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第四章 共通の趣味
共通の趣味
しおりを挟む 土曜日の朝、買い物がてらコンビニに集合した。日々の朝練で、早く起きる習慣が付いていたので、早めに着いた。
「おう桜、早いな。お前も朝練の早起きが身についてんだろ。俺も同じだよ」
「宮は朝に弱いはずやのに、ようこんなはよ来れたな。感心したわ」
コンビニに着くと本田と守友が先に到着していた。本田が乗っているバイクは、【Vツインマグナ】、アメリカンタイプのバイクだ。バイクブームが到来し、女性がバイクに乗ることも珍しくない今の時代でも、女性がアメリカンバイクに乗るのはあまり見かけない。しかし、本田のクールな雰囲気と相まって、そこら辺の男が乗るよりも様に乗っている。
守友が乗っているバイクは【BARIUS Ⅱ】、ネイキッドタイプのバイクで、少しごつくて扱いにくいが、根強い人気を誇るバイクだ。タンクに書かれた馬のエンブレムに一目ぼれしたらしい。ちなみにBARIUSとはギリシア神話の神馬を表している。
「あれ、みんな早いね。私も大分早く着いたつもりだったのに」
俺に続いて蒼っちが到着した。蒼っちのバイクは【R25】、スポーツタイプの今一番流行っていると言っても過言ではないバイクだ。二五〇㏄とは思えないスピードで走り、運転もしやすい分、値段が高い。
「あとは川崎と京やな」
本田が腕時計で時間を確認している。集合時間まで、まだまだ余裕がある。
「みんな早すぎやろ。まだ集合時間十五分前やぞ」
五分ほど経って、京が到着した。京のバイクは【MT25】、メカニックな見た目のバイクでネイキッドタイプと分類していいか、分からないバイクだ。分かりやすい言葉で表すとスポーツネイキッドというべきか。R25のエンジンを流用しており、快適な走りが持ち味の最新鋭のバイクだ。
「えー、私が最後か? みんな楽しみにしすぎやろ」
最後に川崎が到着した。川崎のバイクは【Ninja 250】、フルカウルのスポーツバイクだ。悪い言い方をすると、少し前に流行ったバイクで、今はあまり乗っている人を見かけない。しかし、一時大流行したバイクなだけあって、球数が多く、綺麗な車体が比較的安価で手に入る。
「おし、全員揃ったし行くか。今日は人数多いし、通話アプリを使おうぜ」
各々イヤホンマイクを装着してヘルメットを被る。ちなみに、俺のバイクは【VRX400】、この六人の中で俺だけ四〇〇㏄のバイクに乗っている。俺のバイクは、ネイキッドとアメリカンの中間に分類され、四〇〇㏄の中ではかなりスピードの遅いバイクだ。古いしすぐに調子が悪くなるが、独特の渋さが気に入り、購入した。
守友を先頭に、安全に注意しながら滋賀県のメタセコイア並木道を目指す。高速道路を利用すると、高速料金を取られるので、下道を使って目的地を目指す。目的地までの景観を楽しむことも、ツーリングの醍醐味の一つだ。
「今日は、大里大橋を超えて京都を通るルートで行くわ」
「分かった、安全に気を付けて行こうな」
「「「「「了解」」」」」
京の注意喚起に全員が声を揃えて答えた。
メタセコイア並木道には過去に何度も行っているので、大体の道順は頭に入っている。なので、会話しながら、走行しても道に迷うことはないだろう。
「みんな、何かいい案考えてきた?」
イヤホン越しから、蒼っちの声が聞こえる。先週、本田は今回の【山風】の一件に先輩たちが関わることができないと伝えていた。そして、俺たちだけで何とか動くために、今日のツーリングまでに各々解決策を考えて来ようと提案していた。
「私、めっちゃ良い案持ってきたで!」
川崎が元気に答える。
「ずいぶん、自信ありげだね、忍ちゃん」
「店の売り上げを上げるってことは、簡単に言うとお金を稼ぐってことやろ?」
「まあ簡単に言うとそうやな」
余りにも簡単に言っているが、間違ってはいないので、否定はしなかった。
「私ら高校生はバイトでしかお金稼いだことないから、何も分らんわけや。やからSNSで聞いてん。『簡単にお金稼ぐ方法あったら、教えてください!』。そしたら、色々な人が声をかけてくれてん。今度セミナー? やるらしいから、それに参加してお金の稼ぎ方教えてもらって来るわ」
川崎の発言に、みんな一瞬黙ってしまった。
「もしかして、声かけてくれた人って、高そうな肉や寿司の画像あげてる?」
守友が子供に質問するかのように、優しい口調で尋ねる。
「せやな。お金持ってるから、いっつも旨いもん食ってるんやろ。」
「稼ぎ方教えたとかいう、教え子というか生徒的な人からのメッセージをSNSに挙げてたりする?」
「そうそう。実績があるから信頼できるわ」
「最初のセミナーに参加する時に、いくらか払えって言われた?」
「言われたで。でも『高校生の内から、こういった事に興味を持つって素晴らしい』って言ってもらって、普通なら二十万のところ、三万で良いよって言ってもらえたわ。めっちゃ良い人やろ?」
「はあ……」
川崎の純情さに、本田がため息を漏らす。
「天津、後でそういうやつらがどんな人間で、どんな目的持って近づいて来てるか、説明あげて。天津の話なら川崎も納得するやろ。今ここで説明してたら、話進まんわ」
「何や、みんな静かになって。めっちゃ良い案やったやろ?」
「川崎、後で説明したるから、お前の話はここで終わりや。いいな?」
通話なので、京はの表情は直接見られないが、声色から呆れているのが分かる。
「何かよくわからんけど。京がそう言うなら……」
基本、川崎は自由奔放で暴走すると手が付けられない。しかし、京の言うことには従順なので、こういう時は京に任せている。
「じゃあ、次は俺とあおいちゃんの案を話すわ」
気を取り直して、守友が話し出した。
「私とまゆゆは同じクラスだから、休み時間とか、二人で考えてたんだ」
「おい、守友、蒼。何で私も同じクラスやのに、誘わへんねん」
「だって忍ちゃん、教室だとずっと寝てるじゃん」
「あっ、そっか」
「松葉、これ以上話が逸れる前に、早く案を教えてや」
気を取り直して、守友が話を続けた。
「俺たちの案は簡単に言うと、『SNSの活用』だな」
「店の情報をもっと出して、店の知名度を上げようってことか?」
『SNSの活用』だけ言われても、何のことかさっぱりだったが、京の言葉を聞いて、何となくイメージができた。
「そう。うちの店はサービスも良いし、料理も旨い。じゃあ、何で客が来ないかって考えると、知名度がないからだ。
歴史の長い店だし、地元の人たちからは有名だと思う。けど、大里以外に住んでる人とか若い人たちには知られてない。だからSNSを活用して知名度を上げようって考え。
安直な考えだからみんな思いついたかもしれない。だけど、俺たち高校生ができる範囲で一番効果のある案だと思ってる」
確かにうちの店はGog◯le M◯pで検索すれば出てくるものの、口コミは無いに等しい。SNSのアカウントを作って、情報発信すれば、お客さんの数は増えるかもしれない。
「それは私も考えたんやけど」
守友の話に本田が口を挟んだ。
「Twitt◯rやインスタ◯ラムとかのSNSを使えば、簡単に情報発信できるし、知名度も上げれると思う。でも、【FRESHグループ】に所属してる飲食店は、勝手にSNSのアカウントを作ったらあかん決まりがあんねん。SNSは良い意味でも悪い意味でも情報がすぐに広まる、しかも、一回あげた情報は簡単に消せへんからな。最近アホなバイトが、アホな行動をSNSにあげる『バイトテロ』もよく見るし、勝手に店の情報をあげられたら困るんやろな。
もし、SNSアカウントを作りたいなら、店の経営者が【FRESHグループ】に申請を出して、承認をもらわなかんみたいや。しかも、SNSの運用を認められるのは、店に所属する社員か経営者だけらしい。やから、私たちバイトが手伝うことはできん。社員さんはSNSの投稿なんて、めんどいことはしやんやろうし、店長と女将さんは機械の操作が大の苦手やから、『SNSの活用』は難しいと思うわ」
「確かに、最近バイトテロってよく見るもんな。【FRESHグループ】からしたら、バイトが変なことして、企業の評判が下がるなんてこと絶対に避けたいか……。ごめん本田ちゃんそこまで調べてなかったわ」
「別に謝る必要はないやろ、私がたまたまその話を聞いてただけや。Gog◯le M◯pには店の口コミ投稿できるから、常連さんに口コミの投稿をお願いするのは有りかもしれへんな」
謝る守友を本田が気遣った。その優しさを少しは俺にも向けてほしいな。
「流石双葉姉さんだね、細かい決まりを、そこまでしっかり覚えているなんて」
本田の話に蒼っちが感心している。俺もそんな規約があることは、全く知らなかった。本田がいくらしっかり者とはいえ、ここまで調べているとは。それだけ本田が今回の件に、真剣なのだろう。
「じゃあ、次は俺と本田ちゃんの案やな」
「え、お前ら一緒に考えてたん? 俺も誘ってや」
話の流れを切りたかったわけではないが、京の言葉に思わず突っ込んでしまった。
「桜は発想が独創的やから、一人で考えさせた方が良いって、本田ちゃんが言うたんや」
「そういうことや」
通話なので顔は見えないが、本田のにやつく顔が容易に想像できた。
「俺らの案は『テイクアウトメニューの販促』や」
「「「「テイクアウトメニュー?」」」」
京と本田以外の四人の頭に、『?』マークが浮かんだ。
「寿司とか、一品料理のテイクアウトメニューあるやろ? あれをもっと売っていくんや。
俺と本田ちゃんで店舗売り上げの詳細を見してもらったんや。その結果、一番売り上げが悪かったのがテイクアウトメニューやってん」
うちのテイクアウトメニューは種類が少ないし、日持ちしないので、あまり注文されない。テイクアウトメニューがもう少し注文されるようになれば、売り上げアップに繋がるのは、間違いないだろう。
「販促って言うけど、具体的にはどうするんや? メニューの種類を増やすなんて、俺らにはできないと思うけど」
具体的な策が見えてこないので、京の話を待たずに口を挟んでしまった。
「単純やけど、デザートとか会席の最後の方に、テイクアウトメニューを勧めるのが一番やと思う。俺がオーダー行くときに、鍋を勧めるみたいな要領でやれば、少しは注文が増えていくやろ」
