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4 夜の消失 

4-6.夜の消失

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そういえば、服びしょびしょなんだけど。
悪魔がドアを開けて、中へどうぞと手を差し伸べる。
ソゴゥは促されるままに、部屋へ入り、そしてすぐに出てきてドアを閉めた。

「おい」
「おや、どうされましたか?」
「人間だよな?」
「人だったものですね、もう亡くなられてかなり経ちますし、魂だけだった彼らに、彼らの記憶を元にその姿を肉付けしてみたのですが、どうも鏡を見たことがない者や、自分であることをイトうあまり、姿を変えられているような方がほとんどのようです」
ソゴゥは深呼吸をして、心臓を叩いて、さらに両頬を手でたたき気合いを入れる。
「よし」
ドアを開け、数秒制止し、そして静かに閉める。
「俺、これ殺されるんじゃない?」
「まさか、たぶん大丈夫ですよ」
「完全に俺の事、食料と思っていそうなヤツいたけど、手に出刃包丁もっていたけど、ヨダレたらしていましたけど!」
「世界樹の使途シトを食べたいなんて、グルメですね、フフフ」
「ちょっと!」
「大丈夫、大丈夫。肉体が無くなったら、魂は私が食べて差し上げますので」
「大丈夫じゃなくない、それ!」
「まあ、いいからお入りください」
悪魔に背中を押されて、部屋に押しやられる。
七人の目がこちらに集まる。
ものすごい圧だ。
大きなテーブルの左右に三人ずつ、手前に一人座っている。
悪魔が奥の椅子を引き、そこへ座るように促される。
ソゴゥは無表情を取りツクロい、亡者の後ろを回って奥の椅子に座る。
ソゴゥが最初に見て、一番びびった相手がすぐ左隣にいる。
悪魔がソゴゥの後ろに立ち、そして七人に紹介を始める。

「こちらはイグドラム国からいらした方で、しばらくこの屋敷に滞在されます。まずは、自己紹介をお願いできますか」と悪魔はソゴゥに向かって言う。
「イグドラム国からきました、ソゴゥ・ノディマーです」
悪魔が「え、それだけですか?」と視線で訴えてくる。
ソゴゥは左側を見ないように、さらに声が震えないように続ける。
「五人兄弟の末っ子で、公務員をしています。趣味は読書と旅行、好きなものは毛並みのいい動物全般です」
これでいいかと、ソゴゥは悪魔を振り返る。
悪魔はソゴゥのボケを理解している様子もなく、少しだけ首をかしげてから七人に向かって言う。
「ここにいる皆さまには一人ずつ、交替で、この屋敷の案内や、皆さまが普段なさっていることをお見せしたり、お話したり、料理を振舞ったりしてソゴゥ様に喜んで頂けるよう、おもてなしをお願いします」
「それはいい、久しぶりにお客様をおもてなしさせていただけるとは、楽しみですな」
ソゴゥの正面、一番離れた場所に座る男が言った。
星や勲章クンショウがどっさりと付いた将軍が着るようなシワ一つない軍服を着ている。
背筋がきれいに伸び、口髭クチヒゲを蓄えていて押し出しの強い、この中ではだいぶ人間に近い風貌をしていた。
もう一人軍服を着ている者がいるが、こちらは、左側の男同様、あまり視線を向けたくない容貌だ。
足を行儀悪くテーブルに乗せ、黒い戦闘服には、赤かっただろう液体がカワいてこびりついている。眼球は赤く、瞳は黒い。顔にも返り血がそのままアザになったような、赤い模様が刻まれている。
その戦闘服の男の手前、ソゴゥの直ぐ左横の男は、終始ヨダレを垂らしている。

まずは、包丁をテーブルに置け、話はそれからだ。
ソゴゥは左隣の大きな体を丸めて座る、腕の数の多い白い巨人の息使いに辟易ヘキエキしていた。

「ああそうでした、決して、ソゴゥ様を傷つけたり、食べたり、殺したりなさらないでください」
取ってつけたような、悪魔の注意に、何か罰則を設けたり、絶対やってはいけないと念押しするなりしてくれよと、不安に思う。
「おもてなしの順番ですが、ソゴゥ様の直ぐ左のオーグルさんが最初です」
もう食人鬼オーグルって言っちゃっているじゃん。よりによって、一番最初とか。
ソゴゥは目に力を入れて、泣きそうになるのを堪える。
「その次がジキタリスさん」
ソゴゥの右隣の女性で、彼女は頭に馬の骨を被っていて、顔が見えない。
喪服のような首を覆う黒いドレスに、白い長い髪。黒い手袋をしていて、肌の一切が見えない。
そして、オーグルの奥の血まみれ戦闘服男、その向かいのクマの被り物を被った少女、紙のように体が薄くて手足の長い性別不明の人、美しい容貌なのだがバーチャルのような違和感がある。
あと1人は、身なりの良い青年。
仕立てのよいスーツに白いシャツ、赤いネクタイ。
奥の軍服の男同様、人間として違和感のない風貌だ。彼は真っ直ぐこちらを見ている。
悪魔が順番を言い終えると、各々は了承と取れる仕草でそれぞれに頷く。

「オーグルさんは明日、おもてなしの準備が出来ましたら、ソゴゥ様のお部屋に来てください。では、これで今日のところは解散としましょう。ソゴゥ様、お部屋へご案内いたします」
やっと、びしょびしょの服を脱げると、ソゴゥは部屋を辞して悪魔に続いた。
屋敷は広く、無意味な扉や階段を上がったり、クグったりした。
ソゴゥは建物正面からここまで、一人で来られる自信がまるでない。

「こちらをお使いください。比較的安全な部屋を選びました」
もう突っ込むのも面倒だと言わんばかりに、ソゴゥは黙って案内された部屋へと入る。
「ワーオ、何ここ殺人現場?」
「おや、おかしいですね。綺麗に片づけておいたのですが、イタズラされないように入り口も分かりにくくしておきましたが、効果がなかった様です。部屋を換えましょうか?」
「ここでいいよ、とりあえずベッドがあればいいし」
ソゴゥは空き巣に入られたような荒らされた部屋に入り、ひっくり返った椅子を起して、そこに脱いだ外套を掛けた。

部屋はかなり広いが、椅子やテーブルは倒れ、ベッドの布団やシーツはグシャグシャになり、クローゼットのドアや引き出しは開きっぱなしで、調度品は散らかり壁の絵も傾いている。
時計はすでに、いつもならソゴゥがそろそろ眠る時間を過ぎていた。

「ご夕食は、こちらの部屋にお持ちします」
「ありがとう、でも食料なんてあるの?」
「貴方をご招待するにあたり、私がよその国から買い付けました。水も、食料も害のある物ではございませんのでご安心ください」
「それならよかった」
「それでは、何かありましたらお気軽にお申し付けください。そちらの電話の受話器を上げていただければ、私に繋がりますので」
ソゴゥは後ろを振り返り、前世で見たレトロな電話機を確認した。
「それでは」
悪魔が出ていく。
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