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4 昼と黄昏の兄弟
4-1. 昼と黄昏の兄弟
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吸血鬼騒動から数日、ソゴゥは久しぶりの午前休暇で、溜まっていた洗濯物の片付けに取り組んでいた。
洗いあがった物を干す作業を終え、テラス一体を埋め尽くす服やシーツ、枕カバーそれに布の靴を満足げに眺めると、コーヒー休憩に居間へと戻る。
司書服は水で洗ってはいけないようで、ここへ来た当初から樹精獣達が回収してクリーニングしてくれている。
今も向かいのソファーでナタリーが、司書服の毛玉を取って、繊維の方向を整えるようにブラッシングしてくれている。ナタリーの様子を見ていると、ナタリーの腕から抜けた毛が司書服に付いているのに、付いた毛は司書服に溶ける様に同化していく。
司書服は、樹精獣の毛で出来ているのだろうか?
それに、どうやって肉球で、洋服ブラシを持っているのか不思議でもある。
あまり見過ぎていたせいか、ナタリーが恥ずかしそうに、両前脚で顔を隠した。
「ごめん、じっと見過ぎちゃったね。いつもありがとう」
ナタリーの横には、黒い司書服をブラッシングしているヨルが居る。
ヨルは自分でやらされているようだ。
この悪魔も、俺が魔導書で召喚した際に、その体はイグドラシルの聖骸で構築されたようだから、イグドラシルの樹精獣たちとは兄弟のようなものなのだろう。
樹精獣たちがヨルに遠慮がないのは、自分たちの仲間と思っているからなのかもしれない。
そんな樹精獣たちも、ここのところ元気がない。
集まって深刻そうな顔で何かを話し合っている姿を、しばしば見かける。
恐らく、第九領管轄の森の樹精霊が亡くなられたのが原因だろう。
樹精霊の宿る木は、雷を受けても、山火事にあっても、その木だけは耐え残るほど頑丈で、樹精霊は宿る木があれば不死身の存在なのだが、この精霊の森の樹精霊は特殊で、宿木を持たず、森の樹木の粋を核に顕現していた。それが、核だけを残して、精霊が消されてしまったのだという。
この樹精霊に仕えていた樹精獣たちの悲嘆が、イグドラシルの樹精獣達にも伝わってきているのだ。
彼らの情報伝達方法は不明だが、ソゴゥに情報が伝わる前から、樹精獣達が既に落ち込んでいたので、彼らの方が早く知っていたのだと思う。
今度、彼らの好物を持って、第九領の森に行ってみるかな。
ソゴゥは居間で寛ぎながら、エルフコーヒーを飲んで、これ以上ないほど気を緩めていた。
窓辺に、水色の鳥が来るまでは。
ニャッ、ニャッと小さな樹精獣達が、手紙鳥が来たことを知らせる。
あの色のふくよかな丸い鳥は、イセトゥアンが王宮関連の業務連絡として使っている鳥だ。
ソゴゥが鳥を手に乗せると、水色の鳥が手紙に変わる。
「今日の午後、ガルトマーン国の国賓を連れてイグドラシルの見学に行くので、対応よろしく」
「それだけであるか?」
「うん、詳しい時間もなければ、人数も、ガルトマーン国のどの立場の人が来るかも書いてない」
ニャッツ、ニャニャっと、イーサンたちが騒いでいるので、窓辺を見ると、更に二羽の水色と黄色の鳥が来ていた。
ソゴゥはまた、鳥を手に乗せる。
「すまん、まだ書いている途中で、飛んでった。ガルトマーン王国の王位継承権第十三位のカルラ・ガルトマーン王子を連れていく、時間は十三時頃になるだろう」
「もう一羽は、何て書いてあるのだ?」
ソゴゥは一緒に来た黄色の一羽を手に乗せる。
「マグノリアが、今夜来て欲しいとの事だが、どうする? って、ヨル、いよいよ、モデルの仕事が入ったんじゃないのか?」
