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パンがなければ、お菓子を。
79話
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「お話は終わりましたか」
神父は、静かにそう言うとドアを押しあけたまま、こちらを促した。
離れがたい思いでいっぱいだったわたしより先に、織部くんがドアの外へ出る。
あわてて追いかけると、彼はわたしの手を引き、そのまま人目もかまわず抱き寄せた。
ギョッとしたが、身じろぎもできないほど強く抱きしめられて、わたしは織部くんに身を任せる。
そんな状況なのに、ちょっと嬉しかったりするわけで……。
彼の腕の中にいると、周囲の様子がよく見えないのだ。
神父からすれば、傍若無人なふるまい……いや、ただの“痛い”二人だろう。
たぶん、わざとそうしているのだろうから、無理やり顔を出すことはしないで、じっとして耳だけをそばだてる。
彼の心臓の鼓動が大きく聞こえて、わたしはいっそう彼の胸に頬を摺り寄せた。
こうしていると、あるかなしかの微かな織部くんの匂いが感じられる。
汗の匂いだろうか。
執事の衣装を着ていた時のような大人っぽい香水の匂いはもうない。
織部くんの汗。ちょっとヘンタイじみてるけど、それがたまらなく心地よかった。
胸がきゅうっと締め付けられるような好もしさをなんと例えればいいのだろう。
「俺は、これから彼女を家まで送ります」
「リョウ。学園長がお呼びだと……」
ため息混じりの神父の声が聞こえた。
「外出許可は、すでに受理されているはずです。外出中だとお伝えください」
織部くんは、神父の言葉を遮るように答えた。
「彼女は、俺が責任をもって自宅まで送ります」
「お嬢さんのご自宅へは、わたくしが連絡をしておりますよ」
「っぐ!」
つぶされた蛙みたいな声が出た。抱きしめる織部くんの両腕に力がこもったからだ。
学生服のボタンが頬にあたって、地味に痛い。
「優衣の連絡先まで、なぜ」
低い声で、織部くんは言った。
なんとなく獣が毛を逆立てて唸るのに似ている。
さっきのわたしの蛙の鳴き声は、どうやらスルーらしい。腕の力が緩む気配はなかった。
安心したものの苦しいのは変わらない。
彼の体温や心音を感じられる嬉しさと、力任せに抱きしめられる息苦しさで、頭がぼうっとしてくる。
「無粋とは、思いましたが、この状況です。やむを得ません」
優しい声音でそう言われると、素直に相手の言葉通りにしなくてはならない気になってしまう。
だが、織部くんのほうは、そうでもないらしい。
「この状況だから、なんだというのです」
憎々しげに答える彼に、わたしのほうがはらはらする。
この態度はまずいんじゃないだろうか。
相手は神父様で先生だ。織部くん、判ってるの?
いや。判っているからこそ、たちが悪いんだろうな。
織部くんに怖いものなんてないのかもしれない。
うちの両親も、完全に彼の手の中なんだから。
「……お、織部くん」
年下の恋人に抱きしめられたまま、じっとしているのもよくないかもしれない。
ここは彼の腕を振りほどいてでも、ちゃんと彼に話をするべきなのか。
わたしは、いちおう大人なんだし。
いや、その大人が男子寮に紛れ込んで、あんな……本当になんていうか、その……。言い訳のしようもない。
今さらながら、恥ずかしさに頭に血が昇り、顔が燃えるように熱くなった。
「無粋だとお思いなら、これは俺が送りますので、どうぞお構いなく」
「リョウ。そんなわけにはいきません。ほかの教員や生徒に見られたら、なんと言うつもりですか」
「先ほど、あなたに申し上げたのと同じことを言いますよ。これは俺の身内だと」
「その場合、責められるのはリョウではない。こちらのお嬢さんです」
「どこの誰に責められると言うのか。俺のほうが訊きたいところだ。いや、それはあなたのことらしいな」
皮肉を込めた言い方をしているが、織部くんのほうこそ余裕がない。
