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3 真夜中の攻防

3-1. 真夜中の攻防

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地下四十メートルに位置する、隔絶された空間。ここで、海底より引き上げられた、謎の箱の調査が開始されていた。
この箱が海底にどれだけの期間置かれていたのかは不明。
箱には、傷や汚れ、海洋動植物類の付着や、劣化、腐食などが見られない。
先ずはこの箱を解析し、中のモノがどういった性質のものであるか推測する。また可能であれば、黒い箱を再現した部屋を作り、その中で箱の中の脅威が確実に外へ漏れないよう、慎重に中身の調査を行っていく。
箱には蓋やつなぎ目がなく、海底にあった状態のまま運び込まれて置かれているため、これが正しい上下かも不明であり、これを開ける方法もまた不明である。
今は、箱の表面に刻まれた文様の状態を細部まで写し取り、イグドラシルのデータと照合して、何時、何処で、どうゆう目的で作られた物かを調べるための作業が行われている。
作業は四人一組のチームとなり交代で行われ、二人が箱の写し取り作業を行い、一人が同じ空間で二人の監視を行う。
外的な魔力を遮断する防護服とマスクとゴーグルを着用しているとはいえ、箱に近寄って作業する者にどのような影響が出るか分からない。そのため、一人が箱から離れた場所で、箱と共に二人の様子や体調を見守る役割だ。
空間には、一つだけドアがあり、そこから地上までの昇降機がある。
昇降機までは橋を渡る必要があり、人がこの空間から退出すると、この橋が昇降機側に折りたたまれて格納され、空間からの移動手段が無くなる。
また、この昇降機までの竪穴には、飛行魔術を阻害する魔術符が設置されている。
そして四人目の一人が昇降機に待機しており、状況を定期的に地上の研究室に連絡する係となっていた。
ドアは一つだが、昇降機は三台があり、一台は作業の間必ずこの場に停止し、二台は物資搬入用や、緊急用として利用されている
調査は交代制で行われるため、夜間も続けられる。
夜半から深夜にかけての時間帯の担当となり、深夜に差し掛かるこの時間、魔法安全対策課、第一班の班長のイフェイオンは作業を行っているグループに加わっていた。
イフェイオンは、どちらかと言うと、閉塞した空間にいるとう状況は得意ではない。
だが今回の大任に、手指の毛細血管の位置が分かるほどの興奮状態が、箱を見る度に起こり、恐怖を克服し、この場で部下である作業員を監視していた。
警察学校で同期だったニトゥリーのような化け物じみた魔力や、特異な魔術があるわけではないが、微に入り細を穿つ性格と、誰よりも臆病で慎重であることを長所とし、業務の成果へ繋げるように努力して、ここまでやって来た自負がある。
箱をこの施設に搬入する際に、些か舞い上がってしまったことは認めるが、これからは油断せず、焦らず慎重にこの箱の中身の調査を行っていく。
箱にはびっしりと文様が刻まれており、たった五センチを写し取るにも数時間を要する。
作業員は、箱の左右に別れ一人ずつ行う。また、正確を期すために写し取ったものを交換して確認する作業もあり、ゴーグルには物を拡大して明るく映す機能があるが、それでもここ最近の作業員の眼精疲労が半端ないようだ。
イフェイオンは、ドアの外側から橋を誰かが渡って来る音を聞き、何事かとそちらに目を向ける。
ここへは、作業員以外の立ち入りが禁止されている。
見ると、予備の昇降機でやってきたのは、魔法安全対策課のウィステリア課長で、彼が橋をこちらに歩いて来るところだった。ウィステリアはイフェイオンの上司に当たる人物だ。

「課長、いかがなさいましたか?」
イフェイオンは咎めるように問う。
何かあったとしても、昇降機で待機している連絡係に話を通すのが決まりだからで、課長といえども、勝手にここへ立ち入ることは出来ない。
「非効率だ」
「は?」
ウィステリアはイフェイオンの元まで来ると、繰り返した。
「実に、非効率だと思わないかね?」
「この作業についてでしょうか? でしたら、既に何度も検討して決定したことです」
警察機関での上下関係は絶対で、部下が上司にものを言う事はまずないが、それでもイフェイオンは、言葉に反抗的な色を加える。
「こんなものは、全く同じてなくても、だいたいの輪郭を写し取って、それに類似したものを手当たり次第探した方が、ずっと効率がいいだろう?」
「ご意見は上に戻ってからお伺いいたします。ですから、この場からは速やかに退出なさってください」
不確定要素をこの空間に持ち込むのは、上司と言えど許しがたい危険行為であると、イフェイオンは毅然と退場を促す。
こんな夜中に、この危険物を扱う最重要拠点へ連絡もなくふらりとやって来ること自体が、懲戒ものなのだ。それに、ここの指揮管理はイフェイオンが担っており、その上司であるウィステリア課長は相談を受けるか、責任を負うかの役割でしかない。
不意に、ウィステリアの腕がイフェイオンに伸びる。
イフェイオンは躱して、後方に飛びずさった。
「課長、どういう事です?」
異変に気付いた作業員がこちらにやって来て、そして、イフェイオンを羽交い締めにして押さえつけた。
「おい! 何をする! お前たちまで、一体どうしたんだ!?」
突然侵入して来たウィステリアを押さえつけるのなら分かるが、作業員の二人がイフェイオンを押さえつけ、そして、床に膝をついたイフェイオンは、その時初めて床が、床材と同色の砂粒に覆われていることに気付いた。

何だこれは、一体どこからこんなものが。
目の前のウィステリアが、イフェイオンの後方にある箱を指さして笑った。
「早い話、これを開ければいいのではないかね? 中身が分かればいいんだからさあ、こんなにきっちり調べるから課員たちの業務量が減らないんだよ。いつも、『お前のところの残業は、何とかならないのか』と、上から喧しく言われていてねえ、胃は弱るし、食欲はなくなるしで、こんなに痩せちゃったよ」と、丸くせり出た腹を擦りながら、ウィステリアが言う。
振り返ると、一人の作業員が箱の表面を手で触れている。
「やめろ!!」
イフェイオンは自分を押さえつけている部下を弾き飛ばすと、ウィステリアをドアの向こうに蹴り飛ばして、ドアを内側から閉める非常用ボタンを押した。
外に繋がる部屋の穴は、一瞬で厚く重い強化金属によって閉ざされ、この空間と外界を遮断した。
空間には、二人の作業員とイフェイオンが取り残された。
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