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1 . 祭りの夜
1-1 祭りの夜
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子供たちは、それぞれが絵を描いた手作りの提灯を持ち、舗装されていない砂利道を、神社に向かって一列になって歩く。
末っ子の素剛は、提灯を振り回して燃やしてしまい、大泣きして夫の家伝に背負われて、他の兄弟に指しゃぶりをからかわれていた。
今は指しゃぶりをやめて、家伝の背中の服に吸い付いて、びちゃびちゃにしているようだ。
素剛はもう四歳になるのに、指しゃぶりが中々抜けない。それに、他の兄弟よりもひと際小さく、赤みがかった細く柔らかい髪質といい、この子はとくに私に似ている。
私も指しゃぶりが抜けなかったと母に聞いていたので、そこも似てしまったようだ。
夫がしゃがみ込み、何かを手で掴んでいる。
見るとそれは、蛇だった。
「ちょっと、どうして捕まえるの! そっとしておきなさいよ!」
「いや、ここに居たら、誰かが踏んでしまうだろう」
子供たちが、一目散に逃げていく中で、夫の背中にいる素剛は身を乗り出して、家伝の手元を見ている。
「このヘビ、笑ってる?」
「ああ、口に何か獲物がいるんだろう」
「ご飯食べてたんだね」
「そうだな、コオロギかなにかだろう」
「げえ」っと、素剛が家伝の背中に顔を押し付けて、見ないようにする。
蛇は平気なのに、虫は苦手なようだ。
家伝が蛇を道の脇の林の中へそっと放すと、淀波志が戻って来て、提灯を差し出す。
「素剛、ボクの提灯あげるから、一緒に行こう?」
「ヤッ」
「なんでだよ!」
素剛は家伝の背中に頭を押し付けて、イヤイヤをする。
淀波志が素剛の背中をバチンと叩き「素剛のバーカ!」と言って、走って行ってしまう。
素剛は家伝の背中から、ビョンッと飛び降り「ガアッ」と叫んで淀波志を追いかけていく。
「あー、またあいつら喧嘩するぞ」
家伝はやれやれと、子供たちを見送る。
「どうせ、出店を見付けたら喧嘩なんて忘れるわよ。それよりも、仁酉と光輿が金魚を手掴みしないか心配よ、去年はそのまま口に入れそうになっていたもの」
「俺は、伊世但が誰かに連れていかれないか心配だ」
夫と共に、急いで子供たちを追う。
双子は案の定、金魚すくいの前におり、伊世但は中学生くらいの女の子達に話しかけられているところを、淀波志と素剛が両サイドから腕にぶら下がっている。
「こら、先に行ったらだめだろう」
家伝を見て、女の子たちが飛び上がって逃げていく。
とても堅気には見えない家伝の容貌に、全く関係のない屋台の人達が皆お辞儀をしてくるのは、もう独身の頃から慣れている。
とても優しい人なのに、そうと見られないのがとても残念だと、常々思っていた。
前世の、子供たちの幼い日の事を思い出していた。
今は、エルフの国イグドラム国の十三領の夏祭りの真っ最中。
湖の畔に盆踊りのやぐらを建て、出店を配置し、周辺に茣蓙を敷き詰めた。
日も暮れ、提灯の灯が会場を照らし、十三領民は自分たちで手作りした木綿の浴衣を着ている。それなりに華やかな生地を選んだのだが、染や絞りの浴衣らしい生地がなく、洋風の柄の浴衣となってしまった。
会場から少し離れた茣蓙に座る、私と夫カデンの母であり子供たちの祖母にあたるキクに、末っ子がせっせと屋台の食べ物を運んできてくれる。
他の兄弟達と夫、それに図書館の悪魔は、盆踊りにアレンジを加えて賑やかに踊っており、ソゴゥはキクの横に座って、湖の方を向いて焼きそばを食べていた。
「ラムネと、かき氷があったらなあ」とソゴゥが呟いている。
鏡の様に静かな湖から、突然巨大な何かが浮かび上がってきた。
「あ、こいつ、なんでここに」
黒い水面から顔を出したのは、白い龍だった。
「あら、賑やかだから様子を見に来たんじゃないかしら?」
龍は湖に近い場所にいる三人に気付いて、顔をこちらに向ける。
「ありゃ、この子は、カデンが昔面倒見とった蛟と、目ぇがえらい似とりゃあせんかのう」
「え? おばあちゃん、父さん蛟を飼っていたの?」
「飼っちょらん、飼っちょらん、蛟は危険な魔獣じゃけえ。けど、あの子が小せぇ頃にのう、怪我した蛟を見つけて、こっそり世話しとったんじゃ。水や、餌をせっせと運びよるんを見かけてのう、何しよるんか気になって様子を見にいったら、あの子の何十倍もある蛟がおるじゃろう。それ見た時は、生きた心地がせんかったのう。構ったらいけんと注意したんじゃが、結局、蛟がどっかへ行くまでずっと世話しとった」