京の話に、本田がさらに説明を付け加える。
「あと、フロントで順番待ちしてるお客さんへの声掛けも効果的やと思う。今までフロントで待ってるお客さんに、話しかけること何てしんかったけど、料理を食べてるお客さんよりは暇やし、話を聞いてくれるはずや。
最終的にテイクアウトメニューだけを、注文しに来店するお客さんが増えてほしいと思ってる」
二人の話を聞くと、俺たち高校生ができる範囲で、一番効果がある案にも思えた。
「でも、それで店の閉業を止めれるの? 私たち高校生にも出来ることだし、コストもかからないから凄い良い案だと思うよ。でも、それで売り上げが伸びたとしても微々たるものだし、テイクアウトメニューが浸透するのにも、時間がかかると思うけどなぁ」
蒼っちは普段ぼーっとしてるくせに、思っていることをはっきり言う。しかも、着眼点が鋭い。
本田と京の案は店の売り上げやコスト、俺たちが高校生であることを考慮した、ベストな案に思える。しかし、それだけで今回の事件を解決できるようには、確かに思えなかった。
「蒼の言う通り、俺と本田ちゃんの案だけじゃ無理や。やから、みんなの案と同時進行で進めていきたい。俺らの案は日々の業務に声掛けを上乗せするだけやから、そない大変ちゃうからな」
「山羽と松葉の『常連さんに口コミ投稿をお願いする案』と同時進行でやっていけると思うわ」
京も本田も蒼っちに言われるまでもなく、『テイクアウトメニューの販促』だけでは、無理だと分かっていたようだ。素直に蒼っちの言葉を受け入れた。
「桜の案聞く前で悪いけど、もうすぐ無料高速に入る。危ないから運転に集中しよう。高速は話しながら走ったら危険だからな」
滋賀県には無料で走ることができる高速道路がある。俺たち高校生からすれば、高速道路の利用料金は高すぎるので、無料で走ることのできる滋賀の高速道路は大変ありがたい。
「高速を走るのは気持ちええな!」
高速に入り、テンションが最高潮になった川崎が叫んでいる。
「やっぱR25とMT25は速いな。とても二五〇㏄には思えへんわ」
京と蒼っちが優雅にスピードを出して走っている姿を見て、本田が思わず本音を漏らした。
高速道路を走ると、各機体の性能差が顕著に出る。俺の【VRX400】と本田の【Vツインマグナ】は街中を走る分には申し分ないが、高速道路を走るとなると、スピードに物足りなさを感じる。
「スピードは遅くても、【VRX400】と【Vツインマグナ】の方が迫力あるし、音が渋いじゃん。バイクは性能だけじゃ図れない魅力があるからな」
守友が言うように、バイクに乗る上で大事なのは、走りの性能だけではない。マフラーの音、燃費、パーツの多さ、見た目のかっこよさ等、様々な要素がバイクの魅力を構成している。
「私腹減ったわ。メタセコイア着いたらすぐに飯食おうや」
イヤホン越しに、川崎の腹の音が聞こえた。本人は何も気にしていないが、『女の子の腹の音』が聞こえて、どのような反応をすればよいか、対応に困るのでやめていただきたい。
「ちょっと時間早いけど、川崎ちゃんがそんなに言うなら、行こうか」
メタセコイア並木道に着くと、すぐ近くのカフェに入った。店員さんに案内され、奥にある窓側の六人席に案内された。お腹が空いていたので、すぐにドリンクと料理を注文した。
話しながら走っていたので、一度も休憩せずに、到着してしまった。バイクで走ることは楽しいが、休憩なしで走り続けるのは流石に疲れた。
「話に夢中で休憩忘れてたね。私もお腹ペコペコだよ」
「とりあえず、食いもん頼もうや。そんである程度食ったら、桜の案を聞こう」
「そういえば、桜の案だけ聞いてなかったな。ちゃんと考えてきたのか?」
守友が目を細めて、こちらを見つめている。
「こんだけ引っ張ってんから、私らの案とは比べ物にならん、素晴らしい案を考えて来てるんやろ。なぁ、宮?」
「なんや、その憎たらしい言い方と表情は。別に引っ張った覚えはないし、少なくとも川崎の案よりかはマシや」
「どう考えても私の案が一番やったやろ」
何て話しているうちに、注文した料理が並べられた。全員休憩なしで走り続けたせいで、相当お腹が空いていたようだ。誰も話すことなく、無言で料理を食べ始めた。
「ごちそうさまでした」
十分もしないうちに、本田が食べ終わっていた。いくらお腹が空いているとはいえ、早すぎる。
「双葉姉さん、ちゃんと嚙んで食べてる?」
「あんたらが遅すぎやねん。全員が食べ終わったら、宮の話聞くで」
「あと十分ぐらいは待ってよ。私あと半分は残ってるよ」
「大丈夫だよ、蒼ちゃん。それが普通だから」
本田はみんなが食べ終わるまで、コーヒーを飲んでくつろいでいた。革ジャンを着て優雅に佇むその姿は、同じ高校生には見えなかった。
「うし、もう皆食べ終わっただろ。桜、お前の案を聞かせろよ」
「いや、待ってくれ。何か店内でみんなに注目されて話すの恥ずかしいから、外で景色見ながら話そうや」
「緊張する意味が分からないが、まあいいや。ここはそこら辺を歩くだけで、楽しいからな」
今日まで、自分なりに色々な案を考えてきた。しかし、改めてみんなの前で話すとなると、緊張というか変な気恥ずかしさがあった。店内で俺の話だけに集中してもらうよりも、外で景色を眺めながら聞き流してもらう方が、俺からすれば楽に感じた。
会計を済ませ、外に出る。今日は日曜日ということもあって、大変賑わっていた。メタセコイアは家族でもカップルでも楽しめるので、関西でも大変人気な観光スポットだ。
「メタセコイア、久しぶりに来たけど、やっぱり綺麗やな……」
川崎はメタセコイアの壮大な景色に圧倒されながら、スマホで写真を撮って歩いている。
「そうだね、どの季節に来ても楽しめるところがいいよね」
「でも、今日は人が多すぎるな。人混み少ないとこまで歩こうか」
守友を先頭に、歩き出す。メタセコイアは車道の両脇に大きな木が何百本も並んでおり、ここでしか見ることができない絶景がある。バイクで走るのも気持ちがいいし、歩いてじっくり景色を楽しむのも良い。また、季節によって景色がガラリと変わるので、いつ来ても新鮮な気持ちで楽しめる。
「桜、勿体ぶらんとお前の案を聞かせてや。もう外出たしええやろ」
京が自分から話を切り出さない俺を、少し強めの口調で急かした。
「勿体ぶってる訳ちゃうねん。ただ改めてみんなの前で話すって、なんか恥ずかしくてさ」
「川崎ちゃんの案を聞いたろ。あれに比べたらどんな案もマシに思えるって」
「何やその言い方! みんなが何と言おうと私の案が一番やからな!」
「まあまあ忍ちゃん落ち着いて、今は桜っちの案を聞く時間なんだから」
守友にかみつく川崎をあおいっちがなだめる。
「俺の案を簡単に言うと、『バイト、もっと頑張ろうぜ』って感じやな」
「いや簡単に言いすぎだろ、もっとちゃんと説明しろよ」
「俺らが【山風】でバイトして、もう一年ぐらい経つやんか。最初の頃はただ注文を取ったり、料理を運んだり、言われたことやるだけやった。でも、今は慣れてきて、京みたいにオーダーで鍋を勧めたり、大学生がおらんくても、俺らだけで何とかなるようになってるやろ? 慣れてきた今やからこそ、もっとお客さんが満足出来る接客を心がけるべきやと思うねん」
「言うてることは何となく分かるけど、曖昧やな。もっと具体的に何をやるか教えてや」
説明下手な俺の話に具体的なイメージを掴むことができなかったのだろう。本田が首をかしげながら、詳しい説明を求めた。
「うーん、色々あると思うけど、俺らが特に出来てないと思うのは『それぞれのお客さんに合わせた接客』やな」
「それって、『足の悪いお客さんがいたら、椅子の席に案内する』とかそういうことでしょ? それなら今でもみんなやってることじゃない?」
「確かに先輩や社員さんから教わったことはできてると思うで。でも、教わったこと以上のことはできてないって感じるわ。
この前、宗谷先輩とバイトしてた時にあった話やねんけど。入社間もない感じの若い男性一人と中年の男性二人が会社の接待で来ててん。普通なら、席の一番奥の席、いわゆる上座に偉い人が座って、若手は手前の席、いわゆる下座に座るやろ? でも、このルールって若い人はあんま知らん人が多いらしい。大事な接待の場で奥の席に座ってもうて、後で上司に怒られるのは新卒あるあるらしいわ。
そんな失敗が起こらんように宗谷先輩は自分から、上座・下座の説明をしながら、席に案内してはったわ。別にその若い人は上座・下座のこと知ってはったかもしれんから、わざわざ説明なんかせんでも良かったかもしれん。でも、知らんかったなら、その人は助かったはずやし、知ってても会話のネタになる。どっちにしても、プラスにしかならんってことや。
経験の差がでかいかもしれんけど、俺らもできる範囲で先輩たちみたいに、お客さんのことをもっと考えて働くべきやと思う。高校生の俺らでさえ、そんな接客ができたら、店の評判も上がるし、何回でも来てくれるはずや。ホンマに単純な話やけどな」
説明が長くなってしまったが、みんな納得してくれるだろうか? 静かにみんなの方に顔を向ける。
「言いたいことは、何となくわかった。バイトにも慣れてきたし、先輩たちを見習ってお客さんをどれだけ満足させられるか、意識していくべきだな」
京が笑顔で同意してくれた。
「あと、働いてる時に、『もっとここは注意すべきだな』って思ったことはできる限り共有していくべきじゃない?」
「そうだな。とりあえず、常連さんに店のレビューを頼みながら、テイクアウトメニューを勧めて、それぞれがお客さんを満足させる接客を意識してバイトしよう。そんで一カ月ぐらい経ったら経過を共有な」
「でも、私たちだけでできるんかな……」
川崎がいつになく弱気な声をあげた。
「桜が言うように、先輩たちみたいな接客を私たちも出来たら凄いと思うで? でも経験の差もあるし、何より先輩たちと私たちじゃ、才能というかセンスが違う気がしてな……」
「俺の超個人的な考えやけど、何かのプロになるとか、世界一を目指したりするっていうなら、才能やらセンスやらが関係すると思う。でも、大概のことは努力すれば何とかなるやろ。できひんと決めつけて、最初からちゃんと努力せえへんかったら何も達成できひん。やから、俺らでもできることを、可能な限りやろうや。そんで失敗したら才能のせいにしよう」
