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6終わらない夜の歌と、星の巫覡
6- 6.終わらない夜の歌と、星の巫覡
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その場の誰もが、硬直し、口を利くことさえできなかった。
悪魔は時折翼を羽ばたかせ、まるで太歳に聞かせるように正面に浮かび歌い続ける。
太歳の体表に浮き上がってきた黒い部分から、黄緑色の光が見える。
やがて太歳の白い表皮を突き破って、黒い虫の肢の様なものが突き出した。
この大陸のいかなる生物、いかなる魔獣よりも大きな、規格外の虫の肢だ。
まさに一心不乱といった体で、悪魔は旋律を紡ぎ続ける。
それは、妖しさや不浄さを一切感じさせない、崇高な儀式のようだった。
太歳の中から、虫型の魔獣が出現する。
背に幾何学模様の黄緑色の光を放ち、この世でいま、光は、その魔獣の背にある光だけであるかのように輝いている。
完全に太歳の表層を破って、星の船のような巨大な魔獣の全貌が露わとなる。
空に浮かぶそれは、黒く、宇宙のようで、その躰は透けている。
太歳が逃すまいと、白い煙状の触手を伸ばすが、魔獣は複数の肢を、オールのように動かして空を掻き、悪魔のもとへとたどり着く。
そして、その端から黒い躰が増々薄く、透明になり、悪魔の体に触れると同時に眩しい黄緑色の光だけが残った。
光りはやがて照度を落とし、そしてそこに人の形が出現した。
集約した光の中で、悪魔の歌に合わせて踊るように、くるりと宙を返る。
人型の背がフルフルと震えて、羽化したばかりの蝉の羽の様な、透明で黄緑色の光の羽が、いくつも生えた。
確認できる容姿は、白銀の長い髪、羽と同じ色に光る瞳。
まるで、精霊のようだ。
四肢には幾何学模様の緑の光が奔り、その光の模様が生き物のように明滅して流動する。
今度は、一回り小さくなった太歳が、先ほどとは逆に光を避けるように後退する。
悪魔が歌を終えると、金縛りから解けたように、そこにいた者達の体の硬直が解けた。
あれは何だ。
ガルダはその非常に発達した視力で、ヴァスキツとナーランダは、対象の温度でその存在を確認する。
すぐ横で、エルフの二人が驚いたような声を上げる。
「あら、あの子ったら!」
「何であんなところにいるんだ?」
竪穴の真下へと到着する。
地上からの光が差し込むとはいえ、昼間の光とは思えないほどに、暗く、見上げれば空はどんよりと曇っている。
それよりもなによりも、見上げた先に見えるものが、あまりに大きく、あまりに不吉で、世界の終わりを予感させた。
まるで月が落ちてきたかのようだ。
白い球体。
天上は絶え間ない大気の擾乱により、見たこともない色の雷が、網目状に空を奔る。
時折、この地下数百メートルまで大地を揺るがす衝撃が伝わる。
あの巨大な球体の形が変形し、削られているのだ。
「信じられない、誰かが上で太歳に応戦しているようです」
ソゴゥは背筋も凍るような恐怖を感じながらも、上空の戦いに胸が熱くなった。
誰もがその姿に絶望し、抵抗をやめ、希望を捨てるかと思っていたのに、上ではあんなにも激しい攻撃が続いているのだ。
一層激しい衝撃が来た後、数度の爆発が起こり太歳の体から赤い炎が上がった。
「おお! 効いているんじゃないか!」
「あれは、ガルダ王です!」
ブロンとグレナダが興奮して叫ぶ。
真っ赤に燃えた大きな翼が、一回、二回と翻り、太歳の体が抉られ、そぎ落とされた中から、緑色に光るものが垣間見えた。
「案外、あっさりと見付けられたな」
ソゴゥは安堵し、ヨルに見せるためにガイドに先ほどの譜面を映し出して見せる。
「一度見れば、大丈夫である」
「そうか、なら頼むぞ、あのままだと星の魔獣までもが討伐されかねない。あの中から救い出そう」
星蝉である。
「え?」
「どうした、マスター」
「だから、ソゴゥって言えって、今何か・・・・・・声が」
言葉の途中で、ガイドが光りその光に飲み込まれるようにしてソゴゥの姿が消えた。
「マスター!!」
「ソゴゥ!!」
「ソゴゥ様!!」
周囲を見渡すも、付近には土掻竜と自分たちより他はなく、ソゴゥの姿はどこにもなかった。
瞬間移動をした時のように、一気に視界が変わり、ソゴゥは自身の能力の誤発動を疑った。
周囲は一面の花畑で、この雰囲気は以前訪れたことがある。
あの魔獣の中だ。
何処までも続く柔らかな花の奥に、青々とした葉をつけて枝を伸ばす、巨大な樹の姿を見つける。
いつもそばに感じている、イグドラシルのようだ。
吸い寄せられるように、ソゴゥは大樹のもとへとやって来て、その幹に触れる。
何かとても安心した様な、帰る場所に戻ってきたような、静かな気持ちになる。
素剛。
誰かが呼んでいる。
左胸に空いた穴から、赤い血が滴り落ちるも、時間が巻き戻るように血は渇き、穴は塞がり、在りし日の自分の姿がそこにあった。
見上げると、前世で自分の胸を貫いた鉄材が宙で静止している。
これを避ければ、俺は死なないで済むのか。
これを避けてしまえば、太歳はどうなる?
ガルダ王が倒してくれるのか?
