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1 異世界転生と中二病
1-3.異世界転生と中二病
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素剛はとにかく用心深い。
「異世界召喚」はありだが、「異世界転生」はないと思っているのがまずそれである。
信号待ちしている間も、スピードを出し過ぎた車が、他の車に追突して、歩道に秒で突っ込んできても大丈夫なように、車道から離れた場所に立つし、不審者チェッカー(素剛の脳内アプリ)を常時起動させて、妙な動きをしている者がないか確認して歩く。
交通事故や通り魔など、異世界転生のきっかけにされるような不幸に見舞われるつもりは一切ないのである。
当然、工事現場近くには近寄らないし、電車に乗っても、いつだれが暴徒化しても逃げ切れるよう退路を確認する。
だから、異世界に行くとしたら「召喚」しかない。
などと考える、まじめで「命大事に」な、成長期目前の普通の中学生だ。
人の食べるものは塩分が高いからと、煮干しか、猫専用のエサを、小遣いから用意して、七匹の大所帯となった野良猫のもとに足繁く通う、かなりの動物好きでもある。
いつもの橋の下、色柄様々な猫が集まってくると、素剛はいそいそと、各所に猫缶を設置して回る。
少し大きくなった子猫たちが、ごはんそっちのけでもつれ合うようにじゃれている。
お母さん猫は分かっているが、お父さん猫は分からない。というか、素剛には猫の性別の区別がつかない。去勢されていないようだから、持ち上げて確認したら分かるだろうが、そういうことはしない。
こうやって、集まってきた猫が一匹も欠けていないことに安堵しながら、素剛は少し離れたところに座って眺める。
不意に、お腹に衝撃を感じて見ると、食事を終えたのか、過剰な甘えから頭突きを繰り出してくる八割れのキジトラ猫が、膝に乗せろと催促していた。
素剛がオレグと名付けた、口周りが白くてフカフカでかわいい猫だ。
他にもスミスやナタリー、イーサンなど、スパイ映画からとった工作員ぽい名前が付けられている。
「ほら、おいで」と、猫にしか聞かせない甘い声で、素剛はオレグを抱っこして、額の上を指先で丁寧に撫でる。
何気なく見上げた空が、本当に青い。
何層にも重ねられたようにも、のっぺりと塗りつぶされたようにも見える。
どの位置まで上昇すれば透明が青になるんだろう。
もしあの空を飛べたら。
想像しただけで興奮して鳥肌が立つ。
膝の温もりに現実に引き戻され、暖かな日差しに微睡そうになった時それが起こった。
アスファルトを激しく擦る悲鳴のようなブレーキ音と、大きな振動。瞬時に、何か取り返しのつかないことが起きたとわかる轟音が二音、三音と続き、振り仰いだ橋の上から、手すりを超えて、横転したトラックの積み荷と思しきものが降り注ぐ。
動けなかった。見ることに集中しすぎたからか、死を予感したからなのか。
刹那に去来した情報によるドス攻撃を受けたように、体が固まってしまったのだ。
それでも、素剛は抱えていたオレグと名付けた猫を持ち上げて、遠くへ放り投げた。
「投げてごめん」
お前なら、怪我することなく着地できるよな。
直後に背中に感じた衝撃。胸から突き出した棒状の物。建築廃材か何かだろうか。
ただ、痛みや絶望に浸る間もなく意識が遠のいていくことは、素剛にとってはむしろ僥倖だっただろう。
ちゃんと積み荷は固定しておけよ、クソトラがマジコロス。
それが、野島素剛の最期の意識だった。
「異世界召喚」はありだが、「異世界転生」はないと思っているのがまずそれである。
信号待ちしている間も、スピードを出し過ぎた車が、他の車に追突して、歩道に秒で突っ込んできても大丈夫なように、車道から離れた場所に立つし、不審者チェッカー(素剛の脳内アプリ)を常時起動させて、妙な動きをしている者がないか確認して歩く。
交通事故や通り魔など、異世界転生のきっかけにされるような不幸に見舞われるつもりは一切ないのである。
当然、工事現場近くには近寄らないし、電車に乗っても、いつだれが暴徒化しても逃げ切れるよう退路を確認する。
だから、異世界に行くとしたら「召喚」しかない。
などと考える、まじめで「命大事に」な、成長期目前の普通の中学生だ。
人の食べるものは塩分が高いからと、煮干しか、猫専用のエサを、小遣いから用意して、七匹の大所帯となった野良猫のもとに足繁く通う、かなりの動物好きでもある。
いつもの橋の下、色柄様々な猫が集まってくると、素剛はいそいそと、各所に猫缶を設置して回る。
少し大きくなった子猫たちが、ごはんそっちのけでもつれ合うようにじゃれている。
お母さん猫は分かっているが、お父さん猫は分からない。というか、素剛には猫の性別の区別がつかない。去勢されていないようだから、持ち上げて確認したら分かるだろうが、そういうことはしない。
こうやって、集まってきた猫が一匹も欠けていないことに安堵しながら、素剛は少し離れたところに座って眺める。
不意に、お腹に衝撃を感じて見ると、食事を終えたのか、過剰な甘えから頭突きを繰り出してくる八割れのキジトラ猫が、膝に乗せろと催促していた。
素剛がオレグと名付けた、口周りが白くてフカフカでかわいい猫だ。
他にもスミスやナタリー、イーサンなど、スパイ映画からとった工作員ぽい名前が付けられている。
「ほら、おいで」と、猫にしか聞かせない甘い声で、素剛はオレグを抱っこして、額の上を指先で丁寧に撫でる。
何気なく見上げた空が、本当に青い。
何層にも重ねられたようにも、のっぺりと塗りつぶされたようにも見える。
どの位置まで上昇すれば透明が青になるんだろう。
もしあの空を飛べたら。
想像しただけで興奮して鳥肌が立つ。
膝の温もりに現実に引き戻され、暖かな日差しに微睡そうになった時それが起こった。
アスファルトを激しく擦る悲鳴のようなブレーキ音と、大きな振動。瞬時に、何か取り返しのつかないことが起きたとわかる轟音が二音、三音と続き、振り仰いだ橋の上から、手すりを超えて、横転したトラックの積み荷と思しきものが降り注ぐ。
動けなかった。見ることに集中しすぎたからか、死を予感したからなのか。
刹那に去来した情報によるドス攻撃を受けたように、体が固まってしまったのだ。
それでも、素剛は抱えていたオレグと名付けた猫を持ち上げて、遠くへ放り投げた。
「投げてごめん」
お前なら、怪我することなく着地できるよな。
直後に背中に感じた衝撃。胸から突き出した棒状の物。建築廃材か何かだろうか。
ただ、痛みや絶望に浸る間もなく意識が遠のいていくことは、素剛にとってはむしろ僥倖だっただろう。
ちゃんと積み荷は固定しておけよ、クソトラがマジコロス。
それが、野島素剛の最期の意識だった。
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