俺は『才能』とか『センス』という言葉が大嫌いなので、少し説教っぽく、話してしまった。
「そうやな! グチグチ言う前に、まずは行動やもんな。ごめん、暗いこと言って」
「川崎ちゃんが弱気なこと言うのも珍しいけど、桜が前向きな発言をすんのも変だな。いつもは言い訳とネガティブな発言しかしないくせに」
「別に前向きちゃうわ。もし失敗しても言い訳できるように、できることは可能な範囲でやっておきたいだけや」
「言い訳できるようにって、どういうこと? 桜っち」
「適当に頑張った結果、失敗したら俺らのせいになるやろ? でも、できる限りのことやって失敗したら、それは仕方ないことや。『俺らのせいじゃない、だってやれることはやった』っていう言い訳ができるやろ?」
「あー、そういうことか……。珍しく感心してたけど、損したわ。宮らしい考えで、ある意味安心したけど」
みんなが呆れと笑い、半々の表情で俺の方を見つめていた。
「やることも決まったし、あっこの売店でジェラート食おうや。じゃんけん負けたやつが奢りで!」
話がまとまって安心したせいか、川崎がいつも以上に元気良く売店を指さした。
「ええで、でも一人負けやと金額でかなるから、負けたやつ二人が奢りな」
京が川崎の元気に乗っかる。
「よっしゃ! じゃあいくで!」
『最初はグー! いんじゃん、ほい!』
「何で私と宮がいっつも負けんねん。この前のツーリングの時も負けた気するで」
本田が三人分のジェラート代を払いながら、ブツブツ文句を言っている。
「双葉姉さんと桜っちって、よくじゃんけん負けるよね。アプリのガチャ運とかはあるのに」
俺と本田は基本運が良い方はずだ。ゲームアプリのガチャでは、みんなが欲しがっているキャラをよく当てているし、トランプのババ抜きでも負けない。しかし、じゃんけんだけは何故か負ける。
「宮がおらん時のじゃんけんは負けへんねんけどなぁ。多分、宮は私の疫病神なんやろ」
「その言葉、そのまま全部返すわ」
「まあまあ、そんなしょうもないことで喧嘩すんなよ。ジェラート溶けちまうぞ」
食べるのを忘れていがみ合う俺と本田の間に守友が体を入れて、仲裁した。
「別に喧嘩してへんわ、これが俺らのいつも通りの会話や。てか川崎、何でお前だけダブル頼んでんねん」
「私がジェラート食おうって言ったからや。私が言わんかったら、みんなジェラート食えてなかってんで」
「相変わらずめちゃくちゃやな」
川崎は満足そうに抹茶味とブドウ味のジェラートを二つ重ねて食べていた。抹茶とブドウの組み合わせって絶対に合わないと思うが、本人が満足そうなので何も言わなかった。
「ジェラート食べ終わったら、温泉行こうぜ」
「やっぱりツーリング来たら、温泉行かないとダメだよね」
俺たちのツーリングでは必ずと言っていいほど、帰る前に温泉に行く。今日はメタセコイア並木道から少し離れた温泉に行くことが決まっていた。
「風呂上がりの牛乳もじゃんけんしようや」
ジェラートじゃんけんに勝利し、調子に乗っているのか、また風呂上がりじゃんけんを提案した。
「私はミックスオレがええな」
「本田ちゃん、今さっき負けたばっかりやのに、ノリノリやな」
「当たり前や、負けた分勝たないと気が済まへんわ」
「ん? よー見たら、もうジェラートないやん。全部食ったんか?」
京の言葉を聞いて、本田の手元を見ると、さっきまであったはずのジェラートがなくなっている。
「美味かったからな、すぐ無くなってもーたわ」
「本田ちゃん、どんなに美味いとはいえ、早すぎやと思うで……」
この間聞いた話だが、本田は料理が美味ければ美味いほど食べるのが早くなるらしい。普通なら、美味いものほど味わって食べる気もするが……。
「逆に川崎ちゃんは全然食べてないな、ダブルは多かったか?」
「抹茶味とブドウ味のジェラートが混ぜて食ったら、美味しくなかった……。組み合わせ考えて頼めば良かった……」
さっきまでの元気が嘘のように、弱々しい顔で一つに混ざったジェラートをつついていた。抹茶味とブドウ味が合わないなんて考えなくても分かる。
「誰か食わへん? ほら桜とか甘いもの好きやろ?」
「どうしても食えへんって言うなら、食うけど」
俺だって抹茶ブドウ味のジェラート何て食べたくない。しかし、奢ってもらった手前捨てられず、困っているのだろう。いつになく申し訳なさそうな顔をする川崎を見ると、断れなかった。
「ごめんな、奢ってもらったのに」
「気にすんな、俺も食い足りんかったからちょうどええわ」
そう言いながら、川崎からジェラートのカップを受け取ろうと手を伸ばした。しかし、なぜかカップを渡そうとする川崎の腕を本田が掴んだ。
「ちょっと待ちや。川崎、あんた自分の食いかけのジェラートを宮に食わすんか?」
「そうやけど。だって捨てんの勿体無いし」
「宮は男子やで?」
「いや、分かっとるけど? 何や急に怖い顔して。あっ、もしかして本田が食べたかったんか?」
「そういう意味やなくて……。てか、宮も嫌なら嫌ってちゃんと言いや」
「いや、別に俺もそこまで嫌じゃないけど。捨てんの勿体無いし」
本田は普段ぶっきらぼうな性格なのだが、変なところで神経質になり、うちの母親と同じように口うるさくなる。
「なら俺が食うわ」
京が川崎のカップを受け取り、一気に口に流し込んだ。
「ごちそうさま。確かに抹茶とブドウはあんま合わんな。本田ちゃんは、『桜』が女の子の食いかけをもらうのが気に食わんかったんやろ? やったらこれで解決や」
「何言うてんねん。宮がどうとかの話じゃなくてやな……。はぁ、食ってもうたんならもうええわ」
おかんモードの本田を抑えるのは、京と蒼っちの役目だ。この二人がいなければ、川崎・守友がどうにか抑える。しかし、俺の言うことだけは絶対に聞き入れないので、俺の役目としては、他の人間に任せて何も言わず、黙るのが正解だ。
「全員食い終わったし、温泉に向かうか。忘れもんとかないよな?」
「俺ちょっと、トイレだけ行くわ」
京がそそくさと早足でトイレに向かった。
「分かった、じゃあバイクの前で待ってるぞ」
メタセコイア並木道からバイクで十五分ほど走り、温泉に着いた。
「じゃあ、上がったら連絡してな。自販機の前で待つからさ」
「「「おっけー」」」
当たり前だが、混浴ではないので男女別れて、温泉に入る。女性の方が長風呂な気もするが、俺たち男性陣はサウナに入るので、入浴時間は同じぐらいだ。
「あっ、ロッカーの金無いわ。桜か守友、どっちか百円貸してくれへん?」
「しゃーないな、後で忘れずに返せよ」
「サンキュー、助かったわ」
脱衣所で京に百円を渡し、服を脱ぐ。シャンプー・ボディーソープ・ミニタオルを忘れずに持って、浴場に入った。
「思ったより人が少ないな」
浴場を見渡すと湯舟にも洗い場にもあまり人が見当たらなかった。店側に失礼かもしれないが、思わず声が漏れてしまった。
「まだ夕方やからな。混みだすのはもうちょい後の時間からやろ」
「じゃあ、混む前に体洗っとこうぜ」
ちょうど奥の方の洗い場が空いていたので、横一列になって体を洗う。
「今日は疲れたし、湯船に浸かったら気持ちええやろな」
「そうだな、早く体洗ってだべろうや」
京の言葉に同意し、無言で体を洗う。ずっとバイクに乗っていて、汗をかいていたので、シャワーが心地いい。
「よし、全員洗い終わっただろ。露天風呂の方が空いてるし、そっちから入ろう」
奥の扉から露天風呂に出て、高温風呂に入った。俺たち独自のルールで、最初に入る風呂は高温風呂と決まっている。
「やっぱり温泉は気持ちええな。今日一日の疲れが一気に吹き飛ぶわ」
京はタオルを頭に巻いて、肩まで湯舟に浸かっている。
「バイクに乗るだけでも疲れるのに、真剣な話ばかりしていたからな」
「これからやることについて大体決まったし、話し合った甲斐があったわ。でも、桜がいきなり『バイトもっと頑張ろうぜ』って言い出した時は、流石に焦ったけどな」
「しゃーないやろ、上手く一言で表すのむずかってんから」
「話の中身を聞いたら、納得できたよ。川崎ちゃんの話は聞いても納得できなかったけどな」
「そうや、川崎にみんなが呆れてた理由をちゃんと説明しとけよ、京」
「分かってるわ、あいつあのまま放っておいたら、ホンマにセミナーとか行きかねへんからな」
「川崎ちゃんは京の言うことなら素直に聞くからな、任せたわ」
「でも、何で京の言うことだけは素直に聞くんやろな?」
川崎は外見だけで言えばただのヤンキーだが、中身は天然で明るいので、比較的に友達は多い。しかし、川崎を完璧に扱える友達は、男女問わず京だけだ。
「競技は違うけど、二人とも全国レベルのスポーツ選手だからな。意識する部分はあるんじゃないか? それに、個人的な成績だけで言えば、京の方が上だから、尊敬に近い感情があるのかもな」
「そんな難しいこと考えへんやろ、あいつは。俺はお前らみたいに、川崎をおちょくらへんから信頼されてるだけや」
守友の鋭い考察を聞いて、京が少し照れていた。守友は人の心を読むのが妖怪並なので、考察は多分当たっている。
「熱くなってきたし、あっちの寝湯に行こうや」
立ち上がり寝湯(名前の通り寝ころびながら入ることの出来る風呂)に向かった。ちょうど三人分のスペースが空いていたので、タオルを湯に付けないように注意しながら、一列に寝ころんだ。
「さっきの話の続きになるけど、川崎が京の言うことを聞く理由は分かった。じゃあ、本田が蒼っちと京の話なら比較的素直に聞くのは、どういう理由なん?」
さっきの守友の考察が面白かったので、まるで熱心な生徒かのように守友に質問した。
「何の証拠もない、ただの推理みたいなものになるけど、いいか?」
「うん、聞かせてや」
「まず、蒼ちゃんだけど、彼女は自分のことじゃなくて、みんなのことを第一に考えて行動するから、人としての信頼が厚い。しかも、思ったことを取り繕わずに、ハッキリ言うから、まず話を聞こうって気持ちになる」
「確かに、蒼っちの話なら、『聞こう』って気持ちになるわ。そんで京は?」
「京は感情的に話をしないし、周りの空気を読んで行動するから、話や場をまとめるのが上手い。仕事でもミスをしないし、みんなから頼りにされてるだろ? だから、俺たちの中でリーダー的な立ち位置の人間だと認識しているんだと思う」
「何かさっきから俺のこと、褒めすぎちゃうか?」
