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4モフモフと悪魔と朝ごはん
4- 1.モフモフと悪魔と朝ごはん
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陽が沈む三十分前に、司書は館内にいる客に図書館からの退出を促す。エントランスホールを含む一般公開図書の区画は、何処に何人いるか分かるようになっていて、図書館職員と、入館した客が全て退出すると正面口は閉じられる。
図書館が閉館すると、八人いるレベル5がエントランスホールに全て集まり、一日の締めの申し送り事項などが行われ、閉館業務が完了すると、レベル3から4の司書は、自宅かもしくはイグドラシルの外にある寮へと帰っていく。
レベル5が集まる中へ、館長であるソゴゥが顔を見せる。
「館長、お出掛けですか?」
公式な場で着用する司書の制服を着たソゴゥを見て、レベル5で一番若い司書が声を掛ける。
「回収に行ってくる」
「十二貴族ですね」
「おかげで私が出張ることになった。アベリア、何かあったら手紙を飛ばして知らせるように」
「はい、かしこまりました」
ソゴゥの一年後にレベル5として司書に就任したアベリアは、ベテランばかりの司書達の中、唯一気を使わないですむ部下だった。
母の引退と共に、司書長だったジャカランダも引退し、レベル5は八人のまま。
彼らは皆、アベリアを除きソゴゥの教育や修行に携わり、その成長を目の当たりにしてきたため、ソゴゥをそれなりに認めている。
だが、図書館職員やレベル3から4の中には、レベル7というだけで、盲目的に信仰対象のように崇める者もいれば、ただ運がいいだけだと認めていない者もいた。
ソゴゥはこの二年、館長として認められるよう、その行動や言動が規範となるよう、自分を厳しく律してきた。
館長に就任してから、誰かに頼るということも、笑ったり雑談したりする姿も、誰も見たことがない。
暴風の吹き荒れる荒涼とした大地に、何にも縋らずに立ち続けるようなその頑なさに、多くのレベル5の重鎮たちは、危うさを感じていた。
それでも誰にも弱みを見せたくないと、ソゴゥが望むのなら彼の成長を見守るしかないと。だが、いつも待っている。助けてほしいと、その手が伸ばされることを。
ただ一人、この図書館で初代が着た暗緑色の司書服に同色の踝まであるマントを翻し、颯爽とイグドラシルを後にする。
十二貴族は国内の各拠点を治め、その城はこの王都である首都セイヴ以外にあるが、登城する際の屋敷を首都にそれぞれ構えている。
図書館にほど近い場所に、十二貴族の一つ、トーラス家の屋敷がある。
雄牛の意匠の門扉の向こう、煌々と灯のもれる窓から、主人の在宅を窺わせる。
この国で、十二貴族に予約なしで訪問できる者は王族と、レベル5以上の司書だけとなっている。各省庁の上層部ですら、許されない行為である。
屋敷の者に来訪を告げ、程なく門が開かれる。
「用向きは、第五指定図書の返却です。ここで待っていますので、速やかにお持ちいただきたい」
さっさと本を回収して帰りたいため、屋敷の中へ入るのを厭い玄関ホールで使用人にそう告げる。
「主人より、ご案内するように仰せつかっておりますので、どうぞこちらへ」と言う使用人と、何度か押し問答を繰り返し、結局ラチが明かないとソゴゥは内心舌打ちをしたい気持ちを抑え、使用人の後に従う。
案内されたのは、礼拝堂のような食堂だった。
床も壁も白く、白い長テーブルに、白い椅子、テーブルの上に等間隔に置かれた燭台、白いテーブルの中央にあるテーブルランナーの深い赤色がやたら目立つ。
また、この部屋を礼拝堂のように見せている原因の一つが、壁の高い位置に嵌め込まれた、採光用のステンドグラスだ。ただ、その意匠はエルフが信仰する世界樹ではなく、エルフらしい白く長い豊かな髪に、慈愛に満ちた透き通るオリーブ色の瞳、そしてボルドー色の服を纏っている聖母のような女性のものだった。
エルフ第一主義で、他民族の国内からの排斥を王へ進言したティフォン・トーラスが「これはこれは、第一司書殿」と両手を広げ、腰を折って挨拶をする。
「挨拶は結構です。私の来訪は、イグドラシルの知識の回収にほかならない。今日が期限だったことをお忘れですか?」
「まさか、とんでもない。ただ、私は急遽、明日に領地へ戻らねばならなくなり、その支度に追われておりまして。まさか、指定図書を使用人に持たせるわけにもいかず、このように司書様自らにご足労いただき、恐悦至極に存じている次第でして。どうぞ、お掛けになってください。せめて、晩餐に招待したく、我が家の料理人の腕を確かめて頂けないでしょうか」
「いえ、そのような気遣いは結構」
ソゴゥが席に着かないことにも頓着せず、ティフォンは使用人に晩餐の支度をさせ始めた。
終始にこやかな微笑みを浮かべ、金色の長く伸びた髪のひと房を指に絡ませながら、どうでもいい話を延々と聞かされて、ソゴゥは何度も男の胸倉をつかんで、「いいから本を返しやがれ!」と脳内で繰り返していた。
言葉は丁寧だが、男の目は他民族を侮蔑するような色が隠せていない。
ソゴゥの見た目は人間そのもので、背もエルフの成人男性としてはやや低く、髪も黒というエルフではありえない色であり、また、王侯貴族や、司書のほとんどが正装と言うべき長髪に対し、軍部や騎士が好むような短髪であった。
高レベルの司書の長衣は、それそのものが崇拝される尊いもので、それを見かけただけで知恵の精霊に祝福を受けているかのような、高揚感を齎すものらしい。
