75 / 92
パンがなければ、お菓子を。
75話
しおりを挟む
「どっちが悪魔だ。それ着たら、さっさとこの部屋を出ろ!」
いきなり怒鳴りつけられて、わたしはびっくりしてしまった。
何度も叱られたことはあるけど、こんなふうに織部くんは怒鳴ったりしなかったのに。
ショックに硬直していると、ドアがノックされる音がした。
神父だ。
いけない。この部屋に入ってから、けっこう時間がたってしまっている。
外で待ちぼうけさせられている神父のことを思い出して、今さらながら、わたしは冷や汗をかいた。
すぐに織部くんが、「なんでもありません」と答える。こんな時でも落ち着いている彼が頼もしいやら、憎らしいやら複雑な心境だ。
とはいえわたしを……曲がりなりにも立派な社会人である大人のこのわたしを振り回して、今の状況に追い込んだのも高校生の彼だ。
冷静に考えてみると、かなり情けない。
早くしろと促されて、あわててパッケージを破って中の黒い下着を履いた。
当然のことながら、サイズはかなり大きい。
「あ、あの……織部くん……」
着替えている間、わたしに背中を向ける彼へ声をかける。
「なんだ」
イライラしているのか。小刻みに身体が震えている。
あまり物事に動じる人ではないのに、それほど気分を悪くさせてしまったのだろうか。
もっとも、普段からご機嫌というわけでもないんだけど。
執事カフェのことが“もう済んだこと”と思ったのは、わたしの虫のいい考えだったのか。
でも、それとこれは別問題だ。
ちゃんと返してもらわないといけないし。
「わ、わたしの……は?」
「だから、なんだ」
織部くんの声のトーンが下がっている。わたしは怯みそうになった。
だめだ。ちゃんと言わなきゃ。
「……その、わたしの、……あの……下着……とか……」
はっきり言おうとしたけど、語尾が小さくなってくる。
聞こえているのかどうか、織部くんは、いっそう眉根を寄せてしかめっつらになった。
「あれは、置いて行け」
かすれた声が、いっそう低くなってくる。ドスの利いた声ってこういうのを言うんだろうか。
怖い。
怖いけど、あんなものを置いて帰るわけにはいかないのだ。
わたしは、買おうかどうしようかと迷っている品物を強引な店員に勧められた時みたいに「それじゃ、これでいいです」とか言いそうになるのを、ぐっと耐えた。
「そ、それは……無理です」
無意識のうちに敬語になってしまう。恋人とはいえ高校生相手に何をやっているんだわたし。
彼のこめかみが、ひくっと動いたのが見えた。
やばい。本気で怒っている。
「お前、これ以上はないってくらい腹を空かせた人間から、パンの一切れさえ持っていこうってのか。お前はマリー・アントワネットか」
「え、……あの……なんで、マリー・アントワネット?」
「パンがなければ、菓子を食えってか?」
パンツとパンをかけてるのか。
まさかの大喜利?
いきなり怒鳴りつけられて、わたしはびっくりしてしまった。
何度も叱られたことはあるけど、こんなふうに織部くんは怒鳴ったりしなかったのに。
ショックに硬直していると、ドアがノックされる音がした。
神父だ。
いけない。この部屋に入ってから、けっこう時間がたってしまっている。
外で待ちぼうけさせられている神父のことを思い出して、今さらながら、わたしは冷や汗をかいた。
すぐに織部くんが、「なんでもありません」と答える。こんな時でも落ち着いている彼が頼もしいやら、憎らしいやら複雑な心境だ。
とはいえわたしを……曲がりなりにも立派な社会人である大人のこのわたしを振り回して、今の状況に追い込んだのも高校生の彼だ。
冷静に考えてみると、かなり情けない。
早くしろと促されて、あわててパッケージを破って中の黒い下着を履いた。
当然のことながら、サイズはかなり大きい。
「あ、あの……織部くん……」
着替えている間、わたしに背中を向ける彼へ声をかける。
「なんだ」
イライラしているのか。小刻みに身体が震えている。
あまり物事に動じる人ではないのに、それほど気分を悪くさせてしまったのだろうか。
もっとも、普段からご機嫌というわけでもないんだけど。
執事カフェのことが“もう済んだこと”と思ったのは、わたしの虫のいい考えだったのか。
でも、それとこれは別問題だ。
ちゃんと返してもらわないといけないし。
「わ、わたしの……は?」
「だから、なんだ」
織部くんの声のトーンが下がっている。わたしは怯みそうになった。
だめだ。ちゃんと言わなきゃ。
「……その、わたしの、……あの……下着……とか……」
はっきり言おうとしたけど、語尾が小さくなってくる。
聞こえているのかどうか、織部くんは、いっそう眉根を寄せてしかめっつらになった。
「あれは、置いて行け」
かすれた声が、いっそう低くなってくる。ドスの利いた声ってこういうのを言うんだろうか。
怖い。
怖いけど、あんなものを置いて帰るわけにはいかないのだ。
わたしは、買おうかどうしようかと迷っている品物を強引な店員に勧められた時みたいに「それじゃ、これでいいです」とか言いそうになるのを、ぐっと耐えた。
「そ、それは……無理です」
無意識のうちに敬語になってしまう。恋人とはいえ高校生相手に何をやっているんだわたし。
彼のこめかみが、ひくっと動いたのが見えた。
やばい。本気で怒っている。
「お前、これ以上はないってくらい腹を空かせた人間から、パンの一切れさえ持っていこうってのか。お前はマリー・アントワネットか」
「え、……あの……なんで、マリー・アントワネット?」
「パンがなければ、菓子を食えってか?」
パンツとパンをかけてるのか。
まさかの大喜利?
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
【R18・完結】甘溺愛婚 ~性悪お嬢様は契約婚で俺様御曹司に溺愛される~
花室 芽苳
恋愛
【本編完結/番外編完結】
この人なら愛せそうだと思ったお見合い相手は、私の妹を愛してしまった。
2人の間を邪魔して壊そうとしたけど、逆に2人の想いを見せつけられて……
そんな時叔父が用意した新しいお見合い相手は大企業の御曹司。
両親と叔父の勧めで、あっという間に俺様御曹司との新婚初夜!?
「夜のお相手は、他の女性に任せます!」
「は!?お前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」
絶対にお断りよ!どうして毎夜毎夜そんな事で喧嘩をしなきゃならないの?
大きな会社の社長だからって「あれするな、これするな」って、偉そうに命令してこないでよ!
私は私の好きにさせてもらうわ!
狭山 聖壱 《さやま せいいち》 34歳 185㎝
江藤 香津美 《えとう かつみ》 25歳 165㎝
※ 花吹は経営や経済についてはよくわかっていないため、作中におかしな点があるかと思います。申し訳ありません。m(__)m

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~
椿蛍
恋愛
念願のデザイナーとして働き始めた私に、『家のためにお見合いしろ』と言い出した父と継母。
断りたかったけれど、病弱な妹を守るため、好きでもない相手と結婚することになってしまった……。
夢だったデザイナーの仕事を諦められない私――そんな私の前に現れたのは、有名な美女モデル、【リセ】だった。
パリで出会ったその美人モデル。
女性だと思っていたら――まさかの男!?
酔った勢いで一夜を共にしてしまう……。
けれど、彼の本当の姿はモデルではなく――
(モデル)御曹司×駆け出しデザイナー
【サクセスシンデレラストーリー!】
清中琉永(きよなかるな)新人デザイナー
麻王理世(あさおりせ)麻王グループ御曹司(モデル)
初出2021.11.26
改稿2023.10
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる