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4モフモフと悪魔と朝ごはん

4- 3.モフモフと悪魔と朝ごはん

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見た目は人間だがエルフの匂いがするこの男が、己を召喚したのは間違いない。

男は己を見るなり意識を失ってしまった。
男の腹からは血が染み出しており、何か深い傷を負っている様だ。
とりあえず顔だけでも見ておこうと、髪をツカもうとして手を伸ばすと、何かに腕をバシリと叩かれた。

『なんだお前たちは』
見たこともない動物が、腕を何度も叩いてくる。
大きさは小熊くらいで、二足歩行をしており尻尾が体と同じくらいの長さのある。全体的に焦げ茶色の毛に覆われ、猫のような顔をしている。
この茶色の動物が何処からともなく、わらわらと集まってきた。
大きな一匹が、小さな一匹を抱え上げ、男の方をアゴでしゃくる。

『この男を持ち上げろということか? なぜ我が』
小さい方の一匹が己のスネを蹴ってくる。いいから、やれ、と言わんばかりだ。
しょうがなく持ち上げようと腕を伸ばすと、再びスネを蹴られた。
茶色の動物が両腕を上げ、出ていた爪をシュッと引っ込めて見せた。
『グッ、我に爪を引っ込めろと言っているのか、小賢コザカしいタヌキどもめ』
何を言っているか分からないが、タヌキではないと不満の声があちこちで上がる。
渋々自慢の長い爪を引っ込めると、やっと男に触れることが許され、それを抱え上げ、タヌキモドキの先導に従い奥の部屋へと移動する。
テラリウムのような植物と書物が渾然コンゼンとなった、ガラス天井の部屋の中で、天井部に近い高い所に、人の寝床のような場所を見つけそこに男を下す。
あとは邪魔だと言わんばかりに、スミに押しのけられ、タヌキモドキが男の服をいで、治癒魔法と思われる、丸くて白い泡のような光を両手から出し、この光の泡がどんどん傷に吸い込まれていく。
ひとしきり治療が済んだのか、今度は、そんな所でボサッとしているなと言わんばかりに、手招きされ、寝床へ入ろうとして巨大な黒い翼が引っ掛かったのを見て、タヌキモドキに舌打ちをされる。
渋々自慢の黒い翼を体に収納し、獣の側に行くと、今度は包帯を巻くから、男の身体を支えておけと言うようなことが、ジェスチャーで伝えられる。
見ると、男の身体には傷痕も血の汚れも残っていないのだが、包帯を巻かないと気が済まないらしい。
何匹かの共同作業で包帯が巻き終わると、寝間着に着替えさせるのを手伝わされ、やっと男を横たわらせて、布団を掛けて落ち着くと、今度はタヌキモドキたちは、破れた男の服をツクロい始めた。
『なんなんだこいつらは。男の召喚獣か』
それにしては、自分たちの意思で行動して、上位精霊級の高等魔法も使っている。それに、あんな肉球のある猫のような手で、やたら器用だ。ここは我が知っている世界ではないのか?
こんな動物や魔獣は見たことがない。
数えると七匹いた。個体ごとにそれぞれ性格があるようだが、鼻の下にヒゲのような茶色が濃い部分があるものが、その場を仕切っているようだった。
見ているうちに、毛皮に触りたくなって手を伸ばすと、叩かれた。
やがて、服の修繕シュウゼンを終えると、小さな三匹は男の周囲で丸くなって眠り、他の四匹は用が済んだとばかりに、部屋の明かりを消して出ていった。

この部屋に、己が体は合っていないと感じ、窮屈キュウクツさを解消するため人へ擬態ギタイする。
することもなく、天井から見える星空を見上げる。
鮮やかではっきりとした光の瞬き、無限に広がる空、澄み切った空気。
ここはとても息がしやすい。

これまでいた場所は、地獄より悲惨で、絶望に満ちた世界だった。
弱い者から死に、心あるものから不幸となり、正気を失ってなおも藻掻モガき苦しむ人間の世界。だが、思い出そうとすると何故か、水中から水面を見上げるように、ハッキリとせず、ぼやけていて何もかもが曖昧アイマイとなる。
ただ悪魔をもってして、息苦しいと感じさせる場所だった。

正気でいることを許される世界で、こうして肉体を持って、光と空気と温度を感じて、存在することが、己に許されるのだろうか。

男と三匹の寝息を聞きながら、空が白むまで見上げていたら、ドアから昨日の四匹が入ってきて、一段低い部屋の中央にある長いテーブルを清めだし、白い布を敷いて皿やスプーンやホークを並べ、奥のキッチンスペースで調理を始め出した。
やがて、パンの焼ける匂いと、スープの匂いがし始める。
茶の濃淡がトラ模様の一匹が、眠っている男の顔を肉球でポフポフと優しく叩いた。
薄目を開けて、目の前のタヌキモドキを確認し、男は反対側へ寝返りを打つ。

「オレグ、もう少し寝かせて・・・・・・・」
キニュッと、可愛い声で鳴いて、反対側へ回り込みポフポフを再開する。
起きないと駄目だよ、と言っているようだ。
どこか牧歌的で長閑ノドカな光景を見ていると、男が飛び起き、同時に無数のナイフが空中に現れて、こちらに狙いを定めるように刃を向けた。
「誰だ! なぜ俺の部屋にいる!!」
「何を言う、我を呼んだのはお前だろう」と契約の魔導書を男の方へ放る。
「本を投げるな!」と男が慌てて、それを受け取る。
男が魔導書を確認し「ああああ!!」と頭を抱えた。
「嘘だろ、第七指定書、最高ランクの魔導書だ。国を滅ぼすほどの悪魔を一方的に従わせることが出来る禁書中の禁書。こんなものを、勝手に使ったなんてバレたら・・・・・・・なあ、すまん、何とかお帰りいただくことは出来ないだろうか」
「一度、顕現したら、契約者が死ぬまで戻ることは出来ない」
「いや、そこを何とか」
「我にはどうにもできぬ。その魔導書の力の根源は、世界樹の力。その本を燃やしでもしない限り、もはや理を曲げることは叶わない。アキラめて、我のマスターとなるがよい」
「マジか・・・・・・・じゃ、せめて美少女になって出直してきてくれ」
「これでも、かなりエルフに寄せたのだ、これ以上の擬態は出来ない」
男はナイフをすべて下し、今更気づいたように自分の腹の辺りを確認して「傷が痛くない」とこちらを見たから「そこに沢山いる茶色の獣がやったのだ」と教えた。
「そうか、ありがとうな」小さなモフモフにすり寄られ、一匹一匹大事そうにでる。
「ジェームス、朝ごはんの支度ありがとう。手紙を一通出したらすぐに朝食にするから、少し待ってくれ」
食事の支度をしていた獣の一匹に、男が呼びかけると、キュッと鳴いて返事をした。
男は驚くほどの速記で何かを書き記すと、紙に魔法を掛ける。白いふっくらした丸い鳥に変化した紙が、窓辺から外へ飛び立つのを見届け「朝食だ、席に着け」とこちらを呼んだ。
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