それを、このエルフの特徴のない、まだ年若い幼年期に分類される男が身に着けていることが、ティフォンには許せないのだろうと想像できる。
図書館が閉館すると、八人いるレベル5がエントランスホールに全て集まり、一日の締めの申し送り事項などが行われ、閉館業務が完了すると、レベル3から4の司書は、自宅かもしくはイグドラシルの外にある寮へと帰っていく。
レベル5が集まる中へ、館長であるソゴゥが顔を見せる。
「館長、お出掛けですか?」
公式な場で着用する司書の制服を着たソゴゥを見て、レベル5で一番若い司書が声を掛ける。
「回収に行ってくる」
「十二貴族ですね」
「おかげで私が出張ることになった。アベリア、何かあったら手紙を飛ばして知らせるように」
「はい、かしこまりました」
ソゴゥの一年後にレベル5として司書に就任したアベリアは、ベテランばかりの司書達の中、唯一気を使わないですむ部下だった。
母の引退と共に、司書長だったジャカランダも引退し、レベル5は八人のまま。
彼らは皆、アベリアを除きソゴゥの教育や修行に携わり、その成長を目の当たりにしてきたため、ソゴゥをそれなりに認めている。
だが、図書館職員やレベル3から4の中には、レベル7というだけで、盲目的に信仰対象のように崇める者もいれば、ただ運がいいだけだと認めていない者もいた。
ソゴゥはこの二年、館長として認められるよう、その行動や言動が規範となるよう、自分を厳しく律してきた。
館長に就任してから、誰かに頼るということも、笑ったり雑談したりする姿も、誰も見たことがない。
暴風の吹き荒れる荒涼とした大地に、何にも縋らずに立ち続けるようなその頑なさに、多くのレベル5の重鎮たちは、危うさを感じていた。
それでも誰にも弱みを見せたくないと、ソゴゥが望むのなら彼の成長を見守るしかないと。だが、いつも待っている。助けてほしいと、その手が伸ばされることを。
ただ一人、この図書館で初代が着た暗緑色の司書服に同色の踝まであるマントを翻し、颯爽とイグドラシルを後にする。
十二貴族は国内の各拠点を治め、その城はこの王都である首都セイヴ以外にあるが、登城する際の屋敷を首都にそれぞれ構えている。
図書館にほど近い場所に、十二貴族の一つ、トーラス家の屋敷がある。
雄牛の意匠の門扉の向こう、煌々と灯のもれる窓から、主人の在宅を窺わせる。
この国で、十二貴族に予約なしで訪問できる者は王族と、レベル5以上の司書だけとなっている。各省庁の上層部ですら、許されない行為である。
屋敷の者に来訪を告げ、程なく門が開かれる。
「用向きは、第五指定図書の返却です。ここで待っていますので、速やかにお持ちいただきたい」
さっさと本を回収して帰りたいため、屋敷の中へ入るのを厭い玄関ホールで使用人にそう告げる。
「主人より、ご案内するように仰せつかっておりますので、どうぞこちらへ」と言う使用人と、何度か押し問答を繰り返し、結局ラチが明かないとソゴゥは内心舌打ちをしたい気持ちを抑え、使用人の後に従う。
案内されたのは、礼拝堂のような食堂だった。
床も壁も白く、白い長テーブルに、白い椅子、テーブルの上に等間隔に置かれた燭台、白いテーブルの中央にあるテーブルランナーの深い赤色がやたら目立つ。
また、この部屋を礼拝堂のように見せている原因の一つが、壁の高い位置に嵌め込まれた、採光用のステンドグラスだ。ただ、その意匠はエルフが信仰する世界樹ではなく、エルフらしい白く長い豊かな髪に、慈愛に満ちた透き通るオリーブ色の瞳、そしてボルドー色の服を纏っている聖母のような女性のものだった。
エルフ第一主義で、他民族の国内からの排斥を王へ進言したティフォン・トーラスが「これはこれは、第一司書殿」と両手を広げ、腰を折って挨拶をする。
「挨拶は結構です。私の来訪は、イグドラシルの知識の回収にほかならない。今日が期限だったことをお忘れですか?」
「まさか、とんでもない。ただ、私は急遽、明日に領地へ戻らねばならなくなり、その支度に追われておりまして。まさか、指定図書を使用人に持たせるわけにもいかず、このように司書様自らにご足労いただき、恐悦至極に存じている次第でして。どうぞ、お掛けになってください。せめて、晩餐に招待したく、我が家の料理人の腕を確かめて頂けないでしょうか」
「いえ、そのような気遣いは結構」
ソゴゥが席に着かないことにも頓着せず、ティフォンは使用人に晩餐の支度をさせ始めた。
終始にこやかな微笑みを浮かべ、金色の長く伸びた髪のひと房を指に絡ませながら、どうでもいい話を延々と聞かされて、ソゴゥは何度も男の胸倉をつかんで、「いいから本を返しやがれ!」と脳内で繰り返していた。
言葉は丁寧だが、男の目は他民族を侮蔑するような色が隠せていない。
ソゴゥの見た目は人間そのもので、背もエルフの成人男性としてはやや低く、髪も黒というエルフではありえない色であり、また、王侯貴族や、司書のほとんどが正装と言うべき長髪に対し、軍部や騎士が好むような短髪であった。
高レベルの司書の長衣は、それそのものが崇拝される尊いもので、それを見かけただけで知恵の精霊に祝福を受けているかのような、高揚感を齎すものらしい。
それを、このエルフの特徴のない、まだ年若い幼年期に分類される男が身に着けていることが、ティフォンには許せないのだろうと想像できる。
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