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フロイトの反復強迫
89話
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「優衣、手を見せろ」
おとなしく差し出す優衣の両手を取って、注意深く調べた。
あの日、ガラスまみれの俺にしがみついた優衣の両手は、傷だらけになっていた。それもようやく癒えてきたようだ。
痕に残るような傷もなく、今は、包帯も必要ない。
「織部くんは、過保護だよ。もう、なんともないから……」
「過保護なぐらいがいいだろう。優衣の場合は」
「わたしより、織部くんの傷のほうが深かったんだから」
俺の傷は、自分でガラスを握り込んだせいだから、自業自得だ。
あの時、俺が殺そうとしていたレオンハルトは、残念ながら、まだ生きている。
事件は、起訴されなかった。
簡易鑑定の結果、レオンハルトに精神疾患が認められ、措置入院となったからだ。
殺しておけばよかったと思う反面、あの状況では“量的過剰”になる。“正当防衛”どころか、“過剰防衛”すら成立しない。
こうして、優衣と二人でいられる時間も場所もなくなるところだ。
あんな事件があった後だが、優衣は男子寮に来るのを嫌がらなかった。
さすがに俺の部屋に通すわけにはいかず、面会用の応接室を貸し切っている。
予約さえしておけば、誰かが入ってくることもない。本来は、鍵をかけるのは禁止されているが、そんな規則など、あってないようなものだ。
制限時間があるものの二人っきりでいられる場所は、こうして確保されている。
「優衣、胸は?」
「え? もう治ったよ……ダイジョブだから……あの……こんなところで?」
「何を今さら、全部、見せる約束だろう?」
「……う……」
不満そうな顔をしたが、優衣はあきらめたように、ブラウスのボタンをのろのろと外し始めた。
あの事件の後、俺たちは、お互いの傷を見せ合う約束をしたからだ。
毎日のように会っているのだから、もう慣れてもいい頃だろうに、優衣はまだ、恥ずかしがっている。ボタンに手をかける指先が震えるほどだ。
「どうした。いやか?」
「え? ち、違うよ。そうじゃなくて……あの、織部くんは、辛くないの?」
「何のことだ?」
「わたしの胸を見たら、お母さんのこと思い出すんじゃないかと思って」
「どういう理屈だ?」
「だって、あの……」
言いにくそうな優衣の困惑する顔を見ているのも楽しいものだが、いつもとは様子が違う。
普段なら、恥じらいながらも押し切られると、素直に言いなりになるのが優衣だ。
「言わないなら、お仕置きだぞ?」
冗談のつもりで言ったのだが、優衣は、さらに挙動不審になった。
顔を紅潮させ、落ち着きなく視線をさまよわせる。
「わ、わ、わたし……そんな……あの……」
「まだ、怖いのか?」
優衣の顔を覗き込むと、顔ばかりか目までが赤くなってきた。
「わ、わたしじゃなくて、織部くんが……!」
子供みたいにしゃくりあげて優衣は泣く。それでも、抱きしめてやると安心するのか、ぽつりぽつりと話始めた。
彼女が心配したことは、レオンハルトの“妄想”だった。
おとなしく差し出す優衣の両手を取って、注意深く調べた。
あの日、ガラスまみれの俺にしがみついた優衣の両手は、傷だらけになっていた。それもようやく癒えてきたようだ。
痕に残るような傷もなく、今は、包帯も必要ない。
「織部くんは、過保護だよ。もう、なんともないから……」
「過保護なぐらいがいいだろう。優衣の場合は」
「わたしより、織部くんの傷のほうが深かったんだから」
俺の傷は、自分でガラスを握り込んだせいだから、自業自得だ。
あの時、俺が殺そうとしていたレオンハルトは、残念ながら、まだ生きている。
事件は、起訴されなかった。
簡易鑑定の結果、レオンハルトに精神疾患が認められ、措置入院となったからだ。
殺しておけばよかったと思う反面、あの状況では“量的過剰”になる。“正当防衛”どころか、“過剰防衛”すら成立しない。
こうして、優衣と二人でいられる時間も場所もなくなるところだ。
あんな事件があった後だが、優衣は男子寮に来るのを嫌がらなかった。
さすがに俺の部屋に通すわけにはいかず、面会用の応接室を貸し切っている。
予約さえしておけば、誰かが入ってくることもない。本来は、鍵をかけるのは禁止されているが、そんな規則など、あってないようなものだ。
制限時間があるものの二人っきりでいられる場所は、こうして確保されている。
「優衣、胸は?」
「え? もう治ったよ……ダイジョブだから……あの……こんなところで?」
「何を今さら、全部、見せる約束だろう?」
「……う……」
不満そうな顔をしたが、優衣はあきらめたように、ブラウスのボタンをのろのろと外し始めた。
あの事件の後、俺たちは、お互いの傷を見せ合う約束をしたからだ。
毎日のように会っているのだから、もう慣れてもいい頃だろうに、優衣はまだ、恥ずかしがっている。ボタンに手をかける指先が震えるほどだ。
「どうした。いやか?」
「え? ち、違うよ。そうじゃなくて……あの、織部くんは、辛くないの?」
「何のことだ?」
「わたしの胸を見たら、お母さんのこと思い出すんじゃないかと思って」
「どういう理屈だ?」
「だって、あの……」
言いにくそうな優衣の困惑する顔を見ているのも楽しいものだが、いつもとは様子が違う。
普段なら、恥じらいながらも押し切られると、素直に言いなりになるのが優衣だ。
「言わないなら、お仕置きだぞ?」
冗談のつもりで言ったのだが、優衣は、さらに挙動不審になった。
顔を紅潮させ、落ち着きなく視線をさまよわせる。
「わ、わ、わたし……そんな……あの……」
「まだ、怖いのか?」
優衣の顔を覗き込むと、顔ばかりか目までが赤くなってきた。
「わ、わたしじゃなくて、織部くんが……!」
子供みたいにしゃくりあげて優衣は泣く。それでも、抱きしめてやると安心するのか、ぽつりぽつりと話始めた。
彼女が心配したことは、レオンハルトの“妄想”だった。
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