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5 嵐の夜の諍い

5-1. 嵐の夜の諍い

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ニトゥリーは何度目かの街道の駅への寄り道に、いい加減堪忍袋の緒が切れかかっていた。
両手いっぱいにご当地名物を抱え、口の周りをソースで汚しているウィステリア課長(仮)に、そろそろ手が出てもおかしくない。
とりあえず、突き出た腹を凹ますくらいの腹パン決めておくかと、青筋を浮かべていたところに、トイレからイフェイオンが戻って来る。

「お前のう、腹壊し過ぎよ」
「誰のせいだと思っているんだ、その殺意に満ちた魔力を収めるくらいの配慮をみせたらどうなんだい、キミ?」
「まあまあ、君たち同期だからって、遠慮が無さ過ぎるなあ。そろそろ、仲よくしたらどうなんだね」
「うるせえよ」
「引っ込んでいてくれたまえ」
ニトゥリーとイフェイオンがそれぞれ言う。
「おや、君たち、上司にその言葉遣いは一体どういう事なんだね?」
「ウィステリア君、まさかとは思うが、キミは今、役職を外された、単なる平の担当官に過ぎないことを失念していないだろうね? ええ?」
「階級が一緒だからのう、役職がないあんたよりも俺たちの方が今は上ってことよ、次に馬車を止めよったら、歯一本もらうとするかのう」
ニトゥリーとイフェイオンがウィステリアに言う。
「ちょっと、チャイブ君もこの二人に何とか言ってくれないかね」
御者をさせられている、魔法安全対策課の課員のチャイブは青ざめた顔で、首を振る。
「申し訳ございません、ウィステリアさん、次は馬車をお止めできませんので」
ニトゥリーとイフェイオンの圧を感じ、チャイブは胃の上を擦る。
「オラ、さっさと行くぞ、このままじゃ、イヲンに着くのが夜中になってしまうわ」
「チャイブ君、出来るだけ飛ばしてくれたまえ、早くしないと嵐が来るようだ」
イフェイオンは遠くの空を見て、憂鬱そうに言った。
「君たち、旅はもっと楽しまないと」
「旅じゃねえ!」「旅じゃない!」
またしても、ニトゥリーとイフェイオンの声が重なる。

ニトゥリー達四人は、吸血鬼の出没情報が出たイヲンの街に向かっていた。
このメンバーが調査隊となったのは、精神を乗っ取られて箱を開放するきっかけを作るという失態を犯したウィステリアと、箱の管理担当者であったイフェイオン、それに体を乗っ取られて、最終的に吸血鬼と取り逃がしたとされるニトゥリーが責任を問われての事だった。
ウィステリアに至っては、今回の任務で吸血鬼の捕獲を成功させるなどの何らかの功績が上がらなかった場合、役職剥奪の上、地方への異動となる局面にあった。
イフェイオンは、吸血鬼を絶対に回収しなくてはならないという思いと、ウィステリアの役職復帰は断固反対というジレンマを抱えている。
三人は馬車に乗り込んで向かい合わせで座り、チャイブは御者席で馬車を出発させる。
イヲンの街が旧市街となった理由は、交通の不便さが挙げられる。
もともと、第九領の領主が住むサジタリアス城の城下町として栄えていたが、隣の第七領の鉱山から、飛行竜の好物であるエメラルドに似た緑色の鉱石が採掘されるようになり、飛行竜の暴走を抑えるため、第七領自体が飛行禁止区域となり、飛行竜を近寄せないために厳重な空壁が設けられていた。第七領の手前か、迂回した第九領の現在の中心街付近にしか竜舎がないため、王都からイヲンへは、第七両手前の竜舎から街道を通り馬車で行く方法が取られる。
ニトゥリー達も、第七領手前の街にある地方の警察署で、二頭立て六人乗りの警察用の馬車を借りて、第七領の街道をイヲンに向かって走らせていた。
第七領は、飛行竜が使用できない事や、鉱石の輸送のために街道が発達しており、道の駅も充実し、それが観光資源ともなっている。だが、そのせいでニトゥリー達は、ウィステリアに道草を食わされて、遅々としてイヲンに辿り着けないでいた。
第七領を抜けると、途端に街道は荒れて、道は山岳地帯へと伸びていく。
峠に差し掛かったあたりから、イフェイオンの予想通り雨が降り出し、時折山が動くような地鳴りが響き、これ以上の前進は危険だと判断されるほどに雨脚が強まってきた。

「何処か開けた場所で馬車を停めて、嵐をやり過ごした方がいいようですね」
イフェイオンの提案に、ニトゥリーも同意する。
「ああ、このまま峠越えは難しいかもしれん」
片側は切り立った崖となる道が延々と続くため、脱輪したら命がない。
辺りはすっかり暗くなっていて、雨で視界も悪く、御者席にいたチャイブを馬車の中に入れ、ニトゥリーとイフェイオンが御者を代わって、ニトゥリーが光り魔法で辺りを照らし、イフェイオンが土属性魔法で、雨でぬかるんだ道を硬質化させて整えながら、開けた場所を探す。
ニトゥリーは、ふと崖下に広がる暗い森を見て「この下は、例の精霊の森かも知れんのう」とイフェイオンに言った。
「そうかもしれません。となれば、イヲンの街も近いはずですが、このまま雨の中を走り続けるのは、やはり危ないでしょう」
「確かに、馬が雷に驚いて跳ねよるから、停めてやらんと危ないのう」
馬車全体に雨避けの魔法の装置を起動させているとはいえ、まるで滝の中を進むような状況と雷鳴に、ニトゥリー達は、崩れなさそうな広い場所が見つかったら、すぐにでも馬車を停めようと探した。
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