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3. 王の一番の宝
3-2 王の一番の宝
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「ロブスタスよ、今はスラジ王の来訪のもてなしと、その後の石の喪失についてのスラジ王へ報告する段取りなど、他の二人の兄妹と相談して決めておくがよい。その際に、要求される宝の受け渡し方法などについても、必ず他の二人と相談して決めるように」
「かしこまりました、しかし、太陽の石が魔族の手に渡ったままというのは」
「奪われた太陽の石については、魔族に悪用される心配はないとだけ言っておく」
ソゴゥが王の言葉を肯定するように頷き、第二王子に声を掛ける。
「太陽の石については、王の仰るとおりです。ところで殿下は、今この場に『王家の書』をお持ちでしょうか?」
「いえ、普段は私の部屋に置いてあります」
「でしたら、一言だけ、今後『王家の書』は肌身離さず携帯なさってください。何処へ行くのにも、必ずです」
「分かりました、そのようにいたします」
王は話は終わったと告げ、ソゴゥは退出し、第二王子が後に続く。
ソゴゥは一度だけ振り返り、王の様子を確認した。
もし自分が王の立場だったら、どうするだろう。
国家という重責を担い、その手には多くの命が委ねられている。その彼をして、手が震えるほどの葛藤を、大事な物を失うかもしれない状況に苦悩する一人のエルフの姿を垣間見て、直ぐにでも助け舟を出したい気持ちに襲われる。だが、それではダメなのだ。
同じ過ちを繰り返さないために、これは彼らが乗り越えて行かなくてはならない試練なのだから。
ロブスタスは先を歩く第一司書の背を見ていた。
大きくはないが、真っ直ぐに伸びた背筋と、やや瘦せ型ではあるが、均整の取れた体躯。
最近では珍しくない短い髪型をしているが、その色はエルフにはない色だ。それに、王宮内に立ち入る者はやはり伝統的な長い髪であることが多いため、そういった面でも彼は目立っている。
黒い髪に黒い瞳、そして丸い耳と、その特徴は人間の様だが、彼の父はイグドラムでも古くからある名家、ノディマー家の者で、母親もまた純粋なエルフだ。
ノディマー家は、その家に連なる全ての者の功績からナンバー貴族となり、おそらく来年あたりには爵位が他の十三貴族と同様に侯爵となるだろう。
十三貴族には、王家と縁戚関係の家はない。ナンバー貴族は全て、その能力と実績により認められた家であり、血や家柄が重んじられた結果の地位ではない。
階級制度を設けた国家において、イグドラム国は他国と様相を異にする独自の文化を持っている。
エルフの労働を厭わない性質と、奉仕の精神の高さが国家を支え、その能力が突出したエリートをもって貴族と定めているのである。
そのエリート一家においても、彼は特別な存在だ。
今はまだ、第一司書という身分だが、やがて大司書となり、イグドラム国において国王と同等の地位となる。
その地位は、血ではなく、生まれでもない、彼の能力とイグドラシルに選ばれた彼自身の価値によるものである。
彼を見ると、王家に生まれたというだけで今の地位にいる自分に、どれほどの価値があるというのだろう、そういう気にさせられる。
深い緑色の司書服は、多くのエルフが崇拝する信仰の対象でもある。
その司書服を着た、眼差しのきつめの印象のある青年が振り返る。
「殿下」
「えっ、ああ、なんでしょう」
まさか、話しかけられるとは思わず、変な声が出てしまった。
「王は何も仰らなかったが、この先、殿下の真価が問われる時が訪れます。これはご兄弟で乗り越えていかなくてはならない試練なのだと私は思います。一つ、生意気なことを言わせていただくなら、誰かに助けてもらう事を躊躇わないでください。そして諦めなければ、きっと好機が訪れます」
