上 下
43 / 92
執事のいるカフェ。

43話

しおりを挟む
 ふいに、きゅっと胸が詰まってきた。
 彼に逢えないせいで、織部くん欠乏症になってるのかもしれない。
 高山に登った人が、酸素が足りなくなるみたいなそんな感じ。
 どうしよう。やっぱり、わたしは恋愛依存症だ。
 ダメダメ。本当に重い女になっちゃうよ。
 ついつい考え込みすぎて、伊万里が覗きこんできたのに気がつかなかった。

「ねえ、優衣……確かに、あんたの頭の中は、お花畑よ」
 いきなり伊万里が核心をついてくる。当たっているだけに何も言えない。
「だからって、悩み過ぎて、メンヘラになるのは違うわ」
 メンヘラだのお花畑だの、ずいぶんな言われよう……でも、それは自覚している。
 わたしが落ち込むのは、いつも織部くんのことばかりだ。
 淫獣は、わたしのほうだ。

 手を伸ばして伊万里が、わたしの眉間をこすった。
「ここ、皺が寄ってる」
「……悪かったわね。どうせ、重い女だもん」
「そうやって、明日も今日と同じことを悩んで無為に時間だけ過ごすなら、行動することね」
「伊万里は、何を行動するっていうの?」
「人生は短いのよ。今を楽しむのよ」
 そう言って伊万里は、テーブルの上のベルを取り上げて鳴らした。
 すぐに執事が現れて、膝を折って用件を訊く。
 ホストみたいにちゃらちゃらした雰囲気はなくて、清潔感があって真面目な感じ。織部くんの学校にいそうなタイプ。
 執事のイメージが、そんなものだからだろうか。
 お客さんたちには、それぞれ“推し”がいるらしいけど、どの顔も皆、似ているような気がする。どこかですれ違っても判らないぐらい印象が薄い。
 織部くんほど、奇麗な人はいないからだ。



「化粧室へ案内してちょうだい」
 つんと澄ました調子で、伊万里が言った。
 隣で訊いたわたしは、紅茶をふきだしそうになる。。
 真剣に聞いていたわたしが、バカみたい。
 伊万里は、執事に連れられて、席を立った。
 コンセプト・カフェという非日常の空間を伊万里は楽しんでいる。
 コスプレの執事とお嬢様のごっこ遊び。
 でも、わたしは、その世界に入り込めないでいる。
 紅茶はすっかり冷めてしまって、香りも何もない。ぼんやりしていると、また別の店員が声をかけてきた。
「紅茶のおかわりは、いかがですか。お嬢様」
「あ、いえ……」
「何か、ご用はございませんか?」
 ここの店員は、まるで声優のような甘い声で、静かに話しかける。
 ただ執事の姿を真似しているだけでもない。少女たちの妄想上の執事をそのままに体現している。
 だから、こんなに執事カフェは流行しているのか。
 低いややかすれた声は、織部くんを思い出さずにはいられない。
 織部くんの言葉って、なんだか古臭いのよね。文語的というか……でも、そんな話し方が落ち着いた声には、すごく似合ってる。

「別に、ないです」
 なんとなく恥ずかしくって、うつむいたままそっけない返事をする。
「お嬢様にお仕えするのが、わたくしの歓びでございます。どうぞ、なんなりとお申しつけ下さいませ」
 早くどこかへ行って欲しいと思うのに、店員はなぜか、わたしのテーブルから離れようとはしなかった。
 さっきの担当執事は、伊万里をトイレに案内しているのだとしても、わざわざ別の執事が出てくる必要があるのか。
 ハスキーな声が織部くんを思い出させるから、よけいに辛い。
 もういいから、放っておいてほしかった。
 でも、ちょっと待って。
 確か、店員とおしゃべりするのは別料金が発生したはず。
 ゲームをするといくら、談笑がいくらって……メニューにあったような気がする。この辺は、メイドカフェと変わらない。
 はっきり断るべきだろうと、わたしは執事役の店員のほうへ顔を向けた。
 横目で、ちらりとうかがった瞬間、わたしの息は止まる。

 燕尾服の店員は、テーブルの脇で膝を折って、こちらを見上げている。
 他の店員と違って、あきらかに肩幅が違う。
 ひざまずいても大きく、がっしりとしていて胸板も厚い。
 柔らかそうな栗色の髪がほっそりとした頬に一筋まつわっている。
 執事にしては存在感がありすぎる。何より人目をひくのは切れ上がったきつい双眸だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

初恋は溺愛で。〈一夜だけのはずが、遊び人を卒業して平凡な私と恋をするそうです〉

濘-NEI-
恋愛
友人の授かり婚により、ルームシェアを続けられなくなった香澄は、独りぼっちの寂しさを誤魔化すように一人で食事に行った店で、イケオジと出会って甘い一夜を過ごす。 一晩限りのオトナの夜が忘れならない中、従姉妹のツテで決まった引越し先に、再会するはずもない彼が居て、奇妙な同居が始まる予感! ◆Rシーンには※印 ヒーロー視点には⭐︎印をつけておきます ◎この作品はエブリスタさん、pixivさんでも公開しています

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

売れ残り同士、結婚します!

青花美来
恋愛
高校の卒業式の日、売り言葉に買い言葉でとある約束をした。 それは、三十歳になってもお互いフリーだったら、売れ残り同士結婚すること。 あんなのただの口約束で、まさか本気だなんて思っていなかったのに。 十二年後。三十歳を迎えた私が再会した彼は。 「あの時の約束、実現してみねぇ?」 ──そう言って、私にキスをした。 ☆マークはRシーン有りです。ご注意ください。 他サイト様にてRシーンカット版を投稿しております。

お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜

Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。 結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。 ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。 気がついた時にはかけがえのない人になっていて―― 2023.6.12 全話改稿しました 表紙絵/灰田様

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...