「いや、守友の言ってることは事実や。考えてみれば、京は俺の友達の中で一番カリスマ性があるからな。本田が素直に話を聞くのも納得や」
京が照れている姿なんて、滅多に見られない。面白くなった俺は、追い打ちをかけた。
「この話は終わりにしようや。何か友達に褒められたりすんの、気持ち悪すぎるわ」
「まあ、そうだな。じゃあ、話題を変えようぜ。桜、何か話題ないん?」
「うーん、そうやな……。あっ、そういえば、再来月に体育祭あるけど二人とも何に出るつもりなん?」
体育祭は六月に開催されるが、参加する競技は四月中に決めて、担任の先生に報告しなければならない。
「俺はとりあえず、クラブ対抗リレーには出なかんわ。後は騎馬戦・棒倒しとか出てみたい」
「クラブ対抗リレーって部活別に全学年から三人ずつやろ? 京は二年生やのに出るんか?」
「俺は三年生を含めても、一番速いからな」
「流石バスケ部のエース様やな。騎馬戦・棒倒しでも大活躍するんやろ、きっと」
「せっかくの体育祭なら、楽しまなあかんやろ。守友はどうなん?」
「俺は、何でも良いけど、借り物競争とか面白そうだなって思ってる」
「借り物競争何て、絶対に嫌やわ。学年・男女関係なしに、お題の物を持ってるか聞かなあかんやん。俺には絶対に無理や。守友や京なら楽しめるんやろうけどな」
借り物競争と聞くと、観客を巻き込んで、楽しめる競技のように思うだろう。しかし、人見知りの俺からすれば、知らない人に話しかけて走り回る競技なんて、ただの罰ゲームだ。楽しめるのは守友や京のように、誰にでも話しかけることのできる、明るいやつだけだ。
「勝っても、負けても盛り上がるから、楽しいと思うけどな」
「そういう桜は、何に出るつもりやねん」
「俺が出たい競技はな「俺分かるぞ、当てさせてくれよ」」
京の質問に答えようとする俺を、守友が遮った。
「すごい自信やな。理由も含めて、言うてみてや。当てたら京と守友、二人ともにジュース奢るで」
「今の言葉忘れんなよ、桜。お前の出たい競技は玉入れ競争と棒引きだろ?」
「せ、正解……。でも、理由も言うてもらわんと。どうせ、適当に言うただけやろ」
「桜はネガティブ思考だからな。競技で負けて責められたり、変に目立って笑われたりするのが嫌なんだろ? リレーとか徒競走だと、個人的なミスがよく分かるし、走り方が変だったりすると、個人的に注目される。騎馬戦、棒倒しは団体競技で負けても責められないだろう。だけど、派手な競技で、気が強いやつが出るから怖い。だから、大人数が参加して、怖い思いをしない玉入れ競争を選ぶと考えた」
「綱引きを選んだ理由は?」
「桜は変に目立ったり、怖い思いするのが嫌なだけで、みんなで盛り上がりたいとは思ってる。だから、玉入れ競争以外に、みんなで盛り上がって、楽しめる競技を選ぶはずだ。その条件で考えると、棒引きと綱引きの二つになる。去年の体育祭を思い出すと、棒引きの方が得点も高くて盛り上がっていたから、棒引きを選ぶと推測した。どうだ、桜。当たってるだろ?」
「おっしゃる通りです」
守友の完璧な推理に、ぐうの音も出ない。
「二人三脚とか、大玉転がしとかも、怖い思いしやんし、負けても何も言われん気するけど?」
京は守友の推理に疑問が残るようだ。
「二人三脚・大玉転がしは男女混合だからな。桜は女の子と話すの苦手だから、嫌なんだろ」
「ジュース奢るから、もう黙ってくれ」
いくら付き合いが長いとはいえ、ここまでお見通しだと怖くなる。
「露天風呂混んできたし、サウナ行こうや」
先ほどの京と同じように、話題を変えたくて、サウナに行くことを提案した。
「せやな、いこか」
寝湯から上がり、サウナに向かった。
「あー、気持ちよかったな」
京は半渇きの頭をタオルで拭いている。
「俺ら、結構長い時間入ってたし、あいつら待ってるかと思ったけど、おらんな」
女子組からメッセージが来ていないか、再度スマホをチェックした。
「女の子は、風呂から上がった後に色々やることがあるからな」
サウナを堪能した俺たちは、脱衣所で着替えを済ませ、自販機の横にある共用スペースで本田たちを待っていた。
「お待たせ! ごめんね、長くて」
そんな会話をしているうちに、蒼っちたちが上がってきた。
「あっ、ジュース飲んでるやん! じゃんけんで奢る人決めるって約束してたのに」
風呂場での賭けに負けた俺は、京と守友にジュースを奢った。その様子を見て、川崎が騒いでいる。
「悪いな、川崎ちゃん。じゃんけんは女子組だけでやってくれ」
「しゃーないな。本田、蒼、じゃんけんするで」
よっぽど喉が渇いているのか、川崎は荷物を持ったまま、自販機の前でじゃんけんの構えをしていた。
「ホンマに川崎はせっかちやな。まあ、私も喉渇いてるから、やるか」
「じゃあ、いくよ!」
『最初はグー! いんじゃん、ほい!』
「よっしゃ! あおいの負けや!」
「くそー、久々に負けた気がするよ」
じゃんけんも終わり、ジュースを飲みながら、全員で共有スペースに座った。
「そういえば、晩飯はどうする? 今から帰った七時過ぎぐらいだから、俺は家で食べようと思ってるけど」
「うーん、私も家で食べようかな、明日までの宿題終わってないし。双葉姉さんも家にご飯あるんだよね?」
「そうやな、私も家で食うわ」
「私、ご飯用意されてないわ……。誰かいかへん?」
川崎は一人でご飯を食べるのが、苦手だ。みんなが家で食べると聞いて焦っている。
「じゃあ、俺も食べて帰るわ」
「おお、桜ナイス」
家にご飯は用意されているが、俺の嫌いなおでんらしいので、外で食べることにした。
「じゃあ、俺も行こうかな」
「あれ? 京ちんも家にご飯あるって言ってなかった?」
「親に返信するの忘れてて、用意してないらしいわ」
「何か、天津がそんなミスするの珍しいな。宮ならともかく」
「今日はずっと走って、話してやったからな。後で返信しようとして忘れてたわ」
「本田、お前は事あるごとに俺を馬鹿にすんのやめろや。確かに俺は、京と違ってそういうミスをよくやるけど」
「ごめん、ごめん。つい本音が出てもうたわ」
本田の余計な一言に突っかかったが、いつも通りすんなり躱された。
「ジュース飲んで、ちょっと休憩したら出るか。忘れもんとかすんなよ」
守友の一言に少し不安になり、忘れ物が無いか、カバンを確認した。
「早く入ろうや、私もう腹ペコや」
滋賀から三時間ほどバイクを走らせ、俺・京・川崎は地元のハンバーグ屋に到着した。家にご飯の用意がある守友・本田・蒼っちとは途中で別れた。
ここのハンバーグ屋はいつも混んでいて、待たされるのだが、今日は運よく席が空いており、すぐに案内された。
「私はおろしハンバーグで」
「俺はチーズハンバーグかな。桜はいつも通りエッグハンバーグやろ?」
「そうやな」
この店にはよく来るので、みんなが注文する料理は大体把握している。
「そういえば、男子は風呂でどんな話してたん?」
「六月の体育祭の話とかしてたな。川崎は何に出るんや?」
川崎は体育祭や文化祭等の行事ごとが大好きだ。体育祭も楽しみにしているはずなので、何の競技に参加するのか、個人的に気になった。
「体育祭かぁ。私はリレーと騎馬戦に出たいわ」
川崎は女子テニス部のエースなだけあって、運動神経がすこぶる良い。どの競技に参加しても大活躍間違いなしだろう。
「女子の騎馬戦って、後が怖い気するわ。顔引っ搔いたとか、足踏んだとかグチグチ言い合いそう」
「そんなん、勝手に言わしとったらええねん。桜は気にしすぎや」
「流石やな。桜より男らしいんちゃうか?」
「川崎が男らしすぎんねん」
「まあ、それはそうやな」
川崎に限らず、うちのバイトメンバーは全員、男勝りだ。冗談抜きで俺が一番男らしくないだろう。
「桜と京は、応援団には入らんの?」
うちの高校では、各クラスで男女五人ずつ応援団に入るのが決まりだ。枠に限りがあるので、立候補する人数が多ければ、各クラスで投票して決めるらしい。
「俺は入らんな。あんなん入るの、京とか川崎みたいに目立つ奴らしかおらんで」
応援団による、応援合戦は体育祭のメインイベントだ。なので、応援団に入るのは、学校でカースト上位の奴らばかりだ。
「うーん、誰もやらんなら入るけど。まだ迷い中やな。川崎は入るん?」
「私はクラスの子に誘われたから、入る気やで。私たちクラスは違うけど同じ団やし、迷ってるなら入ろうや。本田も入るって言うてたし」
体育祭の団は赤団・青団・黄団の三つがある。今年は一・二組が赤団、三・四組が青団、五・六組が黄団という組み合わせだ。つまり、今年は俺たち全員が同じ青団になる。
「へえ、本田も入るんか。まあ、あいつも目立つし、入ってもおかしくないか」
「川崎、誘われたって言うてたけど、誰に誘われたん?」
「え? ああ、サッカー部の八幡って奴やで。知ってるやろ?」
京の質問に、川崎が少し戸惑いながら答えた。
「ああ、知っとるよ。イケメンのサッカー部エースやろ? 仲良いんか?」
「いや、特別仲良いわけじゃいないけど、ちょっと喋るくらいかな。何や京、変な質問するなぁ。あっ、もしかして、応援団に興味出てきたんか?」
「せやな、ちょっと興味出てきたわ」
京の返答を聞いて、川崎がにやつきながら、俺の方を向いた。
「いや、お前らが入っても、絶対に俺は入らんで?」
「まあ、そうよな……。守友の反応も微妙やったし、あいつも入らんやろうな」
川崎が分かりやすく、気を落とす。
「蒼っちは?」
「あいつは競技に集中したいから、入らんってさ」
「やっぱり変わってるな、あいつ……」
何て話をしていると、料理が運ばれてきた。
「腹減ったし、一旦話止めて食おうや」
京は既にナイフとフォークを手に持って、食べる気満々だ。
「「「じゃあ、いただきまーす」」」
ハンバーグを食べ終わり、会計を済ませて、駐輪場に向かった。
「この後はもう帰るよな?」
歩きながら、川崎が俺たちに質問した。
「流石にもう遅いし、帰るつもりやけど、京は?」
「俺もこのまま帰るつもりやったけど。何かあるんか?」
「私、シャー芯無くなったから、コンビニ寄りたいねん」
「じゃあ、俺が付き合うわ。桜はもう眠いやろ?」
「分かる? もう俺、限界みたいやわ」
「目がほぼ空いてないで、事故だけは気を付けろよ」
「それだけは気を付けるわ」
