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彼のトラウマ
83話
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わたしが黙ってしまったのを、どう思ったのか。神父は、もう笑ってはいなかった。
テーブルの上のシュガーポットを引き寄せ、長く節の高い指先でそっと蓋を開ける。
間近で見た外国人の手は、肌理があらく金色の産毛が生えていた。日本人のものとはくらべようもなく猛々しくって、ちょっと怖い。
この手が、穏やかで優しそうな顔につながる身体についているのかと思うと、ちょっと不思議な気がする。
織部くんにしても、うちのお父さんにしても、こんなに毛深くはなかったから。
「神父は珍しいですか? 確かに、日本ではあまり見かけないかもしれませんね」
わたしがあんまり、神父の手許ばかり見てしまったからだろうか。神父は静かにそう言った。
――どうしよう。お気を悪くされたかしら。
「お茶にお砂糖は、いかがですか」
「い、いえ……!」
いつもはお砂糖を入れるのだが、あわてて断った。
断ってしまうと今度は、それが失礼にあたるのではないかと不安になる。
早く帰りたい……。
そう思いながらも、わたしの思考はすぐに織部くんに向かう。
別れ際の織部くんの顔が頭から離れない。
できることなら、もう一度会って謝りたい。できるのなら、今すぐにでも……!
だから、グズグズと神父に引き留められるまま、居残ってしまった。
本当は、何を置いても、この場所を出るべきなのに。
わたしという存在は、この学校の中では異端でしかないのだから。
「そうですか。わたくしの国では、お茶よりコーヒーをよく飲むのですが」
「……はあ……」
顔をあげるとまっすぐ自分に注がれている碧い眼にぶつかる。
どうぞ、と言って神父がティーカップを差し出してくれるけど、息がつまりそう。
あわてて話の接ぎ穂を探す。
「えっと、……神父様もコーヒーのほうが」
「ええ。でも、あなたはお茶のほうがお好きでしょう」
「は、はい……そうです……」
なんでそんなこと知っているのかしら。織部くんから聞いたのかな。
そう思っただけで、何でもないことなのに頬が熱くなってくる。
わたしは白い陶器の中で、淡い薄黄色のお茶の表面ばかり眺めていた。
「彼は何も言いませんよ。きっと大事なあなたのことを人には、知られたくないのでしょうね」
神父の言い方は、奇妙な違和感があった。
うまく表現できないけど、風邪をひくまえの寒気みたいな……。
「そ、そんなことは……」
「あの子は、とても独占欲が強いのではありませんか」
「は?」
「申し訳ありません。あの子の過去のトラウマについて、お話しなければ、ご理解いただけないかもしれませんね」
「過去のトラウマ……? でも、織部くんには、そんな……」
「あなたは、すでに、あの子の異常さに気が付いておられるのではありませんか?」
「異常だなんて……なぜ、そんな!」
「お嬢さん。無礼でなければ、お名前を呼ばせていただいてよろしいかな。ユウイさんと」
え、いきなり……?! 織部くんだって、最初は苗字で呼んでたのに。
外国人だから、名前で呼び合うのが、普通なのかしら。
わたしがうなずくのを確認すると、神父は、言葉を探すように、ゆっくりと話し始めた。
テーブルの上のシュガーポットを引き寄せ、長く節の高い指先でそっと蓋を開ける。
間近で見た外国人の手は、肌理があらく金色の産毛が生えていた。日本人のものとはくらべようもなく猛々しくって、ちょっと怖い。
この手が、穏やかで優しそうな顔につながる身体についているのかと思うと、ちょっと不思議な気がする。
織部くんにしても、うちのお父さんにしても、こんなに毛深くはなかったから。
「神父は珍しいですか? 確かに、日本ではあまり見かけないかもしれませんね」
わたしがあんまり、神父の手許ばかり見てしまったからだろうか。神父は静かにそう言った。
――どうしよう。お気を悪くされたかしら。
「お茶にお砂糖は、いかがですか」
「い、いえ……!」
いつもはお砂糖を入れるのだが、あわてて断った。
断ってしまうと今度は、それが失礼にあたるのではないかと不安になる。
早く帰りたい……。
そう思いながらも、わたしの思考はすぐに織部くんに向かう。
別れ際の織部くんの顔が頭から離れない。
できることなら、もう一度会って謝りたい。できるのなら、今すぐにでも……!
だから、グズグズと神父に引き留められるまま、居残ってしまった。
本当は、何を置いても、この場所を出るべきなのに。
わたしという存在は、この学校の中では異端でしかないのだから。
「そうですか。わたくしの国では、お茶よりコーヒーをよく飲むのですが」
「……はあ……」
顔をあげるとまっすぐ自分に注がれている碧い眼にぶつかる。
どうぞ、と言って神父がティーカップを差し出してくれるけど、息がつまりそう。
あわてて話の接ぎ穂を探す。
「えっと、……神父様もコーヒーのほうが」
「ええ。でも、あなたはお茶のほうがお好きでしょう」
「は、はい……そうです……」
なんでそんなこと知っているのかしら。織部くんから聞いたのかな。
そう思っただけで、何でもないことなのに頬が熱くなってくる。
わたしは白い陶器の中で、淡い薄黄色のお茶の表面ばかり眺めていた。
「彼は何も言いませんよ。きっと大事なあなたのことを人には、知られたくないのでしょうね」
神父の言い方は、奇妙な違和感があった。
うまく表現できないけど、風邪をひくまえの寒気みたいな……。
「そ、そんなことは……」
「あの子は、とても独占欲が強いのではありませんか」
「は?」
「申し訳ありません。あの子の過去のトラウマについて、お話しなければ、ご理解いただけないかもしれませんね」
「過去のトラウマ……? でも、織部くんには、そんな……」
「あなたは、すでに、あの子の異常さに気が付いておられるのではありませんか?」
「異常だなんて……なぜ、そんな!」
「お嬢さん。無礼でなければ、お名前を呼ばせていただいてよろしいかな。ユウイさんと」
え、いきなり……?! 織部くんだって、最初は苗字で呼んでたのに。
外国人だから、名前で呼び合うのが、普通なのかしら。
わたしがうなずくのを確認すると、神父は、言葉を探すように、ゆっくりと話し始めた。
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