その言葉は、これまでの失態とこの先の不安感で押しつぶされそうになっていた心に、希望を灯すに十分な温度を持っていた。
ああ、これがイグドラシルの使者なのだ。
思わず跪きたくなる衝動をなんとか抑える。
応接室へと続く廊下を歩いていると、向こうから防衛庁情報部長が部下を伴ってやって来た。
陸将ではなかったことに安心すべきか、ロブスタスには判断しかねた。このタイミングで陸将が呼ばれた場合、それは王が戦争準備を始めたと推測出来るからだ。
情報部長である陸将補とその部下が立ち止まり、第一司書とこちらに敬礼をおくる。
イグドラム国に空軍はなく、海軍と、陸軍がそれぞれの空域の防衛も担っている。
だが、空域の調査作戦には主に陸軍が主体となることが多く、ヘスペリデス調査に陸将補が呼ばれたのだろう。
ロブスタスが胃の上を擦っていると、第一司書が一枚の葉を渡して来た。
「樹精獣から貰った葉ですが、一枚どうぞ」
「これは」
「そのまま口に含むと、胃のムカつきがとれますよ」
第一司書の言う通りに口に入れて咀嚼した途端、爽やかな芳香と共に、胃が洗われたようにスッキリした。
「それでは、私はここで」
城外に続く通路へと曲がったところで彼の護衛の悪魔が出迎え、ともに去っていくのを、暫くその場で見送っていた。
そういえば、葉のお礼を言うのを忘れたと思いながら。
別行動をとり、王宮内に魔族の気配がないかヨルに探ってもらっていたが、やはり、ヨルの今の体は探知や索敵には向いていないようだった。
ソゴゥも、視点をマーキング用に切り替え周囲に脅威となるものがないか探るが、それらしいものは見つからない。
すり替えた魔獣が、魔族に盗まれたと聞かされた時は少し泣きそうになった。
あの苦労は何だったのだと。
しかし、盗まれたのが、太陽の石の偽物で良かったのだと言い聞かせ、第二王子に噛みつくのはやめておいた。今にも死にそうな顔をしている第二王子が、気の毒になったのだ。
王宮は広く、ここを行き交うエルフの数も一万人以上いる。
王族の住まう御所の他に、騎士や王宮魔導士の官舎、王宮職員の寮などの他にも様々な施設がある。
「かしこまりました、しかし、太陽の石が魔族の手に渡ったままというのは」
「奪われた太陽の石については、魔族に悪用される心配はないとだけ言っておく」
ソゴゥが王の言葉を肯定するように頷き、第二王子に声を掛ける。
「太陽の石については、王の仰るとおりです。ところで殿下は、今この場に『王家の書』をお持ちでしょうか?」
「いえ、普段は私の部屋に置いてあります」
「でしたら、一言だけ、今後『王家の書』は肌身離さず携帯なさってください。何処へ行くのにも、必ずです」
「分かりました、そのようにいたします」
王は話は終わったと告げ、ソゴゥは退出し、第二王子が後に続く。
ソゴゥは一度だけ振り返り、王の様子を確認した。
もし自分が王の立場だったら、どうするだろう。
国家という重責を担い、その手には多くの命が委ねられている。その彼をして、手が震えるほどの葛藤を、大事な物を失うかもしれない状況に苦悩する一人のエルフの姿を垣間見て、直ぐにでも助け舟を出したい気持ちに襲われる。だが、それではダメなのだ。
同じ過ちを繰り返さないために、これは彼らが乗り越えて行かなくてはならない試練なのだから。
ロブスタスは先を歩く第一司書の背を見ていた。
大きくはないが、真っ直ぐに伸びた背筋と、やや瘦せ型ではあるが、均整の取れた体躯。
最近では珍しくない短い髪型をしているが、その色はエルフにはない色だ。それに、王宮内に立ち入る者はやはり伝統的な長い髪であることが多いため、そういった面でも彼は目立っている。
黒い髪に黒い瞳、そして丸い耳と、その特徴は人間の様だが、彼の父はイグドラムでも古くからある名家、ノディマー家の者で、母親もまた純粋なエルフだ。
