上 下
64 / 92
彼のお仕置き。

64話

しおりを挟む
 コツコツと扉を叩く音がした。
 思わずわたしは、口を押える。大きな声を出していただろうか。
 心臓が跳ね上がる。
 体中から冷や汗が噴き出すような気がした。
 恐怖に喉をひくつかせながら、何か言おうとするのを織部くんが眼で制する。

「寮長。いますね」
 ドアの向こうからくぐもった声が聞こえた。
「レオンハルトです」
 彼は舌打ちをした。
「申し訳ありません。立て込んでおります。後ほど司祭館のほうへ伺います」
「急ぎの用件で参りました。ここを開けてください」
 わたしは、悲壮な気持ちで織部くんを見上げた。
 視線が合うとふっと彼は、ほのかに笑う。
 頬に落ちた細い髪が唇にまつわるのが、やけに色っぽく見えた。
 この緊急事態に、のんきなことを考えているんだろう。
 バカ過ぎる。
 彼は、わたしを安心させるために、そうやって笑ってくれるのに。
 落ち込むわたしに軽くキスをして、織部くんは身体を起こした。
 離れるのが切なくて、寂しくて、そんな場合じゃないのは頭では理解しているんだけど、感情だけが置いてけぼりになっている。

「しばらくお待ちください」
 織部くんは答えた。
 さっきまであんなことをしていたとは思えないほど、落ち着き払っている。
 ひとりだけ、舞い上がっていた自分がなんだか情けない。
 あわてて身繕いするのを織部くんが手伝ってくれた。
 彼のほうは、ほとんど着衣に乱れもない。急がないといけない状況なんだけど、脱がされるより着せられるほうが恥ずかしい。
 まるで子供みたいに、下着からブラウスのボタンまで手早く直してくれる。
 ぐしゃぐしゃになった髪を指先で梳いてから、目尻にたまった涙を舐められた。
 そんな織部くんのしぐさに、今の事態を忘れてつい、うっとりとしてしまう。
 すぐに「しゃんとしろ」って怒られた。
 ……これじゃどっちが年上だか判らない。

 よれたシーツを伸ばしていると、すでに織部くんはドアの前に立っている。
 わたしは、隠れる場所を必死で探すけど見つからない。
 ベッドの下は狭く人が身をひそめる余裕などまったくないのだ。
 造り付けのクローゼットにしても同じで、仕切りの戸棚があって入れない。
 ほとんど泣きそうなわたしの腕をつかんで織部くんは、引き寄せる。

「隠れる必要はない。お前は何も言わなくていい」
 小声で確認をするように言うと、強く抱きしめてくれた。力加減もなくぎゅっとされると背骨が折れそう。
 でも、彼の胸の鼓動がわたしと同じに早いのに気づくことができる。
 こんなに落ち着いて見えても、織部くんだって緊張しているんだ。
 鍵を開けるガチャっという音がやけに響く。わたしの心臓の音にそれが重なる。
 ゆっくりとドアノブを回す。
 緊張に、身体の震えが押さえようもない。
 ドアが開くと、廊下の冷気が入り込んできた。ひやりとした空気に肌が粟立つ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

売れ残り同士、結婚します!

青花美来
恋愛
高校の卒業式の日、売り言葉に買い言葉でとある約束をした。 それは、三十歳になってもお互いフリーだったら、売れ残り同士結婚すること。 あんなのただの口約束で、まさか本気だなんて思っていなかったのに。 十二年後。三十歳を迎えた私が再会した彼は。 「あの時の約束、実現してみねぇ?」 ──そう言って、私にキスをした。 ☆マークはRシーン有りです。ご注意ください。 他サイト様にてRシーンカット版を投稿しております。

初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-
恋愛
友人の授かり婚により、ルームシェアを続けられなくなった香澄は、独りぼっちの寂しさを誤魔化すように一人で食事に行った店で、イケオジと出会って甘い一夜を過ごす。 一晩限りのオトナの夜が忘れならない中、従姉妹のツテで決まった引越し先に、再会するはずもない彼が居て、奇妙な同居が始まる予感! ◆Rシーンには※印 ヒーロー視点には⭐︎印をつけておきます ◎この作品はエブリスタさん、pixivさんでも公開しています

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 2023.6.12 全話改稿しました 表紙絵/灰田様

処理中です...