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1 悪夢と海底の箱

1-4. 悪夢と海底の箱

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煙る雨の向こう、海底より引き上げられる対象物を視認した。魔力検知の計器が大きな魔力を表示している。
このまま何もなければいいが。
空の暗さと距離から、箱の素材までは確認できないが、黒く鉄のように硬質な何かで出来ているように思える。
ミトゥコッシーは、海面より持ち上げられたその箱に言い知れぬ不安を覚えた。
箱は問題なくサルベージ船の船上に引き上げられ、ケースの中央に静かに置かれる。箱が収まると同時にケースが折りたたまれていき、四角い箱状に変形して黒い箱を包んだ。
これでもう、箱は見えなくなり、魔力検知の計測値も、自然界にある正常な数値へと戻った。
各船舶がセイヴ港へ帰港を開始する。
ミトゥコッシーはサルベージ船を見据えたまま、市街で夜半から警護の任に就くニトゥリーに意思を飛ばす。
双子であるミトゥコッシーとニトゥリーは、お互いの位置に関係なく意思を伝えあう特殊能力を持っている。

『おい、起きとるか?』
『なんや、こんな真昼間の業務時間中に寝とると思っとったんかい』
『お前、偶に夢の印象を飛ばしてくることがあるやろ? さっきも何かモヤモヤした暗い夢のイメージが飛んで来とったで』
『ああ、あれか、あれは俺にもようわからん。ところで、何かあったんか?』
『お前のとこの地下施設に運び込む、例の海底にあった箱がのう、さっき引き上げが完了して、いよいよ運び帰る事になったんじゃが、あれはマズいのう』
『どうマズいんよ』
『漏れ出とる魔力だけでも、全軍で対抗できるか危うい所や。あれが、箱から解放されよったら、手が付けられん』
『そんなにか』
『そやな、ソゴゥが正気を失って、イグドラム国に宣戦布告して来たと想像してみ?』
『そうなったら、俺はソゴゥにつくわ』
『それは俺もや、ってそうやない、そんぐらいヤバイもんが入っているってことやから、警察機関では慎重に扱えいう警告や』
『そんなこと俺に言われてものう、箱の担当は別の部署やしな、そこの担当官は俺と同期で、犬猿の仲や、俺の言葉はかえって逆効果になるかもしれんのう』
『だったら、そいつが耳を傾けそうな相手に、この事を伝えてもらいや、俺はさっきから鳥肌がおさまらんし、それにな、お前の夢の印象のせいか、嫌な予感がするんよ』
『さっきみとった夢はのう、ソゴゥの夢やったんや。あれに限って何かあるとは思えんが、そうは言うても、あいつも生身のエルフやからな、いくら魔力量が化け物で、特殊な魔術を使えても、怪我はするし、不死身ではないからのう』
『司書のくせに、過去に二度も最前線に送られとるしのう』
『イグドラシルは、ソゴゥをこき使い過ぎよ』
『それな』
ミトゥコッシーはニトゥリー伝えるべきことを伝えると、意識を任務に集中させた。

深夜になり、セイヴ港に帰港した船から箱を収めたケースが運び出され、輸送が開始された。
雨がそぼ降る中、ニトゥリーは最終的に箱が保管される地下施設の正門前で、他の警護担当と共に箱の到着を待っていた。
すでに深夜を過ぎているのにもかかわらず、この付近を徘徊していたエルフを警邏が保護して、別の場所に移動させていた。
ニトゥリーは雨に洗われた真っ直ぐ伸びる暗い道の果てを見据えながら、あの奥から青白い馬が「死」を連れてやってくるところを思い浮かべた。
そんな描写がエルフの神話にでもあったのだろうかと思い起こしても、記憶の元に辿り着くことはなかった。

「班長、来たっすよ」
直ぐ側で控えるピラカンサスが、オレンジの瞳を光らせる。
「おう、運送馬車だけじゃなく、周囲への警戒も怠るなよ」
箱を積んだ馬車の左右に、大魔術師と団長クラスの王宮騎士が馬で並走する。その後方を物騒な兵器を積んだ陸軍の軍馬が付き、前方を警察機関の担当官が先導する。
この位置からでも、先頭を走るイフェイオン担当官の得意な顔が見て取れる。
アホが、もっと深刻な表情でおれや、舐めとるんか?
ニトゥリーは同期の担当官の表情に苛々しながらも、ミトゥコッシー同様に全身が粟立つのを感じた。
やがて、馬車が施設へと到達し正門が開かれ、滞りなく建物内に持ち込まれた。
正門付近でニトゥリーとすれ違う際、イフェイオン担当官はまるで勝ち誇ったような顔をこちらに向けた。
こいつ、どうかしているんじゃねえのか? この箱の恐ろしさを理解していないのか?
ニトゥリーは箱の恐ろしさと同様に、イフェイオンが無能であった場合の恐怖を同時に感じていた。正しく箱の危険性を理解している者が担当していないと、取り返しのつかないことになるからだ。
やがて、護衛の大魔術師と王宮騎士、警察関係者以外は、建物の外で施設の最下層の保管室に格納が完了するまで待機となり、その待機命令も、箱が運び入れられて三十分程で解除された。箱が無事、厳重な場所に安置されたことを意味している。

「これで、お役御免っすね、けど、あれはないっすね~、おっかなくて通り過ぎる時、息止めてましたよ~」
ピラカンサスがほっと息を吐き、ニトゥリーに言う。
「あれの恐ろしさを、魔法安全対策課のイフェイオン班長殿がどれだけ理解しておられるかのう」
「まさか、あの尋常じゃない禍々しさを、担当官が理解していないなんてことないっすよ」
「お前、さっきあのエリート意識高めの男が、俺に向けた顔を見とらんかったんか?」
「息止めるのに集中してました」
「それならしょうがないのう」
「けれど、箱の中から出てくるのが、災厄ばかりとは限らないんじゃないっすかね」
「楽天的よのう、あの禍々し気配を感じとろうが」
「箱を開けるまでは、まだ必ずしも悪の性質であるとは断定できないっす」
「確かに善悪は相互の都合で決まるんやろうが、エルフにとって良いものかもしれんと信じるより、悪いものかもしれんと疑うわ。俺は、最悪の度合いを減らすことをまず考える」
「でも、班長は、信じる人だと俺は知っているっす。だから、きっと不幸なことなんて、起こりませんて」
ニトゥリーは横にいるピラカンサスの顔を見た。
「俺はそんな不安な顔をしとったかのう?」
「今日の昼辺りからずっと」
「そうか」

ニトゥリーは、降り続く雨空を見上げ「俺の勘は当たるんよ、今回ばかりは外れるといいがのう」と誰ともなしに呟いた。
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