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執事のいるカフェ。
43話
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ふいに、きゅっと胸が詰まってきた。
彼に逢えないせいで、織部くん欠乏症になってるのかもしれない。
高山に登った人が、酸素が足りなくなるみたいなそんな感じ。
どうしよう。やっぱり、わたしは恋愛依存症だ。
ダメダメ。本当に重い女になっちゃうよ。
ついつい考え込みすぎて、伊万里が覗きこんできたのに気がつかなかった。
「ねえ、優衣……確かに、あんたの頭の中は、お花畑よ」
いきなり伊万里が核心をついてくる。当たっているだけに何も言えない。
「だからって、悩み過ぎて、メンヘラになるのは違うわ」
メンヘラだのお花畑だの、ずいぶんな言われよう……でも、それは自覚している。
わたしが落ち込むのは、いつも織部くんのことばかりだ。
淫獣は、わたしのほうだ。
手を伸ばして伊万里が、わたしの眉間をこすった。
「ここ、皺が寄ってる」
「……悪かったわね。どうせ、重い女だもん」
「そうやって、明日も今日と同じことを悩んで無為に時間だけ過ごすなら、行動することね」
「伊万里は、何を行動するっていうの?」
「人生は短いのよ。今を楽しむのよ」
そう言って伊万里は、テーブルの上のベルを取り上げて鳴らした。
すぐに執事が現れて、膝を折って用件を訊く。
ホストみたいにちゃらちゃらした雰囲気はなくて、清潔感があって真面目な感じ。織部くんの学校にいそうなタイプ。
執事のイメージが、そんなものだからだろうか。
お客さんたちには、それぞれ“推し”がいるらしいけど、どの顔も皆、似ているような気がする。どこかですれ違っても判らないぐらい印象が薄い。
織部くんほど、奇麗な人はいないからだ。
「化粧室へ案内してちょうだい」
つんと澄ました調子で、伊万里が言った。
隣で訊いたわたしは、紅茶をふきだしそうになる。。
真剣に聞いていたわたしが、バカみたい。
伊万里は、執事に連れられて、席を立った。
コンセプト・カフェという非日常の空間を伊万里は楽しんでいる。
コスプレの執事とお嬢様のごっこ遊び。
でも、わたしは、その世界に入り込めないでいる。
紅茶はすっかり冷めてしまって、香りも何もない。ぼんやりしていると、また別の店員が声をかけてきた。
「紅茶のおかわりは、いかがですか。お嬢様」
「あ、いえ……」
「何か、ご用はございませんか?」
ここの店員は、まるで声優のような甘い声で、静かに話しかける。
ただ執事の姿を真似しているだけでもない。少女たちの妄想上の執事をそのままに体現している。
だから、こんなに執事カフェは流行しているのか。
低いややかすれた声は、織部くんを思い出さずにはいられない。
織部くんの言葉って、なんだか古臭いのよね。文語的というか……でも、そんな話し方が落ち着いた声には、すごく似合ってる。
「別に、ないです」
なんとなく恥ずかしくって、うつむいたままそっけない返事をする。
「お嬢様にお仕えするのが、わたくしの歓びでございます。どうぞ、なんなりとお申しつけ下さいませ」
早くどこかへ行って欲しいと思うのに、店員はなぜか、わたしのテーブルから離れようとはしなかった。
さっきの担当執事は、伊万里をトイレに案内しているのだとしても、わざわざ別の執事が出てくる必要があるのか。
ハスキーな声が織部くんを思い出させるから、よけいに辛い。
もういいから、放っておいてほしかった。
でも、ちょっと待って。
確か、店員とおしゃべりするのは別料金が発生したはず。
ゲームをするといくら、談笑がいくらって……メニューにあったような気がする。この辺は、メイドカフェと変わらない。
はっきり断るべきだろうと、わたしは執事役の店員のほうへ顔を向けた。
横目で、ちらりとうかがった瞬間、わたしの息は止まる。
燕尾服の店員は、テーブルの脇で膝を折って、こちらを見上げている。
他の店員と違って、あきらかに肩幅が違う。
ひざまずいても大きく、がっしりとしていて胸板も厚い。
柔らかそうな栗色の髪がほっそりとした頬に一筋まつわっている。
執事にしては存在感がありすぎる。何より人目をひくのは切れ上がったきつい双眸だった。
彼に逢えないせいで、織部くん欠乏症になってるのかもしれない。
高山に登った人が、酸素が足りなくなるみたいなそんな感じ。
どうしよう。やっぱり、わたしは恋愛依存症だ。
ダメダメ。本当に重い女になっちゃうよ。
ついつい考え込みすぎて、伊万里が覗きこんできたのに気がつかなかった。
「ねえ、優衣……確かに、あんたの頭の中は、お花畑よ」
いきなり伊万里が核心をついてくる。当たっているだけに何も言えない。
「だからって、悩み過ぎて、メンヘラになるのは違うわ」
メンヘラだのお花畑だの、ずいぶんな言われよう……でも、それは自覚している。
わたしが落ち込むのは、いつも織部くんのことばかりだ。
淫獣は、わたしのほうだ。
手を伸ばして伊万里が、わたしの眉間をこすった。
「ここ、皺が寄ってる」
「……悪かったわね。どうせ、重い女だもん」
「そうやって、明日も今日と同じことを悩んで無為に時間だけ過ごすなら、行動することね」
「伊万里は、何を行動するっていうの?」
「人生は短いのよ。今を楽しむのよ」
そう言って伊万里は、テーブルの上のベルを取り上げて鳴らした。
すぐに執事が現れて、膝を折って用件を訊く。
ホストみたいにちゃらちゃらした雰囲気はなくて、清潔感があって真面目な感じ。織部くんの学校にいそうなタイプ。
執事のイメージが、そんなものだからだろうか。
お客さんたちには、それぞれ“推し”がいるらしいけど、どの顔も皆、似ているような気がする。どこかですれ違っても判らないぐらい印象が薄い。
織部くんほど、奇麗な人はいないからだ。
「化粧室へ案内してちょうだい」
つんと澄ました調子で、伊万里が言った。
隣で訊いたわたしは、紅茶をふきだしそうになる。。
真剣に聞いていたわたしが、バカみたい。
伊万里は、執事に連れられて、席を立った。
コンセプト・カフェという非日常の空間を伊万里は楽しんでいる。
コスプレの執事とお嬢様のごっこ遊び。
でも、わたしは、その世界に入り込めないでいる。
紅茶はすっかり冷めてしまって、香りも何もない。ぼんやりしていると、また別の店員が声をかけてきた。
「紅茶のおかわりは、いかがですか。お嬢様」
「あ、いえ……」
「何か、ご用はございませんか?」
ここの店員は、まるで声優のような甘い声で、静かに話しかける。
ただ執事の姿を真似しているだけでもない。少女たちの妄想上の執事をそのままに体現している。
だから、こんなに執事カフェは流行しているのか。
低いややかすれた声は、織部くんを思い出さずにはいられない。
織部くんの言葉って、なんだか古臭いのよね。文語的というか……でも、そんな話し方が落ち着いた声には、すごく似合ってる。
「別に、ないです」
なんとなく恥ずかしくって、うつむいたままそっけない返事をする。
「お嬢様にお仕えするのが、わたくしの歓びでございます。どうぞ、なんなりとお申しつけ下さいませ」
早くどこかへ行って欲しいと思うのに、店員はなぜか、わたしのテーブルから離れようとはしなかった。
さっきの担当執事は、伊万里をトイレに案内しているのだとしても、わざわざ別の執事が出てくる必要があるのか。
ハスキーな声が織部くんを思い出させるから、よけいに辛い。
もういいから、放っておいてほしかった。
でも、ちょっと待って。
確か、店員とおしゃべりするのは別料金が発生したはず。
ゲームをするといくら、談笑がいくらって……メニューにあったような気がする。この辺は、メイドカフェと変わらない。
はっきり断るべきだろうと、わたしは執事役の店員のほうへ顔を向けた。
横目で、ちらりとうかがった瞬間、わたしの息は止まる。
燕尾服の店員は、テーブルの脇で膝を折って、こちらを見上げている。
他の店員と違って、あきらかに肩幅が違う。
ひざまずいても大きく、がっしりとしていて胸板も厚い。
柔らかそうな栗色の髪がほっそりとした頬に一筋まつわっている。
執事にしては存在感がありすぎる。何より人目をひくのは切れ上がったきつい双眸だった。
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