「あの人、優しいのよねえ」
「そうじゃ、あの子は、優しいけん、いっつも魔獣を拾ってくるんじゃ」
「やっぱり、父さんと関わり合いのある蛟だよね、この龍」
「あら、そうなのかしら」
「おばあちゃんが、目が似ているって言っているし」
「よう見張っとったけえ、覚えとるんじゃ。ワシは、蛟がカデンに何かしようものなら、食い殺しちゃる気で、蛟をいつも睨んでおったけえのう」
「お、おばあちゃん」
「おかあさん」
親子は、カデンの血をそこに見た。
ソゴゥは焼きそばをかき込むと、やぐらへと走り、炭坑節を意気揚々と踊っているカデンに膝カックンを喰らわせて、袖を引いた。
「ちょっと父さん来て」
「なんだソゴゥ、これ得意なんだ、この曲が終わってからにせい」
「いいから来てって!」
ソゴゥの有無を言わさぬ剣幕に、カデンは諦めてソゴゥについて湖の方へとやって来た。
「父さん、こいつのこと知っていたね?」
ソゴゥは湖からこちらを見ている、龍を指して言う。
「おっ、こいつ、こんなところで何しとるんだ? 湖にいるの珍しいな」
「よく見て、目を見てみて? 父さんが子供の頃助けた、蛟じゃないの?」
「え? ああ、ああ! あのでっかい蛇か」
「おい、嘘だろ? 今思い出したの? 最初に見た時に思い出さなかったの? おばあちゃんは直ぐに分かったのに?」
「いやあ、似たようなの沢山助けてとるから、どれがどれだかわからん」
「嘘だろ、この先『あの時助けていただいた』的魔獣がまだ出てくるかもしれないの?」
「召喚獣のトリヨシも、元はと言えば、怪我しているのを助けたのがきっかけだったしのう」
「マジですかぁ」
ソゴゥの動物好きもカデンの血ね、とヒャッカは思った。
湖の龍が、カデンに気付きこちらに近づいて来る。
ソゴゥは、カデンの腕を引き、龍の顔の直ぐ横まで行くとカデンに「撫でて」と、龍と指す。
「お、おう」
カデンは言われるままに、龍の顔の頬らへんを撫でる。
大きな目が細まり、嬉しそうだ。
「背中に乗せてってお願いして」
「え?」
「いいから、背中に乗せて、飛んでって言って」
「おう、背中に乗せてくれるかのう?」
龍が前脚まで陸に上げて、背中を水面から出す。
「おお、通じているね! 流石、龍だ! よし、乗りますか」とソゴゥは、カデンに龍の背にまたがるように言い、自分もその後ろに乗っかった。
末っ子の素剛は、提灯を振り回して燃やしてしまい、大泣きして夫の家伝に背負われて、他の兄弟に指しゃぶりをからかわれていた。
今は指しゃぶりをやめて、家伝の背中の服に吸い付いて、びちゃびちゃにしているようだ。
素剛はもう四歳になるのに、指しゃぶりが中々抜けない。それに、他の兄弟よりもひと際小さく、赤みがかった細く柔らかい髪質といい、この子はとくに私に似ている。
私も指しゃぶりが抜けなかったと母に聞いていたので、そこも似てしまったようだ。
夫がしゃがみ込み、何かを手で掴んでいる。
見るとそれは、蛇だった。
「ちょっと、どうして捕まえるの! そっとしておきなさいよ!」
「いや、ここに居たら、誰かが踏んでしまうだろう」
子供たちが、一目散に逃げていく中で、夫の背中にいる素剛は身を乗り出して、家伝の手元を見ている。
「このヘビ、笑ってる?」
「ああ、口に何か獲物がいるんだろう」
「ご飯食べてたんだね」
「そうだな、コオロギかなにかだろう」
「げえ」っと、素剛が家伝の背中に顔を押し付けて、見ないようにする。
蛇は平気なのに、虫は苦手なようだ。
家伝が蛇を道の脇の林の中へそっと放すと、淀波志が戻って来て、提灯を差し出す。
「素剛、ボクの提灯あげるから、一緒に行こう?」
「ヤッ」
「なんでだよ!」
素剛は家伝の背中に頭を押し付けて、イヤイヤをする。
淀波志が素剛の背中をバチンと叩き「素剛のバーカ!」と言って、走って行ってしまう。
素剛は家伝の背中から、ビョンッと飛び降り「ガアッ」と叫んで淀波志を追いかけていく。
「あー、またあいつら喧嘩するぞ」
家伝はやれやれと、子供たちを見送る。
「どうせ、出店を見付けたら喧嘩なんて忘れるわよ。それよりも、仁酉と光輿が金魚を手掴みしないか心配よ、去年はそのまま口に入れそうになっていたもの」
「俺は、伊世但が誰かに連れていかれないか心配だ」
夫と共に、急いで子供たちを追う。
双子は案の定、金魚すくいの前におり、伊世但は中学生くらいの女の子達に話しかけられているところを、淀波志と素剛が両サイドから腕にぶら下がっている。
