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5 おもてなし開催
5-2. おもてなし開催
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栄養の行き届いていない細長い腕、指の数が明らかに多く、爪が退化している。
男は自分の腕のあった場所を布で巻き付ける。
血の色は白く、何もかもが白と黒で映し出されている。
男の目には世界の色彩が、ソゴゥのそれとは異なって映っていた。
切断されたと思っていた腕は、ソゴゥの腕ではなく男の腕だった。
ただし、巨人の腕ではなく、今目の前にいる男こそが、本当の生前の姿だったのだろう。
ソゴゥはカルミアからもらった、左手の人差し指にはめていた指輪の石が発光していることに気付いた。
彼女の特殊能力は、触れた者の記憶を見ること。
そこはソゴゥ達が落ちてきた水路ではなく、瓦礫に覆われた戦後の亡国だった。
男は切り落とした腕を、彼が調理場としている場所で細かく、骨ごと砕いて、色々な草と混ぜ合わせ、形成して火を通す。
その間も、腕の在った場所が崩れ落ちそうなほどに痛むのだが、男はそれに頓着せずに作業を続けている。
やがて、調理し終わった自分の腕を、子猫のように身を寄せ合った子供たちのもとに運んでいる。
子供たちはそれが男の腕とは知らず、美味しいと言いて笑う。
男も笑った。
男には、細く動かない腕が多くあった。
腕は二つあればいい、いや、一つあれば子供たちに食料を取って来られる。
彼の考えが、自分の記憶のように流れてくる。
食料を見つけ遠くまで行く。動物も人間も、死体であれば持ち帰り、調理して、自分たちで食料を探せない子供に分け与える。
男は知っていた。人間を食べることの罪を、そうと知らずに子供たちに分け与えていることの罪を。ただ、飢えという苦しみから、子供たちをひと時でも解放してあげたかった。
男は何時も泣いていた。
胸が締め付けられる。
誰も、飢えることがないように。すべての腕を、他人へと差し出していた。
今まさに、目の前で巨人の男が自分自身の腕を切り落として、客に振舞おうとするかのように。
「やめろ!」
ソゴゥは、巨人の腕を押さえる。
「大丈夫だ、俺はお腹が減っていない。本当だ」
大きな体、ふくよかな腕。これらは、男の願望による姿だ。
少しでも大きく肉付きが良ければ、与えられる食料が増えると。
気が付くと、巨人にしがみ付いて泣いていた。
ソゴゥは、服のポケットに入れっぱなしにしていたドライフルーツを取り出し、巨人に手渡す。
「ほら、これは滋養があるから、少ない量でも体がもつんだ。一緒に食べよう」
ソゴゥがヴィントからもらったフルーツをまずは自分が食べてみせる。
オーグルは戸惑いながらも、フルーツを口に含む。
「ありがとう」
「はは、よかった。もう自分を差し出さないでくれよ」
ソゴゥは念押しし、男が置いた包丁を座ったまま足で遠くへ蹴やる。
やがて、びしょびしょの体が冷えてきて、いよいよここを脱出しないとマズイと感じ始めたころ、水路の奥から明かりが近づいてきた。
見ると、悪魔がカンテラを持ってやってくる。
字面だけ見ると絶望的な状況だが、ここでは希望の光だった。
「おやおや、ソゴゥ様、こんなところに立ち入られては困ります。夕食どころか、朝食の席にまで着かれずにお腹がすかれたことでしょう、さあ、お部屋へ戻りましょう」
腰の抜けたソゴゥをオーグルが背負い、部屋まで運んでくれた。
オーグルは悪魔を一瞥し、部屋を去っていく。
「彼はもういいみたいですね」
「ああ、十分過ぎるもてなしだったよ。短時間でホラーとアドベンチャーを満喫できた」
「そうですか、では、今度はジキタリスをお呼びしましょう」
「それはちょっと待ってくれるかな、またびしょ濡れだし、シャワーを浴びたいんだ」
「分かりました」
「それと、着替えあるかな? できれば下着も」
「ええ、では脱衣所に用意しておきましょう、どうぞ温まって来てください」
ソゴゥはありがたくシャワー室へ行き、シャワーを浴びる。
昨日に引き続き、いい加減風邪をひいてもおかしくない。
ソゴゥはシャワーヘッドに背を向けてシャワーを浴びるタイプだ。そうすると、目線はドアの方に向いているため、すりガラスの向こうで人が動いている影が映っているのが見える。
