50 / 92
女人禁制の部屋。
50話
しおりを挟む
大きな練鉄の門扉がある。
守衛所が見当たらないので、こちらは正門ではなく、駐車場の出入り口なのだろう。
すでに、外は薄暗くなり始めている。
夕ご飯まだだったな……と、こんなときなのに、そんなことを考えてしまう。……織部くんの前でお腹が鳴ったら恥ずかしいし。
今さらだけど、帰りたい気分になってきた。
「降りろ」
そう言って、織部くんはわたしのシートベルトを外す。
いつものしぐさだ。これは運転席にわたしがいてもしてくれるんだけど、今回ばかりは嬉しくない。このまま逃げ出したかった。
学校だよ。例えるなら、愛人が本妻宅に乗り込むような状況……いや、違うか。
普段から、日陰の身だという感覚があるせいか、思考が変な方向へ走ってしまう。
そもそも男子寮って……普通に女子の立ち入り禁止のはず。
マニアックなことが好きな伊万里なら、泣いて喜びそう。だけど、カトリック系の男子校で彼女が想像するような耽美的な空間はないだろうな。
うっそうとした木々が生い茂っていて大きな黒い建物が見えるだけで、その外観は車の中からは、よく見えない。
カラスなのか大きな黒い鳥が飛んでいく様子は、耽美的よりオカルトだ。
前に来たときは、ちゃんと守衛さんに挨拶もして、手続きも踏んでいた。
こんなこっそりと裏口から入り込むなんて、ヤバいんじゃないですか。
「早くしろ。俺もこの格好だから目立つんだ」
わたし側のドアを開けながら、織部くんが覗き込んできた。なにせ執事カフェからきたわけだから、執事の衣装もそのままなのだ。
でも、……似合ってるけど。
あの執事カフェで見たような偽物ばかりを並べた舞台の書割りのようなお屋敷の中で、彼だけが本物だった。
声の低さや、言葉のひとつひとつ。
明るい髪の色や、彫の深い顔立ち。さりげない立ち居振る舞いが、他の人とは違う。
決して、その場に溶け込んだりできない。
彼は、特別な人だから……。
いやいや、そんな場合じゃないから、織部くんの執事っぷりに萌えてる場合じゃないから。
「わたしを連れて行ったらよけいに目立つよ」
「だから、目立つ前に行くんだ」
「そうじゃなくて……ダメだって、バレたら本当に警察に通報される。止めようよ」
このまま、寮内に入り込む事態だけは避けたい。
青少年健全育成保護条例違反だけじゃなくて、家宅侵入罪も追加されてしまう。
わたしは、必死にいい訳を考えた。
普段、使わない脳細胞をフル回転させる。
「お、お父さん……早く帰ってくるし」
「嘘をつくな。今日は碁会があるって言ってたぞ」
織部くんとお父さんは、囲碁仲間だった。
「あ、お、お父さんじゃなくて、お母さんが早く帰るように言ってたんだっけ。お父さんいないから、無用心だし」
「俺から連絡しておいてやる。帰りは送ってやるから大丈夫だ」
おおぉう、忘れてた。織部くんは、お母さんのことも懐柔してたんだった。
お気に入りの俳優に似てるからって、お母さんは彼が来ると年甲斐もなく妙に張り切るんだ。
織部くんからの電話なら、ホイホイ言うことをきくに決まっている。
どうしよう。
ますます深みに、はまっていく。
守衛所が見当たらないので、こちらは正門ではなく、駐車場の出入り口なのだろう。
すでに、外は薄暗くなり始めている。
夕ご飯まだだったな……と、こんなときなのに、そんなことを考えてしまう。……織部くんの前でお腹が鳴ったら恥ずかしいし。
今さらだけど、帰りたい気分になってきた。
「降りろ」
そう言って、織部くんはわたしのシートベルトを外す。
いつものしぐさだ。これは運転席にわたしがいてもしてくれるんだけど、今回ばかりは嬉しくない。このまま逃げ出したかった。
学校だよ。例えるなら、愛人が本妻宅に乗り込むような状況……いや、違うか。
普段から、日陰の身だという感覚があるせいか、思考が変な方向へ走ってしまう。
そもそも男子寮って……普通に女子の立ち入り禁止のはず。
マニアックなことが好きな伊万里なら、泣いて喜びそう。だけど、カトリック系の男子校で彼女が想像するような耽美的な空間はないだろうな。
うっそうとした木々が生い茂っていて大きな黒い建物が見えるだけで、その外観は車の中からは、よく見えない。
カラスなのか大きな黒い鳥が飛んでいく様子は、耽美的よりオカルトだ。
前に来たときは、ちゃんと守衛さんに挨拶もして、手続きも踏んでいた。
こんなこっそりと裏口から入り込むなんて、ヤバいんじゃないですか。
「早くしろ。俺もこの格好だから目立つんだ」
わたし側のドアを開けながら、織部くんが覗き込んできた。なにせ執事カフェからきたわけだから、執事の衣装もそのままなのだ。
でも、……似合ってるけど。
