありがとう」


 バイトが終わり、俺・守友・京は自転車で◯源に向かっていた。女子組を待とうかと思ったが、◯源はいつも混んでいるので、着替えに時間のかからない男組が先に行って席を確保することにした。
 店に着き、店内を見てみると予想通り、多くのお客さんで賑わっている。
『いらっしゃいませ、こちらのボードに名前と人数を書いてお待ちください』
 店員さんに言われた通り、ボードに名前を書いて案内待ち専用の席に三人で座った。
「やっぱり混んでるな。桜の提案通り、先に俺らだけ向かって正解やったわ」
「ここってホンマにいつ来ても混んでるよからな」
「美味いし、安いからな。ここら辺のラーメン屋やったら、一番人気だろ。とりあえず呼ばれるまでおとなしく待とうぜ」

 十分ほどして本田たちも到着した。
「やっぱり混んでるね、あとどんくらい?」
「もうすぐ呼ばれるはず。俺らの前の人がさっき呼ばれてたからな」
 なんて話していると、すぐに店員さんに六人掛けのテーブル席に案内された。特に理由はないが、男女で向かい合って座り、すぐに注文を済ませた。
「今日のバイト暇だったね。心配になっちゃうよ」
「春と夏は去年もこんなもんやったやん。それに今日はテイクアウトメニューが割と売れたから問題ないわ」
 落ち込む蒼っちを川崎が慰めている。テイクアウトメニューが思ったよりも売れた川崎は、少し上機嫌のようだ。
「ふと思ったんだけど、六人全員で集まるのは、四月のツーリング以来じゃないか?」
「言われてみればそうやな。あの日からもう一カ月も経つんか。めっちゃ早いな。応援団の練習やらバスケ部の練習やらで、時間過ぎんのめっちゃ早く感じるわ」
「聞きたかったんだけど、応援団の練習ってどうなの? 楽しい? しんどい?」
 京の『応援団』という言葉に蒼っちが食いついた。
「私は楽しいで、団員の人らは良い人らばっかりやし」
「川崎ちゃんはコミュニケーション能力が高いからな、どこでも楽しくやれるだろ」
「双葉姉さんと京ちんは?」
「練習自体は楽しいけどな。人間関係がめんどくさいわ」
「俺も本田ちゃんと同じ」
 京と本田が二人揃って苦笑いしている。
「え? 何でや? 二人ともみんなと仲良くしてるやん」
 川崎が二人の答えを聞いて首をかしげている。どうやら二人が噂になっていることは知らないようだ。普通の人間なら噂を知らなくても、周りが茶化している場面を見れば気付く気もするが、川崎には無理だろう。
「そ、そういえば、京ちんってお客さんにどうやってテイクアウトメニューを売ってるの? 私たちの中だったら一番売るの上手いよね?」
 自分のした質問が地雷だったことに気付いたのだろう。蒼っちが無理やり応援団の話題を終わらせた。
「別に特別なことはしてないで。ただ桜が言ってた『それぞれのお客さんに合わせた接客』は大分意識してるかな」
「どういうこと?」
「例えば、赤ちゃんを連れたお客さんが来たら『可愛いお子さんですね』って声かけるし、カップルが来たら『何かの記念日ですか?』って話しかけてるわ。最初にそうやって話しかけとけば、あとでテイクアウトメニューを勧めやすくなるからな。もちろん、そういうのを鬱陶しいと感じる人もおるから、お客さんをちゃんと見て、話しかけるかどうか判断してるで」
 京は簡単そうに話すが、そんなことをできるのは高校生の中ではこいつだ。他のメンバーも販促のために頑張って話しかけるが、上手く会話が続かず、気まずい空気になることが多い。
「私も京を見習って話しかけてるけど、あんまり上手くいかんわ。やっぱり京は才能が違うんかな」
 さっきまで上機嫌だった川崎だが、京があまりにも簡単そうに話すので、自信を無くしたのか、肩を落としている。
「才能なんていらんやろ。必要なのは度胸だけや、お客さんを友達と思って堂々と話せばええねん」