バイクに乗り、コンビニに向かう二人と別れ、家を目指す。途中で明日、朝練があることを思い出し、少し憂鬱な気持ちになりながらバイクを走らせた。
「おう桜、早いな。お前も朝練の早起きが身についてんだろ。俺も同じだよ」
「宮は朝に弱いはずやのに、ようこんなはよ来れたな。感心したわ」
コンビニに着くと本田と守友が先に到着していた。本田が乗っているバイクは、【Vツインマグナ】、アメリカンタイプのバイクだ。バイクブームが到来し、女性がバイクに乗ることも珍しくない今の時代でも、女性がアメリカンバイクに乗るのはあまり見かけない。しかし、本田のクールな雰囲気と相まって、そこら辺の男が乗るよりも様に乗っている。
守友が乗っているバイクは【BARIUS Ⅱ】、ネイキッドタイプのバイクで、少しごつくて扱いにくいが、根強い人気を誇るバイクだ。タンクに書かれた馬のエンブレムに一目ぼれしたらしい。ちなみにBARIUSとはギリシア神話の神馬を表している。
「あれ、みんな早いね。私も大分早く着いたつもりだったのに」
俺に続いて蒼っちが到着した。蒼っちのバイクは【R25】、スポーツタイプの今一番流行っていると言っても過言ではないバイクだ。二五〇㏄とは思えないスピードで走り、運転もしやすい分、値段が高い。
「あとは川崎と京やな」
本田が腕時計で時間を確認している。集合時間まで、まだまだ余裕がある。
「みんな早すぎやろ。まだ集合時間十五分前やぞ」
五分ほど経って、京が到着した。京のバイクは【MT25】、メカニックな見た目のバイクでネイキッドタイプと分類していいか、分からないバイクだ。分かりやすい言葉で表すとスポーツネイキッドというべきか。R25のエンジンを流用しており、快適な走りが持ち味の最新鋭のバイクだ。
「えー、私が最後か? みんな楽しみにしすぎやろ」
最後に川崎が到着した。川崎のバイクは【Ninja 250】、フルカウルのスポーツバイクだ。悪い言い方をすると、少し前に流行ったバイクで、今はあまり乗っている人を見かけない。しかし、一時大流行したバイクなだけあって、球数が多く、綺麗な車体が比較的安価で手に入る。
「おし、全員揃ったし行くか。今日は人数多いし、通話アプリを使おうぜ」
各々イヤホンマイクを装着してヘルメットを被る。ちなみに、俺のバイクは【VRX400】、この六人の中で俺だけ四〇〇㏄のバイクに乗っている。俺のバイクは、ネイキッドとアメリカンの中間に分類され、四〇〇㏄の中ではかなりスピードの遅いバイクだ。古いしすぐに調子が悪くなるが、独特の渋さが気に入り、購入した。
守友を先頭に、安全に注意しながら滋賀県のメタセコイア並木道を目指す。高速道路を利用すると、高速料金を取られるので、下道を使って目的地を目指す。目的地までの景観を楽しむことも、ツーリングの醍醐味の一つだ。
「今日は、大里大橋を超えて京都を通るルートで行くわ」
「分かった、安全に気を付けて行こうな」
「「「「「了解」」」」」
京の注意喚起に全員が声を揃えて答えた。
メタセコイア並木道には過去に何度も行っているので、大体の道順は頭に入っている。なので、会話しながら、走行しても道に迷うことはないだろう。
「みんな、何かいい案考えてきた?」
イヤホン越しから、蒼っちの声が聞こえる。先週、本田は今回の【山風】の一件に先輩たちが関わることができないと伝えていた。そして、俺たちだけで何とか動くために、今日のツーリングまでに各々解決策を考えて来ようと提案していた。
「私、めっちゃ良い案持ってきたで!」
川崎が元気に答える。
「ずいぶん、自信ありげだね、忍ちゃん」
「店の売り上げを上げるってことは、簡単に言うとお金を稼ぐってことやろ?」
「まあ簡単に言うとそうやな」
余りにも簡単に言っているが、間違ってはいないので、否定はしなかった。
「私ら高校生はバイトでしかお金稼いだことないから、何も分らんわけや。やからSNSで聞いてん。『簡単にお金稼ぐ方法あったら、教えてください!』。そしたら、色々な人が声をかけてくれてん。今度セミナー? やるらしいから、それに参加してお金の稼ぎ方教えてもらって来るわ」
川崎の発言に、みんな一瞬黙ってしまった。
「もしかして、声かけてくれた人って、高そうな肉や寿司の画像あげてる?」
守友が子供に質問するかのように、優しい口調で尋ねる。
「せやな。お金持ってるから、いっつも旨いもん食ってるんやろ。」
「稼ぎ方教えたとかいう、教え子というか生徒的な人からのメッセージをSNSに挙げてたりする?」
「そうそう。実績があるから信頼できるわ」
「最初のセミナーに参加する時に、いくらか払えって言われた?」
「言われたで。でも『高校生の内から、こういった事に興味を持つって素晴らしい』って言ってもらって、普通なら二十万のところ、三万で良いよって言ってもらえたわ。めっちゃ良い人やろ?」
「はあ……」
川崎の純情さに、本田がため息を漏らす。
「天津、後でそういうやつらがどんな人間で、どんな目的持って近づいて来てるか、説明あげて。天津の話なら川崎も納得するやろ。今ここで説明してたら、話進まんわ」
「何や、みんな静かになって。めっちゃ良い案やったやろ?」
「川崎、後で説明したるから、お前の話はここで終わりや。いいな?」
通話なので、京はの表情は直接見られないが、声色から呆れているのが分かる。
「何かよくわからんけど。京がそう言うなら……」
基本、川崎は自由奔放で暴走すると手が付けられない。しかし、京の言うことには従順なので、こういう時は京に任せている。
「じゃあ、次は俺とあおいちゃんの案を話すわ」
気を取り直して、守友が話し出した。
「私とまゆゆは同じクラスだから、休み時間とか、二人で考えてたんだ」
「おい、守友、蒼。何で私も同じクラスやのに、誘わへんねん」
「だって忍ちゃん、教室だとずっと寝てるじゃん」
「あっ、そっか」
「松葉、これ以上話が逸れる前に、早く案を教えてや」
気を取り直して、守友が話を続けた。
「俺たちの案は簡単に言うと、『SNSの活用』だな」
「店の情報をもっと出して、店の知名度を上げようってことか?」
『SNSの活用』だけ言われても、何のことかさっぱりだったが、京の言葉を聞いて、何となくイメージができた。
「そう。うちの店はサービスも良いし、料理も旨い。じゃあ、何で客が来ないかって考えると、知名度がないからだ。
歴史の長い店だし、地元の人たちからは有名だと思う。けど、大里以外に住んでる人とか若い人たちには知られてない。だからSNSを活用して知名度を上げようって考え。
安直な考えだからみんな思いついたかもしれない。だけど、俺たち高校生ができる範囲で一番効果のある案だと思ってる」
確かにうちの店はGog◯le M◯pで検索すれば出てくるものの、口コミは無いに等しい。SNSのアカウントを作って、情報発信すれば、お客さんの数は増えるかもしれない。
「それは私も考えたんやけど」
守友の話に本田が口を挟んだ。
「Twitt◯rやインスタ◯ラムとかのSNSを使えば、簡単に情報発信できるし、知名度も上げれると思う。でも、【FRESHグループ】に所属してる飲食店は、勝手にSNSのアカウントを作ったらあかん決まりがあんねん。SNSは良い意味でも悪い意味でも情報がすぐに広まる、しかも、一回あげた情報は簡単に消せへんからな。最近アホなバイトが、アホな行動をSNSにあげる『バイトテロ』もよく見るし、勝手に店の情報をあげられたら困るんやろな。
もし、SNSアカウントを作りたいなら、店の経営者が【FRESHグループ】に申請を出して、承認をもらわなかんみたいや。しかも、SNSの運用を認められるのは、店に所属する社員か経営者だけらしい。やから、私たちバイトが手伝うことはできん。社員さんはSNSの投稿なんて、めんどいことはしやんやろうし、店長と女将さんは機械の操作が大の苦手やから、『SNSの活用』は難しいと思うわ」
「確かに、最近バイトテロってよく見るもんな。【FRESHグループ】からしたら、バイトが変なことして、企業の評判が下がるなんてこと絶対に避けたいか……。ごめん本田ちゃんそこまで調べてなかったわ」
「別に謝る必要はないやろ、私がたまたまその話を聞いてただけや。Gog◯le M◯pには店の口コミ投稿できるから、常連さんに口コミの投稿をお願いするのは有りかもしれへんな」
謝る守友を本田が気遣った。その優しさを少しは俺にも向けてほしいな。
「流石双葉姉さんだね、細かい決まりを、そこまでしっかり覚えているなんて」
本田の話に蒼っちが感心している。俺もそんな規約があることは、全く知らなかった。本田がいくらしっかり者とはいえ、ここまで調べているとは。それだけ本田が今回の件に、真剣なのだろう。
「じゃあ、次は俺と本田ちゃんの案やな」
「え、お前ら一緒に考えてたん? 俺も誘ってや」
話の流れを切りたかったわけではないが、京の言葉に思わず突っ込んでしまった。
「桜は発想が独創的やから、一人で考えさせた方が良いって、本田ちゃんが言うたんや」
「そういうことや」
通話なので顔は見えないが、本田のにやつく顔が容易に想像できた。
「俺らの案は『テイクアウトメニューの販促』や」
「「「「テイクアウトメニュー?」」」」
京と本田以外の四人の頭に、『?』マークが浮かんだ。
「寿司とか、一品料理のテイクアウトメニューあるやろ? あれをもっと売っていくんや。
俺と本田ちゃんで店舗売り上げの詳細を見してもらったんや。その結果、一番売り上げが悪かったのがテイクアウトメニューやってん」
うちのテイクアウトメニューは種類が少ないし、日持ちしないので、あまり注文されない。テイクアウトメニューがもう少し注文されるようになれば、売り上げアップに繋がるのは、間違いないだろう。
「販促って言うけど、具体的にはどうするんや? メニューの種類を増やすなんて、俺らにはできないと思うけど」
具体的な策が見えてこないので、京の話を待たずに口を挟んでしまった。
「単純やけど、デザートとか会席の最後の方に、テイクアウトメニューを勧めるのが一番やと思う。俺がオーダー行くときに、鍋を勧めるみたいな要領でやれば、少しは注文が増えていくやろ」
京の話に、本田がさらに説明を付け加える。
「あと、フロントで順番待ちしてるお客さんへの声掛けも効果的やと思う。今までフロントで待ってるお客さんに、話しかけること何てしんかったけど、料理を食べてるお客さんよりは暇やし、話を聞いてくれるはずや。