「うむむ、これもエルフの勉強と思う事にしよう」
ソゴゥはナタリーが綺麗にしてくれた司書服を受け取ると、袖を通して、ヨルを伴って司書長のいる階に移動した。
司書長のサンダーソニアは、夏の納涼祭と称した、少し涼しくなる内容の民話や小説、子供向けにはお化けの絵本を集めた特設コーナーの確認に一階を移動していた。
エントランスホールには、天上からは夏の風物詩が描かれた長い垂れ幕が下がり、前大司書が季節を大切にして来た習慣が引き継がれている。
一階の、エントランスホールから直ぐの親子向けの読み物が置かれた書架辺りで、サンダーソニアを見かけ、ソゴゥはガルトマーン国の国賓の来館があることを伝えた。
「来客応対は私の方で引き受ける。奥の応接室を借りるが、何か問題があるだろうか?」
「いえ、応接室は、本日は使用予定がありませんので、大丈夫です。他の司書達には、私より通達しておきます。館内の案内をされる予定でしたら、やはり第三区画の神殿書庫と、第一のせせらぎの間、第二区画の迷宮書架などが良いかと」
「ああ、そうだな、向こうの希望を聞きながら、その辺りに連れていこう」
ソゴゥはサンダーソニアに各員の通達を任せ、十三時前に正面入口にレベル4以上は集まるように伝えた。
図書館というか、テーマパークの様だとソゴゥは相変わらず思う。
王宮の馬車がイグドラシルの敷地正面口に到着し、そこから公園を突っ切って、国立図書館建物入口前に整列する司書達の元へ、王宮騎士団、特務隊隊長のイセトゥアンが、ガルトマーン国の王族を伴ってやって来た。
ソゴゥが前に出て、イセトゥアンの隣にいる有翼人の青年の前に立つ。
「ようこそ、遠いところをお越しくださいました。私は、イグドラシル第一司書のソゴゥです。本日は私が館内をご案内させていただきます」
ソゴゥは、カルラ王子を見て、そして喉で空気を潰すような妙な音を立てた。
「これは、噂に名高い第一司書殿、私はカルラ・ガルトマーンです」
カルラ王子が差し出す手を、ソゴゥは何とか受け取って握った。
洗いあがった物を干す作業を終え、テラス一体を埋め尽くす服やシーツ、枕カバーそれに布の靴を満足げに眺めると、コーヒー休憩に居間へと戻る。
司書服は水で洗ってはいけないようで、ここへ来た当初から樹精獣達が回収してクリーニングしてくれている。
今も向かいのソファーでナタリーが、司書服の毛玉を取って、繊維の方向を整えるようにブラッシングしてくれている。ナタリーの様子を見ていると、ナタリーの腕から抜けた毛が司書服に付いているのに、付いた毛は司書服に溶ける様に同化していく。
司書服は、樹精獣の毛で出来ているのだろうか?
それに、どうやって肉球で、洋服ブラシを持っているのか不思議でもある。
あまり見過ぎていたせいか、ナタリーが恥ずかしそうに、両前脚で顔を隠した。
「ごめん、じっと見過ぎちゃったね。いつもありがとう」
ナタリーの横には、黒い司書服をブラッシングしているヨルが居る。
ヨルは自分でやらされているようだ。
この悪魔も、俺が魔導書で召喚した際に、その体はイグドラシルの聖骸で構築されたようだから、イグドラシルの樹精獣たちとは兄弟のようなものなのだろう。
樹精獣たちがヨルに遠慮がないのは、自分たちの仲間と思っているからなのかもしれない。
そんな樹精獣たちも、ここのところ元気がない。
集まって深刻そうな顔で何かを話し合っている姿を、しばしば見かける。
恐らく、第九領管轄の森の樹精霊が亡くなられたのが原因だろう。
樹精霊の宿る木は、雷を受けても、山火事にあっても、その木だけは耐え残るほど頑丈で、樹精霊は宿る木があれば不死身の存在なのだが、この精霊の森の樹精霊は特殊で、宿木を持たず、森の樹木の粋を核に顕現していた。それが、核だけを残して、精霊が消されてしまったのだという。
