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6. 神の庭と王家の書

6-1 神の庭と王家の書

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手紙鳥には、音速で移動する早便が存在する。
早便用の手紙を所有できるのは、王族や、官公庁のトップ、一部諜報員と、命に係わる仕事をしているエルフに限られている。
ソゴゥも申請すれば、早便を使用できる立場にあったが、今まで特に必要を感じていなかったため、音速の手紙鳥を使ったことがない。
ソゴゥはロブスタスにこの早便で、リンドレイアナ姫に手紙を出してもらうよう頼んだ。

「姫殿下がこちらの次元に来られていたら、手紙鳥は姫の魔力を追って姫の元に届くでしょう。こちらの次元に姫がいない場合、鳥は飛び立たず、手紙に戻るはずです。私は、手紙鳥を追って、姫の様子を確認してきます」
「そんなことができるのか?」
「手紙鳥にマーキングして、瞬間移動で追いかけます」
「分かった、私も妹のことは心配であった。手紙には、こちらが無事である事と、困ったことがないかを尋ねる内容とするが、どうだろう」
「はい、いいと思います、それと小さな黒い魔獣が訪れることを加筆ください」
ロブスタスが早便の手紙を綴る間、ソゴゥはガイドから装丁部分に填め込まれたカギを外して、これを本来の槍のような大きさに戻した。
イグドラシルの階層権限の象徴と、イグドラシルからの魔力供給を得る媒介となるカギが黄緑色に光り、ソゴゥの方へ魔力を帯びた光が移動してくる。
「次元を超えても、イグドラシルから魔法供給を得ることが出来るようだ。これなら思う存分魔力を使える」
「瞬間移動に、そんなに魔力が必要なのか?」
イセトゥアンが不安そうに、ソゴゥに尋ねる。
「神殿まで移動するのは大した事はないけど、万が一竜神王が敵意を持って襲ってきた場合に備えておこうと思って」
「そうならない事を願うよ」
「ソゴゥ、では、鳥を放つが準備はいいか?」
「はい、お願いします」
バルコニーに出て、鳥を手に包むロブスタスの横に、小さな黒い魔獣をリュックに入れたソゴゥが立つ。
赤い目のイタチのような魔獣はヨルである。
日が暮れ、紺色となった夜空にロブスタスが鳥を放つと、ソゴゥがそれを瞬間移動で追った。
鳥は真っ直ぐ神殿の方に向かっていたため、この時点でリンドレイアナ姫がこの空中国家ヘスペリデスへ来ていることが確定した。
音速の鳥を追いながら、ソゴゥはヨルやルキの方が早いことに気が付いた。
明らかに早便の鳥の二倍から三倍の速さを、ソゴゥは以前体感していたからだ。
鳥が神殿の上層部の、自分たちが滞在していた部屋に入っていくのを見届ける。
「これなら、瞬間移動じゃなくて、ヨルに乗って追った方が良かったな」
ソゴゥは神殿全体の様子を俯瞰フカンしながら、何か変わったところがないか確認する。 
竜神王の大きすぎる気配で、他が霞んでしまっているが、見た目はとくに不審なところは見受けられなかった。
そうして、部屋の前に移動すると、魔獣姿のヨルをリュックから床にそっと置いて、部屋をノックし自分はその場から離れた。

リンドレイアナは部屋のドアをノックする音を聞き、ドアの前に立った。
訪問者の自分に対する害意がないことを確認し、大丈夫そうだとドアを開けると、黒い小さな獣がヌルリと部屋に入って来た。
丁度今、兄からの手紙を受け取り、その中にイセトゥアン隊長と第一司書とその護衛の悪魔が一緒であり兄が無事であることと、もし困っていることがあるなら、手紙と共に訪れる黒い魔獣に告げる様にと書かれていた内容を読み終えたところだった。
リンドレイアナは、イタチのような黒い光沢を放つ毛並み良い魔獣に触れようと屈むが、魔獣はスルリとその手を躱し、ちょっと距離を置いたところに前脚を揃えて座った。
懲りずに触れようと再チャレンジするが、近付くとその分魔獣が離れていく。そこへ、竜神王が慌てて駆け込んできて「姫、無事か」と姫の様子を確認し、姫を庇うように、そばにいる魔獣と姫の間に割り込んだ。

「スラジ王、この魔獣は私の兄が寄こしたものですので、大丈夫ですわ」
「そうだったのか、急に大きな魔力を感じて慌てて来たのだ」
「恐らく、イグドラシルの護衛の悪魔殿ですわね」
魔獣は肯定するように、コクリと首を振る。
「そうであったか、姫のことは余が責任を持って守る。そして四日後には必ず、イグドラム国へ送り届けると約束しよう」
「どうゆう理由で、姫を連れて来たのか、そろそろ教えてくれませんか?」
魔獣が、悪魔の姿に戻る。
その顔は、エルフに擬態していた王宮騎士の一人だと分かった。そして、その横に突如現れた黒目黒髪の人間に似た青年は、上位精霊を上回る力を持っており、スラジは他者に初めて緊張を覚えた。
「第一司書殿、お久しぶりですわ、引き上げ船でお会いして以来でしたかしら?」
「姫殿下、お久しぶりです。スラジ王とは、面識がおありだったのですね。ずいぶん親しいようにお見受けいたします。我々は余計な事をしてしまったようだ」
「いや、あのような形で王女を連れ出そうとした余にも問題があった。余は、其方の言うように姫と面識があった。ただ好意があるために、こちらに来て欲しいというのが、どうにも言い難くてな、あのような手段をとったのだ。姫は、きちんと四日後に、イグドラム国へお返しする」
「え、嫌ですわ」
え? 嫌ですわ? とソゴゥが姫の言葉を心の内でオウム返す。
ソゴゥはこめかみに指を当てたのちに、ヨルを振り返る。
ヨルは肩をすくめ、ソゴゥから距離をとった。八つ当たり対策だ。
「なるほど、姫の気持ちはよく分かりました。我々は本当に余計な事をしたようです。スラジ王、姫が許可したからと言って、姫の手指以外に触れることは許しませんよ。我らが姫と正しく婚姻を望むのであれば、節度を持った交流の後に、先ずはゼフィランサス王とオルレア妃に報告をなさってください」
スラジは、ソゴゥを凝視し「まさか、其方はあの侍女か」と問いかけてきた。
「いかにも、あれは私ですね。できれば、忘れてください。お願いします」
ソゴゥは言い、ヨルに目で帰ろうと合図をする。
「私達も、姫が帰省するその時まで、この浮島群に居りますので。姫、何かあったら、早便を飛ばしてください。十分で到着できます」
「ええ、分かりましたわ」
「我々は、それまでは邪魔にならないよう、ここには近づきませんので」
「え、あの、ええ、邪魔というわけではないのですけれど」
姫が赤らんだ顔で、スラジ王の顔を覗き見る。
知ってる、恋する乙女の顔だ。イセトゥアンを見る女性エルフたちは、だいたいこういう反応をする。
それに、スラジ王の姫を見る目には、もっと深い愛情が見て取れる。
こういう感じのカップルなら、俺だって応援できますよ、次元や、種族をどう越えていくのか、正直あまり興味はないが。
だいたい、愛があればなんとかなるとか思ってそうだし。
てか、すでに俺たち空気になっているし。
見つめ合う若いエルフと若い竜を置いて、ソゴゥは神殿を後にした。
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