上 下
10 / 42
2 最新ファッション探訪

2-6. 最新ファッション探訪

しおりを挟む
「では、マグノリアさん、実際にお見せしましょう。イセ兄と、ダリアさんも手伝ってください」
「おう」
「私に出来る事なら」
「マグノリアさん、ちょっと家具の位置を変えさせていただきますね」

ソゴゥは言い、銀色のテーブルをマグノリアの執務机の後の壁に立てかけ、ボルドー色のソファーを壁側と、マグノリアの執務机側に離して向かい合わせに置き、中央に人が二人重なって通れるほどのスペースを作った。
マグノリアとダリアはぽかんとして、家具がもともとそこにあったかと言うように瞬間移動したのを、呆然と眺めた。
「とりあえず、ヨル以外の皆さんは、そのソファーに二手に分かれて座って下さい。これからヨルが、その端から、皆さんの前まで歩いて来ますので、その歩き方をよく見て、イセ兄とダリアさんは、後で同じように歩いてください」
ソゴゥはヨルに、前世のファッションショーの映像を送り、ランウェイを歩くモデルを真似して、部屋の端から皆の前まで歩いて止まり、また壁まで戻るように指示した。
「ただ、歩いてくるだけだろ? 見なくてもできるが」
「ヨルの歩き方を見てから言って」とソゴゥは、イセトゥアンの隣に座った。
『じゃあ、はじめて』と、ソゴゥはヨルに意思を伝える。
ヨルが皆の前に歩いて来て止まり、その場で左側に視線を送り、右を一瞥したあと出した足を引いてそれを軸に方向転換をして壁側に戻って行く。
「できる?」
「お、おお、なんか、歩いているだけだが、人目を惹くな」
「スタイルの良さだけでなく、姿勢、歩幅、速度、そして表情。すべてで、ストーリーを作っているのね」
「話が早い。まさにその通りです、もう二三往復してもらうので、二人はイメージを頭に叩き込んで、細かな修正は、実際に歩いてもらいながらやるから」
「お前ってさあ、その発想どこからくるわけ?」
「俺の発案じゃないよ、イセ兄も知っているけど忘れているだけだ」
「いや、俺は見たことないけど、あったかな」
ヨルの見本を元に、イセトゥアンとダリアにソゴゥは指導を重ねる。
視線は誰かを見るんじゃなくて、遠くに。
顔は喜怒哀楽を乗せなくていい、見ている側が想像できるように、無表情で構わない。
反転するときに、体がブレたら台無しだ。
止まるときはピタッと止まれ。
顔を上げて、顎を引いて遠くを見て、背筋を伸ばせ。
おい、お前らやる気あるのか? そんなんでショーに出られると思うなよ?
最終的に、イセトゥアンには覚えがある鬼コーチのソゴゥの怒声が飛び「いいだろう」とソゴゥが頷いた時には、達成感の様なものまでこみ上げていた。
「マグノリアさん、何か衣装を二人に貸していただけますか?」
「ええ、あるわよ沢山! どれを着てもらおうかしら?」
「今日はもう時間も遅いので、一着でお願いします」
「ヨルと、お前は着替えて歩かないのか?」
「俺とヨルは舞台装置だから」
「え?」
「いいから、着替えてこい」
ソゴゥは衣装を着た二人を壁側に立たせ、マグノリアを観客としてソファーに座らせた。
ヨルは二人のいる壁の脇に、ソゴゥは二人とは逆側の壁に立った。
「では、いよいよファッションショーを始めますね、マグノリアさんこの部屋の照明を落としてもらえますか?」
ソゴゥは前もって、光魔法で明かりを配置しておいた上で、マグノリアに部屋の照明を落としてもらった。
「一度部屋を真っ暗にするから、その後、光が差したら、二人は練習の通りイセ兄から歩いてきて、二三往復してね。あと、何があっても驚かないように」
「え、ああ、わかった」
「分かりましたコーチ」と、ダリアはすっかりソゴゥの教え子だ。
ソゴゥが光り魔法を解除し、明かりが全て消えて真っ暗になる。
その後、スポットライトの様に壁に立つイセトゥアンに照明が当たり、イセトゥアンが歩くと同時に、聞いたこともない腹の底に響くような重低音と軽快な音楽が空間を包み、光は歩くイセトゥアンを捉えたまま、移動してくる。
イセトゥアンが、中央でポーズを決め、反転するとダリアがこちらに向かって歩き始める。
その足取りは、音楽が無かった時よりずっと生き生きとして、無表情が神秘的なのに蠱惑的だ。そして細く青白い光が何本も矢のように降り注いでは、音楽に合わせ、天上と床を貫いて広がったり閉じたりしている。
あっという間にショーが終わり、音楽が止んで辺りが明るくなる。
ソゴゥが、照明を付けたのだが、そうしないと、いつまでもマグノリアが放心していて、部屋が暗いままだった。
「どうでしたか、ファッションショーは?」
ソゴゥのドヤ顔の横で、我の主を褒め称えよと言わんばかりのヨルがいる。
「そうね、ちょっと、そうね、どうしましょう」
まとまらない言葉を呟きながら、まだ興奮状態から醒めやらないマグノリアに、ダリアはとにかく胸が熱くなったと、恋する少女のように目を輝かせている。
「こういう売り方も考えてみてください」
「え、でもこれは貴方の商品となるものだわ」
「いえ、僕は公務員ですので、服飾系の起業は考えていません、ああ、四番目の兄は狼の毛織物産業を始めようとしているようなので、その時は力を貸してあげてくれたら嬉しいです。それと、イセ兄とヨルはお約束の通り、ちゃんとモデルを務めますので、時間と場所が決まったら、僕にお知らせください。首根っこ引っ捕まえて連れていきます」
ソゴゥはイセトゥアンをちらりと見て言った。
「ああ、ソゴゥ様、貴方は本当にすごいわ、普通のエルフとは全く違うのね。イグドラシルの最高レベルの司書と聞いていてもピンとは来なかったけれど、こうして目の当たりすると、その実力が奇跡のようだとわかるわ」
「そうだ、もっと褒めるがよい」
ヨルが誰よりも嬉しそうで、ソゴゥとイセトゥアンは顔を見合わせて笑った。
ソゴゥは帰り際に、衣装のデザインチェックのお願いを念押しして、家具の位置を戻してから夜遅くにようやくマグノリアのデザイン事務所を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

異世界転生者の図書館暮らし2 おもてなし七選

パナマ
ファンタジー
「異世界転生者の図書館暮らし モフモフと悪魔を添えて」の続編。図書館に現れる少女の幽霊、極東で起きた、長く悲惨な戦争、ヨル(図書館の悪魔)の消失。それらは全てソゴゥを極東へと導いていく。

処理中です...