最終的にテイクアウトメニューだけを、注文しに来店するお客さんが増えてほしいと思ってる」
二人の話を聞くと、俺たち高校生ができる範囲で、一番効果がある案にも思えた。
「でも、それで店の閉業を止めれるの? 私たち高校生にも出来ることだし、コストもかからないから凄い良い案だと思うよ。でも、それで売り上げが伸びたとしても微々たるものだし、テイクアウトメニューが浸透するのにも、時間がかかると思うけどなぁ」
蒼っちは普段ぼーっとしてるくせに、思っていることをはっきり言う。しかも、着眼点が鋭い。
本田と京の案は店の売り上げやコスト、俺たちが高校生であることを考慮した、ベストな案に思える。しかし、それだけで今回の事件を解決できるようには、確かに思えなかった。
「蒼の言う通り、俺と本田ちゃんの案だけじゃ無理や。やから、みんなの案と同時進行で進めていきたい。俺らの案は日々の業務に声掛けを上乗せするだけやから、そない大変ちゃうからな」
「山羽と松葉の『常連さんに口コミ投稿をお願いする案』と同時進行でやっていけると思うわ」
京も本田も蒼っちに言われるまでもなく、『テイクアウトメニューの販促』だけでは、無理だと分かっていたようだ。素直に蒼っちの言葉を受け入れた。
「桜の案聞く前で悪いけど、もうすぐ無料高速に入る。危ないから運転に集中しよう。高速は話しながら走ったら危険だからな」
滋賀県には無料で走ることができる高速道路がある。俺たち高校生からすれば、高速道路の利用料金は高すぎるので、無料で走ることのできる滋賀の高速道路は大変ありがたい。
「高速を走るのは気持ちええな!」
高速に入り、テンションが最高潮になった川崎が叫んでいる。
「やっぱR25とMT25は速いな。とても二五〇㏄には思えへんわ」
京と蒼っちが優雅にスピードを出して走っている姿を見て、本田が思わず本音を漏らした。
高速道路を走ると、各機体の性能差が顕著に出る。俺の【VRX400】と本田の【Vツインマグナ】は街中を走る分には申し分ないが、高速道路を走るとなると、スピードに物足りなさを感じる。
「スピードは遅くても、【VRX400】と【Vツインマグナ】の方が迫力あるし、音が渋いじゃん。バイクは性能だけじゃ図れない魅力があるからな」
守友が言うように、バイクに乗る上で大事なのは、走りの性能だけではない。マフラーの音、燃費、パーツの多さ、見た目のかっこよさ等、様々な要素がバイクの魅力を構成している。
「私腹減ったわ。メタセコイア着いたらすぐに飯食おうや」
イヤホン越しに、川崎の腹の音が聞こえた。本人は何も気にしていないが、『女の子の腹の音』が聞こえて、どのような反応をすればよいか、対応に困るのでやめていただきたい。
「ちょっと時間早いけど、川崎ちゃんがそんなに言うなら、行こうか」
メタセコイア並木道に着くと、すぐ近くのカフェに入った。店員さんに案内され、奥にある窓側の六人席に案内された。お腹が空いていたので、すぐにドリンクと料理を注文した。
話しながら走っていたので、一度も休憩せずに、到着してしまった。バイクで走ることは楽しいが、休憩なしで走り続けるのは流石に疲れた。
「話に夢中で休憩忘れてたね。私もお腹ペコペコだよ」
「とりあえず、食いもん頼もうや。そんである程度食ったら、桜の案を聞こう」
「そういえば、桜の案だけ聞いてなかったな。ちゃんと考えてきたのか?」
守友が目を細めて、こちらを見つめている。
「こんだけ引っ張ってんから、私らの案とは比べ物にならん、素晴らしい案を考えて来てるんやろ。なぁ、宮?」
「なんや、その憎たらしい言い方と表情は。別に引っ張った覚えはないし、少なくとも川崎の案よりかはマシや」
「どう考えても私の案が一番やったやろ」
何て話しているうちに、注文した料理が並べられた。全員休憩なしで走り続けたせいで、相当お腹が空いていたようだ。誰も話すことなく、無言で料理を食べ始めた。
「ごちそうさまでした」
十分もしないうちに、本田が食べ終わっていた。いくらお腹が空いているとはいえ、早すぎる。
「双葉姉さん、ちゃんと嚙んで食べてる?」
「あんたらが遅すぎやねん。全員が食べ終わったら、宮の話聞くで」
「あと十分ぐらいは待ってよ。私あと半分は残ってるよ」
「大丈夫だよ、蒼ちゃん。それが普通だから」
本田はみんなが食べ終わるまで、コーヒーを飲んでくつろいでいた。革ジャンを着て優雅に佇むその姿は、同じ高校生には見えなかった。
「うし、もう皆食べ終わっただろ。桜、お前の案を聞かせろよ」
「いや、待ってくれ。何か店内でみんなに注目されて話すの恥ずかしいから、外で景色見ながら話そうや」
「緊張する意味が分からないが、まあいいや。ここはそこら辺を歩くだけで、楽しいからな」
今日まで、自分なりに色々な案を考えてきた。しかし、改めてみんなの前で話すとなると、緊張というか変な気恥ずかしさがあった。店内で俺の話だけに集中してもらうよりも、外で景色を眺めながら聞き流してもらう方が、俺からすれば楽に感じた。
会計を済ませ、外に出る。今日は日曜日ということもあって、大変賑わっていた。メタセコイアは家族でもカップルでも楽しめるので、関西でも大変人気な観光スポットだ。
「メタセコイア、久しぶりに来たけど、やっぱり綺麗やな……」
川崎はメタセコイアの壮大な景色に圧倒されながら、スマホで写真を撮って歩いている。
「そうだね、どの季節に来ても楽しめるところがいいよね」
「でも、今日は人が多すぎるな。人混み少ないとこまで歩こうか」
守友を先頭に、歩き出す。メタセコイアは車道の両脇に大きな木が何百本も並んでおり、ここでしか見ることができない絶景がある。バイクで走るのも気持ちがいいし、歩いてじっくり景色を楽しむのも良い。また、季節によって景色がガラリと変わるので、いつ来ても新鮮な気持ちで楽しめる。
「桜、勿体ぶらんとお前の案を聞かせてや。もう外出たしええやろ」
京が自分から話を切り出さない俺を、少し強めの口調で急かした。
「勿体ぶってる訳ちゃうねん。ただ改めてみんなの前で話すって、なんか恥ずかしくてさ」
「川崎ちゃんの案を聞いたろ。あれに比べたらどんな案もマシに思えるって」
「何やその言い方! みんなが何と言おうと私の案が一番やからな!」
「まあまあ忍ちゃん落ち着いて、今は桜っちの案を聞く時間なんだから」
守友にかみつく川崎をあおいっちがなだめる。
「俺の案を簡単に言うと、『バイト、もっと頑張ろうぜ』って感じやな」
「いや簡単に言いすぎだろ、もっとちゃんと説明しろよ」
「俺らが【山風】でバイトして、もう一年ぐらい経つやんか。最初の頃はただ注文を取ったり、料理を運んだり、言われたことやるだけやった。でも、今は慣れてきて、京みたいにオーダーで鍋を勧めたり、大学生がおらんくても、俺らだけで何とかなるようになってるやろ? 慣れてきた今やからこそ、もっとお客さんが満足出来る接客を心がけるべきやと思うねん」
「言うてることは何となく分かるけど、曖昧やな。もっと具体的に何をやるか教えてや」
説明下手な俺の話に具体的なイメージを掴むことができなかったのだろう。本田が首をかしげながら、詳しい説明を求めた。
「うーん、色々あると思うけど、俺らが特に出来てないと思うのは『それぞれのお客さんに合わせた接客』やな」
「それって、『足の悪いお客さんがいたら、椅子の席に案内する』とかそういうことでしょ? それなら今でもみんなやってることじゃない?」
「確かに先輩や社員さんから教わったことはできてると思うで。でも、教わったこと以上のことはできてないって感じるわ。
この前、宗谷先輩とバイトしてた時にあった話やねんけど。入社間もない感じの若い男性一人と中年の男性二人が会社の接待で来ててん。普通なら、席の一番奥の席、いわゆる上座に偉い人が座って、若手は手前の席、いわゆる下座に座るやろ? でも、このルールって若い人はあんま知らん人が多いらしい。大事な接待の場で奥の席に座ってもうて、後で上司に怒られるのは新卒あるあるらしいわ。
そんな失敗が起こらんように宗谷先輩は自分から、上座・下座の説明をしながら、席に案内してはったわ。別にその若い人は上座・下座のこと知ってはったかもしれんから、わざわざ説明なんかせんでも良かったかもしれん。でも、知らんかったなら、その人は助かったはずやし、知ってても会話のネタになる。どっちにしても、プラスにしかならんってことや。
経験の差がでかいかもしれんけど、俺らもできる範囲で先輩たちみたいに、お客さんのことをもっと考えて働くべきやと思う。高校生の俺らでさえ、そんな接客ができたら、店の評判も上がるし、何回でも来てくれるはずや。ホンマに単純な話やけどな」
説明が長くなってしまったが、みんな納得してくれるだろうか? 静かにみんなの方に顔を向ける。
「言いたいことは、何となくわかった。バイトにも慣れてきたし、先輩たちを見習ってお客さんをどれだけ満足させられるか、意識していくべきだな」
京が笑顔で同意してくれた。
「あと、働いてる時に、『もっとここは注意すべきだな』って思ったことはできる限り共有していくべきじゃない?」
「そうだな。とりあえず、常連さんに店のレビューを頼みながら、テイクアウトメニューを勧めて、それぞれがお客さんを満足させる接客を意識してバイトしよう。そんで一カ月ぐらい経ったら経過を共有な」
「でも、私たちだけでできるんかな……」
川崎がいつになく弱気な声をあげた。
「桜が言うように、先輩たちみたいな接客を私たちも出来たら凄いと思うで? でも経験の差もあるし、何より先輩たちと私たちじゃ、才能というかセンスが違う気がしてな……」
「俺の超個人的な考えやけど、何かのプロになるとか、世界一を目指したりするっていうなら、才能やらセンスやらが関係すると思う。でも、大概のことは努力すれば何とかなるやろ。できひんと決めつけて、最初からちゃんと努力せえへんかったら何も達成できひん。やから、俺らでもできることを、可能な限りやろうや。そんで失敗したら才能のせいにしよう」
俺は『才能』とか『センス』という言葉が大嫌いなので、少し説教っぽく、話してしまった。
「そうやな! グチグチ言う前に、まずは行動やもんな。ごめん、暗いこと言って」