あの執事カフェで見たような偽物ばかりを並べた舞台の書割りのようなお屋敷の中で、彼だけが本物だった。
声の低さや、言葉のひとつひとつ。
明るい髪の色や、彫の深い顔立ち。さりげない立ち居振る舞いが、他の人とは違う。
決して、その場に溶け込んだりできない。
彼は、特別な人だから……。
いやいや、そんな場合じゃないから、織部くんの執事っぷりに萌えてる場合じゃないから。
「わたしを連れて行ったらよけいに目立つよ」
「だから、目立つ前に行くんだ」
「そうじゃなくて……ダメだって、バレたら本当に警察に通報される。止めようよ」
このまま、寮内に入り込む事態だけは避けたい。
青少年健全育成保護条例違反だけじゃなくて、家宅侵入罪も追加されてしまう。
わたしは、必死にいい訳を考えた。
普段、使わない脳細胞をフル回転させる。
「お、お父さん……早く帰ってくるし」
「嘘をつくな。今日は碁会があるって言ってたぞ」
織部くんとお父さんは、囲碁仲間だった。
「あ、お、お父さんじゃなくて、お母さんが早く帰るように言ってたんだっけ。お父さんいないから、無用心だし」
「俺から連絡しておいてやる。帰りは送ってやるから大丈夫だ」
おおぉう、忘れてた。織部くんは、お母さんのことも懐柔してたんだった。
お気に入りの俳優に似てるからって、お母さんは彼が来ると年甲斐もなく妙に張り切るんだ。
織部くんからの電話なら、ホイホイ言うことをきくに決まっている。
どうしよう。
ますます深みに、はまっていく。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
売れ残り同士、結婚します!
青花美来
恋愛
高校の卒業式の日、売り言葉に買い言葉でとある約束をした。
それは、三十歳になってもお互いフリーだったら、売れ残り同士結婚すること。
あんなのただの口約束で、まさか本気だなんて思っていなかったのに。
十二年後。三十歳を迎えた私が再会した彼は。
「あの時の約束、実現してみねぇ?」
──そう言って、私にキスをした。
☆マークはRシーン有りです。ご注意ください。
他サイト様にてRシーンカット版を投稿しております。
お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜
Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。
結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。
ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。
気がついた時にはかけがえのない人になっていて――
2023.6.12 全話改稿しました
表紙絵/灰田様
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
彼と私と甘い月
藤谷藍
恋愛
白河花蓮は26歳のOL。いつも通りの出勤のはずが駅で偶然、橘俊幸、31歳、弁護士に助けられたことからお互い一目惚れ。優しいけれど強引な彼の誘いに花蓮は彼の家でバイトを始めることになる。バイトの上司は花蓮の超好みの独身男性、勤務先は彼の家、こんな好条件な副業は滅多にない。気になる彼と一緒に一つ屋根の下で過ごす、彼と花蓮の甘い日々が始まる。偶然が必然になり急速に近づく二人の距離はもう誰にも止められない?
二人の糖度200%いちゃつきぶりを、こんな偶然あるわけないと突っ込みながら(小説ならではの非日常の世界を)お楽しみ下さい。この作品はムーンライトノベルズにも掲載された作品です。
番外編「彼と私と甘い月 番外編 ーその後の二人の甘い日々ー」も別掲載しました。あわせてお楽しみください。
フォンダンショコラな恋人
如月 そら
恋愛
「これでは、法廷で争えません」
「先生はどちらの味方なんです?!」
保険会社で仕事をする宝条翠咲の天敵は顧問弁護士の倉橋陽平だ。
「吹いたら折れそう」
「それは悪口ですか?」
──あなたのそういうところが嫌いなのよ!
なのにどんどん距離を詰められて……。
この人何を考えているの?
無表情な弁護士倉橋に惑わされる翠咲は……?
※途中に登場する高槻結衣ちゃんのお話は『あなたの声を聴かせて』をご参照頂けると、嬉しいです。<(_ _)>
※表紙イラストは、らむね様にお願い致しました。
https://skima.jp/profile?id=45820
イメージぴったり!可愛いー!!❀.(*´▽`*)❀.
ありがとうございました!!
※イラストの使用・無断転載は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる