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女人禁制の部屋。

52話

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 一歩踏み込んで、驚いた。
 シンプル。質素。清貧。なんと表現していいものか。
 シングルベッドと机。クローゼット。書棚があるだけで、何もないのだ。
 見たことはないが、外国の修道院というものがこんな感じではないのだろうか。
 これで、ましだというなら他の部屋はいったいどうなっているのか。
 普通は建物の外観が古くても、内装だけは近代的になっているものだが、ここには当てはまらないようだ。
「何もなくて驚いただろう。適当にかけてくれ」
 ベッドに腰をかけるのも気が引ける。とりあえず机の前にある一つきりの椅子に座った。
 机の上は、几帳面な彼らしくきちんと整理されている。出しっぱなしのペン一本、読みかけの広げた本もない。
 書棚の本も洋書が多い上に専門書の類もある。
 それにこれなんだろう。数学の本?
 “フェルマーの最終定理”“ポアンカレ予想”ダメだ。目が拒絶反応してしまう。
 織部くん、自分は理系じゃないとか言ってなかったっけ?
 それなのに、こんな本読んでるの?
 高校生なら漫画とか読もうよ。
 本の種類はバラバラ。宗教の本もあるけど、宗派の統一性がない。
 ブッダの“ダンマパダ”があったり、“リグ・ヴェーダ”って何? バラモン教か。
 聖書のとなりに、ニーチェの“ツァラトゥストラ”……これって、「神は死んだ」とか言った人だよね。
 あ、判った。織部くん……意外と中二病だったりして。まだ高校生だもんね。

 岩波文庫か。夏目漱石に太宰治。なんかホッとするな。青空文庫なら無料で読めるよ。
 同じタイトルの本が三冊ある。“幸福論”か。著者が違う。アラン。ラッセル。ヒルティ……って、織部くん。どれだけ幸福を求めてたの?
 こっちは絵本だ。本当に統一感がないのね。この本棚。
“100万回生きたねこ”に“やさしいライオン”だ。わたしもこれ好き。
 それから“しろいうさぎとくろいうさぎ”
 何度も読んだなぁ……これって。
 そのわりに、図書館で子供の読み聞かせするときは、めちゃくちゃ緊張しちゃうんだけど。
 あ、この見覚えのある絵は“星の王子様”……って、フランス語か。日本語でいいじゃない。
 高三のくせに、それっぽい参考書とかもないよ。
 内部進学だとしても参考書がないのはどういうことだ。必要ないとか? そんなハズないでしょ?
 でも……あるいは、織部くんなら……そういうこともあるのかも?
 いや、いやいや、普通に勉強は、必要でしょ?
 まさか、わたしのせいで勉強に集中できないとか?
「心配しなくても、ここを卒業する見込みはある」
 前言撤回。まったく可愛げってものがない。この高校生。私の考えなど、お見通しらしい。
 どうせ、わたしには脳みそないのよ。

「どうした。変な顔して」
「…………なんでもない」
 わたしは、椅子の上で縮こまるようにして答えた。
「そこにある本は、俺のだけじゃない。前任の寮長のものも残っているし、知り合いが置いて行ったものもある。そろそろ、俺も次の寮長に引き継ぎなんだが」
 なんだ。だから、ジャンルがバラバラだったんだ。
「それじゃ、全部読んだわけじゃないのね?」
「いや、読んだ」

 こんなに本を読んでいるくらいだから、わたしの仕事ぶりを見て文句を言うのも仕方ないのかもしれない。もっと勉強しよう……って、今さらだわ。
 だめだ。気分が落ち込んできた。
「そうか。それならこちらの話だ」
「何?」
「優衣はなぜ、あの店にいたんだ」
「は……?」
「なぜ、いたかと聞いている」
 ……終わってなかったのか。その話。
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