先ほどのオーグルのようにトイレに突然、ジキタリスが突進してきたらと思い、ドアに背を向けておいた方がいいのかと、シャワーヘッドに向き直るが、そうすると今度は背後からサスペンスドラマのように刺されたりしないか心配になる。
そもそも、ソゴゥがシャワーに背を向けてドア側を見ながら、シャワーを浴びるようになったのはドラマやホラー映画の影響だ。
とりあえず、急いでシャワーを済ませ、人影のなくなった脱衣所で、悪魔が用意してくれた服に着替える。
ソゴゥが着てきた、公務中は必ず身に着けている司書服よりもだいぶ防御力が低そうな、ペラペラの肌触りの良い白いシャツに、黒いパンツ、下着はあるが靴下はない。
部屋で紅茶を入れてくれている悪魔が、ソゴゥに椅子をすすめる。
「ソゴゥ様の服は、オーナーのところのスタッフがクリーニングした後、お返しするとのことでした」
一口飲むが、昨日オーナーに入れてもらった紅茶の方が美味しかった。
パンにハムやレタスが挟まった軽食が用意されており、それを口にする。
「ジキタリスが来るまでの間、上の書斎で時間を潰されてはいかがでしょうか? そちらの窓の横のドアから上に上がる階段がございます」
ソゴゥは食事を終えると、悪魔の提案の通り上の階に行ってみることにした。
螺旋階段を上った先に、壁全体が書架となった書斎の中央にソファーとサイドテーブルがある。
ソゴゥは、新聞らしきものや、雑誌の様なものを見つけて、それらをサイドテーブルに置いて、目を通していく。
ここに来る前、イグドラシルで極東について書かれた図書にはあらかた目を通しておいたが、この新聞や雑誌は、この国の生々しい生活や情報が伝わってくる内容だった。
誰かの感想や視点で書かれた読み物と違い、戦前の政策や法案の状況、また当時起こった様々な事件などについての情報が伝えられている。
雑誌の情報は根拠が希薄な分、誇張が多く情報としては価値の低いものと分かる。
前世でも、そういう物があったようだが、ソゴゥには興味がなかったためあまり触れてこなかった。
ふと、周囲にいい香りが立ち込める。母がたまに思い出したように始める、アロマオイルを熱したときに漂うような、ハーブの香りだ。
男は自分の腕のあった場所を布で巻き付ける。
血の色は白く、何もかもが白と黒で映し出されている。
男の目には世界の色彩が、ソゴゥのそれとは異なって映っていた。
切断されたと思っていた腕は、ソゴゥの腕ではなく男の腕だった。
ただし、巨人の腕ではなく、今目の前にいる男こそが、本当の生前の姿だったのだろう。
ソゴゥはカルミアからもらった、左手の人差し指にはめていた指輪の石が発光していることに気付いた。
彼女の特殊能力は、触れた者の記憶を見ること。
そこはソゴゥ達が落ちてきた水路ではなく、瓦礫に覆われた戦後の亡国だった。
男は切り落とした腕を、彼が調理場としている場所で細かく、骨ごと砕いて、色々な草と混ぜ合わせ、形成して火を通す。
その間も、腕の在った場所が崩れ落ちそうなほどに痛むのだが、男はそれに頓着せずに作業を続けている。
やがて、調理し終わった自分の腕を、子猫のように身を寄せ合った子供たちのもとに運んでいる。
子供たちはそれが男の腕とは知らず、美味しいと言いて笑う。
男も笑った。
男には、細く動かない腕が多くあった。
腕は二つあればいい、いや、一つあれば子供たちに食料を取って来られる。
彼の考えが、自分の記憶のように流れてくる。
食料を見つけ遠くまで行く。動物も人間も、死体であれば持ち帰り、調理して、自分たちで食料を探せない子供に分け与える。
男は知っていた。人間を食べることの罪を、そうと知らずに子供たちに分け与えていることの罪を。ただ、飢えという苦しみから、子供たちをひと時でも解放してあげたかった。
男は何時も泣いていた。
胸が締め付けられる。
誰も、飢えることがないように。すべての腕を、他人へと差し出していた。
今まさに、目の前で巨人の男が自分自身の腕を切り落として、客に振舞おうとするかのように。
「やめろ!」
ソゴゥは、巨人の腕を押さえる。
「大丈夫だ、俺はお腹が減っていない。本当だ」
大きな体、ふくよかな腕。これらは、男の願望による姿だ。
少しでも大きく肉付きが良ければ、与えられる食料が増えると。
気が付くと、巨人にしがみ付いて泣いていた。
ソゴゥは、服のポケットに入れっぱなしにしていたドライフルーツを取り出し、巨人に手渡す。
「ほら、これは滋養があるから、少ない量でも体がもつんだ。一緒に食べよう」
ソゴゥがヴィントからもらったフルーツをまずは自分が食べてみせる。
オーグルは戸惑いながらも、フルーツを口に含む。
「ありがとう」
「はは、よかった。もう自分を差し出さないでくれよ」
ソゴゥは念押しし、男が置いた包丁を座ったまま足で遠くへ蹴やる。
やがて、びしょびしょの体が冷えてきて、いよいよここを脱出しないとマズイと感じ始めたころ、水路の奥から明かりが近づいてきた。
見ると、悪魔がカンテラを持ってやってくる。
字面だけ見ると絶望的な状況だが、ここでは希望の光だった。
「おやおや、ソゴゥ様、こんなところに立ち入られては困ります。夕食どころか、朝食の席にまで着かれずにお腹がすかれたことでしょう、さあ、お部屋へ戻りましょう」
腰の抜けたソゴゥをオーグルが背負い、部屋まで運んでくれた。
オーグルは悪魔を一瞥し、部屋を去っていく。
「彼はもういいみたいですね」
「ああ、十分過ぎるもてなしだったよ。短時間でホラーとアドベンチャーを満喫できた」
「そうですか、では、今度はジキタリスをお呼びしましょう」
「それはちょっと待ってくれるかな、またびしょ濡れだし、シャワーを浴びたいんだ」
「分かりました」
「それと、着替えあるかな? できれば下着も」
「ええ、では脱衣所に用意しておきましょう、どうぞ温まって来てください」
ソゴゥはありがたくシャワー室へ行き、シャワーを浴びる。
昨日に引き続き、いい加減風邪をひいてもおかしくない。
ソゴゥはシャワーヘッドに背を向けてシャワーを浴びるタイプだ。そうすると、目線はドアの方に向いているため、すりガラスの向こうで人が動いている影が映っているのが見える。
先ほどのオーグルのようにトイレに突然、ジキタリスが突進してきたらと思い、ドアに背を向けておいた方がいいのかと、シャワーヘッドに向き直るが、そうすると今度は背後からサスペンスドラマのように刺されたりしないか心配になる。
そもそも、ソゴゥがシャワーに背を向けてドア側を見ながら、シャワーを浴びるようになったのはドラマやホラー映画の影響だ。
とりあえず、急いでシャワーを済ませ、人影のなくなった脱衣所で、悪魔が用意してくれた服に着替える。
ソゴゥが着てきた、公務中は必ず身に着けている司書服よりもだいぶ防御力が低そうな、ペラペラの肌触りの良い白いシャツに、黒いパンツ、下着はあるが靴下はない。
部屋で紅茶を入れてくれている悪魔が、ソゴゥに椅子をすすめる。
「ソゴゥ様の服は、オーナーのところのスタッフがクリーニングした後、お返しするとのことでした」
一口飲むが、昨日オーナーに入れてもらった紅茶の方が美味しかった。
パンにハムやレタスが挟まった軽食が用意されており、それを口にする。
「ジキタリスが来るまでの間、上の書斎で時間を潰されてはいかがでしょうか? そちらの窓の横のドアから上に上がる階段がございます」
ソゴゥは食事を終えると、悪魔の提案の通り上の階に行ってみることにした。
螺旋階段を上った先に、壁全体が書架となった書斎の中央にソファーとサイドテーブルがある。
ソゴゥは、新聞らしきものや、雑誌の様なものを見つけて、それらをサイドテーブルに置いて、目を通していく。
ここに来る前、イグドラシルで極東について書かれた図書にはあらかた目を通しておいたが、この新聞や雑誌は、この国の生々しい生活や情報が伝わってくる内容だった。
誰かの感想や視点で書かれた読み物と違い、戦前の政策や法案の状況、また当時起こった様々な事件などについての情報が伝えられている。
雑誌の情報は根拠が希薄な分、誇張が多く情報としては価値の低いものと分かる。
前世でも、そういう物があったようだが、ソゴゥには興味がなかったためあまり触れてこなかった。
ふと、周囲にいい香りが立ち込める。母がたまに思い出したように始める、アロマオイルを熱したときに漂うような、ハーブの香りだ。
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