「お客さんを友達と思うか……。よし、次からそうしてみるわ」
「敬語使うの忘れんなよ?」
「流石に忘れんわ」
 いや、川崎ならやりかねない。友達と意識することに頭を持っていかれ、タメ口を使い、女将さんに怒られるという流れが容易に想像できる。
「私もみんなに聞きたいねんけど、テイクアウトメニューを注文してくれるお客さんってどんな人が多い? 今後のために、みんなで共有しとこうや」
 本田の急な問いに、まず守友が答えた。
「うーん、急に言われても難しいけど、小さいお子さんを連れたお客さんが注文してくれる気がするな。子供の世話で大変だから料理する時間を減らしたいんだと思うけど」
「家族連れのお客さんは話しかけやすいっていうのもあるよね。私は仕事関係で来てるお客さんが売りやすいかな。部下に手土産として持たせる人が結構多いんだよね。そういう時に上手く話すと、一番高いメニューを注文してくれるよ」
「あっ、私も蒼と同じやわ。仕事関係のおっさんは売りやすいで」
 本人は気付いていないだろうが、蒼っちと川崎は天然のおじさんキラーだから上手くいくのだ。俺たち野郎が話しかけても、上手くいくことは少ない。
「俺は怖そうな人以外ならあんま変わらん気するな。桜は何かないんか?」
「俺は若いカップルのお客さんかな。うちみたいな高い店に若者が来るってことは、大体何かの記念日やろ? そういう時は財布の紐が緩いからな、勧めたら大概上手くいくで」
「宮って、そういういやらしいこと考えるの上手いよな」
「素直に褒めろよ、『ちゃんと考えてるんですね』ってさ」
「二人はホンマに仲ええな。そういえば、俺もついでに聞きたいねんけど、『常連さんにGog◯le M◯pの口コミ投稿をお願いする』件はどうなってる? 声をかける常連さんが被らんように、担当を割り振ってたけど、全員声かけ終わったか? 桜と本田ちゃんは終わったって聞いたけど、守友、川崎、蒼からは聞いてなかったわ」
俺たちはツーリングに行った際に、『テイクアウトメニューの販促』、『それぞれのお客さんに合わせた接客』の他に『常連さんに口コミ投稿をお願いする』と決めていた。同じ常連さんに何度も声をかけてしまっては迷惑だろうと考え、誰がどの常連さんにお願いするかは予め決めていた。
「私も忍ちゃんもかけ終わってるよ。まゆゆは?」
「俺も終わってるけど、ハッキリ言うと効果は薄いだろうな」
「話聞かんでも大体分かるけど、一応聞くわ。効果が薄いと感じる理由は?」
 本田が少し前かがみの姿勢で守友に詰め寄る。
「よく考えたら分かったことだけどさ、うちの常連さんって定年を迎えた、年配の方が多いだろ? 年配の人はスマホの使い方をあんまり分かってないじゃん」
「やっぱり、それやんな? 常連さんは話しかけやすいし、良い人ばっかりやけど、私たちの言ってることを理解できひん人が多いわ」
「口コミ投稿のやり方を一からレクチャーする暇なんてないしな。常連さん以外にもお願いすべきか?」
 考えてみれば、うちの母親でさえ『スマホを使った口コミ投稿』なんてできない。それを定年超えの常連さんにお願いするのは無理があった。
「もし、五月の売り上げが想定しているよりも悪かったら、常連さん以外にも声かけていこうや。とりあえず、最後の一カ月は『テイクアウトメニューの販促』、『それぞれのお客さんに合わせた接客』に集中しよう」
 声掛けの範囲を広げても、無駄な作業が増えて、逆効果になると感じた。
「って、ああっ! 今の桜の話でめっちゃ大事なこと思い出した!」
 京が珍しく大声で叫んだ。
「どうしたの急に。お金でも忘れたの?」
「ちゃうわ、お金じゃない。売り上げって月の頭に張り出されるやんか。つまり、五月の売り上げは遅くても六月の五日ぐらいにならんと分からんわけや」
