上 下
34 / 42
6 巨悪

6-5. 巨悪

しおりを挟む
「ヨル、行くぞ! ジキタリスさん貴方も一緒に来てもらいます。何が何でも、貴方をカルミアさんのもとへ送り届ける」
「ああ、マスター、千の艦隊など一瞬で燃やし尽くしてやろう」
「あらヨルったら、途端に元気になって」
「とりあえず、この島の人達が集まっているところに行こう」

背後から、壮絶な叫び声が聞こえる。
もはや人の声とは思えない、おぞましい悲鳴に振り返り、こちらは声にならない悲鳴を上げた。
「あの悪魔の正体、凄まじいな。しばらくウナされそうだ」
「私は好きですよ、あの方のおかげで、私達の恨みも晴れるというものです。アサを助けるため、私に、イグドラシルの最も力のあるエルフをここへ呼ぶように助言したのは彼なのです。彼は、あの怨霊の考えを読んでいたのかもしれませんね」
来るときは封じられていた魔法でこの出鱈目デタラメな屋敷を抜けだし、庭を突っ切って貯水池の上を飛行して崖を上がり、暗い通路の先の扉を魔法で破壊して通り抜ける。
亡国の民の居住区に繋がるその通路へ出ると、こちらに駆け寄って来る者があった。

「館長! ご無事ですか、怪我はありませんか」
「館長、食事はどうされていたんですか、直ぐにご用意しますよ!」
スキンシップ激し目なセダムとクラッスラの二人だ。
「どうしてここへ? 図書館はいいのか?」
「館長が戻って来られないので、心配して様子を見に来たのです。亡国の母も亡くなられ、葬儀にも立ち会いました」
「彼女は、今日亡くなったのか」
「いえ、もう七日も前です」
「え? 私はここにどれくらいいたのだろう?」
「十日です、館長がこの国の民に連れられて、その日も翌日も戻って来られないので、私が様子を見にここへやって来たのです」
「その間に、小さな図書館に、前大司書のヒャッカ様から大陸最東の人間の国で、館長を待っておられたセアノサスさんや護衛の騎士の方々共々、拘束されて監禁されているとの連絡が来まして、これはただ事ではないと、本国と、イグドラシルに連絡を取り続けているのですが、ヒャッカ様の連絡を最後に手紙が何処からも届かず」
「館長をこちらの扉の前でずっとお待ちしていたのです」
二人の司書は、不安と安堵の入り混じった様子でソゴゥに告げる。

「そんなに長い間、私はこの扉の中にいたのか」
「はい、人間の国が何かきな臭い動きを見せていると感じ、図書館は閉鎖して、イグドラシルの若木の周辺に強固な魔法と物理を弾く防御魔法を展開させ、館内の水や食料、医療品などをこの地下へ運び込みました。
ソゴゥは思わず、目の前の司書の頭をワシワシと撫で、その判断を評価した。
「館長、そいつだけずるいです」ともう一人も頭を差し出さすので、撫でておく。
どちらもソゴゥより年上で、ソゴゥよりも背が高い。
二人は、やっとソゴゥの後ろにいるヨルとジキタリスに気付き、驚いた声を上げる。
「護衛の悪魔殿ではないですか、それと、そちらのお美しいエルフはどなたですか?」
「カルミアさんの娘さんだ」
「大司書をされていたカルミア様のご息女ですか⁉︎」
ジキタリスが微笑み「お二人にはよく、本を読んでいただきましたわ」と幼い姿へ変身する。
「耳は髪で隠していましたし、亡国の者には白髪もおりますから、私がエルフとは気が付いておられなかったのでしょう」
「あの少女が、貴女だったのですね。良かった、ここに居る皆の中にあの少女がいないので、心配だったのです」とセダムが言う。
「ともかく、これから起こることをここに居る人たちに告げなくてはならない」
「わかりました」
ソゴゥは二人に続き、居住空間の中央にある広い空間へと向かった。
そこには、来るときにははっきりと姿を見せなかった、一万近い人々が、もともと亡国の母がいた場所を囲むようにして待機していた。
ソゴゥが司書たちとやって来ると、皆が一斉に服従を示すように身を低くして頭を下げている。
本来なら、こういったことは嫌いだが、今皆が同じ方へ向いてくれるのはありがたいと、ソゴゥは彼らの中央に立ち、良く通る声で自分を見るように言った。

「私は、イグドラシル第一司書ソゴゥ・ノディマーといいます。亡国の母、アサさんとの約束により、これからしばらくの間、皆さんの命を預かりたい。私を信じて、私についてきて欲しい。不都合の有る者はいるだろうか?」
ソゴゥは一万の人々を見渡す。
かなり長い間をとって、沈黙を肯定と解釈する。
「この島には今、周辺諸国から千の艦隊が向かっています。狙いは、我々の命です。彼らはこの島から、ただの一人も出すことを許さない気でいる」
やっと、ここに一万の人間がいるとわかるように、人のざわめきが生じた。
ただ、今ある危機に際しても、オビえや怒りはなく、コラえ、そして極めて冷静に受け止めているようだ。

「私は、ここに居る皆を誰一人欠けることもなく、島から脱出させ、イグドラム国へと連れていく。この島の汚染が、生き物が暮らせるようになるまでにはあと百年は掛かるだろう。ここに居る皆は、もうここへ戻って来ることが出来ないかもしれないが、その子、その孫はいずれここへ戻って来られる日が来るかもしれない。だから、どうか、私と一緒にイグドラム国へ来て欲しい」

一人の青年が、ソゴゥの前に進み出て膝を折る。ここへ案内してくれた、あの青年だ。

「私たちの事を考えてきただき、ありがとうございます。私たちは、貴方から差し出された救いの手を取りたいと思います」

ソゴゥは頷く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...