上 下
23 / 46
4モフモフと悪魔と朝ごはん

4- 1.モフモフと悪魔と朝ごはん

しおりを挟む
陽が沈む三十分前に、司書は館内にいる客に図書館からの退出を促す。エントランスホールを含む一般公開図書の区画は、何処に何人いるか分かるようになっていて、図書館職員と、入館した客が全て退出すると正面口は閉じられる。
図書館が閉館すると、八人いるレベル5がエントランスホールに全て集まり、一日の締めの申し送り事項などが行われ、閉館業務が完了すると、レベル3から4の司書は、自宅かもしくはイグドラシルの外にある寮へと帰っていく。
レベル5が集まる中へ、館長であるソゴゥが顔を見せる。
「館長、お出掛けですか?」
公式な場で着用する司書の制服を着たソゴゥを見て、レベル5で一番若い司書が声を掛ける。
「回収に行ってくる」
「十二貴族ですね」
「おかげで私が出張ることになった。アベリア、何かあったら手紙を飛ばして知らせるように」
「はい、かしこまりました」
ソゴゥの一年後にレベル5として司書に就任したアベリアは、ベテランばかりの司書達の中、唯一気を使わないですむ部下だった。

母の引退と共に、司書長だったジャカランダも引退し、レベル5は八人のまま。
彼らは皆、アベリアを除きソゴゥの教育や修行にタズサわり、その成長を目の当たりにしてきたため、ソゴゥをそれなりに認めている。
だが、図書館職員やレベル3から4の中には、レベル7というだけで、盲目的に信仰対象のようにアガめる者もいれば、ただ運がいいだけだと認めていない者もいた。
ソゴゥはこの二年、館長として認められるよう、その行動や言動が規範キハンとなるよう、自分を厳しくリッしてきた。
館長に就任してから、誰かに頼るということも、笑ったり雑談したりする姿も、誰も見たことがない。
暴風の吹き荒れる荒涼とした大地に、何にもスガらずに立ち続けるようなその頑なさに、多くのレベル5の重鎮ジュウチンたちは、危うさを感じていた。
それでも誰にも弱みを見せたくないと、ソゴゥが望むのなら彼の成長を見守るしかないと。だが、いつも待っている。助けてほしいと、その手が伸ばされることを。
ただ一人、この図書館で初代が着た暗緑色の司書服に同色のクルブシまであるマントをヒルガエし、颯爽とイグドラシルを後にする。

十二貴族は国内の各拠点を治め、その城はこの王都である首都セイヴ以外にあるが、登城する際の屋敷を首都にそれぞれ構えている。
図書館にほど近い場所に、十二貴族の一つ、トーラス家の屋敷がある。
雄牛オウシ意匠デザインの門扉の向こう、煌々コウコウと灯のもれる窓から、主人の在宅をウカガわせる。
この国で、十二貴族に予約なしで訪問できる者は王族と、レベル5以上の司書だけとなっている。各省庁の上層部ですら、許されない行為である。
屋敷の者に来訪を告げ、程なく門が開かれる。

「用向きは、第五指定図書の返却です。ここで待っていますので、速やかにお持ちいただきたい」
さっさと本を回収して帰りたいため、屋敷の中へ入るのをイトい玄関ホールで使用人にそう告げる。
「主人より、ご案内するようにオオせつかっておりますので、どうぞこちらへ」と言う使用人と、何度か押し問答を繰り返し、結局ラチが明かないとソゴゥは内心舌打ちをしたい気持ちを抑え、使用人の後に従う。
案内されたのは、礼拝堂のような食堂だった。
床も壁も白く、白い長テーブルに、白い椅子、テーブルの上に等間隔に置かれた燭台、白いテーブルの中央にあるテーブルランナーの深い赤色がやたら目立つ。
また、この部屋を礼拝堂のように見せている原因の一つが、壁の高い位置にめ込まれた、採光用のステンドグラスだ。ただ、その意匠はエルフが信仰する世界樹ではなく、エルフらしい白く長い豊かな髪に、慈愛に満ちた透き通るオリーブ色の瞳、そしてボルドー色の服をマトっている聖母のような女性のものだった。

エルフ第一主義で、他民族の国内からの排斥ハイセキを王へ進言したティフォン・トーラスが「これはこれは、第一司書殿」と両手を広げ、腰を折って挨拶をする。
「挨拶は結構です。私の来訪は、イグドラシルの知識の回収にほかならない。今日が期限だったことをお忘れですか?」
「まさか、とんでもない。ただ、私は急遽キュウキョ、明日に領地へ戻らねばならなくなり、その支度に追われておりまして。まさか、指定図書を使用人に持たせるわけにもいかず、このように司書様自らにご足労いただき、恐悦至極キョウエツシゴクに存じている次第でして。どうぞ、お掛けになってください。せめて、晩餐バンサンに招待したく、我が家の料理人の腕を確かめて頂けないでしょうか」
「いえ、そのような気遣いは結構」

ソゴゥが席に着かないことにも頓着トンチャクせず、ティフォンは使用人に晩餐の支度をさせ始めた。
終始にこやかな微笑みを浮かべ、金色の長く伸びた髪のひと房を指に絡ませながら、どうでもいい話を延々エンエンと聞かされて、ソゴゥは何度も男の胸倉をつかんで、「いいから本を返しやがれ!」と脳内で繰り返していた。

言葉は丁寧テイネイだが、男の目は他民族を侮蔑ブベツするような色が隠せていない。
ソゴゥの見た目は人間そのもので、背もエルフの成人男性としてはやや低く、髪も黒というエルフではありえない色であり、また、王侯貴族や、司書のほとんどが正装と言うべき長髪に対し、軍部や騎士が好むような短髪であった。
高レベルの司書の長衣は、それそのものが崇拝される尊いもので、それを見かけただけで知恵の精霊に祝福を受けているかのような、高揚感をモタラすものらしい。
それを、このエルフの特徴のない、まだ年若い幼年期に分類される男が身に着けていることが、ティフォンには許せないのだろうと想像できる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい(完結)

優摘
ファンタジー
※プロローグ以降の各話に題名をつけて、加筆、減筆、修正をしています。(’23.9.11) <内容紹介> ある日目覚めた「私」は、自分が乙女ゲームの意地悪で傲慢な悪役令嬢アリアナになっている事に気付いて愕然とする。 しかもアリアナは第一部のモブ系悪役令嬢!。悪役なのに魔力がゼロの最弱キャラだ。 このままではゲームの第一部で婚約者のディーンに断罪され、学園卒業後にロリコン親父と結婚させられてしまう! 「私」はロリコン回避の為にヒロインや婚約者、乙女ゲームの他の攻略対象と関わらないようにするが、なぜかうまく行かない。 しかもこの乙女ゲームは、未知の第3部まであり、先が読めない事ばかり。 意地悪で傲慢な悪役令嬢から、お人よしで要領の悪い公爵令嬢になったアリアナは、頭脳だけを武器にロリコンから逃げる為に奮闘する。 だけど、アリアナの身体の中にはゲームの知識を持つ「私」以外に本物の「アリアナ」が存在するみたい。 さらに自分と同じ世界の前世を持つ、登場人物も現れる。 しかも超がつく鈍感な「私」は周りからのラブに全く気付かない。 そして「私」とその登場人物がゲーム通りの動きをしないせいか、どんどんストーリーが変化していって・・・。 一年以上かかりましたがようやく完結しました。 また番外編を書きたいと思ってます。 カクヨムさんで加筆修正したものを、少しずつアップしています。

処理中です...