ソゴゥは振り返り、青白い顔の数千のナーガ族、兵士や子供たち、見たこともない巨大な獣、森に棲んでいたであろう動物達が佇んでいるのを見て、そして理解した。
このままでは、彼らの命が失われることに。
悪魔は時折翼を羽ばたかせ、まるで太歳に聞かせるように正面に浮かび歌い続ける。
太歳の体表に浮き上がってきた黒い部分から、黄緑色の光が見える。
やがて太歳の白い表皮を突き破って、黒い虫の肢の様なものが突き出した。
この大陸のいかなる生物、いかなる魔獣よりも大きな、規格外の虫の肢だ。
まさに一心不乱といった体で、悪魔は旋律を紡ぎ続ける。
それは、妖しさや不浄さを一切感じさせない、崇高な儀式のようだった。
太歳の中から、虫型の魔獣が出現する。
背に幾何学模様の黄緑色の光を放ち、この世でいま、光は、その魔獣の背にある光だけであるかのように輝いている。
完全に太歳の表層を破って、星の船のような巨大な魔獣の全貌が露わとなる。
空に浮かぶそれは、黒く、宇宙のようで、その躰は透けている。
太歳が逃すまいと、白い煙状の触手を伸ばすが、魔獣は複数の肢を、オールのように動かして空を掻き、悪魔のもとへとたどり着く。
そして、その端から黒い躰が増々薄く、透明になり、悪魔の体に触れると同時に眩しい黄緑色の光だけが残った。
光りはやがて照度を落とし、そしてそこに人の形が出現した。
集約した光の中で、悪魔の歌に合わせて踊るように、くるりと宙を返る。
人型の背がフルフルと震えて、羽化したばかりの蝉の羽の様な、透明で黄緑色の光の羽が、いくつも生えた。
確認できる容姿は、白銀の長い髪、羽と同じ色に光る瞳。
まるで、精霊のようだ。
四肢には幾何学模様の緑の光が奔り、その光の模様が生き物のように明滅して流動する。
今度は、一回り小さくなった太歳が、先ほどとは逆に光を避けるように後退する。
悪魔が歌を終えると、金縛りから解けたように、そこにいた者達の体の硬直が解けた。
あれは何だ。
ガルダはその非常に発達した視力で、ヴァスキツとナーランダは、対象の温度でその存在を確認する。
すぐ横で、エルフの二人が驚いたような声を上げる。
「あら、あの子ったら!」
「何であんなところにいるんだ?」
竪穴の真下へと到着する。
地上からの光が差し込むとはいえ、昼間の光とは思えないほどに、暗く、見上げれば空はどんよりと曇っている。
それよりもなによりも、見上げた先に見えるものが、あまりに大きく、あまりに不吉で、世界の終わりを予感させた。
まるで月が落ちてきたかのようだ。
白い球体。
天上は絶え間ない大気の擾乱により、見たこともない色の雷が、網目状に空を奔る。
時折、この地下数百メートルまで大地を揺るがす衝撃が伝わる。
あの巨大な球体の形が変形し、削られているのだ。
「信じられない、誰かが上で太歳に応戦しているようです」
ソゴゥは背筋も凍るような恐怖を感じながらも、上空の戦いに胸が熱くなった。
誰もがその姿に絶望し、抵抗をやめ、希望を捨てるかと思っていたのに、上ではあんなにも激しい攻撃が続いているのだ。
一層激しい衝撃が来た後、数度の爆発が起こり太歳の体から赤い炎が上がった。
「おお! 効いているんじゃないか!」
「あれは、ガルダ王です!」
ブロンとグレナダが興奮して叫ぶ。
真っ赤に燃えた大きな翼が、一回、二回と翻り、太歳の体が抉られ、そぎ落とされた中から、緑色に光るものが垣間見えた。
「案外、あっさりと見付けられたな」
ソゴゥは安堵し、ヨルに見せるためにガイドに先ほどの譜面を映し出して見せる。
「一度見れば、大丈夫である」
「そうか、なら頼むぞ、あのままだと星の魔獣までもが討伐されかねない。あの中から救い出そう」
星蝉である。
「え?」
「どうした、マスター」
「だから、ソゴゥって言えって、今何か・・・・・・声が」
言葉の途中で、ガイドが光りその光に飲み込まれるようにしてソゴゥの姿が消えた。
「マスター!!」
「ソゴゥ!!」
「ソゴゥ様!!」
周囲を見渡すも、付近には土掻竜と自分たちより他はなく、ソゴゥの姿はどこにもなかった。
瞬間移動をした時のように、一気に視界が変わり、ソゴゥは自身の能力の誤発動を疑った。
周囲は一面の花畑で、この雰囲気は以前訪れたことがある。
あの魔獣の中だ。
何処までも続く柔らかな花の奥に、青々とした葉をつけて枝を伸ばす、巨大な樹の姿を見つける。
いつもそばに感じている、イグドラシルのようだ。
吸い寄せられるように、ソゴゥは大樹のもとへとやって来て、その幹に触れる。
何かとても安心した様な、帰る場所に戻ってきたような、静かな気持ちになる。
素剛。
誰かが呼んでいる。
左胸に空いた穴から、赤い血が滴り落ちるも、時間が巻き戻るように血は渇き、穴は塞がり、在りし日の自分の姿がそこにあった。
見上げると、前世で自分の胸を貫いた鉄材が宙で静止している。
これを避ければ、俺は死なないで済むのか。
これを避けてしまえば、太歳はどうなる?
ガルダ王が倒してくれるのか?
ソゴゥは振り返り、青白い顔の数千のナーガ族、兵士や子供たち、見たこともない巨大な獣、森に棲んでいたであろう動物達が佇んでいるのを見て、そして理解した。
このままでは、彼らの命が失われることに。
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