「川崎ちゃんが弱気なこと言うのも珍しいけど、桜が前向きな発言をすんのも変だな。いつもは言い訳とネガティブな発言しかしないくせに」
「別に前向きちゃうわ。もし失敗しても言い訳できるように、できることは可能な範囲でやっておきたいだけや」
「言い訳できるようにって、どういうこと? 桜っち」
「適当に頑張った結果、失敗したら俺らのせいになるやろ? でも、できる限りのことやって失敗したら、それは仕方ないことや。『俺らのせいじゃない、だってやれることはやった』っていう言い訳ができるやろ?」
「あー、そういうことか……。珍しく感心してたけど、損したわ。宮らしい考えで、ある意味安心したけど」
みんなが呆れと笑い、半々の表情で俺の方を見つめていた。
「やることも決まったし、あっこの売店でジェラート食おうや。じゃんけん負けたやつが奢りで!」
話がまとまって安心したせいか、川崎がいつも以上に元気良く売店を指さした。
「ええで、でも一人負けやと金額でかなるから、負けたやつ二人が奢りな」
京が川崎の元気に乗っかる。
「よっしゃ! じゃあいくで!」
『最初はグー! いんじゃん、ほい!』
「何で私と宮がいっつも負けんねん。この前のツーリングの時も負けた気するで」
本田が三人分のジェラート代を払いながら、ブツブツ文句を言っている。
「双葉姉さんと桜っちって、よくじゃんけん負けるよね。アプリのガチャ運とかはあるのに」
俺と本田は基本運が良い方はずだ。ゲームアプリのガチャでは、みんなが欲しがっているキャラをよく当てているし、トランプのババ抜きでも負けない。しかし、じゃんけんだけは何故か負ける。
「宮がおらん時のじゃんけんは負けへんねんけどなぁ。多分、宮は私の疫病神なんやろ」
「その言葉、そのまま全部返すわ」
「まあまあ、そんなしょうもないことで喧嘩すんなよ。ジェラート溶けちまうぞ」
食べるのを忘れていがみ合う俺と本田の間に守友が体を入れて、仲裁した。
「別に喧嘩してへんわ、これが俺らのいつも通りの会話や。てか川崎、何でお前だけダブル頼んでんねん」
「私がジェラート食おうって言ったからや。私が言わんかったら、みんなジェラート食えてなかってんで」
「相変わらずめちゃくちゃやな」
川崎は満足そうに抹茶味とブドウ味のジェラートを二つ重ねて食べていた。抹茶とブドウの組み合わせって絶対に合わないと思うが、本人が満足そうなので何も言わなかった。
「ジェラート食べ終わったら、温泉行こうぜ」
「やっぱりツーリング来たら、温泉行かないとダメだよね」
俺たちのツーリングでは必ずと言っていいほど、帰る前に温泉に行く。今日はメタセコイア並木道から少し離れた温泉に行くことが決まっていた。
「風呂上がりの牛乳もじゃんけんしようや」
ジェラートじゃんけんに勝利し、調子に乗っているのか、また風呂上がりじゃんけんを提案した。
「私はミックスオレがええな」
「本田ちゃん、今さっき負けたばっかりやのに、ノリノリやな」
「当たり前や、負けた分勝たないと気が済まへんわ」
「ん? よー見たら、もうジェラートないやん。全部食ったんか?」
京の言葉を聞いて、本田の手元を見ると、さっきまであったはずのジェラートがなくなっている。
「美味かったからな、すぐ無くなってもーたわ」
「本田ちゃん、どんなに美味いとはいえ、早すぎやと思うで……」
この間聞いた話だが、本田は料理が美味ければ美味いほど食べるのが早くなるらしい。普通なら、美味いものほど味わって食べる気もするが……。
「逆に川崎ちゃんは全然食べてないな、ダブルは多かったか?」
「抹茶味とブドウ味のジェラートが混ぜて食ったら、美味しくなかった……。組み合わせ考えて頼めば良かった……」
さっきまでの元気が嘘のように、弱々しい顔で一つに混ざったジェラートをつついていた。抹茶味とブドウ味が合わないなんて考えなくても分かる。
「誰か食わへん? ほら桜とか甘いもの好きやろ?」
「どうしても食えへんって言うなら、食うけど」
俺だって抹茶ブドウ味のジェラート何て食べたくない。しかし、奢ってもらった手前捨てられず、困っているのだろう。いつになく申し訳なさそうな顔をする川崎を見ると、断れなかった。
「ごめんな、奢ってもらったのに」
「気にすんな、俺も食い足りんかったからちょうどええわ」
そう言いながら、川崎からジェラートのカップを受け取ろうと手を伸ばした。しかし、なぜかカップを渡そうとする川崎の腕を本田が掴んだ。
「ちょっと待ちや。川崎、あんた自分の食いかけのジェラートを宮に食わすんか?」
「そうやけど。だって捨てんの勿体無いし」
「宮は男子やで?」
「いや、分かっとるけど? 何や急に怖い顔して。あっ、もしかして本田が食べたかったんか?」
「そういう意味やなくて……。てか、宮も嫌なら嫌ってちゃんと言いや」
「いや、別に俺もそこまで嫌じゃないけど。捨てんの勿体無いし」
本田は普段ぶっきらぼうな性格なのだが、変なところで神経質になり、うちの母親と同じように口うるさくなる。
「なら俺が食うわ」
京が川崎のカップを受け取り、一気に口に流し込んだ。
「ごちそうさま。確かに抹茶とブドウはあんま合わんな。本田ちゃんは、『桜』が女の子の食いかけをもらうのが気に食わんかったんやろ? やったらこれで解決や」
「何言うてんねん。宮がどうとかの話じゃなくてやな……。はぁ、食ってもうたんならもうええわ」
おかんモードの本田を抑えるのは、京と蒼っちの役目だ。この二人がいなければ、川崎・守友がどうにか抑える。しかし、俺の言うことだけは絶対に聞き入れないので、俺の役目としては、他の人間に任せて何も言わず、黙るのが正解だ。
「全員食い終わったし、温泉に向かうか。忘れもんとかないよな?」
「俺ちょっと、トイレだけ行くわ」
京がそそくさと早足でトイレに向かった。
「分かった、じゃあバイクの前で待ってるぞ」
メタセコイア並木道からバイクで十五分ほど走り、温泉に着いた。
「じゃあ、上がったら連絡してな。自販機の前で待つからさ」
「「「おっけー」」」
当たり前だが、混浴ではないので男女別れて、温泉に入る。女性の方が長風呂な気もするが、俺たち男性陣はサウナに入るので、入浴時間は同じぐらいだ。
「あっ、ロッカーの金無いわ。桜か守友、どっちか百円貸してくれへん?」
「しゃーないな、後で忘れずに返せよ」
「サンキュー、助かったわ」
脱衣所で京に百円を渡し、服を脱ぐ。シャンプー・ボディーソープ・ミニタオルを忘れずに持って、浴場に入った。
「思ったより人が少ないな」
浴場を見渡すと湯舟にも洗い場にもあまり人が見当たらなかった。店側に失礼かもしれないが、思わず声が漏れてしまった。
「まだ夕方やからな。混みだすのはもうちょい後の時間からやろ」
「じゃあ、混む前に体洗っとこうぜ」
ちょうど奥の方の洗い場が空いていたので、横一列になって体を洗う。
「今日は疲れたし、湯船に浸かったら気持ちええやろな」
「そうだな、早く体洗ってだべろうや」
京の言葉に同意し、無言で体を洗う。ずっとバイクに乗っていて、汗をかいていたので、シャワーが心地いい。
「よし、全員洗い終わっただろ。露天風呂の方が空いてるし、そっちから入ろう」
奥の扉から露天風呂に出て、高温風呂に入った。俺たち独自のルールで、最初に入る風呂は高温風呂と決まっている。
「やっぱり温泉は気持ちええな。今日一日の疲れが一気に吹き飛ぶわ」
京はタオルを頭に巻いて、肩まで湯舟に浸かっている。
「バイクに乗るだけでも疲れるのに、真剣な話ばかりしていたからな」
「これからやることについて大体決まったし、話し合った甲斐があったわ。でも、桜がいきなり『バイトもっと頑張ろうぜ』って言い出した時は、流石に焦ったけどな」
「しゃーないやろ、上手く一言で表すのむずかってんから」
「話の中身を聞いたら、納得できたよ。川崎ちゃんの話は聞いても納得できなかったけどな」
「そうや、川崎にみんなが呆れてた理由をちゃんと説明しとけよ、京」
「分かってるわ、あいつあのまま放っておいたら、ホンマにセミナーとか行きかねへんからな」
「川崎ちゃんは京の言うことなら素直に聞くからな、任せたわ」
「でも、何で京の言うことだけは素直に聞くんやろな?」
川崎は外見だけで言えばただのヤンキーだが、中身は天然で明るいので、比較的に友達は多い。しかし、川崎を完璧に扱える友達は、男女問わず京だけだ。
「競技は違うけど、二人とも全国レベルのスポーツ選手だからな。意識する部分はあるんじゃないか? それに、個人的な成績だけで言えば、京の方が上だから、尊敬に近い感情があるのかもな」
「そんな難しいこと考えへんやろ、あいつは。俺はお前らみたいに、川崎をおちょくらへんから信頼されてるだけや」
守友の鋭い考察を聞いて、京が少し照れていた。守友は人の心を読むのが妖怪並なので、考察は多分当たっている。
「熱くなってきたし、あっちの寝湯に行こうや」
立ち上がり寝湯(名前の通り寝ころびながら入ることの出来る風呂)に向かった。ちょうど三人分のスペースが空いていたので、タオルを湯に付けないように注意しながら、一列に寝ころんだ。
「さっきの話の続きになるけど、川崎が京の言うことを聞く理由は分かった。じゃあ、本田が蒼っちと京の話なら比較的素直に聞くのは、どういう理由なん?」
さっきの守友の考察が面白かったので、まるで熱心な生徒かのように守友に質問した。
「何の証拠もない、ただの推理みたいなものになるけど、いいか?」
「うん、聞かせてや」
「まず、蒼ちゃんだけど、彼女は自分のことじゃなくて、みんなのことを第一に考えて行動するから、人としての信頼が厚い。しかも、思ったことを取り繕わずに、ハッキリ言うから、まず話を聞こうって気持ちになる」
「確かに、蒼っちの話なら、『聞こう』って気持ちになるわ。そんで京は?」
「京は感情的に話をしないし、周りの空気を読んで行動するから、話や場をまとめるのが上手い。仕事でもミスをしないし、みんなから頼りにされてるだろ? だから、俺たちの中でリーダー的な立ち位置の人間だと認識しているんだと思う」
「何かさっきから俺のこと、褒めすぎちゃうか?」
「いや、守友の言ってることは事実や。考えてみれば、京は俺の友達の中で一番カリスマ性があるからな。本田が素直に話を聞くのも納得や」
京が照れている姿なんて、滅多に見られない。面白くなった俺は、追い打ちをかけた。