「こら、先に行ったらだめだろう」
家伝を見て、女の子たちが飛び上がって逃げていく。
とても堅気には見えない家伝の容貌に、全く関係のない屋台の人達が皆お辞儀をしてくるのは、もう独身の頃から慣れている。
とても優しい人なのに、そうと見られないのがとても残念だと、常々思っていた。
前世の、子供たちの幼い日の事を思い出していた。
今は、エルフの国イグドラム国の十三領の夏祭りの真っ最中。
湖の畔に盆踊りのやぐらを建て、出店を配置し、周辺に茣蓙を敷き詰めた。
日も暮れ、提灯の灯が会場を照らし、十三領民は自分たちで手作りした木綿の浴衣を着ている。それなりに華やかな生地を選んだのだが、染や絞りの浴衣らしい生地がなく、洋風の柄の浴衣となってしまった。
会場から少し離れた茣蓙に座る、私と夫カデンの母であり子供たちの祖母にあたるキクに、末っ子がせっせと屋台の食べ物を運んできてくれる。
他の兄弟達と夫、それに図書館の悪魔は、盆踊りにアレンジを加えて賑やかに踊っており、ソゴゥはキクの横に座って、湖の方を向いて焼きそばを食べていた。
「ラムネと、かき氷があったらなあ」とソゴゥが呟いている。
鏡の様に静かな湖から、突然巨大な何かが浮かび上がってきた。
「あ、こいつ、なんでここに」
黒い水面から顔を出したのは、白い龍だった。
「あら、賑やかだから様子を見に来たんじゃないかしら?」
龍は湖に近い場所にいる三人に気付いて、顔をこちらに向ける。
「ありゃ、この子は、カデンが昔面倒見とった蛟と、目ぇがえらい似とりゃあせんかのう」
「え? おばあちゃん、父さん蛟を飼っていたの?」
「飼っちょらん、飼っちょらん、蛟は危険な魔獣じゃけえ。けど、あの子が小せぇ頃にのう、怪我した蛟を見つけて、こっそり世話しとったんじゃ。水や、餌をせっせと運びよるんを見かけてのう、何しよるんか気になって様子を見にいったら、あの子の何十倍もある蛟がおるじゃろう。それ見た時は、生きた心地がせんかったのう。構ったらいけんと注意したんじゃが、結局、蛟がどっかへ行くまでずっと世話しとった」
「あの人、優しいのよねえ」
「そうじゃ、あの子は、優しいけん、いっつも魔獣を拾ってくるんじゃ」
「やっぱり、父さんと関わり合いのある蛟だよね、この龍」
「あら、そうなのかしら」
「おばあちゃんが、目が似ているって言っているし」
「よう見張っとったけえ、覚えとるんじゃ。ワシは、蛟がカデンに何かしようものなら、食い殺しちゃる気で、蛟をいつも睨んでおったけえのう」
「お、おばあちゃん」
「おかあさん」
親子は、カデンの血をそこに見た。
ソゴゥは焼きそばをかき込むと、やぐらへと走り、炭坑節を意気揚々と踊っているカデンに膝カックンを喰らわせて、袖を引いた。
「ちょっと父さん来て」
「なんだソゴゥ、これ得意なんだ、この曲が終わってからにせい」
「いいから来てって!」
ソゴゥの有無を言わさぬ剣幕に、カデンは諦めてソゴゥについて湖の方へとやって来た。
「父さん、こいつのこと知っていたね?」
ソゴゥは湖からこちらを見ている、龍を指して言う。
「おっ、こいつ、こんなところで何しとるんだ? 湖にいるの珍しいな」
「よく見て、目を見てみて? 父さんが子供の頃助けた、蛟じゃないの?」
「え? ああ、ああ! あのでっかい蛇か」
「おい、嘘だろ? 今思い出したの? 最初に見た時に思い出さなかったの? おばあちゃんは直ぐに分かったのに?」
「いやあ、似たようなの沢山助けてとるから、どれがどれだかわからん」
「嘘だろ、この先『あの時助けていただいた』的魔獣がまだ出てくるかもしれないの?」
「召喚獣のトリヨシも、元はと言えば、怪我しているのを助けたのがきっかけだったしのう」
「マジですかぁ」
ソゴゥの動物好きもカデンの血ね、とヒャッカは思った。
湖の龍が、カデンに気付きこちらに近づいて来る。
ソゴゥは、カデンの腕を引き、龍の顔の直ぐ横まで行くとカデンに「撫でて」と、龍と指す。
「お、おう」
カデンは言われるままに、龍の顔の頬らへんを撫でる。
大きな目が細まり、嬉しそうだ。
「背中に乗せてってお願いして」
「え?」
「いいから、背中に乗せて、飛んでって言って」
「おう、背中に乗せてくれるかのう?」
龍が前脚まで陸に上げて、背中を水面から出す。
「おお、通じているね! 流石、龍だ! よし、乗りますか」とソゴゥは、カデンに龍の背にまたがるように言い、自分もその後ろに乗っかった。
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