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2 図書館の怪現象

2-1. 図書館の怪現象

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今回の発令で極東から昨日、このエルフの国、イグドラム国へ戻ってきた。
本来三年の任期のところを、五年に延長したのは自ら志願してのことだった。
自分の代わりにレベル4の司書が二人、後任を勤める。極東へ赴任した者は、その精神を病んで帰国する。それだけ、特殊な環境なのだ。
極東の「特別不可侵領域」そこには、五十年前まで人間の国が存在していた。
いまその場所は、植物がほとんど育たず、周辺の海も汚染された死の土地だった。
そこに住む亡国の民のために建てられた「小さな図書館」が、赴任先フニンサキだった。
イグドラシルは首都セイヴにある本館の他に、イグドラム各地、また世界各国にこの小さな図書館を分館として、飢饉や難病、魔獣被害、食と衛生、インフラに関する知識などを提供している。
イグドラシルのレベル3から4の司書は、この各地にある分館に定期的に異動となる。
レベル5である自分が、地方へ異動となったのは、極東が特別な場所だったからだ。
また、今回のレベル4の二人の任期が過ぎれば、別のレベル5か、レベル4が二人行くことになるだろう。
亡国の民を見て、自分は人間を呪わない日はなかった。
どうしてここまで同じ種族に残酷になれるのか。命とは、人とは、尊厳とは、何故、何故、何故。
彼らが泣かないのなら、自分も泣かないと決めていた。
手のひらに、極東赴任最後の日に渡された小さな靴下がある。赤子が人生で一番最初に履く靴下だ。
かつては白かったのだろう、黄色味がかった色をして、花の刺繡シシュウがしてある。
それを大事に司書服の内ポケットにしまう。
今日からまた、イグドラシル本館勤務に戻る。

まずはレベル5の執務室に顔を出し、館長に挨拶に行かねばならない。
図書館職員の通用口から出勤し、五年ぶりのイグドラシルを懐かしく見回す。
階段を上がり、レベル5の共有の執務室のドアをノックする。
ドアを開けると、そこには一人を除き、みな同じ顔ぶれだ。
前司書長のジャカランダが、現役を退シリゾいたことは聞いていた。
今は、サンダーソニアが司書長であるということで、赴任先から戻ってきた挨拶をする。

「おかえりなさい、セアノサス。貴方が不在の時に、レベル5は一人増えて、一人減ったの、こちらアベリアよ」
「アベリアです、よろしくお願いします」
「私は、セアノサスだ。昨日極東から五年ぶりにイグドラムへ戻ってきた。よろしく頼む」
「セアノサス、さっき館長がこちらに顔を出すとのことだったから、ここで待つといいわ」
「わかりました。そう言えば、ヒャッカ様が引退なされたと聞きましたが、新館長は誰が引き継いだのですか? てっきり、ジャカランダが引き継ぐかと思っていましたが、一緒に引退したとか」
「ええ、お二人はすでに司書職を退かれていらっしゃいます。館長は・・・・・・」とサンダーソニアが説明しようとしていたところに、ドアがノックされた。
直ぐに、ドアが開き深緑色の司書服と、黒い司書服を着た二人が入って来た。
深緑色は最高位の証。このイグドラシルの歴史上ただ一人しか存在しなかったレベル7のみが着用を許された司書服。
そして、その顔を見て息をのんだ。この顔は、昨夜自分が喧嘩を吹っ掛けた相手、あの人間の男だった。

「私は、二年前にイグドラシル館長に就任したソゴゥだ。これは、私の護衛の悪魔で、ヨルという。極東の任務ご苦労だった。私に、何か直接報告することはあるか?」
ノドが引きれて声が出ない。
サンダーソニアが、自分を極度の緊張状態にあるとみてとったのか、自分の代わりに応える。
「この者が、お伝え致しました、セアノサスといいます。おそらく、長旅の疲れが出たのでしょう、報告はあとで私が確認して、館長にお伝えいたします」
「そうか、では任せよう」
館長であるソゴゥはこちらを一瞥イチベツして、執務室を去っていった。
そこで、ヨウヤク金縛カナシバりが解けたように、息を吸い込むことが出来た。
「セアノサス、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」
「あ、ああ。あの新しい館長は、レベル7なのか?」
「そうです、貴方は一度もソゴゥ様にお会いになったことがなかったのですね。そう言えば、貴方が極東に異動になったのが、五年前の春で、ソゴゥ様がこちらにいらしたのが五年前の秋でしたね。来年の春には、第一司書の三年の任期を経て大司書を襲名されます」
「その、イグドラシルは、人間を選んだのか、巫覡フゲキともいえるレベル7の大任に」
サンダーソニアは、その横にいた若い司書と顔を見合わせた。アベリアと紹介されていた司書だ。
アベリアは「もしかして、館長を人間だと思われたのですか?」と聞いてきた。
「人間ではないのか?」
「エルフよ」
「エルフですよ」とサンダーソニアとアベリアが答える。
「だが、あの容姿はどういったことなんだ。まるでエルフらしからぬというか」
「黒髪のエルフはいませんからね、ソゴゥ様のあれは偽装ですね、おそらく」とサンダーソニアが答える。
「何のために、それに、エルフというのは間違いないのか?」
「館長はエルフですよ。何て言ったって、館長のお母様は前大司書のヒャッカ様ですし、お父様は十三貴族のノディマー伯爵家の方です」
「え、十三貴族? 十二貴族ではなくなったのか、それにヒャッカ様の子供というのは間違いないのか? あのヒャッカ様に子供がいらっしゃったなど初耳だ」
「ノディマー家が加わり、十三貴族となったのですよ。最近の事です。また、ヒャッカ様のお子様は、ソゴゥ様をはじめ、皆その存在を秘匿ヒトクされておられました。歴代のレベル6のお子様方に起きた不幸を繰り返さないために」
「それは聞いたことがある。イグドラシルに存在したレベル6は、ヒャッカ様を除き三人。この三人の子供は、みなサラわれたのだったな」
「そう、一人は魔族に攫われてそれっきり、二人目は敵対していた国に連れていかれ、見つけ出したときは、精神をイチジルしく病んでいたといいます。三人目は王宮にカクマわれていたというのに、何者かに連れ去られて行方不明のままです。ですから、ソゴゥ様のあのお姿は、子供であったソゴゥ様が攫われないよう、エルフであることと、レベル6の子供であることを隠すためのお姿だったのかもしれません」
「そ、そんな、では、なぜ成長した今も、あの姿なんだ?」
「館長がどんなお姿でも、よいのではないでしょうか? 館長の見た目を問題視する方が、私には問題かと思われます」
アベリアが憤然フンゼンと言う。
「これまでをあの姿で過ごされたのです、ソゴゥ様にとっての自分とはあの姿なのではないでしょうか? 私はソゴゥ様にあの丸いお耳がとてもお似合いだと思います。あの短い黒髪もとても清潔な印象を受けますし、実際いい匂いがします」
サンダーソニアも現館長の容姿に肯定的であるようだ。
「え? 司書長、匂いって」
アベリアが、どうやって嗅いだのかをメモを取り出して、サンダーソニアに詰め寄っている。
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