【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

パンがなければ、お菓子を。

80話

「いいえ。わたくしはロレンス神父の役どころですよ。ロミオ」
「誰がロミオだっ！」
　とうとう、織部くんの地の声が出た。完全に敬語を忘れている。
「麗しのロミオよ。そう頑なにならずに」
　まるで歌うように神父は言った。
　わたしからは見えないが、もしかしたら芝居がかったしぐさをしているのではないだろうか。
　織部くんの鼻白む気配が伝わってくる。
　苛立っている織部くんを、もしかしたらこの神父は面白がっているのかしら。
　いや、いや。そんな意地の悪いことを神父がするはずない。
「いい加減に……！」
　怒鳴ったはずみだったのか。またしても彼の手がわたしの肩に食い込むように強く握り込まれた。
「織部くん、痛い」
　制服の胸に顔を押し付けたまま、抗議の声を上げる。
　力任せに抱きしめていた腕の力がゆるむ。
　ここぞとばかりにわたしは、織部くんの腕から抜け出して神父の前に割り込んだ。
　おたおたしている場合じゃない。
　この状況は、わたしの責任なんだから、わたしが何とかしなきゃ。


「神父さま。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
　急いで頭を下げた。
「お嬢さん。どうか、頭をあげてください」
　深く息を吸い込み、思い切って姿勢を正した。
　どう言い訳してもごまかしきれない状況に、足の震えが止まらない。
　緊張するわたしに神父は、にっこりと微笑んだ。
　見事な金髪に縁どられた面差しは、穏やかで優しい。その笑顔に励まされて、わたしは続けた。
「わたし……あの、すぐに帰りますから」
「優衣。黙っていろと言ったはずだ」
　織部くんの一喝に、怯みそうになる。
　つい、彼の顔色をうかがうように見上げてしまう。
　単に身長差が大きいだけなのだが、この立ち位置がわたしたちのこれまでの関係を表しているようだ。
　でも、今は違う。負けてはいけない。
　わたしのほうが年上なんだから。
「織部くん。生徒が先生に、そんな言い方するものじゃないわ」
「先生……か」
　織部くんの唇の端が、わずかに引きつっている。
　またしてもその場の空気が凍りつくのを感じた。
　がんばれ、わたし。
　今のわたしならホオジロザメだって、頭から貪り尽くせるはずだ。

「さっき、織部くんが言ってくれたことが本当なら、ちゃんと神父さまのおっしゃる通りにして」
　わずかに織部くんが眼をすがめる。
　なんだか、ものすごく見下されているみたいだけど、いつも年上のわたしを思い通りにできると思わないでよ。
「わ、わたしのこと……本当に織部くんが……あの」
　言いながら、心臓が口から飛び出さないか不安になるほど、どきどきしている。
　考えがまとまらない。どうしよう。
「身内だって言ってくれるなら……わ、わたしのこと……」
　緊張が高まって、自分が何を言っているのか、あやふやなまま言葉を紡ぐ。
「こんないい加減な扱いしないで」