47 / 92
執事のいるカフェ。
47話
しおりを挟む
「俺のほうだ」
耳もとでそっと囁く声に、わたしは驚いて織部くんを見た。
少し腕を緩めてくれたので、あわてて息をつく。
うっすらと細められた眼に、まるで心をすくいとられるようだ。
いつもは不機嫌そうなしかめっ面なのに、ときどきこうして、びっくりするほど優しい表情をする。
思えば、あたしがいちばん最初に心惹かれたのは、この顔ではなかったのか。
いつもの奇麗な彼の顔ではない。
普段は見せない優しい笑顔。
完璧すぎるほどのポーカーフェイスのせいで歳より老けて見える彼なんだけど、ちょっとだけ垣間見えるもうひとつの顔。
「俺が優衣を抱いているんだ。お前は被害者だ」
まるで子供をなだめるように、あたしの頭を優しく撫でながら織部くんは言った。
あれ。いつの間にか立場が逆転してる。
この身長差のせい?
気が付いたら、いつも彼のほうが上なんですが。
「ひ、被害者って……そっちのほうが変よ」
「変か?」
ちょっと笑いを堪えたような様子で、織部くんが答える。
ああ、この顔も好き。
でも、いつもの不機嫌そうな、世の苦悩を一身に背負ったみたいな顔も好き。
結局のところ、わたしは織部くんのどんな表情も好きなんだけど……。
本当にいろいろ好きで困る。
やっぱり深刻な恋愛依存症かもしれない。心療内科に行くべきかしら。
「やはり、俺は変なんだな」
「べ、別に織部くんが変だなんて……」
そういい終わらないうちに、織部くんの顔が近づいてきた。
「あ……ちょ、ちょっ……ぅんぐ」
唇が触れる瞬間まで、しゃべっていたから変な声がでちゃった。
恥ずかしいと思うより先に、唇は強く押し付けられて激しいくちづけに変わる。
息もできないほど乱暴なのに、もっと欲しいと望んでしまう自分が怖い。
ダメ、ダメ!!! 時と、場所を考えて!
何やってるのよ。わたし!!!
脳内で、もう一人の自分が叫ぶけど、すでに身体は痺れるように動かない。
「織部、時給プラス完全出来高制の執事バイトのサービスにしてはやり過ぎだ」
夢心地だったわたしの耳に、やけに現実味のある声が響く。
のぼせかけていたわたしは、いきなり水を浴びせられたような気がした。あわてて織部くんから離れようとしたけど、彼の抱きしめる力は、びくともしない。
「備前。俺は一身上の都合により退職する」
「ちょ、待て! そんなこと言われたって!!」
あせっている声は、たぶん、担当執事の備前くんだろう。
二人とも周囲をはばかっているのか、小声で話している。そのわりに、わたしのことはあいかわらず、身動きできないほど抱きしめているから、状況が判らない。
「店長の車を借りるから、そのことも伝えておいてくれ」
「店長じゃなくて、家令だ」
「それから、優衣の連れの女性がいただろう。彼女へのフォローも頼む」
「待て、待て、どういうことだ?!」
「俺は、優衣を連れて帰るから、備前は、彼女を送ってくれ」
「バイト中なんだが」
「頼む」
頼んでいるわりに、声音が低いせいか、脅迫しているようにしか聞こえてこない。
備前くんの反応が気になったが、返事が返ってくる前に、織部くんはわたしの腰をつかむと、ツカツカと歩き出した。彼の歩幅に合わせようと思うと、小走りになってしまう。
振り返ると、化粧室から戻ってきたらしい伊万里が、備前くんと一緒に手を振っていた。
店内では、こちらを凝視する客もいれば、執事たちとの会話に夢中で、まったく気にしていない客もいる。
耳もとでそっと囁く声に、わたしは驚いて織部くんを見た。
少し腕を緩めてくれたので、あわてて息をつく。
うっすらと細められた眼に、まるで心をすくいとられるようだ。
いつもは不機嫌そうなしかめっ面なのに、ときどきこうして、びっくりするほど優しい表情をする。
思えば、あたしがいちばん最初に心惹かれたのは、この顔ではなかったのか。
いつもの奇麗な彼の顔ではない。
普段は見せない優しい笑顔。
完璧すぎるほどのポーカーフェイスのせいで歳より老けて見える彼なんだけど、ちょっとだけ垣間見えるもうひとつの顔。
「俺が優衣を抱いているんだ。お前は被害者だ」
まるで子供をなだめるように、あたしの頭を優しく撫でながら織部くんは言った。
あれ。いつの間にか立場が逆転してる。
この身長差のせい?