「そうだね、それで?」
「でも、早く知りたいから、特別に社員さんに頼んで、今日出してもらってん」
「やから社員さんは後半フロントに籠ってたんか。というか松葉、あんたそんな大事なこと何で忘れてんねん」
「腹減って忘れてたわ。スマホで写メ撮ったから、みんなに今から送るわ。って言っても俺もまだちゃんと見てないから、売り上げが上がってるかどうかも知らんねん」
 京から送られた売り上げを全員が無言で確認する。先月は行動し始めてすぐだったので、効果はなかったが今回は違う。今月で効果が見られなければ、もう一度話し合い、違う案を考える必要がある。
「これってさ、去年と比べたら上がってるよね?」
「ああ、でも上がってるといっても劇的に上がってる訳じゃない。大体八パーセントアップぐらいだな」
 蒼っちがはしゃいでいるのに対し、守友は冷静だ。
「守友の言う通り、劇的な効果はなかったかもしれへん。やけど、八パーセントも上がってるなら喜んでいいんちゃうん?」
 川崎も蒼っちと同じで喜んでいるようだ、目が輝いている。
「俺が『劇的な効果がない』って言ったのは、去年のデータと見比べただけじゃない」
 守友がスマホの画面をみんなに見せながら話を進める。
「二年前と三年前の売り上げを見ると、今年とほぼ一緒なんだ」
「あっ、本当だ」
「つまり、『去年の売り上げがたまたま悪かって、今年の売り上げは例年通り』とも考えられる」
「た、確かにそうかも」
 守友の分析を聞いて、川崎と蒼っちの表情が少し暗くなった。
「でも、売り上げが上がったことは事実だ。大きな効果はなかったが、売り上げを例年通りの数値に戻すことはできた。とりあえず今は素直に喜ぼう。ごめんな、変なこと言って空気を悪くして」
「謝らないでまゆゆ。冷静に分析してくれて助かったよ」
「でも、こういう結果が一番困るな」
「こういうのって?」
 本田の言葉が理解できず、咄嗟に質問してしまった。
「めっちゃ効果あるわけじゃないけど、全然効果がないわけでもないんやろ? もし、効果があるなら迷わず続けるし、効果がないなら違う案を考えることができるやん。こういう中途半端な結果やと、このまま続けるべきなんか、変えるべきなんか判断しずらいやろ? タイムリミットまであと一カ月や、判断するなら全員が集まってる今日しかないで」
 本田の言う通りだ、タイムリミットまで残りわずか、今の案を続けるかどうか決めるのは今日しかない。
「多数決でええんちゃうか。もちろん、票が割れたら意見を言い合えばいいし」
「安直だけど、そうだな。店の未来がかかっている案を一人が判断するには荷が重すぎる。多数決なら連帯責任になるし、全員納得もできるだろ」
 京の提案に守友が賛同する。
「よし、ならもう決めようぜ」
「えっ、もうやるの? ちょっとは考えせてよ」
「こういうのは直感が大事なんだよ。ほら行くぞ! 今の案を続ける方が良いと思うやつ、手挙げて!」
 守友の掛け声を合図に俺は勢いよく手を上げた。今から違う案を考え、実践するのはリスクが高すぎる。
「何だ、満場一致か」
 周りを見渡すと全員の手が挙がっていた。
「流石に今から新しいことすんのはリスクでかいやろ」
 俺の言葉に全員が頷く。
「四月みたいに売り上げが下がってたら、話は別だったけどな。じゃあ、最後の一カ月も今のまま頑張るってことでいいな?」
「「「「「異議なし」」」」」
「うし、バイトの話はもうなしな、疲れるから」
 守友の表情が一気に緩んだ。
「ホンマに真剣な話したら疲れるし、腹減るわ。私の頼んだ味玉肉そば早く来やんかな」
「ソワソワすんな、みっともない」
 料理を待ちきれずに立ち上がって周りを見渡している川崎を、本田がしかりつけた。おかんモードのスイッチが入ってしまったら、俺も何か言われそうだ。目を付けられないように黙ってスマホをいじることにした。


