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6終わらない夜の歌と、星の巫覡

6- 2.終わらない夜の歌と、星の巫覡

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山小屋まで戻り、全員で下山を開始する。

後方の山腹に、眠りから覚めた三觭獣ベヒモスの姿が見える。

「連続で使用したせいで、歌の威力イリョクが落ちていたようです。隊長、もう一回は無理そうです。このまま逃げ切るしかありません」
「ああ、分かった」
三觭獣は生息域の山々を周回して暮らし、フモトの平原地帯へは何故か出てこないため、そこまで逃げ切る必要がある。
だが、こちらは、全力で走っても三觭獣の移動速度の半分に満たない。
分断されたときに、騎馬を失ったことが痛かった。
風魔法や強化魔法を使っても、子供たち全員を抱えて移動するのにはかなり絶望的な状況である。
ウッパラは、ああは言っているが、きっといよいよとなった時には、ノドツブしてでも歌を使う気だろう。
そうなる前に、自分がオトリとなって、三觭獣を避難民から遠ざけねばならない。
今更自分の命をどうこう言う気はないが、できれば隊の、ウッパラ達の成長をもっと見ていたかった。

平原は目の前に見えている。
後方には森林地帯を抜け、草原に差し掛かる辺りまでやって来て猛然モウゼンと追いかけてくる三觭獣の姿が見えていた。
ウッパラが案の定、走行を止めるが、その体を持ち上げて他の隊員へ投げ渡し、三觭獣のもとへ走り出す。

「隊長!!」
「止まるな!!」
黄色く知性を失った獣の目が差し迫る。
「こっちを見ろ! こっちへ来い!」
三觭獣の視線が自分に止まったことを確認し、避難民から遠ざかる。
地響きで平衡感覚が失われ、もつれそうになる足を必死に動かす。
直ぐに殺されては意味がない、少しでも長くひきつけなくてはならない。
三觭獣の爪が背後から迫る。
背に爪がカスめるが、地を転がっただけで、致命傷に至る怪我ではない。
クールマ族の背中はダイヤの硬度を持った最強の盾である。

獣がじゃれ付いている間に、どうか、子供たちを安全圏へ・・・・・・・。

突然、地面が数度にわたり大きく揺れた。
空から光が急激に失われ、見上げると辺り一帯に暗雲が込めているのが分かった。
すぐそばの大地に、大陸を分断するかのような亀裂が走り、その隙間の至る所から白い煙のようなものが上空へと一直線に噴き出した。
目の前にいた三觭獣は、この白い煙を浴びて数度うめき声を発したのち、銀色に染まって動かなくなった。
雪が降り積もったようにも、白いカビに覆われたようにも見える。
やがて、山々から吹き上がった白い煙は、ここからハルか先の国境付近の上空に集まって、巨大な球体となって浮かび留まっている。
そのあまりの大きさに、まるでソバで見ているような錯覚サッカクを覚える。

「あれはなんだ・・・・・・・」
侵食シンショクしてくる白い煙は、この目を塞ぎ、後方であがる子供たちの悲鳴をも飲み込んだ。

まるでこの世の終焉シュウエンを告げるような暗澹アンタンたるソラに、気がふれたようにタケり狂う稲妻が縦にも横にもハシる。
白い球体の所々が薄汚れたように黒いまだら模様をウゴメかせ、時折身震いして、銀色の雨を降らせる。
その粒子に触れたものは一様に活動を停止し、球体を中心に大地は銀色の死の雪に覆われたように静止している。

山狩りを行っていた数千人のウィドラ連邦国の僧兵は、国境付近に穿ウガたれた大穴の付近で物言わぬ白いカタマリとなっていた。
様子を観測していたガルトマーン王国の国境警備は直ちに中央へ飛び、ヴィドラ連邦国でもまた、謎の物体について政府に連絡が走った。
国家元首の副官であり広報務めている僧正ソウジョウのナーランダは、イグドラムの使者との会談中に北の地に出現した謎の物体の一報を聞き、急ぎ物体出現周辺の避難と観測を指示後、北の地まで最速でせ参じていた。

球体を目視できる位置に天幕テンマクを張り、銀色に変色した大地の侵攻を防ぐための防波堤ボウハテイの作成部隊を編成し、近隣の全ての寺院より武装僧兵に召集を掛けた。
また、国家元首のヴァスキツの進行通路を確保し、元首の到着を待つとともに、いま、再びイグドラムの使者との打ち合わせを始めていた。
使者の容貌ヨウボウはナーガ族をもってしても思わず目をらしてしまうほど、只者タダモノではない迫力がある。
かつて、エルフ族は中性的で端麗タンレイな容姿の者が多いとされていたが、今ではドワーフやオーガの如き強面も存在するようになったようだ。

「今のところ、我が国の軍部の魔法攻撃も利いていないようですね」
イグドラムからの逃亡犯の確保に訪れた、代表のカデン・ノディマーと、軍部や警察機関などから集められた数十名の使節団は今、謎の物体の出現地点最前線でこちらの武装僧兵に混ざり物体を打ち落としに掛かっている。
「物体に到達する前に、何かにハバまれている様子。魔法が無効化されているというより、物体の周辺に、空壁のように何か透明なマクの様なものがあり、こちらの攻撃を跳ね返しているように見受けられますな」

銀色の部分に触れた者は、銀色の物質に浸食され飲み込まれてしまうため、近寄ることが出来ない上、魔法が通らない。
打合せの中、いくつか出た案を前線に伝える。
的をシボり、同じ個所に魔法を当て続けるという案。
物体の真上や、真下から魔法を当てる案。
物体の真下の地面を熱して、風を起こし、炎の竜巻をぶつける案。
大人数で行う魔術式を用いて、膨大な威力の魔弾を当てる案。これらすべてが、コトゴトく通用しない。
やがて、前線から引き揚げてきた美しいエルフがノディマーに言う。

「あれは、私にも手に負えないわ」
「失礼ですが、こちらは」
「私の妻です」とノディマーが真顔で答える。
「そういうことを聞いているのではないと思うわ。お話し中、突然失礼いたしました。私は前イグドラシル大司書を務めさせていただいておりました、ヒャッカ・ノディマーです。私の力では、あの物体の討伐トウバツには力が及ばないようです」
「前大司書様で在られましたか、この様な若くお美しい方とは、他国の宗教事情にウトく大変失礼いたしました。私はウィドラ僧正のナーランダと申します」
「ナーランダ様、あの物体はおそらく太歳タイサイです。過去の出現記録では、あらゆる物理、魔法攻撃を受け付けず、環境や物質的な弱点も見つからずに、あらゆる有機物の命をり取って大陸を横断したのちに、地下へ潜ったとされています」
「そんな、では、あれはいずれ移動を開始し、この銀色の区域を広げながら進行してくると」
ヒャッカは頷き、衛星の様に空に浮かぶ巨大な凶星を見上げた。
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