それにしても、さっきから“これ”って……わたしのことよね。
神父は、静かにそう言うとドアを押しあけたまま、こちらを促した。
離れがたい思いでいっぱいだったわたしより先に、織部くんがドアの外へ出る。
あわてて追いかけると、彼はわたしの手を引き、そのまま人目もかまわず抱き寄せた。
ギョッとしたが、身じろぎもできないほど強く抱きしめられて、わたしは織部くんに身を任せる。
そんな状況なのに、ちょっと嬉しかったりするわけで……。
彼の腕の中にいると、周囲の様子がよく見えないのだ。
神父からすれば、傍若無人なふるまい……いや、ただの“痛い”二人だろう。
たぶん、わざとそうしているのだろうから、無理やり顔を出すことはしないで、じっとして耳だけをそばだてる。
彼の心臓の鼓動が大きく聞こえて、わたしはいっそう彼の胸に頬を摺り寄せた。
こうしていると、あるかなしかの微かな織部くんの匂いが感じられる。
汗の匂いだろうか。
執事の衣装を着ていた時のような大人っぽい香水の匂いはもうない。
織部くんの汗。ちょっとヘンタイじみてるけど、それがたまらなく心地よかった。
胸がきゅうっと締め付けられるような好もしさをなんと例えればいいのだろう。
「俺は、これから彼女を家まで送ります」
「リョウ。学園長がお呼びだと……」
ため息混じりの神父の声が聞こえた。
「外出許可は、すでに受理されているはずです。外出中だとお伝えください」
織部くんは、神父の言葉を遮るように答えた。
「彼女は、俺が責任をもって自宅まで送ります」
「お嬢さんのご自宅へは、わたくしが連絡をしておりますよ」
「っぐ!」
つぶされた蛙みたいな声が出た。抱きしめる織部くんの両腕に力がこもったからだ。
学生服のボタンが頬にあたって、地味に痛い。
「優衣の連絡先まで、なぜ」
低い声で、織部くんは言った。
なんとなく獣が毛を逆立てて唸るのに似ている。
さっきのわたしの蛙の鳴き声は、どうやらスルーらしい。腕の力が緩む気配はなかった。
安心したものの苦しいのは変わらない。
彼の体温や心音を感じられる嬉しさと、力任せに抱きしめられる息苦しさで、頭がぼうっとしてくる。
「無粋とは、思いましたが、この状況です。やむを得ません」
優しい声音でそう言われると、素直に相手の言葉通りにしなくてはならない気になってしまう。
だが、織部くんのほうは、そうでもないらしい。
「この状況だから、なんだというのです」
憎々しげに答える彼に、わたしのほうがはらはらする。
この態度はまずいんじゃないだろうか。
相手は神父様で先生だ。織部くん、判ってるの?
いや。判っているからこそ、たちが悪いんだろうな。
織部くんに怖いものなんてないのかもしれない。
うちの両親も、完全に彼の手の中なんだから。
「……お、織部くん」
年下の恋人に抱きしめられたまま、じっとしているのもよくないかもしれない。
ここは彼の腕を振りほどいてでも、ちゃんと彼に話をするべきなのか。
わたしは、いちおう大人なんだし。
いや、その大人が男子寮に紛れ込んで、あんな……本当になんていうか、その……。言い訳のしようもない。
今さらながら、恥ずかしさに頭に血が昇り、顔が燃えるように熱くなった。
「無粋だとお思いなら、これは俺が送りますので、どうぞお構いなく」
「リョウ。そんなわけにはいきません。ほかの教員や生徒に見られたら、なんと言うつもりですか」
「先ほど、あなたに申し上げたのと同じことを言いますよ。これは俺の身内だと」
「その場合、責められるのはリョウではない。こちらのお嬢さんです」
「どこの誰に責められると言うのか。俺のほうが訊きたいところだ。いや、それはあなたのことらしいな」
皮肉を込めた言い方をしているが、織部くんのほうこそ余裕がない。
それにしても、さっきから“これ”って……わたしのことよね。
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