【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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女人禁制の部屋。

51話

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「あ、あの……伊万里。わたしの友達なんだけど、さっきの店に置いてきちゃったし……やっぱり、戻らなきゃ」
「手を振っていたぞ。気がつかなかったのか」
「そ、そうだっけ……」
「彼女のことは、備前に任せてある。俺と違って、信用できるヤツだ」
「べ、別に、織部くんのこと信用してないわけじゃなくて……あの」
「それなら、問題ないだろう」
「いや、いや、いや、問題はあるよ。大アリだよ」
 強く言い切ると、彼は黙ってわたしを見下ろしていた。
 ほとんど表情が変わらないから、織部くんが今、何を思っているのかなんて想像もできない。
 とにかく今の状況は、よくない。
 いい歳した大人の女が、男子寮に潜り込んで発見されたことを考えたら恥ずかしすぎる。
 青少年保護育成条例で、社会的に抹殺されるのは間違いない。

「だって、わたし“行く”とは言ってないよ」
 そうよ。織部くんは、わたしが“いい”と言わなきゃいけないんでしょ?
 ここは、きっちりさせておくべきだ。
「俺が、お前を連れて行きたいんだ」
 近々と見据えられて、ひくんと息を呑んだ。
「お前は、いやなのか」
 いつもは、冷たい印象のある眸に熱い光がともる。
 あんまり睨まないでほしい……。彼の切れ上がったきつい目がこちらに向けられると、わたしの心の底の底まで見透かされて、織部くんの言いなりになってしまいそう。
「そ、そんな言い方……ずるいよ」
 あわててうつむいて、織部くんの視線から逃げた。

「ぐずぐず言うな」
「うぎゃっ!」
 我ながら、色気のないバカみたいな声が出た。
 織部くんがわたしの胸を両手で、がっしりとわしづかみにしたのだ。
「さっさと、降りてこないと直に揉むぞ」
「痛い、痛い」
 わしわしと、力任せに揉むものだから本気で痛い。
 男の人には判らないこの痛さ。根っこのあたりから千切れたらどうしてくれるんだ。
「判った。判りました。だから、止めて」
「よし。では、さっさと降りてこい。言うことをきかんと」
 そう言いながら、織部くんは執事用の白い手袋をつけた右手の指をわきわきと動かして見せた。
 何、その手つき……。
 さっき直に揉むとかって、信じられないこと言ったよね。
 この人なら本気で、やっちゃいそうで怖いよ。
 もうこれ以上の抵抗は無駄というより、かえって危険なことになりそうなので、おとなしく従うことにした。
 屠殺場に引き立てられる牛の気分で、わたしは車を降りたのだった。



 巨大なオーク材の扉は、重厚な彫刻が施されている。
 両扉の片方を押し開くと、薄暗い闇と顔の映りそうなほど磨きこまれた長い廊下があった。
 男子校の寮だからもっと雑然としたものをイメージしていたのだが、中は埃ひとつ落ちていない。
 足早に先を進む織部くんについて、長い廊下を歩くと靴音が響く。
 大きな建物なのに、人の気配が感じられない。
 間接照明は、薄暗いので足元を照らすほどにしか用をなさない。
 怖くなって、織部くんの服の裾を握ると、そっと肩を抱いてくれた。
「今の時間、寮生は食堂に行っている。戻ってくる前に俺の部屋に急ごう」

 寮長の部屋は、入口近くにあるそうだが、この異空間のような建物内では、とても遠くに感じた。
 鍵のある部屋というのも、寮長の特権らしい。
 普通は鍵もないそうだから、プライバシーもあったもんじゃない。
「他の部屋に比べたら、少しはましかもな」
 そう言いながら織部くんは、真鍮のドアノブを回した。
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