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彼のお仕置き。
64話
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コツコツと扉を叩く音がした。
思わずわたしは、口を押える。大きな声を出していただろうか。
心臓が跳ね上がる。
体中から冷や汗が噴き出すような気がした。
恐怖に喉をひくつかせながら、何か言おうとするのを織部くんが眼で制する。
「寮長。いますね」
ドアの向こうからくぐもった声が聞こえた。
「レオンハルトです」
彼は舌打ちをした。
「申し訳ありません。立て込んでおります。後ほど司祭館のほうへ伺います」
「急ぎの用件で参りました。ここを開けてください」
わたしは、悲壮な気持ちで織部くんを見上げた。
視線が合うとふっと彼は、ほのかに笑う。
頬に落ちた細い髪が唇にまつわるのが、やけに色っぽく見えた。
この緊急事態に、のんきなことを考えているんだろう。
バカ過ぎる。
彼は、わたしを安心させるために、そうやって笑ってくれるのに。
落ち込むわたしに軽くキスをして、織部くんは身体を起こした。
離れるのが切なくて、寂しくて、そんな場合じゃないのは頭では理解しているんだけど、感情だけが置いてけぼりになっている。
「しばらくお待ちください」
織部くんは答えた。
さっきまであんなことをしていたとは思えないほど、落ち着き払っている。
ひとりだけ、舞い上がっていた自分がなんだか情けない。
あわてて身繕いするのを織部くんが手伝ってくれた。
彼のほうは、ほとんど着衣に乱れもない。急がないといけない状況なんだけど、脱がされるより着せられるほうが恥ずかしい。
まるで子供みたいに、下着からブラウスのボタンまで手早く直してくれる。
ぐしゃぐしゃになった髪を指先で梳いてから、目尻にたまった涙を舐められた。
そんな織部くんのしぐさに、今の事態を忘れてつい、うっとりとしてしまう。
すぐに「しゃんとしろ」って怒られた。
……これじゃどっちが年上だか判らない。
よれたシーツを伸ばしていると、すでに織部くんはドアの前に立っている。
わたしは、隠れる場所を必死で探すけど見つからない。
ベッドの下は狭く人が身をひそめる余裕などまったくないのだ。
造り付けのクローゼットにしても同じで、仕切りの戸棚があって入れない。
ほとんど泣きそうなわたしの腕をつかんで織部くんは、引き寄せる。
「隠れる必要はない。お前は何も言わなくていい」
小声で確認をするように言うと、強く抱きしめてくれた。力加減もなくぎゅっとされると背骨が折れそう。
でも、彼の胸の鼓動がわたしと同じに早いのに気づくことができる。
こんなに落ち着いて見えても、織部くんだって緊張しているんだ。
鍵を開けるガチャっという音がやけに響く。わたしの心臓の音にそれが重なる。
ゆっくりとドアノブを回す。
緊張に、身体の震えが押さえようもない。
ドアが開くと、廊下の冷気が入り込んできた。ひやりとした空気に肌が粟立つ。
思わずわたしは、口を押える。大きな声を出していただろうか。
心臓が跳ね上がる。
体中から冷や汗が噴き出すような気がした。
恐怖に喉をひくつかせながら、何か言おうとするのを織部くんが眼で制する。
「寮長。いますね」
ドアの向こうからくぐもった声が聞こえた。
「レオンハルトです」
彼は舌打ちをした。
「申し訳ありません。立て込んでおります。後ほど司祭館のほうへ伺います」
「急ぎの用件で参りました。ここを開けてください」
わたしは、悲壮な気持ちで織部くんを見上げた。
視線が合うとふっと彼は、ほのかに笑う。
頬に落ちた細い髪が唇にまつわるのが、やけに色っぽく見えた。
この緊急事態に、のんきなことを考えているんだろう。
バカ過ぎる。
彼は、わたしを安心させるために、そうやって笑ってくれるのに。
落ち込むわたしに軽くキスをして、織部くんは身体を起こした。
離れるのが切なくて、寂しくて、そんな場合じゃないのは頭では理解しているんだけど、感情だけが置いてけぼりになっている。
「しばらくお待ちください」
織部くんは答えた。
さっきまであんなことをしていたとは思えないほど、落ち着き払っている。
ひとりだけ、舞い上がっていた自分がなんだか情けない。
あわてて身繕いするのを織部くんが手伝ってくれた。
彼のほうは、ほとんど着衣に乱れもない。急がないといけない状況なんだけど、脱がされるより着せられるほうが恥ずかしい。
まるで子供みたいに、下着からブラウスのボタンまで手早く直してくれる。
ぐしゃぐしゃになった髪を指先で梳いてから、目尻にたまった涙を舐められた。
そんな織部くんのしぐさに、今の事態を忘れてつい、うっとりとしてしまう。
すぐに「しゃんとしろ」って怒られた。
……これじゃどっちが年上だか判らない。
よれたシーツを伸ばしていると、すでに織部くんはドアの前に立っている。
わたしは、隠れる場所を必死で探すけど見つからない。
ベッドの下は狭く人が身をひそめる余裕などまったくないのだ。
造り付けのクローゼットにしても同じで、仕切りの戸棚があって入れない。
ほとんど泣きそうなわたしの腕をつかんで織部くんは、引き寄せる。
「隠れる必要はない。お前は何も言わなくていい」
小声で確認をするように言うと、強く抱きしめてくれた。力加減もなくぎゅっとされると背骨が折れそう。
でも、彼の胸の鼓動がわたしと同じに早いのに気づくことができる。
こんなに落ち着いて見えても、織部くんだって緊張しているんだ。
鍵を開けるガチャっという音がやけに響く。わたしの心臓の音にそれが重なる。
ゆっくりとドアノブを回す。
緊張に、身体の震えが押さえようもない。
ドアが開くと、廊下の冷気が入り込んできた。ひやりとした空気に肌が粟立つ。
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