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2. 太陽の石

2-9 太陽の石

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ソゴゥは改めて、イセトゥアンに手伝いを頼み、そしてルキを指さして言う。

「イセ兄にも、この服を着て怪盗に変身してほしいんだ」
「うん、さっきから視界にチラついていて、一体何事かとは思っていたが、それは三姉妹の女神怪盗ノルニルの格好だよな?」
ルキは仮面をつけ、藤色に統一された短めのスカートのドレスに、ヒールの高い編み上げブーツ、長いマントにグローブを付けている。
「そう、お子達に大人気の絵本、ルキは末っ子のスクルドの衣装を着ている。イセ兄とヨルは、このままだと衣装が入らないから、絵本の怪盗に似た女子に変身して! イセ兄の能力なら、触れた人物も任意の姿に変身させられるよね。だから、ルキも髪や瞳や爪の色も変えて、絵本のスクルドに似せて、長女のウルズの衣装をイセ兄、次女のベルの衣装をヨルが着られるように、仮面も装備するけど、地顔は変えておいて」
「この衣装って、誰が作ったんだ? まさかマグノリアに頼んだのか?」
「ナタリーが用意してくれたのだ」とヨルが答える。
「ナタリー?」
「樹精獣である」
「え? 樹精獣が?」
「そう、今日イセ兄と別れた後、魔界に行ってこの魔獣をとってイグドラシルに帰ったら、この衣装が用意されていたんだ」
イセトゥアンが渡された衣装を、まじまじと見分する。
「マジで? 樹精獣が?」
三人はドヤ顔で頷く。
「ド派手に登場して、警備の目を引いて欲しい、俺はその隙に石と魔獣をすり替えるから」
「おう、分かった。とりあえず、バレないように最善を尽くそう。だが、すり替えは上手くできるのか? 石は二重の空壁の中だぞ、一つは美術館の敷地を囲む、地下と上空を含めた全方位、もう一つは石を乗せた台を囲む場所にある」
「俺に空壁は意味がない、だが、あえて空壁は破壊することにした。今から段取りを説明するから、皆よく聞いて」
ソゴゥは、美術館の周辺の壁と、美術館建物内の図面をテーブルに投影し、ルキとヨル、それとイセトゥアンに、太陽の石すり替え作戦について説明した。
「それにしても」とイセトゥアンが、女神怪盗の衣装を手にして眺める。
「絵本の怪盗の衣装を作るなんて、樹精獣は面白いな」
「司書服も作ってくれるしね」
「え?」
「他の司書の制服は分からないけれど、俺とヨルとルキのは、ナタリーが持って来てくれたんだよ」
「俺の中の、樹精獣のイメージが・・・・・・」
「樹精獣はとても優秀なのデフ」
「ルキ、怪盗の時はその語尾だめだよ、キャラ変して」
「分かりましたわ」
「よし、ヨルとイセ兄も、間違っても『俺』やら『我』やら言うなよ」
「分かったよ、変身してからはそうする」
「よし、それじゃあ、そろそろ第一段階として、予告状を出してくるから、そっちは全員衣装着て準備して」
「おう」
ソゴゥはルキだけを伴って、先ずはセイヴの街中にある情報広告機関の施設である塔へ向かった。
ルキの精神支配を利用して、施設員の意識を乗っ取り、投影機器を借りてセイヴの街の上空に大々的に犯行声明を上げるためだ。

セイヴの街の夜空に、空壁を媒体に文字や映像を投影する装置によって怪文書が映し出されてから三十分。
イグドラム警察機関、国家安全局、犯罪未然対策課班長のニトゥリーは、警備局からの要請で助っ人として、部下のイソトマと共に国立美術館の警備要員として招集が掛けられた。

「何や、あれは?」
ニトゥリーはそのふざけた予告状を見上げて、不機嫌さを隠すこともなく、部下であるイソトマに尋ねる。
セイヴの上空には、黒いスクリーンに白い字でこう映し出されていた。

『我らは告げる、今夜日付が変わるその時、太陽の石は、我ら女神の手の中へと納まるだろう』

「絵本の、女神怪盗ノルニルの予言書を真似ているみたいですね、ご存じないですか?」
「知らん、絵本なんぞ読まん」
「子供の頃、読みませんでした? 外国人作家の小説を絵本にしたもので、原作は大人にも人気がありますよ、三姉妹の女神が、様々なイワくつきの宝を盗みだす内容です。その際に必ず予言書という、犯行予告を色々な方法で、対象となる家屋敷や、警察へと送りつけてくるんですけど、その文言の言い回しがお決まりで『我らは告げる』から始まるんですよ」
「ただの冷やかしならええがのう、よりによって、なんで太陽の石なんや」
ニトゥリーはそろそろ寝ようと思っていたところを呼びつけられた不満を、このふざけた予告を出した者達を捕まえて、落とし前を付けさせてやろうと決意する。
「万が一、盗まれたり壊されたりでもしたら、貸し出したヘスペリデスに頭が上がらんようになるやろが」
「犯行予告を出す怪盗なんて、百年ぶりらしいですよ」
「百年前にもおったんか、こんなアホなことする輩が」
「海外でですが、金持ちから盗んで、貧乏人に分け与える怪盗がいたらしいです。このイグドラムにも現れたようですが、結局つかまらず、国籍不明、正体不明のままとか」
「まあいい、俺が見つけたら、俺の勝ちよ。相手が俺より格上でないかぎり、俺の能力の拘束術からは逃れられんからのう」
「確かに、班長の能力なら確実に捕らえられるでしょうが、我々警察官は美術館どころか、美術館の敷地の中にも入れませんけどね」
「まあ、警備側の懸念もわかるがのう」
ニトゥリーとイソトマは、警備局の警備警察官達と共に、国立美術館の外壁周辺警護に当たっており、美術館の館内には通常の美術館警備員の他に、ロブスタス王子が展示期間、警備の増強に加えた王宮騎士達がそのまま警備を継続していた。
人員の増員に乗じて、不審者を紛れ込ませない処置であり、既に国立美術館の敷地内にいる美術館警備員と王宮騎士は、身元がはっきりした者達で構成されている。
美術館の展示品は全て魔法で印がつけられ、美術館の建物から持ち出されると、周囲の空壁にアラートが表示され、全てのゲートが瞬時に閉ざされる。
だが、太陽の石は借り物のため、魔法で印を付ける処置はされていない。
その代わり、石の置かれた台周辺に張られた空壁は、ロブスタス王子のみが解法を知り、その他の者はこれを解くことが出来ないようになっている。
広大な美術館建物の敷地を囲む塀の、正面の門から真裏に位置する場所で、ニトゥリーは、予告の時間を目前に、笑いを浮かべていた。
「さて、どんな間抜けがやってくるか、楽しみよ」

爆音が響き、あたりが騒然となった。
美術館正面の外壁、強化金属で保護されていた空壁を展開する装置ごと、壁が粉々に破壊され、その瓦礫を踏みつけながら施設の敷地へと侵入を果たしたのは、巨大な黒い獣の魔獣だ。
魔獣の尻からうねる二匹の蛇は、追っ手を威嚇音で行動不能にし、悠々と美術館建物へと向かって歩いていく。
その犬型の巨大な魔獣の背には、三人の女性の姿がある。
それはまさに、イグドラム国で有名な絵本の登場人物、女神怪盗ノルニルの三姉妹そのものだった。
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