この樹精霊に仕えていた樹精獣たちの悲嘆が、イグドラシルの樹精獣達にも伝わってきているのだ。
彼らの情報伝達方法は不明だが、ソゴゥに情報が伝わる前から、樹精獣達が既に落ち込んでいたので、彼らの方が早く知っていたのだと思う。
今度、彼らの好物を持って、第九領の森に行ってみるかな。
ソゴゥは居間で寛ぎながら、エルフコーヒーを飲んで、これ以上ないほど気を緩めていた。
窓辺に、水色の鳥が来るまでは。
ニャッ、ニャッと小さな樹精獣達が、手紙鳥が来たことを知らせる。
あの色のふくよかな丸い鳥は、イセトゥアンが王宮関連の業務連絡として使っている鳥だ。
ソゴゥが鳥を手に乗せると、水色の鳥が手紙に変わる。
「今日の午後、ガルトマーン国の国賓を連れてイグドラシルの見学に行くので、対応よろしく」
「それだけであるか?」
「うん、詳しい時間もなければ、人数も、ガルトマーン国のどの立場の人が来るかも書いてない」
ニャッツ、ニャニャっと、イーサンたちが騒いでいるので、窓辺を見ると、更に二羽の水色と黄色の鳥が来ていた。
ソゴゥはまた、鳥を手に乗せる。
「すまん、まだ書いている途中で、飛んでった。ガルトマーン王国の王位継承権第十三位のカルラ・ガルトマーン王子を連れていく、時間は十三時頃になるだろう」
「もう一羽は、何て書いてあるのだ?」
ソゴゥは一緒に来た黄色の一羽を手に乗せる。
「マグノリアが、今夜来て欲しいとの事だが、どうする? って、ヨル、いよいよ、モデルの仕事が入ったんじゃないのか?」
「うむむ、これもエルフの勉強と思う事にしよう」
ソゴゥはナタリーが綺麗にしてくれた司書服を受け取ると、袖を通して、ヨルを伴って司書長のいる階に移動した。
司書長のサンダーソニアは、夏の納涼祭と称した、少し涼しくなる内容の民話や小説、子供向けにはお化けの絵本を集めた特設コーナーの確認に一階を移動していた。
エントランスホールには、天上からは夏の風物詩が描かれた長い垂れ幕が下がり、前大司書が季節を大切にして来た習慣が引き継がれている。
一階の、エントランスホールから直ぐの親子向けの読み物が置かれた書架辺りで、サンダーソニアを見かけ、ソゴゥはガルトマーン国の国賓の来館があることを伝えた。
「来客応対は私の方で引き受ける。奥の応接室を借りるが、何か問題があるだろうか?」
「いえ、応接室は、本日は使用予定がありませんので、大丈夫です。他の司書達には、私より通達しておきます。館内の案内をされる予定でしたら、やはり第三区画の神殿書庫と、第一のせせらぎの間、第二区画の迷宮書架などが良いかと」
「ああ、そうだな、向こうの希望を聞きながら、その辺りに連れていこう」
ソゴゥはサンダーソニアに各員の通達を任せ、十三時前に正面入口にレベル4以上は集まるように伝えた。
図書館というか、テーマパークの様だとソゴゥは相変わらず思う。
王宮の馬車がイグドラシルの敷地正面口に到着し、そこから公園を突っ切って、国立図書館建物入口前に整列する司書達の元へ、王宮騎士団、特務隊隊長のイセトゥアンが、ガルトマーン国の王族を伴ってやって来た。
ソゴゥが前に出て、イセトゥアンの隣にいる有翼人の青年の前に立つ。
「ようこそ、遠いところをお越しくださいました。私は、イグドラシル第一司書のソゴゥです。本日は私が館内をご案内させていただきます」
ソゴゥは、カルラ王子を見て、そして喉で空気を潰すような妙な音を立てた。
「これは、噂に名高い第一司書殿、私はカルラ・ガルトマーンです」
カルラ王子が差し出す手を、ソゴゥは何とか受け取って握った。
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