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5原始の森と温泉宿

5-4.原始の森と温泉宿

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大浴場へ行き、湯船を満たす真っ白なお湯に驚いていると、ソゴゥ様が「美肌の湯か」とガルトマーン語で書かれた立て板を読んで、納得されている。

「こんなニゴった水に浸かって大丈夫でしょうか?」
「温泉なんて、こんなもんですよ。お湯に枯葉のような沈殿物チンデンブツが混ざっていたり、お湯の色が真っ黒だったり、色々な種類があって、効能も色々ですが、どのお湯も適度に浸かれば疲労回復の効果があります」
「風呂というものに初めて入る」
「ええ、どうなっての悪魔社会。衛生観念がないの?」
「そもそも汚れないからな。汚れても浄化できる」
「お風呂の良さを知らないなんて、可哀そうに」
ソゴゥ様が悪魔をアワれみの目を向ける。
「温い水にかって、何が楽しいのだ」
「まあ、入ってみればわかるよ、腰の布は湯に付けるなよ、湯に入るときは外して頭の上にのせておくか、後ろの岩に置いておくんだ」
温泉にお詳しいソゴゥ様の言いつけを守り、体を清めてから恐る恐る白い湯に浸かる。
独特な匂いも、湯で体が温まると次第に気にならなくなった。
骨まで温まり、疲れが湯に溶け出して消えていくようだった。
ブロンも首まで使って、幸福な溜息を吐いている。
風呂を出ると、個室の食事処でハシというものを使って夕食をいただく。
これもまた、使い方をソゴゥ様に教えていただいて、珍し食事を楽しんでいると、ソゴゥ様が「鶏肉・・・・・・・有翼人も食べるんだ」とショックを受けたご様子。
「鳥と、有翼人は別の生き物である」
悪魔が気遣いをみせる。
「私は夕食が終わりましたら、また温泉に行ってから休みたいと思います」
「私も、温泉が気に入りました、ソゴゥ様も行かれますか?」
「もちろん、また温まってから眠りたいですからね、ヨルはどうする?」
「はなからそのつもりでおった」
ソゴゥ様が可笑しそうに笑われる。
明日何が起こるか分からなくとも、今この瞬間は、ここにいる時間の有難さを享受キョウジュ享受しようと思った。

二度目の温泉に入っていると、他の客の姿もあり、ソゴゥ様と悪魔、それにブロンはひと浸かりすると部屋に戻られた。
自分は、ソゴゥ様に悪魔とブロンが付いているのであれば問題ないと、少し長めに湯に浸からせていただいていた。
湯から上がり、着替えようと脱衣所へ出て休憩キュウケイしている客の横を通り過ぎる際に「奥の新しい建物の客室なんだがな、あそこ出るらしいぞ」というのが聞こえた。
気になったので、着衣をおさめたカゴの前へ移動した後も、空気の流れを操作して男たちの話を聞き取りやすくしていると、男は内緒話をするように声をひそめながら、以前この宿で起きた火事のことについて話し出した。
「・・・・・・・で、絶対について行ってはいけないんだそうだ」
「ついて行ったらどうなるんだ?」
「そりゃあ、決まってんだろ・・・・・・・」

湯冷ユザめと言う言葉があるらしい。
完全に湯冷めして、なんだか寒くて両肩を抱くように部屋へ戻ると、敷かれた布団の上で、二対一で枕を当てあっていた。
どう避けても、ソゴゥ様が投げた枕は悪魔とブロンの顔面にヒットするのに対し、二人が投げた枕をソゴゥ様は一瞬消えたように避けていた。
「何か能力を使っているだろう」
「能力も実力のうち! 当ててから物を言うんだな、ヨル」
なんと平和な光景だろう。
「ヴィントさん、顔色が優れないようですが、湯あたりしましたか?」
こちらに気付いたソゴゥ様が、心配するように声を掛けてくださる。
「いえ、大丈夫です」
「本当に顔色が悪いぞ、大丈夫なのかヴィント?」
「ああ、大分疲れも取れて、体調はいいんだ」とブロンに応える。
「水分をとってくださいね、それと、今日はもう明日に備えて休みましょうか」
「はい、そうしましょう」
いそいそと三人が枕を回収して、それぞれの布団に入る。
清潔で快適な布団で休めることが幸せではあったが、気掛かりのせいでなかなか寝付けずにいた。

やっと寝つけた頃、何かに意識を呼び戻され、目が覚めた。
見上げた天井に、ここがガルトマーンのビィバ地区の宿の中であったことを思い出す。
隣のブロンの寝息が微かに聞こえる。
ソゴゥ様と悪魔に至っては、そこに存在しているのか疑わしいほど静かに眠っていらっしゃる。
コンコンとドアがノックされる。
ああ、この音で目が覚めたのか・・・・・・・。
無視し続ける。これに応じてはいけない。
だが、ノックは執拗シツヨウに繰り返される。
誰も目を覚まさないでくれと思いながら、隣のブロン呼吸が変わったのを感じる。
悪魔はすでに覚醒しているようだ。
先ほど閉じられていたマブタが開き、暗闇で目が赤く光っている。正直不気味だ。
ソゴゥ様は目を閉じておられるが、眠っているのか起きているのか全く分からない。

「あのう、こんな夜分にすみませんお客様」
戸口から昼間の仲居の声が聞こえる。
「なんだ」
とうとうブロンが起きて、応じようと立ち上がる。
「ブロン、開けるな!」
「なんでだ、何かあったのか聞かないと」
戸口から仲居が「隣のお部屋でボヤがありまして、一応念のためお部屋を移っていただきたいのです。お荷物は、私どもでお運びしますので、そのままで大丈夫ですから」
申し訳なさそうに言う声が戸の外から聞こえる。
「部屋を移れと言っているぞ」
ブロンが立って内カギを外す。
「新手の押し込み強盗だ! とにかくドアを開けるな!」と咄嗟トッサに叫ぶ。
「だったら、尚更放置しておけないだろう。取り押さえてやろう」
宮廷騎士内でも実力者であるブロンは、彼の特殊能力である雷撃で広範囲にわたり敵を無力化できることから、自信過剰気味な性質があると感じていたが、ここへきてそのことを、もっとイサめておかなかったことがやまれる。
「無理だ、そうじゃない、やめるんだ!」
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