 ラーメンを食べ終わり、家の方向が同じ守友・川崎と共に自転車を漕いで帰っていた。
「そういえば、◯源で聞けへんかってんけど、本田と京が言ってた、『応援団の人間関係が面倒くさい』とかいう話は何なん?」
「あーそれはやな……」
 川崎の質問に言葉が詰まった。二人が噂になっていることを話して、変に勘違いされても困る。
「二人共人気者だから、みんなに話しかけられて、疲れるってことだよ」
 困っている俺を見て、守友がすかさずフォローしてくれた。この言い方なら噓はついていないし、二人が噂になっていることも伝わらないだろう。やはり守友は気を遣うのが上手い。
「なーんや、何か意地悪でもされてんのかと思って心配したわ」
「あの二人がイジめられるわけないやん」
「そりゃあそうやけどさ、もしものことがあるやろ」
「川崎ちゃんこそ、何か嫌なことされてないか? 八幡とかにめっちゃ絡まれてるけどさ」
「嫌なことなんて全くないわ、八幡はちょっとうっとしいけどな」
「例えば?」
 流石守友だ。俺たちが前から気になっていた、『川崎が八幡をどう思っているのか』を自然に聞き出してくれた。
「何か私が他の男子と話してると、いっつも割り込んでくるねん」
「それは謎だな」
 暗くて見えないが、絶対に守友はいやらしい、にやつき顔で相槌を打っている。
「男子の中でも、誰と話してる時が一番割り込んでくるん?」
「京やな。あいつと二人で話すときは絶対に入ってくる。そんで京に向かって、『本田さんを放っておいていいのか?』って言うのがお決まりやねん。本田に私と京以外の友達がおらんと思ってるんかな?」
「それさ、京がブちぎれたことないん?」
 京はそういう鬱陶しい絡みが一番嫌いだ。川崎と話すたびにそんなお決まりの絡みをされれば、いつブちぎれて喧嘩してもおかしくない。
「多分、鬱陶しいと思ってるで。もし、ブちぎれたら誰も止められへんからな。私と本田が頑張って抑えてるわ」
 本田と川崎が京を抑える場面なんて、見たこともないし想像もできない。少し見てみたくなった。
「体育祭まであと二週間やし、何も起こらんように頑張るけど、ちょっと不安やわ」
「あと二週間か、応援合戦に勝つ自信は、お有りですか?」
 インタビューのように守友が尋ねる。
「大有り! 絶対に勝つから見といてや」
「ああ、俺と桜、蒼ちゃんでしっかり撮影しておくよ」
「おお、ありがとう!
 じゃあ、またあした!」
 川崎が家に入る姿を確認して、俺たちも自分の家に向かう。
「この六月は大忙しだな」
「俺たちは応援団に入ってないし、あいつらと比べたらマシやろ」
「忘れたのか? 六月から朝練再開やぞ」
 四月末にあった練習試合の結果が、あまりにも酷かったので、五月の朝練は三年生だけで行われていた。そのお陰か、先週あった練習試合の結果は大変良く、六月からは俺たち下級生も朝練に参加できることになった。
「そういえば、そうやった。バイトの方に頭持ってかれて忘れてたわ」
「絶対に遅刻すんなよ、連帯責任なんだから」
「流石に遅刻はしやんわ、多分」
「頼むぜ、ホントに。
 じゃあ、俺ここを右だから。おやすみー」
「ああ、また明日」
 交差点を俺は左に、守友は右に曲がった。
今日は久しぶりに全員で集まれて楽しかったな。それに、五月の売り上げを早めに知ることができたし、最後の一カ月をどうするかも決めた。結果がどうであれ後悔は絶対にしたくない。何があっても全力で頑張ろう。
 家に着いたが、気持ちが変に昂ってしまい眠気が全くない。眠気が来るまでゆっくり湯船に浸かることにしよう。
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