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1 悪夢と海底の箱

1-2. 悪夢と海底の箱

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現在この課の室内には、九人のうち五人おり、残りの四人は調査に各地に赴いていた。

「イヲンの調査に向かったストークスとセージからの報告ですが、自身の思考の鈍化兆候ありとのことです。そのため、一人が街へ、もう一人は街の外へ待機して交代で調査を続けているとの事です」
「そんならローレンティア、二人にはイヲンで起きている現象の範囲、発生時期、原因を特定するよう伝え、手に余るようなら離脱してこっちに戻るよう言いや、今後も連絡を密にせい。ピラカンサスとコリウスは思考阻害の対策案をすぐにまとめて、次の課会で報告せい。イグドラシルの助力を得て、類似現象の有無などを確認してもええし、方法は任せるわ。イソトマは、引き続き行方不明者の特定を急げ」
「はい」と勢い良く返事をするローレンティアとコリウスに対し、イソトマは「かしこまりです」とややくだけて、ピラカンサスに至っては「うぃっす」と気の抜けた返事を返す。
「あ、班長、ちょっといいすかぁ?」
ピラカンサスが間延びした声で、ニトゥリーを呼ぶ。
「何や」
「樹精霊殺しの方なんすけど、捜査本部に加わったベルギアとハーデンから、魔族がいた痕跡らしきものを発見したようっすよ、まだはっきりしないんで、確証を得てから班長に報告するって言ってたっす。森に近いイヲンの街も、魔族が絡んでるんじゃないっすかね?」
「それ、先言えや」
「やったの、魔族で決定っすか?」
「まだわからんから調べとるんや。精霊の森は冒険者立ち入り禁止区域や、地元のエルフも許可がないと入れん。精霊消失前後一か月のイグドラム国内にいた冒険者で、旧市街付近を訪れた者はおらん、地元のエルフからの森への立ち入り許可申請もない。まあ、無断で立ち入ったとして、並みのエルフでは精霊を殺すなんて不可能よ」
「不死身に近い聖なる精霊が消滅するのは、輪転サイクルによる自然消滅期か、神聖を失う何かが起きて自ら次元を移動した場合ですね。班長の仰る通り、精霊の神聖を奪うことは、エルフにできることではありませんね」とコリウスが生真面目に言う。
「精霊の神聖を侵すことが出来て、また実行するとしたら魔族だと思うんっすよ。理由はわかんないんすけど。魔族って個人主義で、それぞれの思惑がぶっ飛んでいる上に、自分以外の生物に対する配慮が著しく乏しい種族っすからね。精霊から神聖を奪う術か、武器を用いて、森周辺の浄化を打ち消し、イヲンを乗っ取って、何かしようとしているんじゃないっすかね」
「ピラカンサスの筋読みだが、悪くない。あとは証拠よ。とは言え、まだ予断に捕らわれる時期やない、あくまでいくつかの仮定の一つとして、他の者も己の仕事に当たるようにせい」
「精霊殺しなんて、マジ許せないっすよね、しかも樹精霊。犯人が魔族でなかったとしても、オレ、自主的に極刑下しちゃいそうっす」
「私刑はやめや、俺がお前を逮捕することになるやろが」
「冗談っす」
「ピラカンサスが言うと、冗談に聞こえないんですよね」
イソトマが首を竦める。
童顔で背が低く、ただでさえ年齢不詳なエルフにおいて、さらに実年齢がまったく推測できない容貌であるピラカンサスは、その外見を生かし前部署では専ら単独の潜入捜査をこなしていた。潜入先でのいくつもの危機的な状況において、自分の実力のみで乗り越えてきたベテランであり、かなりの武闘派だ。
のんびりと話すが、性格は苛烈で短気。警察機関所属でなければ、捕まる側のエルフだったであろう気性の持ち主で、ニトゥリーを崇拝しており、ニトゥリーが名指しで首を取って来いと言おうものなら、本当にやりかねない男だった。
ニトゥリーの班員に、ニトゥリーより年下はいないが、皆ニトゥリーを認めている。エルフは実力主義で、年齢関係なく役職や行いでその人物を判断し関係を構築する。
そもそも、長いエルフの一生には、人間で言うところの第二次性徴のような、身体と精神の転換期が十回ほど訪れ、その都度細胞が活性化され、精神が若返ったりするので、実年齢では精神年齢を計ることができないのだ。
「しかし、樹精霊を殺す武器なんてあるのでしょうか?」
ローレンティアの問に、イソトマが肩を竦め同調する。
「異なる樹木に宿ってはいても、樹精霊は全て世界樹の眷属だし、それを害する武器なんて、ちょっと思い付かないな」
「創世記に神を屠るために邪神が用いた武器なら、あるいは」
コリウスが二人に応えるように言う。
「古い神の武器庫にあるといわれとる『世界樹伐りの斧』のことか? 世界樹の神聖を侵し、枯らす武器らしいのう」
「そんなものが、とち狂った魔族の手にでも渡ったりしたらやっかいっすね」
「いや、実在はせん想像上の武器らしい」
「そうなんですか、よかった。そんな物騒な武器があるのも怖いですけど、その武器庫とかというのも、人類には望ましくない響きです」
イソトマがほっとしたように言う。
「だがのう、樹精霊が消された事実は変わらんし、それを成した武器や術が存在し、やった奴が今もこのイグドラム国のどこかにおるということや、己らさっさと結果だしや」
ニトゥリーは先ほどの白昼夢の余韻をぬぐうように、班員に発破を掛け、自分もイヲンの未発生事件に没頭した。
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