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ロミオとジュリエットと時々、神父。
65話
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中途半端に放り出された快楽の証が、足の間からじゅわっと滴るようだった。
極度の緊張と、先ほどまでの昂ぶりのためか。血の流れる音が耳障りなほど響く。
わたしは、かろうじて立っている。
身体の中心に押し込まれた熱は、今も燠火のように燻り続け、廊下から流れ込む冷たい空気でさえ、それを消してはくれない。
喘ぐような浅い呼吸をするわたしに、織部くんは何か言いかけたが何も言わなかった。
とにかく息を整えなくては。
わたしは、織部くんの広い背中に額を押しつけて、深く息を吸い込む。
部屋のドアは、外国のように内開きになっている。
用心深く織部くんは、わたしをドアの反対側に追いやった。そこにいれば、廊下から見えないからだ。
「お待たせして申し訳ありません。レオンハルト神父」
織部くんは、平静だった。わたしほど、うろたえてもいない。
この人の理性は、どうなっているんだろう。
つい、さっきまで、あんなことをしていたのに……。
わたし一人が、自分の情欲に取り込まれているだけみたいで、情けなくなった。
「こちらこそ、突然、失礼しました。リョウ」
ドアの向こうの声は、よく通る。
まろやかで優しそうな声だ。こちらからも相手の姿が見えない。
「お急ぎのようですが、どのようなご用件で?」
織部くんは、静かに答える。
いつもと同じ……まるで感情の揺らぎがない。
「学園長からの呼び出しがあったのですが」
「わざわざ、そのためにいらしたのですか。寮生にでもお言いつけになれば、よかったのに」
「人に知られては、あなたが困るでしょう」
「それは、どういう意味でしょう」
「とぼけるのは、お止めなさい。時間の無駄ですから」
口調こそ穏やかだったが、いきなりドアの向こうから踏み込んでくる革靴の爪先が見えた。
織部くんがドアを押さえるが、相手の力のほうが強かった。
あわててわたしは、部屋の隅に逃げようとしたが、隠れる場所などない。
とっさに窓から逃げようとするのを、織部くんに首根っこをつかまれて阻止される。
背後で微かに笑う声と、織部くんのため息が頭上から聞こえた。
「おとなしくしていろ」
高校生にそう言われて“いい歳した大人”としては、ばつが悪い。
確かに、今さら逃げ隠れしても遅すぎるかもしれなかった。
織部くんのほうが、ずっと冷静だ。
年下の恋人に、まるで猫か犬みたいに首をつかまれて、叱られるのを待っているみたい。
大人として、あまりにも恥ずかしすぎる。
――そもそも、ここへ連れてきたのは織部くんなんだからね。
むなしい言い訳を、脳内で繰り広げる。
無理やり連れてこられたにしろ、別に監禁されたわけじゃない。
わたしに大人としての分別があるなら、ここは毅然とした態度で断るべきだったのだ。
極度の緊張と、先ほどまでの昂ぶりのためか。血の流れる音が耳障りなほど響く。
わたしは、かろうじて立っている。
身体の中心に押し込まれた熱は、今も燠火のように燻り続け、廊下から流れ込む冷たい空気でさえ、それを消してはくれない。
喘ぐような浅い呼吸をするわたしに、織部くんは何か言いかけたが何も言わなかった。
とにかく息を整えなくては。
わたしは、織部くんの広い背中に額を押しつけて、深く息を吸い込む。
部屋のドアは、外国のように内開きになっている。
用心深く織部くんは、わたしをドアの反対側に追いやった。そこにいれば、廊下から見えないからだ。
「お待たせして申し訳ありません。レオンハルト神父」
織部くんは、平静だった。わたしほど、うろたえてもいない。
この人の理性は、どうなっているんだろう。
つい、さっきまで、あんなことをしていたのに……。
わたし一人が、自分の情欲に取り込まれているだけみたいで、情けなくなった。
「こちらこそ、突然、失礼しました。リョウ」
ドアの向こうの声は、よく通る。
まろやかで優しそうな声だ。こちらからも相手の姿が見えない。
「お急ぎのようですが、どのようなご用件で?」
織部くんは、静かに答える。
いつもと同じ……まるで感情の揺らぎがない。
「学園長からの呼び出しがあったのですが」
「わざわざ、そのためにいらしたのですか。寮生にでもお言いつけになれば、よかったのに」
「人に知られては、あなたが困るでしょう」
「それは、どういう意味でしょう」
「とぼけるのは、お止めなさい。時間の無駄ですから」
口調こそ穏やかだったが、いきなりドアの向こうから踏み込んでくる革靴の爪先が見えた。
織部くんがドアを押さえるが、相手の力のほうが強かった。
あわててわたしは、部屋の隅に逃げようとしたが、隠れる場所などない。
とっさに窓から逃げようとするのを、織部くんに首根っこをつかまれて阻止される。
背後で微かに笑う声と、織部くんのため息が頭上から聞こえた。
「おとなしくしていろ」
高校生にそう言われて“いい歳した大人”としては、ばつが悪い。
確かに、今さら逃げ隠れしても遅すぎるかもしれなかった。
織部くんのほうが、ずっと冷静だ。
年下の恋人に、まるで猫か犬みたいに首をつかまれて、叱られるのを待っているみたい。
大人として、あまりにも恥ずかしすぎる。
――そもそも、ここへ連れてきたのは織部くんなんだからね。
むなしい言い訳を、脳内で繰り広げる。
無理やり連れてこられたにしろ、別に監禁されたわけじゃない。
わたしに大人としての分別があるなら、ここは毅然とした態度で断るべきだったのだ。
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