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2 エルフの国と生贄の山

2- 4.エルフの国と生贄の山

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歯ぎしりも、寝言もない一人部屋の静かな朝、二日目。
大人エルフたちの引率で、パレードを見に行く日。

いくつかのグループ毎にトラムに乗ってこのエルフの国、イグドラム国のセイヴ港に向かう。
最初にこの国の海を見たときの感動といったら。
三日月型の湾に、透き通った遠浅のエメラルドグリーンとパライバトルマリンの織り成す美しい色彩。
湾を形成する岩は黒く、崖から海に突き出した場所に、巨大な巻き貝のようなフォルムの、桟橋サンバシに直結した迎賓館ゲイヒンカンがある。
有機的でいて、未来都市の建造物を彷彿ホウフツとさせるような建物だ。

ここへ年に一度、海王種の一国、ニルヤカナヤ国の一団が物々交換と近況報告に、海の中からやって来る日が今日だ。

沖に巨大な島が出現し、そこから、色とりどり巨大魚にのった海洋人が続々とやって来る。トビウオが並走して道を作り、華やかな魚には貴魚人が、スタイリッシュで機動力が高そうな魚には、武魚人が乗っている。そして、高身長なエルフをして、どの海洋人も見上げるほど大きい。
風に揺れる赤や青の飾りヒレ、虹色に輝く鱗、原色の力強いホトバシる生命力に満ちたその体躯タイクは、淡い色彩が多いエルフの人々を圧倒する。
まるでリアル夢の国(海サイド)のショーを見ているようだ。
俺は毎年園の子供たちのために確保された、観覧用のお迎え席で、一団が海門広場に集まっていく様子を二トゥリーとミトゥコッシーの腕にしがみついて見ていた。

「そう興奮しなさんなって」
俺を宥めるミッツ。
「そりゃあ無理よ、俺もドキドキが止まらん。見てみい、あれは服を着とるんか?」
「ニッチ、お前、目の付け所がクソじゃ」
「お前こそ、さっきから下向いて、鼻押さえとるのはなんでなん? それよりも、我らの可愛い弟を見習わんかい、母上がおるかもゆうて、熱心に探しよる」
「ソゴゥ、流石にここからは、あの壇上ダンジョウにおる人の顔までは見えんやろ」
俺はミッツを見上げ、少し首を傾けて「んー」と曖昧アイマイに応え、また、王族席に目を戻した。
エルフの視力は個体差が大きらしく、俺には人の顔もそこそこ見える。
母さんがあそこにいれば、俺は絶対に見つける自信がある。だが、いまこの場に出てきている王侯貴族、高官などの中には母さんはいなかった。
海洋人たちも一応全員確認してはいるが、確認するまでもなく、全く違う。

互いの国の代表の挨拶を終え、来賓は桟橋から上陸してそのまま迎賓館へと入国していくが、午後には歓迎式典があるので、観覧客はその場で、買ってきた昼食をとったり、港付近にの飲食店へ繰り出す。

園の子供たちは、引率の先生たちと、毎年決まった二階建てのレストランを借り切って、一階と、二階におよそ、七十人ずつ分かれて昼食をとる。
このレストランで出されるのは、毎年決まってこの店の看板メニューのブイヤベースに似た魚介類のスープと、前世に一度食べたことがあるヤギのチーズに似たクセの強いチーズのパイ、バケットと魚のフリット、それとワインが出る。
アルコールは十二歳以上で保護者同伴なら、飲むことができるし、園でも時折、アルコールのタシナみ方を学ぶために出される。いかんせん、双子の前には、赤いワインが用意されているが、俺にはない。

「ひとくち~、ひとくち~」
「いかん、あと三年我慢せい」
「このチーズのパイを胃に流し込むのには、その液体が必要なんだって、本で読んだ」
「ソゴゥは、毎年パイを制するのに一苦労しよるのう」
「ソゴゥ、何て本に書いてあったん?」
「人間が書いた『エルフの食文化』って本」

俺はこのレストランに来るのも、毎年楽しみにしている。みんなで外出できるというのもあるし、このレストランの雰囲気も、園の先生方や当番の子供ではない人が給仕をしてくれるのも新鮮で楽しい。
ワインを飲むともっと楽しいはず。
ニッチに頭を抑え込まれ、ワイングラスに手が届かない。仕方なく、ノンアルの甘いシードルのようなものを我慢して飲む。

ミッツの隣の幼い子が、モジモジとし出したので、ミッツが「俺、トイレ行くけど、一緒に行こうか?」と自分のついでに連れて行ってあげるよと話しかける。
ミッツのそういうところ、俺は好き。
先生達は、十四人ごとに五つあるテーブルとは別に、十数人で固まって食事をしている。
先生に付いてきてもらうのは、ちょっと恥ずかしかったのだろう。

俺たちのいる二階には、オスティオス園長もいる。オスティオス園長は俺がいる方に、必ずいる気がする。
園で最高の実力があるだけでなく、イグドラム国で五本の指に入る魔導士なのだそうだ。
顔は怖いけど、めちゃくちゃ優しい。顔は怖いけど。あとしゃべり方も若干高慢だけど、面倒見がよくて、涙もろいというギャップがある。

ミッツが子供と手を繋いで席を立って暫くして、ニッチが、急にテーブルに突っ伏した。
いきなりのことで、体を支えることも皿を避けてやることもできなかった。
「ぐあああ、頭が、痛てえ!」
カトラリーが高い音を立てて転がり、頭を押さえて苦しがる様子に、救護ができる先生を呼ぼうと、椅子から立ち上がると同時に「先生! 先生!」と泣きながら、ミッツと一緒に一階のトイレに行った子供が一人で上がってきた。
オスティオス園長と数人の先生が子供の脇をすり抜けて一階に駆け下り、俺が母さんって呼んでしまったペル・マム先生が、泣いていた子供のもとにヒザをついて、何があったのか尋ねた。

「みんなが、死んじゃった」
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