気が付いたら、いつも彼のほうが上なんですが。
「ひ、被害者って……そっちのほうが変よ」
「変か?」
ちょっと笑いを堪えたような様子で、織部くんが答える。
ああ、この顔も好き。
でも、いつもの不機嫌そうな、世の苦悩を一身に背負ったみたいな顔も好き。
結局のところ、わたしは織部くんのどんな表情も好きなんだけど……。
本当にいろいろ好きで困る。
やっぱり深刻な恋愛依存症かもしれない。心療内科に行くべきかしら。
「やはり、俺は変なんだな」
「べ、別に織部くんが変だなんて……」
そういい終わらないうちに、織部くんの顔が近づいてきた。
「あ……ちょ、ちょっ……ぅんぐ」
唇が触れる瞬間まで、しゃべっていたから変な声がでちゃった。
恥ずかしいと思うより先に、唇は強く押し付けられて激しいくちづけに変わる。
息もできないほど乱暴なのに、もっと欲しいと望んでしまう自分が怖い。
ダメ、ダメ!!! 時と、場所を考えて!
何やってるのよ。わたし!!!
脳内で、もう一人の自分が叫ぶけど、すでに身体は痺れるように動かない。
「織部、時給プラス完全出来高制の執事バイトのサービスにしてはやり過ぎだ」
夢心地だったわたしの耳に、やけに現実味のある声が響く。
のぼせかけていたわたしは、いきなり水を浴びせられたような気がした。あわてて織部くんから離れようとしたけど、彼の抱きしめる力は、びくともしない。
「備前。俺は一身上の都合により退職する」
「ちょ、待て! そんなこと言われたって!!」
あせっている声は、たぶん、担当執事の備前くんだろう。
二人とも周囲をはばかっているのか、小声で話している。そのわりに、わたしのことはあいかわらず、身動きできないほど抱きしめているから、状況が判らない。
「店長の車を借りるから、そのことも伝えておいてくれ」
「店長じゃなくて、家令だ」
「それから、優衣の連れの女性がいただろう。彼女へのフォローも頼む」
「待て、待て、どういうことだ?!」
「俺は、優衣を連れて帰るから、備前は、彼女を送ってくれ」
「バイト中なんだが」
「頼む」
頼んでいるわりに、声音が低いせいか、脅迫しているようにしか聞こえてこない。
備前くんの反応が気になったが、返事が返ってくる前に、織部くんはわたしの腰をつかむと、ツカツカと歩き出した。彼の歩幅に合わせようと思うと、小走りになってしまう。
振り返ると、化粧室から戻ってきたらしい伊万里が、備前くんと一緒に手を振っていた。
店内では、こちらを凝視する客もいれば、執事たちとの会話に夢中で、まったく気にしていない客もいる。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉
濘-NEI-
恋愛
友人の授かり婚により、ルームシェアを続けられなくなった香澄は、独りぼっちの寂しさを誤魔化すように一人で食事に行った店で、イケオジと出会って甘い一夜を過ごす。
一晩限りのオトナの夜が忘れならない中、従姉妹のツテで決まった引越し先に、再会するはずもない彼が居て、奇妙な同居が始まる予感!
◆Rシーンには※印
ヒーロー視点には⭐︎印をつけておきます
◎この作品はエブリスタさん、pixivさんでも公開しています
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
売れ残り同士、結婚します!
青花美来
恋愛
高校の卒業式の日、売り言葉に買い言葉でとある約束をした。
それは、三十歳になってもお互いフリーだったら、売れ残り同士結婚すること。
あんなのただの口約束で、まさか本気だなんて思っていなかったのに。
十二年後。三十歳を迎えた私が再会した彼は。
「あの時の約束、実現してみねぇ?」
──そう言って、私にキスをした。
☆マークはRシーン有りです。ご注意ください。
他サイト様にてRシーンカット版を投稿しております。
お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜
Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。
結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。
ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。
気がついた時にはかけがえのない人になっていて――
2023.6.12 全話改稿しました
表紙絵/灰田様
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる