上 下
19 / 42
4 夜の消失 

4-5.夜の消失

しおりを挟む
バランスを崩し、空中に投げ出されて落下し、受け身を取ろうと地面を確認する間もなく、そのまま水柱を上げて水中に深く沈んだ。

水をいて、水面に顔を出すと、頭の上に何かが乗っかってきたが、手は水を掻くので精一杯のため払い落す事も出来ず明るい方に泳いで、岸を見つけて這い上がった。
頭の上に避難している魔獣を、頭を振って落とす。
魔法が使えないと服を乾かすこともできないと、びしょびしょの服をとりあえず外套ガイトウだけ脱いで力の限り絞って、また羽織った。

振り返ると、かなりの高さから落ちてきたようで、下が水でなかったら大怪我を負っていただろう。
それに、ここは地下であるが、まるで空があるように高く、天上は白く霞んでぼんやりと明るい。目指してきた明かりの方には、こちらもまた地下にあるには不自然な、ホテルの様な建物があり、その手前の広い庭園は塀で囲まれていた。
塀まで歩き、空いている所からそのまま庭に踏み入る。

「ようこそ」
背後からの声に、ソゴゥは振り返る。
「お出迎えせずに失礼いたしました。世界樹の聖隷セイレイ殿、貴方をお呼びしたのは私でございます」
ソゴゥは男を不審げに見つめる。
「悪魔が、俺に何の用なんだ?」
不意に、ついてきていた魔獣が男に飛び掛かりそうになったので、ソゴゥは空中でキャッチして、後方にリリースした。
「魔法を封じられて、よく私が悪魔だと瞬時に見抜けましたね」
「当てずっぽうで言っただけだ、本当に悪魔だったとは」
男は人の姿から、本性を現すように頭部に角と、ライオンの様な尻尾、蝙蝠コウモリの様な翼を出して、金色の目をスガめた。
「悪魔に女子はいないの?」
「おかしなことを言われる、悪魔に性別はありませんよ、人間の欲望を反映させる姿を取ることが主ですから、何でしたら女性の姿を取りましょうか?」
「悪魔に希望を述べて、言質を取られるのは勘弁だな。上辺だけの女子に興味はないし」
「用心深い事ですね。では、早速こちらの建物へご案内いたします。会っていただきたい亡者が、七名ほどおりますので。その七名にお会いになる前に、用件だけ、先ずはお伝え致します。歩きながらお話いたしますので、どうぞ付いて来てください」
悪魔は角や翼と尾を引っ込め、建物へソゴゥを案内する。
庭から建物までの道には真っ赤な絨毯ジュウタンが敷かれ、庭には池や東屋アズマヤ、石像の様なものが調和なくただ置かれている。
酷い趣味だと呆れながらも、口を出さずに悪魔について行く。
正面の扉が開かれ、建物の中へ入って絶句した。
ショッピングモールなどにあるカスケードのレベルを超えた、本物の滝が轟々と吹き抜けの最上部から、フロアの床に空いた穴に向かって落ちている。
轟音で、悪魔の声がまるで聞こえないばかりか、ただでさえびしょ濡れのところへ来ての、この湿気。
マイナスイオンなど皆無の、室内の不快指数爆上がりの設備だ。
悪魔はこのエントランスを滝の周囲を半周して、滝の裏の扉を開けて奥へと先導する。扉を閉めた途端、滝の音と湿気が無くなった。

「私の趣味ではないのですよ。亡者たちはもはや記憶が曖昧アイマイで、このように歪な空間が出来上がってしまっていますが、出来る限りユガみを削る努力はしているのです。しかし、生身の体では、ここはかなり危険ですので、移動の際は注意してください」
「はあ」
「さあ、この奥の客間に集めている亡者達に会われる前に、話しておきましょう。私はある者との契約で、七人の亡者のうち一人を救わなくてはならないのです。その亡者を、第三者に決めていただくため、世界樹が選んだ貴方ならと、亡国の母に頼んで招待させていただいたのです。と言いますのも、この七人の亡者は全て、亡国の戦争に関わった者達で、被害者であり加害者である者達なのです。ですので、この戦争と関わりのない者の視点で、彼らを見て、そして判断していただきたい、それが貴方に来ていただいた理由です」
「亡国の母に、ある者の力になって欲しいと頼まれたが、まさか悪魔の願いとは。まあ、協力をしてもいいが、選ばれなかった亡者はどうなる?」
何を当たり前の事を聞くのかと言わんばかりに、悪魔が作り物めいた顔に笑みを浮かべる。
「貴方に選ばれなかった亡者は、地獄へ送られます」
ソゴゥは腕を組み、宙に視線を漂わせ、やがて下から睨み上げるように瞳だけを悪魔へと向けた。
「どうして選べるのは一人だけなんだ?」
「そういう契約だからです。これは、私にも貴方にも変えることのできないルールです」
「救うとは、具体的にどういう事を指すのか、それと地獄へ送られるとどうなる?」
「救うとは、生き物の正しい死を与えるという事です。私は何度か経験しておりますが、捉え方は人にもよるでしょう。苦しみも寂しさもない、それどころか惑星の一部となり、壮大な記憶と、多くの生命を感じ、惑星創世記からの地殻変動や、海が姿を変える光景を目の当たりにしたり、時にその最中に放り込まれたり。エネルギーの一部であり、強大な力を感じたり、感動したりもしましたね。星はこんなにも生命に優しく、そして生命は惑星の一部だと感る。といった体験ができます。いわば、巡る、流れ続けるといったイメージでしょうか。そこには星蝉セイダンや、おおいなる優しいものの気配が常にあり、光と温もりがある。片や地獄とは、生物が感じる全ての苦しみが際限なく繰り返される世界といったところでしょうかね、知能をもつ生物がオチイる魂の牢獄ロウゴクのような場所です」
「そうか、俺なら地獄は願い下げだ。当然救われたいと願うね。それで、救うに値する亡者はいるのか?」
悪魔が片眉を上げ、驚きの表情をみせた。

「貴方の目で、貴方の思考で判断してください。こちらの部屋に亡者達がおります」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

メルレールの英雄-クオン編-前編

朱璃 翼
ファンタジー
月神を失って3000年ーー魂は巡り蘇る。 失われた月神の魂は再び戻り、世界の危機に覚醒するだろう。 バルスデ王国の最年少騎士団長クオン・メイ・シリウスはある日、不思議な夢を見るようになる。次第に夢は苦しめる存在となりーーーー。 ※ノベルアップ+、小説家になろう、カクヨム同時掲載。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...