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5原始の森と温泉宿
5-5.原始の森と温泉宿
しおりを挟むブロンがついにドアを開けた。
暗闇に、青白く浮かび上がる仲居は明らかに不自然な像を成している。
「さあ皆さま、早くこちらへ」
「一人か?」
拍子抜けしたように、ブロンが言い、こちらを振り返って睨む。
その間に、ブロンの後ろにいた仲居の姿が闇に溶けるように消えていく。
ブロンが仲居の方に目を戻したときにはもうその姿は、そこになかった。
「おい、どうなっているんだ、いなくなったぞ、ヴィント、あれ、何でお前も、もう寝ているんだ?」
「気を失ったようだな。エルフは知恵の種族、分からないことを恐れるより、追及する性分が勝るかと思ったが」
悪魔が呆れたように言い、さっさとドアを閉めて寝ろと言って、赤く光る眼を閉じた。
翌朝、食堂で朝食の配膳を待っているところで、昨夜の仲居を見かけて、思わず悲鳴を上げてしまった。
「ヴィントさん、どうしたんですか?」
温泉卵というものを、何やら複雑そうに眺めていたソゴゥ様が驚いて尋ねられる。
「昨夜の事か? お前、何か様子がおかしかったが、どうしたんだ?」
もうこの宿を発つのだからいいかと思い、昨夜大浴場で聞いた話を三人に聞かせた。
「昨日皆が大浴場から部屋へ帰った後、他の泊り客がしていた噂を聞きまして」
「この宿の怪談でも聞いたんですか?」
「そうなんです」
「どんな話だ?」
「以前この宿で火事があったそうで、逃げ遅れた客を逃がそうと従業員が奔走し、最後に奥の建物へ向かいましたが、奥の建物からだけ、客を逃がすことが出来なかったそうなのです。いくらドアを叩いて逃げるように言っても、客がドアを開けることはなく、結局、奥の建物は全焼してしまったそうです。その後悔の念から、いまだに、新築となった建物に夜な夜なその従業員が現れて、客を逃がそうとするのだとか」
ブロンが嫌そうな顔で、こちらを見る。
「お前、昨日は押し込み強盗だって言ったじゃないか」
「幽霊だなんて言って、信じると思わないですからね」
「だが、さっき昨日の仲居を見かけたぞ」
青い顔で言うブロンの後ろから「昨夜は失礼いたしました」と件の仲居が声を掛けてきた。
『ヒッ』とブロンと声が重なり、椅子をガタつかせる。
女将がいたずらをした子供を咎めるように、仲居の頭を押さえて「この子が、大変失礼いたしました」と腰を折って頭を下げる。
「どういうことですか?」
ソゴゥ様が口に運び掛けていた湯飲みを置いて尋ねる。
「もう、こちらの宿の噂はお知りになったのでしょう?」
「火事があったという話ですよね」
「ええ、この子ったら、人一倍責任感が強くてねえ、あの火事の日、奥の建物に宿泊客はいなかったんですよ。本館の客を逃がして、奥には客がいないことを知っていた私どもは、仲居たちをすぐに外に出そうとしたのですけどね、もしかしたら誰かいるかもしれない、せめて部屋が空なのを確かめないと、って、そう聞かなくて。誰もいないのだから、中から応えがある訳もなく、カギも持たずに慌てていたから、ひたすら戸を叩いていて。私がこの子を気絶させて連れて逃げたのがいけなかったのか、偶に、夜になるとその念が身体から離れて、奥の客室の戸を叩いては、中の客を怖がらせてしまって・・・・・・・いまじゃ、興味本位で奥の客室に泊りたがる客が、わざわざ来るくらいなんですよ」
「本当にすみません」と仲居が何度も頭を下げる。
「そういう事か、まあ、こちらとしては一人が気を失っただけだから、そう気にしなくていいが、もっと火事に備えて避難経路を確立しておいた方がいいだろう。この建物入り組み過ぎているからな」
ブロンが応える。
ソゴゥ様はお茶を飲み干された後、ちらりとこちらを見て横に顔を向けられた。
肩が震えているように見えるのは何故なのだろう。
宿を発ち、昨日予約した馬を借りて火山群へ向かう。
馬は区間で借り、次の街道沿いの町で交換し、また次の町までの区間を借りるという仕組みとなっている。
火山群まではざっと200㎞といったところだから、二つ町を経由する必要がある。
昨夜は何やら面白いことがあったようだが、三日前は大怪我を負い、一昨日は徹夜で飛行竜を飛ばし、昨日は一日森を歩いて疲れ果てていたせいで朝まで目が覚めることはなかった。
温泉のおかげで、今朝はだいぶ体調が良い。
飛行竜を扱わないガルトマーン王国では、巨大な非鳥類型竜や、牛馬を輸送や交通手段としているところが多く、旅行者や冒険者はこうして一番早い一角馬を借りて移動する。
街道でうっかり魔獣に出くわしてしまっても、気性の荒い一角馬は、その角で突き刺して排除してくれることがあるのだそうだ。
一つ目の町を過ぎ、二つ目の町で早めの昼食をとって、いよいよ火山群へ向かう経路を進む。
中央街道をそのまま行けば、ガルトマーンの北側の海へ出る。
火山群へは、中央街道を途中で北東寄りに分岐する荒れた道を進まねばならない。
火山地帯へ向かっても恐れない性格で、暑さに強い種類の馬を所望したら、角はないが、象のように巨大な馬を貸してくれたので、二頭借りて二人ずつ乗ることにした。
地響きがすごいが、意外と小回りが利いて、そこそこ速度もある。
遠くの方で草を食べていた動物までもが、走行音に驚いて逃げていく。
草木が絶え、周囲が岩だらけになった頃、空もまた曇天となった。
スパービィバ火山郡はもう近い。
「何か飛来します!」
ヴィントが警告し、ブロンが雷の矢を構える。
見上げると、白い羽根の有翼人が複数人こちらに向かって滑空してくる。
「攻撃しないように!」
二人に言い、象よりも大きな馬から飛行魔法を使って降りる。
ガルトマーン王国の衛生兵の制服を着た、数人がそのまま自分たちの馬の前に降り立つ。
赤く長い髪が印象的な美女を中心に、皆綺麗な女性達だった。
「お久しぶりですね、ソゴゥ」
「おう、グレナダ! それに皆も元気そうだな」
美女達が飛び掛かるようにソゴゥに群がり、猛禽類に襲われている兎のようだと、二人の騎士は焦る。
「ちびコーチ、大きくなられましたね、あの時は子狸くらいでしたのに」
「そんな小さくなかったけどね、あと、なんで子狸に例えた? 似ているからか? 俺、似てないよな?」
「あれから十年ですからね、立派になられて。冒険者として国の依頼で、犯罪者を追ってこられるなんて」
「コーチが探しておられる一行を見付けましたよ!」
ソゴゥは有翼人がそれぞれに告げるのを、順番に聞く。
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