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2 エルフの国と生贄の山

2- 5.エルフの国と生贄の山

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オスティオスは数名の教師を伴って、一階に駆け下り、漂う臭気に口元を押さえて浄化の魔法を発動させた。

「クレモンだ、気をつけろ!」
後続の教師はすでに、臭気を肺に入れてしまい、泥酔したようにふらついている。
柑橘系の香りのするクレモンはエルフの正常な思考を奪い、その臭気を吸い込み過ぎると酩酊メイテイ状態にオチイり意識を失う。
オスティオスの目の前には、テーブルに突っ伏したり、床に倒れ込んだ子供たちと教師の姿があり、レストランの従業員も、厨房の者もみな、一様に床に倒れていた。

教師たちは教育者としての資質だけでなく、要人警護のエキスパートでもある。それがみな、抵抗や戦闘の気配もなく無力化されている。
クレモンを使ったことも驚愕に値する。
まず、その実をエルフの国へ持ち込むことは、液体にしようが、粉末にしようが、その成分を何かに付着させて紛れ込ませても、入国の際に必ず検知される。
クレモンの実をイグドラムへ持ち込むことは不可能である。
かろうじて、検知が完全でない種の状態で持ち込んだとしても、種から育てるとなると、有害となる実をつけるまで十年は掛かる。
そして、その実が成る十年がたつ前に、大概は摘発テキハツされて駆除され、生育に関わった者にはかなり重い罰が科せられる。
子供たちの状態を確認し、危険な状態にある者がいないか見て回り、平衡感覚が著しく失われていることに気付いて、直ぐにまた浄化の魔法を発動する。

「まだ、ここにクレモンがある。子供たちを店の外に移動させるんだ」
「園長、子供が二人おりません」
「一階にはイセトゥアンとヨドゥバシーがいたな、もしかしてこの二人か」
「恐らく」
「すぐに、防衛局に知らせて、捜査要員を確保してくれ、私はペンタスに誰か見ていないか、話を聞く」
相手は相当な手練れか、内部に内通者がいたか、教師たちが逆らうことができない立場の者がだったのか。ともかく、クレモンの使用から長期的に計画されていた可能性がある。

二階に戻り、ペル・マムが泣いているペンタスを宥めているのと、窓の外から飛び出さんとしているニトゥリーを羽交い締めにして留めているソゴゥの様子が目に入った。
ペンタスに話を聞かねばならないのだが、クダンの兄弟の奇行が気になった。
「ソゴゥ、ニトゥリー、何をしている」
「園長先生、ニトゥリーが、ミトゥコッシーが誘拐されたって言って、窓から飛び降りようとしているんで、止めているんです」
「ミツコッシーが誘拐されたと、何で思ったんだ?」
「ニトゥリーは離れていてもミツコッシーと話しができるからだと思います。って、ニッチ、いい加減に落ち着けよ。ここから飛んでも、ニッチは飛行魔法使えないから足折るだけだ」
「ニトゥリー、ミトゥコッシーといま話せるのか?」
ニトゥリーは血走った目で振り返り「あいつ、痛がっとる。腕と足、千切れそうに痛いって、肺もつぶれそうに苦しいって。すぐに助けんと」
「ああ、直ぐに助けに行こう、場所は分かるか?」
ニトゥリーは窓枠から足を下し、目をつぶって耳を澄ますように沈黙した。
「ミッツは目隠しをされてとって、狭いところに転がされとるようや、あと、馬車のような揺れを感じとる、潮の匂いから遠ざかっとる、それと、イセ兄とヨドのうめき声が聞こえるから、どうやら、二人も側におるらしい」
オスティオスは頷き、ニトゥリーに一緒に来るように告げる。

「ミッツが『あれ』をすれば、もっと色々と分かるんやけどな」
ニトゥリーを連れて店を出るために、階段を降りる。
直ぐに浄化の魔法をかけるが、それでもニトゥリーは腰が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。その後ろから、ヒョイとニトゥリーをかわしてソゴゥが現れた。
床に伏した子供たちを移動させるため、防護魔法を掛けて作業する教師たちの中に分け入って、あたりをキョロキョロと見まわしている。
オスティオスが注意する間もなく、テーブルに置かれ、蓋が転がっていたポットを覗き込み、中からクレモンを手掴みで取り出し、ソゴゥはそれを燃やした。

「臭いがなくなりましたね」近くにいた教師が言い、他の教師たちも防御を超える微細な臭気が消えたことに安堵した。
オスティオスは気付の魔法をニトゥリーにかける。
「それにしても、クレモンを手掴みにして正気を保っていられるとは」と教師たちが感心したように言う。
オスティオスは見た目が人間のようであるソゴゥが、間違いなくエルフであることを知っていた。

「ニッチ、大丈夫か、いまミッツの様子はどう?」
ソゴゥに支えられ、立ち上がるニトゥリーが「まだ移動しとる、遠くへ行くみたいや、飛行竜がいる場所へ向こうとるんやないかって、これはミッツの予想だけど」と答える。

イグドラム宮殿がある首都セイヴは特別管制空域であり、セイブ内から飛行竜や、魔法での飛行による通り抜けができない。
また、国境も同様に飛行による行き来は制限されている。
オスティオスは二階にいるペル・マムを近くの教師に呼びに行かせ、意識を取り戻した教師達から、何があったのかを尋ねた。

建物内はレストランの従業員と教師、子供たちだけで、誰も訪ねてこなかったこと、子供の一人がお茶を注ごうとして、お茶が出てこないため、お湯が入っているか確かめようとしているやり取りを耳にしていた教師がおり、子供がポットの蓋を開けたのとほぼ同時に、クレモンの臭いが立ち込めて、直ぐに意識を失ってしまったという。
ポットの蓋には、風の魔法陣が貼られていて、光刺激で発動する図柄になっていたために、ポットの中に籠っていた臭気が、一気に一階部分に広がったようだ。

イセトゥアンとヨドゥバシー、そして運悪く居合わせてしまったミトゥコッシーを攫った者たちは、建物内の様子を近くで探っていて、実力のある教師たちが倒れたのを確認して、子供たちの誘拐を実行したのだろう。

兄弟たちを攫った理由は想像がつくが、目的は犯人を見つけないとわからない。
港は来賓のために普段よりも警備が厳重で、警邏、巡回に駆り出される人員も防衛局軍部、警察機構、王宮兵士など、様々な部署から手配されており、そのため子供たちのために集めることができる人数はそう期待できなかった。
また、道は観覧客でごった返して、後手をとった状態はかなり厳しいが、予想外の光明がある。兄弟たちの一人、ニトゥリーだ。

「こちらも飛行竜を手配しよう」
「軍部から特殊部隊の精鋭を五人、こちらに回してくれることになりました」
「彼らの身元は?」 
「十二貴族の縁者と、後見人を持つ者です」
それであれば、今回の誘拐には絡んでいないとみていいだろう。十二貴族には絶大な権力と共に、国家を裏切れない縛りがある。

「園長、私をお呼びですか?」
「ペル・マム先生、これから攫われた子供たちの捜索に、このニトゥリーを連れていきます。ニトゥリーは、兄弟たちの場所が分かるようですので、飛行竜に同乗していただき、道案内をお願いします」
「わかりました」
「この年で、もう特殊魔法を編み出しているとは、恐れ入るな」
教師の一人が感心したように唸る。
「ニッチとミッツは、夜寝る前にベッドで寝ながら話しをしたりするとき、口開けて喋るのが面倒くさくて、何とか魔法で思考を互いに知らせあうことができないか、毎晩練習したんだって」と何故か、当たり前のようにこの場にいるソゴゥを、教師が不審げに見つめる。
オスティオスはその視線に気づき、ソゴゥを二階に連れていき、他の子供たちと一緒にするように、その教師に命じる。
「ヤダヤダ、俺も行くし!」と教師の顔を両手で突っぱねるソゴゥ。
風呂を嫌がる猫のようだと、ペル・マムは飼っている黒猫を思い出して和む。
「俺がいないと、もしまたクレモンで攻撃されたら、誰も抵抗できないで、大変なことになるかもしれないだろ! 俺の嗅覚無効スキルが絶対役に立つって!」
「嗅覚を無効にした程度で防げるものではないのだが・・・・・・・」
オスティオスは、ニトゥリー、ソゴゥどちらの能力もこの救出には必要だと判断し、ソゴゥを連れていくことに決めた。
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