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女人禁制の部屋。

50話

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 大きな練鉄の門扉がある。
 守衛所が見当たらないので、こちらは正門ではなく、駐車場の出入り口なのだろう。
 すでに、外は薄暗くなり始めている。
 夕ご飯まだだったな……と、こんなときなのに、そんなことを考えてしまう。……織部くんの前でお腹が鳴ったら恥ずかしいし。
 今さらだけど、帰りたい気分になってきた。

「降りろ」
 そう言って、織部くんはわたしのシートベルトを外す。
 いつものしぐさだ。これは運転席にわたしがいてもしてくれるんだけど、今回ばかりは嬉しくない。このまま逃げ出したかった。
 学校だよ。例えるなら、愛人が本妻宅に乗り込むような状況……いや、違うか。
 普段から、日陰の身だという感覚があるせいか、思考が変な方向へ走ってしまう。
 そもそも男子寮って……普通に女子の立ち入り禁止のはず。
 マニアックなことが好きな伊万里なら、泣いて喜びそう。だけど、カトリック系の男子校で彼女が想像するような耽美的な空間はないだろうな。
 うっそうとした木々が生い茂っていて大きな黒い建物が見えるだけで、その外観は車の中からは、よく見えない。
 カラスなのか大きな黒い鳥が飛んでいく様子は、耽美的よりオカルトだ。
 前に来たときは、ちゃんと守衛さんに挨拶もして、手続きも踏んでいた。
 こんなこっそりと裏口から入り込むなんて、ヤバいんじゃないですか。

「早くしろ。俺もこの格好だから目立つんだ」
 わたし側のドアを開けながら、織部くんが覗き込んできた。なにせ執事カフェからきたわけだから、執事の衣装もそのままなのだ。
 でも、……似合ってるけど。
 あの執事カフェで見たような偽物ばかりを並べた舞台の書割りのようなお屋敷の中で、彼だけが本物だった。
 声の低さや、言葉のひとつひとつ。
 明るい髪の色や、彫の深い顔立ち。さりげない立ち居振る舞いが、他の人とは違う。
 決して、その場に溶け込んだりできない。
 彼は、特別な人だから……。

 いやいや、そんな場合じゃないから、織部くんの執事っぷりに萌えてる場合じゃないから。
「わたしを連れて行ったらよけいに目立つよ」
「だから、目立つ前に行くんだ」
「そうじゃなくて……ダメだって、バレたら本当に警察に通報される。止めようよ」
 このまま、寮内に入り込む事態だけは避けたい。
 青少年健全育成保護条例違反だけじゃなくて、家宅侵入罪も追加されてしまう。
 わたしは、必死にいい訳を考えた。
 普段、使わない脳細胞をフル回転させる。

「お、お父さん……早く帰ってくるし」
「嘘をつくな。今日は碁会があるって言ってたぞ」
 織部くんとお父さんは、囲碁仲間だった。
「あ、お、お父さんじゃなくて、お母さんが早く帰るように言ってたんだっけ。お父さんいないから、無用心だし」
「俺から連絡しておいてやる。帰りは送ってやるから大丈夫だ」
 おおぉう、忘れてた。織部くんは、お母さんのことも懐柔してたんだった。
 お気に入りの俳優に似てるからって、お母さんは彼が来ると年甲斐もなく妙に張り切るんだ。
 織部くんからの電話なら、ホイホイ言うことをきくに決まっている。
 どうしよう。
 ますます深みに、はまっていく。
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