「この話は終わりにしようや。何か友達に褒められたりすんの、気持ち悪すぎるわ」
「まあ、そうだな。じゃあ、話題を変えようぜ。桜、何か話題ないん?」
「うーん、そうやな……。あっ、そういえば、再来月に体育祭あるけど二人とも何に出るつもりなん?」
体育祭は六月に開催されるが、参加する競技は四月中に決めて、担任の先生に報告しなければならない。
「俺はとりあえず、クラブ対抗リレーには出なかんわ。後は騎馬戦・棒倒しとか出てみたい」
「クラブ対抗リレーって部活別に全学年から三人ずつやろ? 京は二年生やのに出るんか?」
「俺は三年生を含めても、一番速いからな」
「流石バスケ部のエース様やな。騎馬戦・棒倒しでも大活躍するんやろ、きっと」
「せっかくの体育祭なら、楽しまなあかんやろ。守友はどうなん?」
「俺は、何でも良いけど、借り物競争とか面白そうだなって思ってる」
「借り物競争何て、絶対に嫌やわ。学年・男女関係なしに、お題の物を持ってるか聞かなあかんやん。俺には絶対に無理や。守友や京なら楽しめるんやろうけどな」
借り物競争と聞くと、観客を巻き込んで、楽しめる競技のように思うだろう。しかし、人見知りの俺からすれば、知らない人に話しかけて走り回る競技なんて、ただの罰ゲームだ。楽しめるのは守友や京のように、誰にでも話しかけることのできる、明るいやつだけだ。
「勝っても、負けても盛り上がるから、楽しいと思うけどな」
「そういう桜は、何に出るつもりやねん」
「俺が出たい競技はな「俺分かるぞ、当てさせてくれよ」」
京の質問に答えようとする俺を、守友が遮った。
「すごい自信やな。理由も含めて、言うてみてや。当てたら京と守友、二人ともにジュース奢るで」
「今の言葉忘れんなよ、桜。お前の出たい競技は玉入れ競争と棒引きだろ?」
「せ、正解……。でも、理由も言うてもらわんと。どうせ、適当に言うただけやろ」
「桜はネガティブ思考だからな。競技で負けて責められたり、変に目立って笑われたりするのが嫌なんだろ? リレーとか徒競走だと、個人的なミスがよく分かるし、走り方が変だったりすると、個人的に注目される。騎馬戦、棒倒しは団体競技で負けても責められないだろう。だけど、派手な競技で、気が強いやつが出るから怖い。だから、大人数が参加して、怖い思いをしない玉入れ競争を選ぶと考えた」
「綱引きを選んだ理由は?」
「桜は変に目立ったり、怖い思いするのが嫌なだけで、みんなで盛り上がりたいとは思ってる。だから、玉入れ競争以外に、みんなで盛り上がって、楽しめる競技を選ぶはずだ。その条件で考えると、棒引きと綱引きの二つになる。去年の体育祭を思い出すと、棒引きの方が得点も高くて盛り上がっていたから、棒引きを選ぶと推測した。どうだ、桜。当たってるだろ?」
「おっしゃる通りです」
守友の完璧な推理に、ぐうの音も出ない。
「二人三脚とか、大玉転がしとかも、怖い思いしやんし、負けても何も言われん気するけど?」
京は守友の推理に疑問が残るようだ。
「二人三脚・大玉転がしは男女混合だからな。桜は女の子と話すの苦手だから、嫌なんだろ」
「ジュース奢るから、もう黙ってくれ」
いくら付き合いが長いとはいえ、ここまでお見通しだと怖くなる。
「露天風呂混んできたし、サウナ行こうや」
先ほどの京と同じように、話題を変えたくて、サウナに行くことを提案した。
「せやな、いこか」
寝湯から上がり、サウナに向かった。
「あー、気持ちよかったな」
京は半渇きの頭をタオルで拭いている。
「俺ら、結構長い時間入ってたし、あいつら待ってるかと思ったけど、おらんな」
女子組からメッセージが来ていないか、再度スマホをチェックした。
「女の子は、風呂から上がった後に色々やることがあるからな」
サウナを堪能した俺たちは、脱衣所で着替えを済ませ、自販機の横にある共用スペースで本田たちを待っていた。
「お待たせ! ごめんね、長くて」
そんな会話をしているうちに、蒼っちたちが上がってきた。
「あっ、ジュース飲んでるやん! じゃんけんで奢る人決めるって約束してたのに」
風呂場での賭けに負けた俺は、京と守友にジュースを奢った。その様子を見て、川崎が騒いでいる。
「悪いな、川崎ちゃん。じゃんけんは女子組だけでやってくれ」
「しゃーないな。本田、蒼、じゃんけんするで」
よっぽど喉が渇いているのか、川崎は荷物を持ったまま、自販機の前でじゃんけんの構えをしていた。
「ホンマに川崎はせっかちやな。まあ、私も喉渇いてるから、やるか」
「じゃあ、いくよ!」
『最初はグー! いんじゃん、ほい!』
「よっしゃ! あおいの負けや!」
「くそー、久々に負けた気がするよ」
じゃんけんも終わり、ジュースを飲みながら、全員で共有スペースに座った。
「そういえば、晩飯はどうする? 今から帰った七時過ぎぐらいだから、俺は家で食べようと思ってるけど」
「うーん、私も家で食べようかな、明日までの宿題終わってないし。双葉姉さんも家にご飯あるんだよね?」
「そうやな、私も家で食うわ」
「私、ご飯用意されてないわ……。誰かいかへん?」
川崎は一人でご飯を食べるのが、苦手だ。みんなが家で食べると聞いて焦っている。
「じゃあ、俺も食べて帰るわ」
「おお、桜ナイス」
家にご飯は用意されているが、俺の嫌いなおでんらしいので、外で食べることにした。
「じゃあ、俺も行こうかな」
「あれ? 京ちんも家にご飯あるって言ってなかった?」
「親に返信するの忘れてて、用意してないらしいわ」
「何か、天津がそんなミスするの珍しいな。宮ならともかく」
「今日はずっと走って、話してやったからな。後で返信しようとして忘れてたわ」
「本田、お前は事あるごとに俺を馬鹿にすんのやめろや。確かに俺は、京と違ってそういうミスをよくやるけど」
「ごめん、ごめん。つい本音が出てもうたわ」
本田の余計な一言に突っかかったが、いつも通りすんなり躱された。
「ジュース飲んで、ちょっと休憩したら出るか。忘れもんとかすんなよ」
守友の一言に少し不安になり、忘れ物が無いか、カバンを確認した。
「早く入ろうや、私もう腹ペコや」
滋賀から三時間ほどバイクを走らせ、俺・京・川崎は地元のハンバーグ屋に到着した。家にご飯の用意がある守友・本田・蒼っちとは途中で別れた。
ここのハンバーグ屋はいつも混んでいて、待たされるのだが、今日は運よく席が空いており、すぐに案内された。
「私はおろしハンバーグで」
「俺はチーズハンバーグかな。桜はいつも通りエッグハンバーグやろ?」
「そうやな」
この店にはよく来るので、みんなが注文する料理は大体把握している。
「そういえば、男子は風呂でどんな話してたん?」
「六月の体育祭の話とかしてたな。川崎は何に出るんや?」
川崎は体育祭や文化祭等の行事ごとが大好きだ。体育祭も楽しみにしているはずなので、何の競技に参加するのか、個人的に気になった。
「体育祭かぁ。私はリレーと騎馬戦に出たいわ」
川崎は女子テニス部のエースなだけあって、運動神経がすこぶる良い。どの競技に参加しても大活躍間違いなしだろう。
「女子の騎馬戦って、後が怖い気するわ。顔引っ搔いたとか、足踏んだとかグチグチ言い合いそう」
「そんなん、勝手に言わしとったらええねん。桜は気にしすぎや」
「流石やな。桜より男らしいんちゃうか?」
「川崎が男らしすぎんねん」
「まあ、それはそうやな」
川崎に限らず、うちのバイトメンバーは全員、男勝りだ。冗談抜きで俺が一番男らしくないだろう。
「桜と京は、応援団には入らんの?」
うちの高校では、各クラスで男女五人ずつ応援団に入るのが決まりだ。枠に限りがあるので、立候補する人数が多ければ、各クラスで投票して決めるらしい。
「俺は入らんな。あんなん入るの、京とか川崎みたいに目立つ奴らしかおらんで」
応援団による、応援合戦は体育祭のメインイベントだ。なので、応援団に入るのは、学校でカースト上位の奴らばかりだ。
「うーん、誰もやらんなら入るけど。まだ迷い中やな。川崎は入るん?」
「私はクラスの子に誘われたから、入る気やで。私たちクラスは違うけど同じ団やし、迷ってるなら入ろうや。本田も入るって言うてたし」
体育祭の団は赤団・青団・黄団の三つがある。今年は一・二組が赤団、三・四組が青団、五・六組が黄団という組み合わせだ。つまり、今年は俺たち全員が同じ青団になる。
「へえ、本田も入るんか。まあ、あいつも目立つし、入ってもおかしくないか」
「川崎、誘われたって言うてたけど、誰に誘われたん?」
「え? ああ、サッカー部の八幡って奴やで。知ってるやろ?」
京の質問に、川崎が少し戸惑いながら答えた。
「ああ、知っとるよ。イケメンのサッカー部エースやろ? 仲良いんか?」
「いや、特別仲良いわけじゃいないけど、ちょっと喋るくらいかな。何や京、変な質問するなぁ。あっ、もしかして、応援団に興味出てきたんか?」
「せやな、ちょっと興味出てきたわ」
京の返答を聞いて、川崎がにやつきながら、俺の方を向いた。
「いや、お前らが入っても、絶対に俺は入らんで?」
「まあ、そうよな……。守友の反応も微妙やったし、あいつも入らんやろうな」
川崎が分かりやすく、気を落とす。
「蒼っちは?」
「あいつは競技に集中したいから、入らんってさ」
「やっぱり変わってるな、あいつ……」
何て話をしていると、料理が運ばれてきた。
「腹減ったし、一旦話止めて食おうや」
京は既にナイフとフォークを手に持って、食べる気満々だ。
「「「じゃあ、いただきまーす」」」
ハンバーグを食べ終わり、会計を済ませて、駐輪場に向かった。
「この後はもう帰るよな?」
歩きながら、川崎が俺たちに質問した。
「流石にもう遅いし、帰るつもりやけど、京は?」
「俺もこのまま帰るつもりやったけど。何かあるんか?」
「私、シャー芯無くなったから、コンビニ寄りたいねん」
「じゃあ、俺が付き合うわ。桜はもう眠いやろ?」
「分かる? もう俺、限界みたいやわ」
「目がほぼ空いてないで、事故だけは気を付けろよ」
「それだけは気を付けるわ」
バイクに乗り、コンビニに向かう二人と別れ、家を目指す。途中で明日、朝練があることを思い出し、少し憂鬱な気持ちになりながらバイクを走らせた。
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