ノディマー家は、その家に連なる全ての者の功績からナンバー貴族となり、おそらく来年あたりには爵位が他の十三貴族と同様に侯爵となるだろう。
十三貴族には、王家と縁戚関係の家はない。ナンバー貴族は全て、その能力と実績により認められた家であり、血や家柄が重んじられた結果の地位ではない。
階級制度を設けた国家において、イグドラム国は他国と様相を異にする独自の文化を持っている。
エルフの労働を厭わない性質と、奉仕の精神の高さが国家を支え、その能力が突出したエリートをもって貴族と定めているのである。
そのエリート一家においても、彼は特別な存在だ。
今はまだ、第一司書という身分だが、やがて大司書となり、イグドラム国において国王と同等の地位となる。
その地位は、血ではなく、生まれでもない、彼の能力とイグドラシルに選ばれた彼自身の価値によるものである。
彼を見ると、王家に生まれたというだけで今の地位にいる自分に、どれほどの価値があるというのだろう、そういう気にさせられる。
深い緑色の司書服は、多くのエルフが崇拝する信仰の対象でもある。
その司書服を着た、眼差しのきつめの印象のある青年が振り返る。
「殿下」
「えっ、ああ、なんでしょう」
まさか、話しかけられるとは思わず、変な声が出てしまった。
「王は何も仰らなかったが、この先、殿下の真価が問われる時が訪れます。これはご兄弟で乗り越えていかなくてはならない試練なのだと私は思います。一つ、生意気なことを言わせていただくなら、誰かに助けてもらう事を躊躇わないでください。そして諦めなければ、きっと好機が訪れます」
その言葉は、これまでの失態とこの先の不安感で押しつぶされそうになっていた心に、希望を灯すに十分な温度を持っていた。
ああ、これがイグドラシルの使者なのだ。
思わず跪きたくなる衝動をなんとか抑える。
応接室へと続く廊下を歩いていると、向こうから防衛庁情報部長が部下を伴ってやって来た。
陸将ではなかったことに安心すべきか、ロブスタスには判断しかねた。このタイミングで陸将が呼ばれた場合、それは王が戦争準備を始めたと推測出来るからだ。
情報部長である陸将補とその部下が立ち止まり、第一司書とこちらに敬礼をおくる。
イグドラム国に空軍はなく、海軍と、陸軍がそれぞれの空域の防衛も担っている。
だが、空域の調査作戦には主に陸軍が主体となることが多く、ヘスペリデス調査に陸将補が呼ばれたのだろう。
ロブスタスが胃の上を擦っていると、第一司書が一枚の葉を渡して来た。
「樹精獣から貰った葉ですが、一枚どうぞ」
「これは」
「そのまま口に含むと、胃のムカつきがとれますよ」
第一司書の言う通りに口に入れて咀嚼した途端、爽やかな芳香と共に、胃が洗われたようにスッキリした。
「それでは、私はここで」
城外に続く通路へと曲がったところで彼の護衛の悪魔が出迎え、ともに去っていくのを、暫くその場で見送っていた。
そういえば、葉のお礼を言うのを忘れたと思いながら。
別行動をとり、王宮内に魔族の気配がないかヨルに探ってもらっていたが、やはり、ヨルの今の体は探知や索敵には向いていないようだった。
ソゴゥも、視点をマーキング用に切り替え周囲に脅威となるものがないか探るが、それらしいものは見つからない。
すり替えた魔獣が、魔族に盗まれたと聞かされた時は少し泣きそうになった。
あの苦労は何だったのだと。
しかし、盗まれたのが、太陽の石の偽物で良かったのだと言い聞かせ、第二王子に噛みつくのはやめておいた。今にも死にそうな顔をしている第二王子が、気の毒になったのだ。
王宮は広く、ここを行き交うエルフの数も一万人以上いる。
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