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ロミオとジュリエットと時々、神父。
70話
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「待ってください。わたしのせいで、織部くんが……!」
「落ち着いてください。お嬢さん。大丈夫ですよ」
神父は、そう言いながらわたしのほうへ手を伸ばした。その手が、肩に触れる前に織部くんは、わたしの腰を抱き寄せて神父とわたしの間に割り込む。
「彼女に触らないでください」
わたしをつかんだ織部くんの手にぐっと力が入った。
思わず痛みに顔をしかめそうになるけど、彼の手がわずかに震えている。
うっすらと頬が上気して、額に汗が浮かんでいた。
彼がひどく動揺しているのが判る。
本当だ。いつもの織部くんらしくない。
それに対して神父は、落ち着きはらっている。行き場のなくなった手をそのまま、ゆっくりと下ろし、はすかいにこちらを見た。
織部くんよりも頭半分ほども神父は背が高いから、わたしはさらに見上げなくてはいけない。
「修道院と言えば、俺が言うがままになると? 俺も子供ではないのですよ」
そう言う彼の声が、かすれている。
いつもの余裕のある口ぶりではない。
「許してください。失言でした。けれども学園長からの呼び出しがあるのは本当です。先にそちらに行ってください」
静かに神父は、答える。
今にも爆発しそうな何かを抱え込んでいるかのような織部くんとは、まるで対照的だ。
これほど激している彼を見たのは初めてで、わたしは足が震えてきた。
「あ、あの……わたしが、織部くんに無理をいったんです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。すぐに出ていきますから!」
わたしは、一息にそれだけを言った。
とにかく、この場を治めなくてはならない。わたしのせいで、織部くんの将来に傷をつけてはいけない。
「優衣」
初めて、織部くんがこっちを見てくれた。
緊張感の残る……でも、その眼差しが柔らかいものに変わっている。
切なげに寄せた眉根。
いつもは意地悪で、厳しいことばっかり言う彼が、こんな表情を見せてくれるのが、胸がずきずきするほど嬉しい。
そんな場合じゃないのに、身体の奥がじゅっと潤むのを感じてしまう。身体の震えが止まらない。
彼への今にも焦げつきそうなほどの情愛と、目の前にいる黒衣の神父の姿への畏れだろうか。
そんなものがごっちゃになって、わたしはどこか現実離れした足が地につかないような気分になっていた。
「心配しないでください。わたくしはあなたがたの味方です。何も心配することなどないのですよ」
神父の言葉を織部くんは、どう思っているのか。
わたしを見る時の優しい目と、神父へ向ける眼差しがあまりに違いすぎる。
いつもの織部くんなら、そんなふうに感情を剥きだしにすることなんてなかった。
「お嬢さんは、他の学生に見つからないようにお帰りいただきましょう」
「彼女を連れてきたのは俺です。最後まで送っていく責任があります」
「わたくしが、代行しましょう」
「けっこうです。俺には彼女を保護する責任がある」
「それはおかしなことを。保護の必要があるのは、このお嬢さんよりあなたのほうです。自身の立場をわきまえなさい」
「……俺は、いずれ彼女の夫になる立場にあります」
その言葉にわたしの頭が、ぼんっと軽い音をたてて爆発した。
顔が火を噴いたように熱い。
やっぱり、さっきのもプロポーズなの?
――夫って……?!
落ち着くのよ。
今、この場をなんとか切り抜けようとして言ったんだって。
そうよ。そうよ……。そうなのよ。
判ってる。大丈夫。冷静に考えよう。
パンツのない今の状況で、喜んでいる場合か。
「落ち着いてください。お嬢さん。大丈夫ですよ」
神父は、そう言いながらわたしのほうへ手を伸ばした。その手が、肩に触れる前に織部くんは、わたしの腰を抱き寄せて神父とわたしの間に割り込む。
「彼女に触らないでください」
わたしをつかんだ織部くんの手にぐっと力が入った。
思わず痛みに顔をしかめそうになるけど、彼の手がわずかに震えている。
うっすらと頬が上気して、額に汗が浮かんでいた。
彼がひどく動揺しているのが判る。
本当だ。いつもの織部くんらしくない。
それに対して神父は、落ち着きはらっている。行き場のなくなった手をそのまま、ゆっくりと下ろし、はすかいにこちらを見た。
織部くんよりも頭半分ほども神父は背が高いから、わたしはさらに見上げなくてはいけない。
「修道院と言えば、俺が言うがままになると? 俺も子供ではないのですよ」
そう言う彼の声が、かすれている。
いつもの余裕のある口ぶりではない。
「許してください。失言でした。けれども学園長からの呼び出しがあるのは本当です。先にそちらに行ってください」
静かに神父は、答える。
今にも爆発しそうな何かを抱え込んでいるかのような織部くんとは、まるで対照的だ。
これほど激している彼を見たのは初めてで、わたしは足が震えてきた。
「あ、あの……わたしが、織部くんに無理をいったんです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。すぐに出ていきますから!」
わたしは、一息にそれだけを言った。
とにかく、この場を治めなくてはならない。わたしのせいで、織部くんの将来に傷をつけてはいけない。
「優衣」
初めて、織部くんがこっちを見てくれた。
緊張感の残る……でも、その眼差しが柔らかいものに変わっている。
切なげに寄せた眉根。
いつもは意地悪で、厳しいことばっかり言う彼が、こんな表情を見せてくれるのが、胸がずきずきするほど嬉しい。
そんな場合じゃないのに、身体の奥がじゅっと潤むのを感じてしまう。身体の震えが止まらない。
彼への今にも焦げつきそうなほどの情愛と、目の前にいる黒衣の神父の姿への畏れだろうか。
そんなものがごっちゃになって、わたしはどこか現実離れした足が地につかないような気分になっていた。
「心配しないでください。わたくしはあなたがたの味方です。何も心配することなどないのですよ」
神父の言葉を織部くんは、どう思っているのか。
わたしを見る時の優しい目と、神父へ向ける眼差しがあまりに違いすぎる。
いつもの織部くんなら、そんなふうに感情を剥きだしにすることなんてなかった。
「お嬢さんは、他の学生に見つからないようにお帰りいただきましょう」
「彼女を連れてきたのは俺です。最後まで送っていく責任があります」
「わたくしが、代行しましょう」
「けっこうです。俺には彼女を保護する責任がある」
「それはおかしなことを。保護の必要があるのは、このお嬢さんよりあなたのほうです。自身の立場をわきまえなさい」
「……俺は、いずれ彼女の夫になる立場にあります」
その言葉にわたしの頭が、ぼんっと軽い音をたてて爆発した。
顔が火を噴いたように熱い。
やっぱり、さっきのもプロポーズなの?
――夫って……?!
落ち着くのよ。
今、この場をなんとか切り抜けようとして言ったんだって。
そうよ。そうよ……。そうなのよ。
判ってる。大丈夫。冷静に考えよう。
パンツのない今の状況で、喜んでいる場合か。
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