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彼のトラウマ
81話
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バカだ。わたし……。
どうして、あんなひどいことしか言えなかったの。
もっと、優しく言えばよかったのに。
彼は、あんなに真剣に思ってくれているのを、わたしはちゃんと知っているのに。
「お嬢さん」
思いがけないほど、すぐ耳のそばで神父の声がした。
顔をあげると思いがけず近い距離に、神父の困惑したような顔がある。
「ひっく」
驚いたはずみで、しゃっくりみたいな変な声が出てしまった。
「申し訳ありません。驚かせてしまったようですね」
神父は、にっこりと微笑んだ。
まさか、執事に続いて、神父という存在をこんな間近でみることになるとは……。どちらも外国映画でしか見たことがない。
金色の髪に縁どられた彫の深い面差し。
穏やかな優しい物腰や、静かな声。
織部くんと正反対だ。彼の場合は、圧倒的に怒っていることの方が多い。
いや、怒っているわけではないんだけど、切れ上がった目許と、口角の下がった唇のせいか、いつも不機嫌に見える。無愛想で、口数が少ないからよけいに損をしているのかもしれない。
さっきの神父とのやりとりで、わたしが気をもんだのもそのせいだ。
彼には、いつもハラハラさせられる。
もっとも、織部くんもわたしに対して同じことを言っている。わたしのことを、底知れぬ天然ボケだと思っているらしいが、天然なのは、絶対に彼のほうだ!
「少し、時間をあけて、裏口からお帰りになったほうがよろしいでしょう」
ちょうど夕食時と重なったため、食事を終えた寮生たちに顔を合わせないように……という神父の言葉にわたしは従った。
案内されたのは、司祭館にある書斎。
そこは、織部くんの部屋と同じく簡素で何もなかった。
年代を感じさせる古い土の壁と、大きな木の梁。
数少ない家具や調度品は、贅沢ではないが趣のあるものばかりだ。
磨きこまれたアンティークなテーブルは、マホガニーだろうか。紅褐色の天板にティーカップが写り込んでいる。
勧められた椅子に座ったものの落ち着かず、腰が半分浮いたような気分だった。
この部屋に通されたとき、叱られるかもしれないと思ったぐらいなのだから。
いい大人が、年下の高校生と付き合うなんて、とんでもないことだ。
まして、男子寮に潜り込むなんて……。
どんなに大人びて見えても織部くんは高校生だ。
将来のことを考えるより以前に、今の彼は学生であって、恋愛にうつつを抜かしている余裕などない。
神父も織部くんの前だからこそ、“ロミオとジュリエット”を引き合いにだして、冗談ごとで済まそうとしていたのだろう。
どうして、あんなひどいことしか言えなかったの。
もっと、優しく言えばよかったのに。
彼は、あんなに真剣に思ってくれているのを、わたしはちゃんと知っているのに。
「お嬢さん」
思いがけないほど、すぐ耳のそばで神父の声がした。
顔をあげると思いがけず近い距離に、神父の困惑したような顔がある。
「ひっく」
驚いたはずみで、しゃっくりみたいな変な声が出てしまった。
「申し訳ありません。驚かせてしまったようですね」
神父は、にっこりと微笑んだ。
まさか、執事に続いて、神父という存在をこんな間近でみることになるとは……。どちらも外国映画でしか見たことがない。
金色の髪に縁どられた彫の深い面差し。
穏やかな優しい物腰や、静かな声。
織部くんと正反対だ。彼の場合は、圧倒的に怒っていることの方が多い。
いや、怒っているわけではないんだけど、切れ上がった目許と、口角の下がった唇のせいか、いつも不機嫌に見える。無愛想で、口数が少ないからよけいに損をしているのかもしれない。
さっきの神父とのやりとりで、わたしが気をもんだのもそのせいだ。
彼には、いつもハラハラさせられる。
もっとも、織部くんもわたしに対して同じことを言っている。わたしのことを、底知れぬ天然ボケだと思っているらしいが、天然なのは、絶対に彼のほうだ!
「少し、時間をあけて、裏口からお帰りになったほうがよろしいでしょう」
ちょうど夕食時と重なったため、食事を終えた寮生たちに顔を合わせないように……という神父の言葉にわたしは従った。
案内されたのは、司祭館にある書斎。
そこは、織部くんの部屋と同じく簡素で何もなかった。
年代を感じさせる古い土の壁と、大きな木の梁。
数少ない家具や調度品は、贅沢ではないが趣のあるものばかりだ。
磨きこまれたアンティークなテーブルは、マホガニーだろうか。紅褐色の天板にティーカップが写り込んでいる。
勧められた椅子に座ったものの落ち着かず、腰が半分浮いたような気分だった。
この部屋に通されたとき、叱られるかもしれないと思ったぐらいなのだから。
いい大人が、年下の高校生と付き合うなんて、とんでもないことだ。
まして、男子寮に潜り込むなんて……。
どんなに大人びて見えても織部くんは高校生だ。
将来のことを考えるより以前に、今の彼は学生であって、恋愛にうつつを抜かしている余裕などない。
神父も織部くんの前だからこそ、“ロミオとジュリエット”を引き合いにだして、冗談ごとで済まそうとしていたのだろう。
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