【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪

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執事のいるカフェ。

42話

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 結局、わたしは伊万里に押しきられて……というより、自分自身の“重さ”に負けた。
 これでは、恋愛脳どころか、依存症だ。
 いつも彼に合わせてばかりいるのも、少しでも連絡がないと不安で寂しいと感じてしまうのも……。
 そして、何より織部くんに見捨てられるのが不安でたまらない。
 確かに、気分転換は大切なのかもしれない。
 今は、織部くんのことを考えるのはよそう。



 執事カフェとは、店員さんがコスプレをしているコンセプト・カフェというものらしい。
 設定は“お屋敷”いうことだが、現実にはコンビニも入っている雑居ビルの地下のテナントだ。
 入るのが、ためらわれるような過剰な看板や飾り付けがないことに安心する。
 地下への階段を降りると、壁に煉瓦を貼ったカフェがあった。
 床には、赤い絨毯が敷かれている。

「お帰りなさいませ。お嬢様」
 お約束の言葉で出迎えられ(伊万里によると、マダムかお嬢様のどちらか、予約時に選択できるらしい)本日の担当執事とかいう男の子が挨拶をする。
 執事と呼ぶには、ずいぶん若すぎるような気もするけど……学生さんかな。
 内装は落ち着いたイギリス風でレースのカーテンや、マホガニーのテーブルと椅子。
 白い暖炉の上には金の時計と燭台が置かれ、薔薇が飾られている。
 壁にかけられているのは、有名絵画の複製らしい。
 見事に少女好みなんだけど、まるで、舞台装置のようだ。
 白いカーテンを引いた個室に案内される。
 店内はそう広いわけではないので、個室といっても、カーテンで仕切っているだけにすぎない。
 先ほど挨拶した担当の執事が椅子を引き、膝の上にナプキンをかけてくれる。
 ほっそりとした華奢な男の子だ。黒縁眼鏡の奥の大きな眼が印象的。
 どこかで見たことがあるような……母の好きな韓国ドラマの登場人物の誰かに似ているのかもしれない。
 流れるような一連のやり取りに、軽く感動した。
 でも、所作の美しさは、織部くんには敵わない。
 食事をするときの箸使いや、お父さんと碁を打つ時のそらせた指。
 シャンと背中をのばした姿勢が奇麗で、育ちのよさって、そんなところにも出るのかもしれない。
 執事より、王子様って感じだけど。
 あ、ダメだ。
 今は織部くんのことを考えないようにするはずだったのに。



 メニューは、紅茶以外にワインなどのお酒もあればソフトドリンクもある。
 ケーキや軽食だけではなく、ちゃんとした食事もできるらしい。値段はちょっとお高め。執事のサービス料も込みなのか。
 なるほど……これは話のネタにはなるかも。
 さすがに伊万里は、通いなれているらしく優雅にベルを鳴らして店員を呼ぶ。
 好みのケーキを選んだあとで「お茶はアナタのお勧めのものにするわ」なんて、お嬢様になりきっている。
 笑うのを我慢したら、ますますおかしくなってきた。肩を震わせるわたしに、伊万里がわざとらしくお嬢様言葉で話しかけてくる。
 本当にくだらない冗談。
 最近読んだ本とか、流行のスイーツ。新しい雑貨屋さんのこと。職場のグチとか。先週、観たドラマの内容。
 女の子同士のたわいないおしゃべりをするこんな時間が本当に楽しい。

 でも、それだけじゃ足りない。
 昔は楽しかったことが、今はそうではなくなってしまった。
 織部くんと逢えない時間が長すぎる。
 欲しいものがあるのに、欲しいと言えない子供みたい。
 もっと一緒にいたいけど、彼は学生で本分は勉強なのだ。
 だから、わたしはちゃんと待っていないといけない。
 わたしのほうがずっと、彼より大人なんだから。

 ごめんね。織部くん。
 わたしは、こんなにバカで、あなたとはちっともつり合いが取れない。
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