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5. アジュール温泉郷

5-4 アジュール温泉郷

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リンドレイアナは竜神王の指の隙間から身を乗り出し、声を限りに叫ぶ。

「サルビア、王宮魔導士サルビア・スコーピオよ! リンドレイアナ・プルニーマ・イグドラムが命ずる、直ちに攻撃を止めて私の話を聞きなさい!」
「アナ・・・・・・リンドレイアナ殿下」
「サルビア、竜神王の拘束を解くのです。これは命令です、それと、お願いでもあるのです。サルビア、私はヘスペリデスに行ってみたいと思っていたのですよ」
リンドレイアナがサルビアに微笑みかける。
「殿下、行っては嫌です」
サルビアが鼻水を啜りながら、吐露する。
「また会えます、必ず」
サルビアが手指に絡まった糸を切ると、魔法円から伸びていた強力な紐が同時に消失した。
王宮の庭から、第一騎士団のグロリオサが王城の壁を駆け上って、竜神王の背後上空へ踊り上がって、大型魔獣討伐用の返しのついたモリのような大きな槍を投擲する。
「我らが王の御座す城に土足で踏み入れる者は、何人であろうと許さぬ!」
竜の鳴き声が響き、槍が深く刺さった背中から、黄金の血が吹き上がる。
グロリオサは槍についた鎖を、後方の庭にいる王宮騎士達に投げ渡し、これを引かせる。自分自身は屋上に降り立ち、竜の正面へと回り込んだ。
竜の体が浮き上がり、地面へと引き寄せられる。
グロリオサは、長剣を取り出してこれを構える。
リンドレイアナは、竜の指の隙間からその背から伸びる鎖を見て、悲鳴に近い声を上げる。
「サルビア! お願い、この鎖を切って!!」
「リンドレイアナ殿下?」
ここに居ないはずのリンドレイアナの声に、グロリオサが竜の手の中を凝視する。
「グロリオサ団長、少し眠っていてもらいますよ」
サルビアの体から発生した赤い霧がグロリオサを包み、グロリオサはその場に昏倒した。
更にサルビアは手指を忙しなく動かし、竜神王の背に刺さった槍の先の鎖の横に二つのオレンジ色の魔法円を出現させ、魔法円の中から二本の腕が伸びてきて、鎖を掴むとこれを引き千切った。
「行ってください、殿下。必ず戻ると、約束してください!」
「サルビア、ありがとう」
竜は舞い上がり、上空へ向けてひと鳴きした。
サルビアのように魔力量の多い者以外は、この鳴き声で体の自由が奪われ、舞い上がる竜を追うことが出来なかった。
「私達はだいぶ手加減をされていたのですね」
サルビアは、屋上から王宮の庭を見下ろして独り言ちる。イグドラム王宮の厳重な多重防壁を薄氷の様に砕くほどの圧倒的な力を持ちながら、庭に倒れている騎士達には怪我一つないのだ。
まるで誰も傷つけないように、蝶が花に止まるようにやって来て、姫だけを連れて去って行った。
リンドレイアナは遠くなる友と城を見下ろし、やがてヘスペリデスに続く次元をまたいで、一気に景色が変わるのを目の当たりにした。
ニルヤカナヤの海底の王国や、近隣諸国へ外交で訪れることは多々あったが、このような一つの建造物が巨大で荘厳な神殿を今まで見たことがなかった。
リンドレイアナはただの少女に戻って、この光景に胸が躍るような感動を覚えていた。
竜は神殿の最上部に降り立つと、リンドレイアナを手の中からそっと下した。
背中に刺さっていて槍が溶解するように消えていき、体表に白い泡の様な光が浮かび上がって傷を塞いでいく。やがて、傷がすっかり塞がると、巨大な金色の竜から、人の姿に変化していった。
リンドレイアナは褐色の肌に赤い衣を纏ったスラジ王に、優雅に一礼をする。

「お久しぶりです、竜神王様。貴方はニルヤカナヤから戻る私達の船が、魔物だまりの渦に遭遇した時に助けてくれた、あの時の竜神様だったのですね」
「手荒な真似をして済まなかったな」
「いえ、元はと言えば、兄が私にすり替わっていたのでございますから。ところで、兄達はいま何処に居るのでしょう」
「おそらく浮島群の何処かにいるとは思うが、逃げるのを追わなかったのだ」
「ウフフ、そうなのですね。では、今も何処かに元気に逃げ回っていることでしょう。父との約束で、五日後にイグドラム国に戻る際に、兄達は戻してやってくれませんか?」
「ああ、見付けられたらそうしよう。がだ、あの者達の中には、自力でも次元を超えられる者が少なとも二人はおったが」
「まあ、兄と王宮騎士のイセトゥアンと、他に誰がいたのでしょうか?」
「恐らく、悪魔と思しき騎士と、魔王の様な侍女だ」
リンドレイアナは首を傾げる。
「イグドラム国にいる悪魔と言えば、イグドラシルの第一司書様をお守りする護衛の悪魔殿がおりますわ、けれど魔王のような侍女に私は心当たりがございません」
「ソウと呼ばれておった」
「ソウですか? やはり私の侍女ではございませんね。ただ、イグドラシルの第一司書様は、確かに魔王と間違えられてもおかしくない、エルフを超越した存在ではありますが。彼は、惑星の巫覡フゲキですので、私の様な一国の第三子にカカズラうお方ではございませんわ」
「そうか」とスラジは目を細めた。
「其方と話がしたかったのだ。五日でよい、いや、五日もないかもしれないが、最期を其方と過ごしたかったのだ」
「最期とは、どういう事ですの?」
スラジは、リンドレイアナに手を差し出す。リンドレイアナがその手をとると、一段硬くなった展望台へと導き、眼下に広がる神域の果てを指した。
「黒い森が広がっているのが分かるだろう」
「はい、神殿の端から向こうは黒い森ですわね」
「あの森こそがヘスペリデスだ。神より賜りし神樹が黄金の実を付ける神の庭。だが、魔族の持ち込んだ邪神の武器により、神樹のひと柱が枯れ落ち、もうひと柱が辛うじて邪気による汚染のパンデミックを抑えている。既に神域の竜人族と、ニンフたちが感染し、余が彼らの時間を止めているのだ」
リンドレイアナは、イグドラムへやって来た生気のない竜人族を思い出した。
「この神域にある大切な二つで一つの神樹のひと柱を枯らし、臣民に魔の手が及んでしまった。余が駆け付けたときひと柱は既に手の施しようがなく、もう片方を何とか別の場所に隠している間、すでに邪神の武器を持った魔族の手先と思われる者は姿を消し、汚染だけが残された。何故神樹を狙ったのか、犯人が誰なのか、いまだ不明だが、ここに置いていては太陽の石もいずれ魔族側の手に渡る恐れから、聖なる世界樹を守るエルフの国ならばと太陽の石を託したのだ」
「私達は、貴方のご期待に沿えなかったのですね」
「いや、どうであろうな。其方の父はかなりの策謀家であり、余は其方の兄に、王宮で石を留め置かぬよう、展示して国民に知らしめるように言いおいた。それは、イグドラシルの介入を望んでのことだ。世界樹はあらゆる文明を守護する。文明は人や暮らしがあってのもの、それをただ破壊する魔族がこの惑星を席巻する事態を、世界樹は妨害するだろうという予想をもって、そう指示したのだ」
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